第三十七話「剣舞の意味」
体調が優れないまま、さらに二日が過ぎた。
「零、無理して起き上がらないで」
聖の声に、零は、なんとか半身を起こしていた手を止めた。以前よりは、いくらか呼吸が楽になっている気がするが、まだ本調子には程遠い。
「情けないな……こんなに長く、寝込むなんて」
「情けなくなんかない。あなたの体は、無理を重ねてきたんだもの。少し休むくらい、当然のことよ」
聖は、そう言いながら、丁寧に治癒魔法をかけ続けてくれていた。だが、この病――いや、体質と呼ぶべきものは、一時的な治癒魔法だけでは、根本から改善されないことを、零自身、痛感していた。
その日の昼下がり、花霞が、庭先で刀を振るう姿が、集会所の窓から見えた。
流れるような、無駄のない動き。まるで舞を踊るかのような、美しい剣捌き。零は、その様子を、しばらく見入っていた。
「花霞さんの剣、綺麗だな」
零がそう呟くと、聖も、窓の外に視線を向けた。
「本当ね。ただ強いだけじゃない、何か、想いが込められてるような剣に見える」
しばらくして、花霞が、庭での稽古を終え、集会所へと戻ってきた。
「零殿、お加減は」
「……あまり、良くはないです。すみません、こんな姿ばかりお見せして」
零が力なく笑うと、花霞は、静かに首を振った。
「謝ることではございません。それより――先ほどの剣舞、ご覧になっておられましたか」
「はい。とても、綺麗でした」
花霞は、僅かに目を細めた。
「あの剣舞、ただの鍛錬ではございません。亡き者たちへの、手向けにございます」
「亡き者たち……」
「わたくしの故郷は、かつて、ある病によって、多くの命が奪われました。その中には、わたくしの姉も」
花霞の言葉に、零は、静かに耳を傾けた。
「姉は、剣の道を志す者でした。病に倒れる直前まで、剣を振り続けておりました。『剣は、生きる意志の証』――そう申しておりました」
零は、その言葉に、胸を強く打たれた。
「わたくしは、姉の死後、その剣を継ぎました。剣を振るうたびに、姉との約束を思い出すのです。生きることを、決して諦めない、と」
花霞の瞳には、深い悲しみと、それを乗り越えようとする強い意志が、静かに宿っていた。
「零殿。そなたの、その病弱な体も、あるいは、大切な意味を持つのやもしれませぬ」
「意味……ですか」
「ええ。弱さを知る者だからこそ、見える景色、わかり合える痛みが、ございます。姉が、そうであったように」
零は、しばらく黙り込んだ後、静かに頷いた。
「……そうかもしれません。俺も、ずっと、この体を恨んできました。でも、この体があったからこそ、出会えた人たちも、たくさんいます」
トビアスの顔が、脳裏に浮かんだ。あの、病弱な少年に伝えた言葉。そして今、花霞の言葉が、その想いを、さらに深いものにしてくれる。
「零殿、どうか、その弱さを、恥じることなく、大切になさってくださいませ」
花霞の言葉には、深い慈しみが込められていた。
⸻
その夜、零は、体調が少しずつ回復していくのを感じながら、静かに横になっていた。
「零、今日は、顔色がだいぶ良くなったわね」
聖が、嬉しそうに微笑む。
「ああ、少しずつだけど」
「無理はまだ禁物よ。でも、確実に、良くなってきてる」
零は、静かに自分の胸に手を当てた。あの熱っぽい重さは、まだ完全には消えていないが、確かに、峠は越えつつあるようだった。
(花霞さんの言葉、胸に刻んでおこう)
弱さは、恥ではない。それを知っているからこそ、見える景色がある。
零は、静かに目を閉じた。
外からは、花霞が、再び静かに剣を振る音が、微かに聞こえてくる。それは、まるで、生きることそのものへの、静かな祈りのようだった。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの島国で、零の病弱な体は、まだ完全には癒えていない。だが、その弱さと共に生きることの意味を、零は、また一つ、深く学び始めていた。




