第十六話「灰堂玄斎という男」
聖癒草を巡る一件から数日が過ぎた頃、零のパーティーは、ギルドから少し変わった依頼を受けることになった。
「街の外れに住む老人から、庭の手入れを手伝ってほしいという依頼が来ています。戦闘系ではありませんが、良ければ」
受付嬢の説明に、零は少し首を傾げた。
「庭の手入れ、ですか」
「ええ。依頼主は、この街ではちょっとした有名人でしてね。昔は名の知れた剣士だったとか」
「元剣士……」
その言葉に、零はなんとなく興味を引かれた。
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指定された場所は、街の外れにある、こぢんまりとした庵のような建物だった。周囲には、手入れの行き届いた庭が広がっているが、ところどころ雑草が伸び放題になっている。
「ごめんください」
零が声をかけると、庭の奥から、白髪の老人が姿を現した。痩せ細った体つきだが、その佇まいには、どこか只者ではない雰囲気が漂っている。
「……ギルドから来た冒険者かの」
「はい。神代零といいます」
「ふむ。若いの、それに、その仲間たちも」
老人は、聖、夜、熊谷を順に見回した。その視線には、値踏みするような鋭さがあった。
「わしは、灰堂玄斎。この庭の主だ」
灰堂と名乗った老人は、そう言うと、ゆっくりと庭の隅へと歩いていった。
「見ての通り、体が思うように動かなくてな。庭の手入れも、ままならん」
「わかりました。すぐに始めましょう」
零たちは、依頼通り、伸び放題になった雑草を刈り、枯れた枝を払っていった。灰堂は、縁側に腰掛けながら、その様子をじっと見つめている。
作業の途中、零がふと灰堂の方を見ると、老人の視線が、自分にじっと注がれていることに気づいた。
「……何か?」
「いや。お前さんの動き、少し気になってな」
「動き、ですか」
「ああ。雑草を刈る、ただそれだけの動作の中にも、体の使い方というものが出る。お前さんの動きは、妙に――『無駄がない』」
零は少し驚いた。ただ庭仕事をしていただけなのに、そんなことを見抜かれるとは思ってもみなかった。
「冒険者、と言っておったな。ランクは?」
「Eランクです」
「ほう。それにしては」
灰堂の目が、僅かに細まった。だが、それ以上、何かを言うことはなかった。
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作業を終えた頃、灰堂は零たちに茶を振る舞ってくれた。
「昔は、剣一本で名を上げたもんじゃった。だが、寄る年波には勝てん。今は、こうして庭いじりをするので精一杯じゃ」
「灰堂さんは、どんな剣士だったんですか」
聖が興味深そうに尋ねると、灰堂は懐かしそうに目を細めた。
「大したもんじゃない。ただ、剣を振り続けてきただけの、一人の老いぼれよ」
その言い方には、どこか謙遜以上の、深い含みがあるように零には感じられた。
「零、と言ったな」
「はい」
「お前さん、時々でいい。また、ここに顔を出さんか。庭の手入れも、まだ終わっとらん」
「もちろんです」
灰堂は満足げに頷くと、ふと、独り言のように呟いた。
「……久しぶりに、面白い若者を見た気がするわい」
その言葉の意味を、零はまだ理解できずにいた。
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帰り道、夜が珍しく、自分から口を開いた。
「あの爺さん、ただ者じゃない」
「え?」
「気配の消し方が、尋常じゃなかった。私が近づくまで、全く気づかれなかった。逆に、私の方が、先に気づかれてた」
夜の言葉に、熊谷も頷いた。
「俺も、なんか、あの爺さんの前だと、体が強張る感じがしたべ。ただの庭いじりの爺さんじゃねえと思うぞ」
聖もまた、真剣な表情で口を挟んだ。
「元剣士って言ってたけど……もしかしたら、私たちが思ってるより、もっと凄い人なのかもしれないわね」
零は、灰堂の鋭い眼差しを思い出していた。あの、値踏みするような視線。そして、自分の動きを「無駄がない」と評した、あの言葉。
(あの人は、いったい何者なんだ)
理由はわからないが、灰堂玄斎という老人が、これからの自分にとって、何か重要な存在になる予感がしていた。
夕暮れの空を見上げながら、零は、次にまた庵を訪れる日を、密かに心待ちにしていた。




