第四十二話「京の夜襲」
四天王と使徒たちとの睨み合いは、一瞬の静寂の後、一気に動き出した。
「行くぞ!」
熊谷が、大盾を構えて突撃する。花霞は、流れるような足運びで、使徒の群れの中へと斬り込んでいった。
「――穢レナキ者ヨ、ソノ命、頂戴イタス」
四天王が、黒い靄を大きく広げながら、零へと迫ってくる。零は、剣を構え、迎え撃った。
以前ならば、この重圧だけで、息が上がっていたかもしれない。だが今、零の呼吸は、驚くほど落ち着いていた。
(体が、応えてくれてる)
灰堂から学んだ、無駄のない体捌き。そして、少しずつ育ちつつある、あの内なる力。それらが、確かに、零の中で噛み合い始めていた。
「――ッ!」
四天王の靄の一撃を、零は、紙一重で躱した。以前のように、全身全霊を振り絞るような無理はしていない。それでいて、動きには、確かな精度があった。
「聖、支援を!」
「わかってる! 皆に、加護を!」
聖の治癒と補助の光が、パーティー全体を包み込む。夜が、使徒の一体の背後に回り込み、鋭く短剣を突き立てた。
「――グ、ゥ……!」
使徒の一体が、崩れ落ちる。だが、四天王本体は、依然として、圧倒的な力を誇っていた。
「小癪ナ。所詮ハ、雑兵ノ集マリ」
四天王が、靄を一気に膨張させ、周囲一帯を覆い尽くそうとした。
「くっ……このままじゃ!」
熊谷が、歯を食いしばりながら、大盾で靄を押し返そうとする。だが、圧力は、次第に増していく。
零は、拳を握りしめた。
(まだ、足りないのか)
モルダーヴィでのあの覚醒――あの瞬間のような、明確な力の発露が、今、必要とされている。だが、意図的に呼び起こすことは、まだできずにいた。
「――生キタイ、トイウ想イガ、貴様ノ力ノ源ダロウ」
四天王が、ふいに、そう告げた。
「ダガ、想イダケデハ、真ノ力ニハ、届カヌ」
その言葉に、零は、僅かに眉を寄せた。
「――お前に、何がわかる」
「病神様ハ、貴様ノヨウナ者ヲ、幾度トナク、見テキタ。生キタイト願イ、ソレデモ、力及バズ、消エテイッタ者タチヲ、ナ」
四天王の言葉には、確かな重みがあった。零の脳裏に、これまでの旅で見てきた、様々な人々の顔が浮かんだ。原因不明の病に苦しみ、力及ばず、命を落としていった者たち。
「――だからこそ」
零は、静かに、しかし確かな声で答えた。
「そういう人たちのためにも、俺は、諦めるわけにはいかない」
その言葉と共に、零の胸の奥で、あの熱が、静かに、しかし確かに、燃え上がった。
「――力を貸してくれ」
明確な言葉ではない。ただ、切実な願いだけが、体の奥から溢れ出す。
その瞬間、零の周囲に、微かな光が揺らめき始めた。以前の、力任せの発露とは違う、もっと穏やかで、しかし確かな輝きだった。
「――ナニ……!?」
四天王が、驚いたように後ずさる。零は、その隙を突いて、一気に踏み込んだ。
剣が、四天王の靄を、深く切り裂く。
「――グ、ォォ……!」
四天王が、苦悶の声を上げながら、大きくよろめいた。
「今だ、皆!」
零の合図に応え、花霞、夜、熊谷が、それぞれの攻撃を、四天王へと叩き込んだ。
「――マダダ、コレデ終ワリデハ……!」
四天王は、そう言い残しながらも、体勢を大きく崩し、黒い靄と共に、後退していった。
「マタ、会オウ。神代零」
その言葉を最後に、四天王と、残った使徒たちは、闇の中へと姿を消していった。
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戦いが終わった後、零は、その場に立ち尽くしたまま、荒くなった息を、静かに整えていた。
だが、その疲労は、以前の戦いに比べて、遥かに軽いものだった。
「零、大丈夫? 今の力、また新しい感じがしたけど」
聖が、心配と興奮が入り混じった様子で駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。それに」
零は、自分の胸に手を当てた。
「今回は、そんなに、体に負担がかかってない気がする」
「本当に?」
「ああ。前は、力を使った後、ぐったり疲れ果ててたけど、今回は、まだ動けそうだ」
その言葉に、夜が、興味深そうに零を見つめた。
「体だけじゃなくて、力そのものも、少しずつ、あんたに馴染んできてるのかもね」
花霞も、静かに頷いた。
「零殿の成長、著しいものがございます。この分ならば、いずれ、四天王をも凌駕する日が、来るやもしれませぬ」
零は、少し照れくさそうに笑った。
「まだまだ、先は長そうだけどな」
だが、確かな手応えが、今の零にはあった。
体は、少しずつ、しかし確実に、強くなっている。力も、少しずつ、自分のものとして、馴染み始めている。
「京の都、もうすぐだべ」
熊谷の言葉に、零は、静かに頷いた。
「ああ、行こう」
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの島国で、零の旅は、癒えゆく体と、育ちゆく力を胸に、次なる都へと、その歩みを進めていくのだった。




