第四十一話「追手、再び」
白川郷での騒動から数日後、零たちは、次なる目的地――京の都を目指して、再び旅路についていた。
「零、最近、顔色がいいわね」
聖が、道中、零の様子を見ながら、嬐しそうに微笑んだ。
「ああ、自分でも驚いてる。前より、疲れにくくなってる気がする」
実際、白川郷での一件以降、零の体調は、目に見えて安定し始めていた。以前ならば、半日も歩けば息が上がっていたものが、今では、丸一日歩いても、以前ほどの疲労を感じない。
だが、それでも、根本的な脆さが、完全に消えたわけではなかった。
京へと続く街道を進む途中、一行は、山賊まがいの一団に襲われた。
「積み荷を置いていけ!」
数にして十人ほどの、荒くれた男たち。だが、花霞と夜の連携、そして熊谷の盾があれば、これまでのように、零が無理に前へ出る必要は、もはやなかった。
「零殿は、後方にてお控えを」
花霞がそう言うと、零は素直に頷いた。
「わかった。援護に回る」
以前の零ならば、こういう状況でも、無理に前線に立とうとしていただろう。だが、今の零には、自分の役割を、冷静に見極める余裕があった。
戦闘が終わった後も、零の呼吸は、大きく乱れることはなかった。
「零、疲れてない?」
聖の問いに、零は、少し驚いたように答えた。
「……そう言われてみれば、そんなに疲れてないな」
「よかった」
だが、その夜、野営の最中、零は、久しぶりに、あの重苦しい感覚に襲われた。
「――っ、げほっ……」
小さな咳が、喉の奥から込み上げる。手のひらに、微かに滲む赤い色。
「零、大丈夫?」
聖が、すぐに気づいて駆け寄ってくる。だが、その症状は、以前に比べれば、明らかに軽いものだった。
「ああ、大丈夫。前ほど、酷くない」
零自身、その変化を、確かに実感していた。以前ならば、動けなくなるほどの発作だったものが、今では、少し休めば、すぐに落ち着く程度になっている。
「それでも、油断は禁物よ」
聖の言葉に、零は素直に頷いた。
「ああ、わかってる。焦らず、少しずつだな」
夜が、少し離れた場所から、静かにその様子を見つめていた。
「……あんたの体、本当に、少しずつ変わってきてる」
「そう見えるか?」
「見える。前は、もっと危なっかしかった。今は、まだ危ういけど、前よりは、マシになってる」
夜の素っ気ない、しかし確かな評価に、零は、小さく笑った。
「みんなのおかげだな」
⸻
だが、その静かな安堵も、長くは続かなかった。
翌朝、街道の先に、不穏な影が待ち構えていた。
「――見つケタゾ」
聞き覚えのある、こもった声。零たちが振り返ると、そこには、数体の使徒と、その中心に、以前よりも禍々しい気配を纏った、四天王の姿があった。
「また、お前か……!」
零が身構えると、四天王は、静かに嗤うような仕草を見せた。
「病神様ハ、貴様ノ成長ヲ、危惧シテオラレル。故ニ、コノ地デ、確実ニ、貴様ヲ排除セヨトノ、御命令ダ」
その言葉に、零の背筋が、冷たくなった。
「俺の、成長……?」
理由はわからない。だが、自分の体が、少しずつ癒えていくこの変化そのものが、あちら側にとって、何か、都合の悪いものであるらしい。
「零殿、油断召されるな」
花霞が、刀を抜きながら、鋭く警告した。
「四天王クラスとなれば、以前の使徒とは、比べ物にならぬ強敵」
熊谷も、大盾を構えながら、緊張した面持ちで頷いた。
「気を引き締めていくべ」
零は、自分の胸に手を当てた。あの馴染みの熱が、確かに、以前よりも強く、そして安定して、体の奥に宿っているのを感じる。
(まだ、四天王には届かないかもしれない。それでも――)
「みんな、行こう」
零がそう言うと、聖、夜、熊谷、花霞は、それぞれ武器を構え、四天王とその眷属たちに、真っ向から立ち向かっていった。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの島国で、零の旅は、少しずつ癒えゆく体と共に、新たな、そしてより大きな試練へと、その舞台を移していくのだった。




