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病魔喰らい ~世界最弱の病人は、世界を旅して神を超える~  作者: 伝説の男前
第一部 第一章「絶望編」

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第二十話「すれ違う正義」

皇帝牙との邂逅から数日後、零は珍しく一人で、街の外れを歩いていた。灰堂の元へ向かう道すがら、少し遠回りをして、頭を整理したい気分だった。

(覚えのある気配、か)

皇帝牙の言葉が、いまだに頭から離れない。答えの出ない問いを抱えたまま、零は雑踏を抜け、裏通りへと足を踏み入れた。

そこで、思いがけない光景に出くわした。

路地の奥で、数人の男たちが、一人の女性を取り囲んでいる。女性は行商人らしき身なりで、地面には、彼女が運んでいたであろう荷物が散乱していた。

「金目のもんは全部置いてけ。抵抗すりゃ、痛い目見るぞ」

男の一人が、下卑た笑みを浮かべながら、女性に凄んでいた。

零は反射的に足を止めた。

(見過ごせないな、これは)

「――何してる」

零が声をかけると、男たちが一斉にこちらを振り返った。

「あ? なんだテメエ」

「見りゃわかるだろ、失せな坊主」

零は一歩も引かず、男たちと女性の間に、割って入るように立った。

「その人から、手を離せ」

「はっ、勇者気取りかよ。数で来られたら、どうすんだ」

男たちの一人が、腰の棍棒を抜いた。零は身構えたが、以前のような無謀さはなかった。灰堂から教わった、無駄のない体の使い方を、意識の隅で思い出す。

だが、実際に棍棒を持った男が三人がかりで向かってくると、零一人ではやはり分が悪かった。

「くっ……!」

一撃を辛うじて躱すも、体勢を崩し、地面に片膝をつく。

そのとき。

「――待て」

低く、鋭い声が響いた。男たちの動きが、一斉に止まる。

路地の入り口に、皇帝牙が立っていた。

「て、テメェは……!?」

男たちの顔から、一気に血の気が引いていく。皇帝牙は、剣に手をかけることすらせず、ただ静かに男たちを見据えた。

「弱者を数で嬲る。恥を知れ」

その一言だけで、男たちは荷物も持たず、我先にと逃げ去っていった。

零は、地面に膝をついたまま、皇帝牙を見上げた。

「……助かりました」

「別に、お前を助けたわけではない。行商の女性を、見捨てておけなかっただけだ」

皇帝牙はそう言うと、女性の元へ歩み寄り、散乱した荷物を拾い上げるのを手伝った。

「ありがとうございます、勇者様……! それに、そちらの冒険者様も」

女性は、涙ながらに何度も頭を下げた。皇帝牙は軽く頷くと、女性が立ち去るのを見送った。

その場に残された零と皇帝牙は、しばらく無言で向き合っていた。

「……皇帝牙さん、なんでこんな場所に」

「散歩だ。それだけのこと」

素っ気ない答えだったが、零はふと、皇帝牙の行動に、少なからず違和感を覚えた。

「勇者様なら、もっと大きな依頼をこなしてるものだと思ってました。こういう、小さな揉め事にまで、わざわざ関わるものなんですか」

皇帝牙は、僅かに眉をひそめた。

「大きな依頼も、小さな揉め事も、助けを必要とする者がいるという点では、何ら変わりはない」

その言葉には、意外にも、誠実な信念が滲んでいた。

「お前は、どうだ。なぜ、あの女性を助けようとした」

「……見過ごせなかったからです。それだけです」

「ふむ」

皇帝牙は、僅かに口の端を上げた。

「その心がけ、悪くない。だが」

皇帝牙の目が、鋭く細まる。

「先ほどの動き、まだ粗が目立つ。無理な体勢から、力任せに躱そうとしていた」

零は、思わず言葉に詰まった。図星だった。

「灰堂の元で、鍛錬をしていると聞いたが」

「――え? どうしてそれを」

皇帝牙は答えず、ただ意味深に微笑んだ。

「あの老いぼれの目に留まったのならば、お前には、何かがあるということだろう」

「灰堂さんのことを、知ってるんですか」

「知らぬ者などおるまい、あの人を知る者にとっては」

皇帝牙のその言葉には、灰堂に対する、明らかな敬意が滲んでいた。だが、それ以上、詳しく語ろうとはしなかった。

「零、と言ったな」

「はい」

「お前の正義と、俺の正義は、恐らく同じ方向を向いている」

唐突なその言葉に、零は戸惑った。

「同じ方向……?」

「弱きを助け、悪を許さぬ。そのために、力を欲する。違うか」

零は、静かに頷いた。

「……そうです」

「ならば、いずれ、お前とはまた、道が交わるだろう。そのときまで、腐らず、鍛え続けることだ」

皇帝牙はそう言い残すと、踵を返し、街の方角へと歩き去っていった。

零は、その背中を、しばらく見つめていた。

(同じ方向を向いてる、か)

先日は厳しい言葉を投げかけられたが、今日のやり取りには、また違う温度があった。ライバルとも、先達とも呼べない、不思議な距離感の関係。

だが、確かなことが一つあった。

――この人は、俺のことを、少なからず気にかけてくれている。

零は、痛む体を押さえながら、静かに立ち上がった。

見知らぬ世界での旅は、また一つ、大切な繋がりを重ねていた。

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