第四十三話「宮廷魔導師・九条紫苑」
京の都に到着したのは、それから三日後のことだった。
「これが、京……」
聖が、目を輝かせながら、都の景観を見渡した。整然と区画された通り、瓦屋根の連なる街並み、そして、遠くに見える朱塗りの門。これまで訪れたどの土地とも異なる、洗練された雅やかさが、そこにはあった。
「零殿、お加減はいかがでございますか」
花霞が、気遣うように尋ねる。零は、深呼吸をしてみせながら、笑顔で答えた。
「思ったより、平気だ。長旅だったのに、あまり疲れてない」
その言葉に、聖も嬉しそうに頷いた。
「本当ね。前だったら、この距離を歩いたら、もっとぐったりしてたはずなのに」
零自身、その変化を、はっきりと実感していた。四天王との再戦以降、体調は、さらに安定を増している。以前のような、突発的な発作の頻度も、明らかに減っていた。
(このまま、少しずつでも、良くなっていけたらいいんだけどな)
そんな淡い期待を抱きながら、零たちは、都の大通りを歩いていった。
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都に入ってすぐ、一行は、思いがけない騒動に出くわした。
「――そこな者たち、待たれよ」
凛とした声に振り返ると、そこには、宮廷の役人らしき装束を纏った、若い女性が立っていた。京言葉と呼ばれる、独特の柔らかい抑揚で話すその女性は、鋭い眼差しで、零たちを見据えていた。
「異国の方々と、お見受けいたします。この都には、みだりに武器を持ち込むこと、禁じられておりますのやけど」
「――失礼いたしました」
花霞が、丁寧に頭を下げる。だが、女性の視線は、なぜか、零へと強く注がれていた。
「あなた……妙な気配を、纏うておいでどすな」
「妙な気配……?」
零が戸惑うと、女性は、僅かに目を細めた。
「わたくしは、九条紫苑。宮廷に仕える、陰陽師にございます」
その名乗りに、零たちは、思わず顔を見合わせた。
「陰陽師……宮廷魔導師の一種、ということですか」
聖の問いに、紫苑は、静かに頷いた。
「この都で起こる、怪異の類を祓うのが、わたくしの役目どす。……そして今、あなたの中に、只ならぬ気配を、感じております」
紫苑の視線が、まっすぐに零を捉える。
「病と、生と――相反するはずの気配が、混ざり合うておいでどす。それに」
紫苑は、僅かに眉をひそめた。
「近頃、この都の周辺で、原因不明の病が、密かに広まり始めておりました。あなた方は、それに関わりが、おありのようどすな」
その鋭い指摘に、零は、隠す必要もないと判断し、正直に事情を打ち明けることにした。
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紫苑に案内されたのは、都の外れにある、小さな陰陽寮の分室だった。零たちは、これまでの旅の経緯――病神、使徒、四天王という存在、そして各地で見てきた病の惨状を、丁寧に説明した。
話を聞き終えた紫苑は、しばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。
「……なるほど。あなた方の話、荒唐無稽とは思えまへん。実はこの都でも、似たような話が、ございます」
「似たような話、というと」
「都の外れにある、とある屋敷。そこで、原因不明の病が、次々と使用人たちを蝕んでおるとの、報告がありましてな」
紫苑は、そう言うと、一枚の地図を広げた。
「わたくし一人では、力及ばぬところがございました。もし、あなた方さえよろしければ――力を、お貸しいただけまへんやろか」
紫苑の申し出に、零は、聖、夜、熊谷、花霞と、それぞれ顔を見合わせた。
「もちろんです。俺たちも、この件を、放っておくわけにはいきません」
零がそう答えると、紫苑は、僅かに安堵した表情を見せた。
「感謝いたします。……ですが、その前に」
紫苑の視線が、再び零へと向けられた。
「あなたの体、まだ完全ではないご様子。無理を重ねれば、いずれ、大きな代償を払うことになりましょう」
その指摘に、零は、少し驚いた。
「わかるんですか、そこまで」
「陰陽師の目には、人の気の流れが、多少なりとも見えるものどす。あなたの気は、確かに、以前よりは安定してきておいでのようやけど……まだ、完全とは、程遠い」
紫苑の言葉には、確かな説得力があった。零は、素直に頷いた。
「気をつけます」
「そうしておくれやす。……あなたのその力、この国にとっても、大切なものになるやもしれまへんから」
紫苑の言葉の裏に、何か、深い含みがあるように、零には感じられた。だが、今は、それを深く追及する余裕はなかった。
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その夜、紫苑が用意してくれた宿で、零は、静かに旅の疲れを癒していた。
「零、今日も、無理はしてないみたいね」
聖が、安心したように微笑む。
「ああ。でも」
零は、窓の外に広がる、都の夜景を見つめた。
「まだ、完全に元通りってわけじゃない。紫苑さんの言う通り、油断は禁物だな」
「そうね。でも、確実に、良くなってきてる。それだけは、確かよ」
聖の言葉に、零は、静かに頷いた。
体は、まだ癒えきってはいない。だが、この見知らぬ、しかしどこか懐かしい島国での旅は、少しずつ、確かに、零に変化と成長をもたらし続けていた。
見知らぬ都、京の夜は、静かに更けていく。
零の旅は、新たな協力者――九条紫苑を得て、また一つ、新たな局面へと向かおうとしていた。




