第二十七話「Dランクの誇り」
零が戦いの中心へと駆け戻ると、熊谷の大盾には、無数の亀裂が走り、今にも砕けそうになっていた。
「熊谷!」
「――っ、来るな零! 危険だ!」
熊谷の声には、悲壮な覚悟が滲んでいた。四天王は、ゆっくりと熊谷へと歩を進めながら、抑揚のない声で告げた。
「無駄ナ抵抗ハ、ヤメヨ。貴様ノ盾ハ、既ニ限界」
「――んなことは、言われなくてもわかってるべ!」
熊谷は、震える腕で盾を構え直した。
「じゃがな、俺ぁ、盾役だ。仲間を、そして、この街の民を守るのが、俺の役目だ。限界だろうがなんだろうが、退くわけにはいかねえ!」
その咆哮のような叫びに、零の胸が、強く締め付けられた。
「熊谷、一人にはさせない!」
零が駆け寄ろうとした瞬間、四天王の靄が、鋭く熊谷へと殺到した。
「――ぐ、あああっ!」
熊谷の盾が、ついに大きな音を立てて砕け散った。衝撃で、熊谷の巨体が、大きく吹き飛ばされる。
「熊谷!!」
零は絶叫にも似た声を上げ、倒れた熊谷の元へと駆け寄った。幸い、意識はあるようだが、全身に深い傷を負っている。
「……悪い、零。盾、壊れちまった」
熊谷は、苦しげな息の中で、それでも小さく笑ってみせた。
「馬鹿、そんなこと気にするな! 今、聖を呼ぶから――」
「零、逃げろ……! お前まで、やられちまう……!」
熊谷の警告と同時に、四天王の靄が、再び零へと迫ってきた。
零は、熊谷を庇うように立ちはだかった。逃げるという選択肢は、最初からなかった。
「――逃ゲヨト、言ッタハズ」
「逃げない。ここで、仲間を見捨てるくらいなら――」
零の胸の奥、あの熱が、再び強く反応し始めた。だが、モルダーヴィのときのような明確な力の発露には至らない。ただ、痛みにも似た熱だけが、体の内側を焦がしていく。
(足りない。それでも――)
零は、拳を握りしめ、迫りくる靄を、真正面から睨みつけた。
そのとき。
「――そこまでだ」
低く、鋭い声が、戦場に響き渡った。
四天王の動きが、一瞬、止まる。
零が声のした方向を見ると、そこには、赤い髪をなびかせた青年――皇帝牙が、剣を抜き放って立っていた。
「皇帝牙……!」
「間に合ったようだな」
皇帝牙は、静かにそう言うと、四天王へと視線を移した。
「四天王が一柱、か。この街に、随分と目障りな影を落としてくれる」
「――勇者、カ。邪魔ヲスルナラバ、貴様モ共ニ」
四天王が、靄を纏わせながら、皇帝牙へと向き直る。だが、皇帝牙は、まるで意にも介さぬ様子で、剣を構えた。
「零、下がっていろ。ここは、俺が引き受ける」
「でも――」
「お前は、まだ本調子ではあるまい。それに」
皇帝牙は、僅かに口の端を上げた。
「まだ、お前の時ではない。その時が来るまで、生き延びることだけを考えろ」
その言葉には、不思議な説得力があった。零は、悔しさを堪えながらも、熊谷を支えて後退した。
皇帝牙の剣が、一閃した。
その一撃は、これまで零が見てきた、どんな戦いとも違っていた。まるで、目にも留まらぬ速さで、四天王の黒い靄を、真っ二つに切り裂いていく。
「――バ、馬鹿ナ……!」
四天王が、動揺したように後ずさる。皇帝牙は、追撃の手を緩めることなく、次々と剣を振るい続けた。
「これが、最強と呼ばれる、俺の力だ」
その圧倒的な力の差を、零は、ただ呆然と見つめるしかなかった。
四天王は、幾度となく皇帝牙の剣を受けた末、大きく後退した。
「――今日ノトコロハ、退ク。ジャガ、覚エテオケ。イズレ、貴様ラハ、我ラガ主ノ、糧トナル」
そう言い残し、四天王は黒い靄と共に、闇の中へと消えていった。
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戦いが終わった後、街には、静けさが戻り始めていた。零は、熊谷を支えながら、皇帝牙の元へと駆け寄った。
「皇帝牙さん、助かりました……!」
「礼はいい。それより、その男を、早く治療所へ」
「はい」
皇帝牙は、剣を鞘に収めながら、ちらりと零を見た。
「お前の力、あの場でも、僅かに発現しかけていたな」
「……見てたんですか」
「ああ。だが、まだ未熟だ。あの程度の力では、四天王クラスには、まるで届かん」
厳しい言葉だったが、その裏には、確かな期待も滲んでいるように、零には感じられた。
「もっと、強くなります」
零がそう言うと、皇帝牙は、僅かに頷いた。
「その意気だ」
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その後、熊谷はすぐに聖教会へと運ばれ、治療を受けることになった。幸い、命に別状はないとのことだったが、しばらくは戦線を離れることになりそうだった。
「悪いな、零。足手まといになっちまった」
治療を受けながら、熊谷は申し訳なさそうに呟いた。
「何言ってるんだ。お前が民を守ってくれたから、被害を最小限に抑えられたんだ」
零がそう言うと、熊谷は、少し照れくさそうに笑った。
「そう言ってくれると、助かるべ」
零は、熊谷の傍を離れ、静かに窓の外を見つめた。
四天王という、これまでとは比較にならない脅威。皇帝牙という、圧倒的な力の差。そして、まだ未熟な自分自身の力。
(もっと、強くならないと)
その決意は、これまで以上に、深く、そして確かなものへと変わっていた。
翌日、ギルドから、零に新たな知らせが届いた。
「今回の一件での働きにより、貴殿をDランクへ昇格させます」
その知らせに、零は複雑な思いを抱いた。ランクは上がった。だが、四天王の前では、まだあまりにも無力だった。
それでも、零は、そのタグを、静かに握りしめた。
――これは、誇りだ。仲間を守るために戦った、その証だ。
見知らぬ世界での旅は、こうして、また一つ、大きな試練を乗り越えていた。だが、その先には、さらに大きな脅威が、静かに待ち構えていることを、零はまだ知らない。




