第十五話「商人の裏稼業」
Eランクへの昇格から数日、零のパーティーには、少しずつ依頼の幅が広がり始めていた。
「今日は、神崎さんから直接の依頼だ」
零がそう告げると、聖が少し眉をひそめた。
「神崎さんから? ギルドを通さずに?」
「ああ。個人的な繋がりで頼みたいことがあるらしい」
指定された商会の裏口に着くと、神崎銀次が、いつもとは違う、やや緊張した面持ちで待っていた。
「悪いな、急に呼び出して」
「何かあったんですか」
神崎は周囲を警戒するように見回してから、声を潜めた。
「実はな、最近、俺の商会が扱ってる荷物を狙う、妙な連中がいるんだ。普通の盗賊とは、ちょっと毛色が違う」
「毛色が違う、というと?」
「金目当てじゃねえ。荷の中身――特定の薬草だけを、執拗に狙ってきやがる」
零と夜は、思わず顔を見合わせた。
「特定の薬草……何の薬草ですか」
「『癒草』の上位種、『聖癒草』だ。病を治す力が、格段に強いって言われてる代物でな。聖教会にも卸してる、貴重な品だ」
聖が神妙な顔で口を挟んだ。
「聖癒草は、確かに聖教会でも重宝されてる薬草です。でも、なぜそれだけを狙うのか……」
神崎は苦い顔で腕を組んだ。
「わからねえ。だが、狙われてるのは事実だ。今回、次の輸送で、また同じ連中が現れるかもしれねえ。護衛を頼みたい」
零はしばらく考えてから、頷いた。
「わかりました。引き受けます」
⸻
輸送当日、零たちは、荷馬車に積まれた聖癒草を守りながら、街道を進んでいた。
「静かすぎる、って感じがする」
夜が、警戒するように周囲を見回しながら呟いた。
「何か気配でも?」
「まだ、はっきりとは」
しばらく進んだところで、街道の先に、複数の人影が見えた。神崎の言う通り、明らかに普通の盗賊とは違う雰囲気を纏っている。統率の取れた動き、そして――どこか、暗い執念のようなものが感じられる目つき。
「積み荷を、置いていけ」
先頭の男が、抑揚のない声でそう告げた。
「断ったら?」
零が問うと、男は僅かに笑みを浮かべた。
「力尽くで、奪うまでだ」
その言葉と同時に、男たちが一斉に武器を構えた。
「熊谷、前に!」
「おうよ!」
熊谷が大盾を構えて前に出る。夜は側面へ回り込み、聖は後方で治癒の準備をした。
戦闘が始まると、零は違和感を覚えた。相手の動きは統率が取れているものの、決して洗練された戦闘技術というわけではない。それよりも、まるで何かに突き動かされているような、異様な執着心が、その動きの端々から滲み出ていた。
「なんで、そこまで薬草に執着するんだ!」
零が叫びながら問うと、一人の男が、うわ言のように呟いた。
「主様が、望んでおられる……薬を、集めよと……」
「主様……?」
聞き覚えのない言葉に、零は僅かに眉をひそめた。だが、深く考える余裕はなかった。
夜の短剣が男たちの得物を弾き、熊谷の盾が突撃を防ぎ、聖の支援魔法がパーティー全体を後押しする。零もまた、あの馴染みのある感覚――僅かに鮮明になる視界を頼りに、相手の攻撃を最小限の動きで捌いていった。
やがて、統率の取れていたはずの男たちの動きに、次第に乱れが生じ始めた。
「くそっ、退くぞ!」
指揮官らしき男がそう叫ぶと、残った者たちは、荷馬車を放棄して森の中へと逃げ込んでいった。
⸻
戦闘後、荷馬車の無事を確認しながら、零たちは互いの顔を見合わせた。
「今の連中、普通じゃなかったな」
熊谷が、大盾を下ろしながら呟いた。
「ええ。まるで、何かに操られているような……」
聖の言葉に、零も同意した。
「『主様』って、誰のことなんだろうな」
夜は、逃げていった男たちの去った方向を、じっと見つめていた。
「……嫌な予感がする」
その言葉に、零も無言で頷くしかなかった。
⸻
輸送を無事に終えた後、零たちは神崎の元へ報告に向かった。
「よくやってくれた、助かったぜ」
神崎はほっとした表情を浮かべたが、零たちの報告――「主様」という言葉を聞くと、僅かに表情を曇らせた。
「主様、ねぇ……。ただの盗賊にしちゃ、妙な話だな」
「神崎さんは、何か心当たりがあるんですか」
零が尋ねると、神崎はしばらく考え込んでから、首を振った。
「いや、正直、俺にもわからねえ。だが」
神崎は真剣な表情で続けた。
「聖癒草みたいな貴重な薬草を、金目当てじゃなく、まるで信仰みたいな執着で狙ってくる連中がいるってのは、穏やかじゃねえ話だ。用心するに越したことはねえな」
零は、あの隣町での出来事を思い返していた。原因不明の奇病、そして黒い装束の異形の者。今回の一件と、何か繋がりがあるのだろうか。
確証はない。だが、胸の奥に燻る、消えない違和感だけが、確かに零の中に残っていた。
「零、大丈夫か。難しい顔してるぞ」
熊谷の声に、零は我に返った。
「……ああ、大丈夫だ。ただ、少し気になっただけだ」
夕暮れの街を歩きながら、零は静かに空を見上げた。
見知らぬ世界には、まだまだ知らないことが、数えきれないほどある。だが、その一つ一つと向き合っていくことこそが、今の自分にできることなのだと、零は改めて思うのだった。




