第三十話「最弱、世界へ」
レイヴンクロフトの門を抜けた零たちは、街道を歩きながら、これまでとは違う開放感と、微かな緊張を同時に感じていた。
「思ったより、道は整備されてるべな」
熊谷が、周囲を見渡しながら呟いた。
「聖教会や商会が管理してる主要街道だからね。とはいえ、この先は、だんだんと知られていない地域に入っていくことになるわ」
聖が、院長から渡された地図を広げながら説明する。
「まずは、この街道沿いにある交易都市を目指すのが、一番安全なルートみたいね」
「そこから先は?」
零が尋ねると、聖は少し困ったように首を傾げた。
「正直、そこから先は、まだ聖教会にも、詳しい情報が少ないの。海を越えた先に、様々な文化を持つ国々がある、というのは分かってるんだけど」
「未知の領域、ってわけか」
夜が、静かにそう呟いた。その声には、僅かな緊張と、それ以上の高揚感が滲んでいた。
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数日間の道中、零たちは、いくつかの小さな依頼をこなしながら、旅の資金と経験を積み重ねていった。道中で出会う人々は、皆一様に、旅する四人組に興味深そうな視線を向けた。
「珍しいパーティーだねぇ。聖女様に、暗殺者風の嬢ちゃんに、大盾持ちに――」
「それに、坊主は何をする奴なんだい?」
行商人の一人にそう尋ねられ、零は少し言葉に詰まった。
「……まだ、自分でもよくわかってないんです」
その答えに、行商人は不思議そうな顔をしたが、それ以上は深く聞かなかった。
夜になり、野営の準備をしながら、零はふと、これまでの旅路を振り返っていた。
(まだ何も、はっきりとはわかってない)
自分の中に眠る力の正体。病神という存在の意図。四天王という、圧倒的な脅威。そして――あの、灰堂の鏡で見た、見知らぬ記憶の欠片。
「零、何を考えてるの?」
聖が、焚き火の向こうから、心配そうに声をかけてきた。
「……色々とな。この先、何が待ってるのか、って」
「不安?」
「正直、少しはある。でも」
零は、焚き火の炎を見つめながら、静かに続けた。
「それ以上に、知りたいって気持ちの方が強い。俺自身のことも、この世界のことも」
熊谷が、豪快に笑いながら口を挟んだ。
「なら、心配すんな。俺たちがついてる。一人じゃねえべ」
夜も、静かに頷いた。
「一人より、四人の方が、できることは多い。それだけの話」
その言葉に、零は温かい気持ちが胸に広がるのを感じた。
「……ありがとう、みんな」
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翌日、零たちは、街道の先に見えてきた、大きな港町に到着した。
「あそこが、交易都市――ポートヘイヴンだ」
港には、これまで見たことのないほど多くの船が停泊し、様々な国籍の商人や旅人たちが行き交っている。
「すごい……こんなに賑やかな街、初めて見た」
聖が、目を輝かせながら呟いた。零も、その活気に、思わず圧倒されていた。
港の一角にある、旅の手配所を訪れると、そこには、様々な行き先を示す航路図が掲示されていた。
「この中から、どこを目指すか、決めないとね」
聖の言葉に、零は航路図を、じっと見つめた。
見知らぬ国々の名前、それぞれに異なる特色や、伝承の欠片が、簡単な説明として添えられている。
その中で、ふと零の目に留まったのは――遠い東方に位置する、「日ノ本」という、聞き覚えのない、しかしどこか懐かしい響きを持つ、小さな島国の名前だった。
(日ノ本……)
理由はわからない。だが、その名前に、零は不思議な引力を感じた。まるで、遠い記憶の奥底から、何かが呼びかけているような感覚。
「零、どうしたの?」
聖が、怪訝そうに尋ねる。零は、航路図の一点を指差した。
「ここに、行ってみたい」
「日ノ本……? 聞いたことない国ね」
夜も、興味深そうに地図を覗き込んだ。
「私も、初めて聞く名前。でも」
「行ってみる価値はありそうだべ。零がそこまで言うなら」
熊谷の言葉に、聖も、静かに頷いた。
「わかった。じゃあ、まずは、日ノ本を目指しましょう」
こうして、零たちの行き先が、正式に決まった。
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出港の準備を整えながら、零は、港の桟橋から、遠くに広がる海を見つめていた。
(この世界には、まだ俺の知らないことが、数えきれないほどある)
自分の力の正体。病神という存在の真意。そして――自分自身が、いったい何者なのか。
答えは、まだ何も出ていない。だが、少なくとも、もう立ち止まってはいられない。
「最弱、か」
零は、自嘲めいた笑みを浮かべながら、そう呟いた。かつて、水晶が壊れるほどの低い数値を叩き出し、多くの者に嘲笑われた自分。
だが、今の自分には、確かな仲間がいる。育ちつつある、正体不明の力がある。そして何より――決して諦めない、強い意志がある。
「行こうか、みんな」
零がそう言うと、聖、夜、熊谷が、それぞれ力強く頷いた。
船が、静かに港を離れていく。
見知らぬ世界での旅は、こうして、より広い世界へと、その舞台を移し始めていた。
最弱と呼ばれた少年の、本当の冒険が――今、確かに、その一歩を踏み出していた。




