第二十二話「十二使徒・第一の刺客」
聖教会に到着すると、院長ヨハネスが、険しい表情で待っていた。
「よく来た。時間がない、手短に話そう」
院長は、机の上に広げた地図を指し示した。
「東の集落、モルダーヴィで、また同様の異変が確認された。今回は、前回よりも進行が早い。既に、集落の半数が意識を失っている」
「治癒魔法は……」
聖が尋ねると、院長は苦い顔で首を振った。
「効果がない。前回と全く同じ状況だ」
零は、拳を握りしめた。
「俺たちも、行きます」
「うむ。今回は、教会の護衛も同行させる。だが」
院長は、零をまっすぐに見据えた。
「坊やには、あえて言っておく。あの者は、恐らく前回同様、坊やに強い関心を示すだろう。危険と隣り合わせだということを、忘れるな」
「わかっています」
⸻
モルダーヴィへ向かう道中、零たちは、これまで以上に緊張感を持って進んだ。
「今回は、前より確実にやばい相手だと思った方がいい」
夜が、短剣の柄に手をかけながら呟く。熊谷も、無言で大盾を担ぎ直した。
集落に到着すると、隣町のときよりも、さらに深刻な光景が広がっていた。人々は皆、力なく地面に横たわり、微かな呻き声だけが、辺りに響いている。
「くっ……こんなに酷いなんて」
聖が、震える声で呟く。零は、周囲を警戒しながら、集落の中心へと進んだ。
そのとき。
集落の広場に、あの黒い靄が渦を巻き始めた。
「来る……!」
夜が警告を発すると同時に、靄の中から、あの黒い装束の者が、ゆっくりと姿を現した。
「――穢レナキ者ヨ。マタ、会エタナ」
こもった声が、まっすぐに零へと向けられる。
「お前は、いったい何者だ」
零が問いかけると、黒い装束の者は、ゆっくりと首を傾げるような仕草を見せた。
「使徒。病神様ニ仕エル、十二人ノ内ノ一人」
「病神……」
その名を聞いた瞬間、零の胸の奥で、あの疼きが強く反応した。まるで、何か忘れていた記憶を、無理やり呼び起こされるような感覚。
「お前サマハ、我ラガ主ノ、宿敵タリ得ル存在」
「宿敵……?」
零には、その言葉の意味がわからなかった。だが、使徒はそれ以上、説明する様子を見せなかった。
「クレヨ。ソノ命、頂戴イタス」
使徒がそう告げると同時に、黒い靄が、鋭い刃のように零へと殺到した。
「零、避けて!」
聖の叫びに合わせ、零は咄嗟に身を捩った。灰堂の教えが、辛うじて体を動かしてくれる。だが、靄の速さは、これまで戦ってきたどの魔物とも違っていた。
「うわっ……!」
避けきれず、靄の一部が肩をかすめる。焼けるような痛みが走った。
「くっ……!」
熊谷が咆哮を上げながら前に出て、大盾で靄の本体に体当たりを仕掛ける。だが、靄はまるで手応えのない霧のように、盾をすり抜けていった。
「効かない……!」
「私が仕掛ける!」
夜が影に紛れるように動き、使徒の背後から短剣を突き立てようとした。だが、使徒は振り向きもせず、靄の一部を伸ばし、夜の攻撃を弾き返した。
「くっ……!」
夜が地面に転がる。
聖は、必死に治癒魔法で仲間たちを支えながらも、この敵に対して、有効な手立てが見出せずにいた。
零は、肩の痛みを堪えながら、使徒を睨みつけた。
(このままじゃ、勝てない)
理由のわからない焦燥感が、胸の奥から込み上げてくる。同時に、あの「疼き」が、これまでにないほど強く、体の奥で暴れ回っていた。
「――病神様ハ、オ前サマヲ、待ッテオラレル」
使徒の言葉に、零は思わず問い返した。
「待ってる……? 何のために」
「イズレ、知ルコトニナロウ」
そう言い残すと、使徒は再び黒い靄と共に、その場から姿を消していった。
⸻
戦いが終わった後、零たちは、肩で息をしながら、その場に立ち尽くしていた。
「……逃げられた」
夜が悔しそうに呟く。
「いや、それより、集落の人たちだ」
零は、横たわる住人たちの元へと急いだ。だが、症状は、以前見た隣町のときよりも、さらに深刻さを増していた。
「早く、聖教会の応援を呼ばないと……!」
聖の悲鳴のような声が、静まり返った集落に響いた。
零は、去っていった使徒の言葉を、頭の中で何度も反芻していた。
――病神様は、お前を待っている。
理由はわからない。だが、あの言葉には、確かな悪意と、そして――何か、途方もなく大きな意図が、込められているような気がしてならなかった。
肩の痛みを押さえながら、零は静かに空を見上げた。
見知らぬ世界に潜む、正体不明の脅威。それは、確実に、零自身へと、その矛先を向け始めていた。




