第百一話「仲間たちの絆」
エルナが、静かに、去っていった、その日の夜。
零たちは、森を抜けた先にある、小さな宿場町で、旅の疲れを、癒すことにした。だが、その夜、零は、なかなか、寝付くことが、できずにいた。
(エルナ、今頃、どうしてるんだろうな)
宿の一室、狭い寝台に横たわりながら、零は、静かに、天井を、見つめていた。あの、涙を流していた、エルナの姿が、瞼の裏に、焼き付いて、離れなかった。
「――零、まだ、起きてるの?」
襖の向こうから、聖の、静かな声が、聞こえてきた。
「ああ、少しな」
「入っても、いい?」
「もちろん」
聖が、静かに、部屋に、入ってきた。手には、湯気の立つ、湯呑みを、二つ、持っている。
「眠れないなら、温かいお茶でも、どう?」
「ありがとう」
零は、体を起こし、聖から、湯呑みを、受け取った。温かい、優しい味わいが、口の中に、広がる。
「――エルナのこと、考えてたんでしょう」
聖の、鋭い指摘に、零は、苦笑した。
「わかるか」
「わかるわよ。あなた、あの子と、話してるときの、顔――まるで、自分の、痛みを、重ねてるみたいな、顔をしてた」
聖の言葉に、零は、静かに、頷いた。
「――ああ、そうかもしれないな」
⸻
「零、あなた、これまで、あまり、話してくれなかったけど」
聖は、静かに、湯呑みを、両手で、包み込みながら、続けた。
「あなた自身の、過去のこと――もう少し、聞かせてくれない?」
その問いに、零は、しばらく、沈黙した。これまでの旅で、断片的には、話してきたことも、あった。だが、改めて、その全てを、語ることは、まだ、少なかった。
「――俺は、生まれつき、体が、弱かった」
零は、静かに、語り始めた。
「心臓に、欠陥があった。肺も、弱かった。物心ついたときには、既に、いくつもの病名を、告げられてた」
聖は、静かに、その言葉に、耳を、傾け続けた。
「父は、俺が、五歳のときに、いなくなった。母は、女手一つで、俺を、育ててくれた。朝も、夜も、働きづめで――でも、いつも、笑ってくれてた」
零の声には、深い、想いが、滲んでいた。
「母は、俺が、十五のとき、過労で、倒れた。そのまま、目を、覚まさなかった」
「――零……」
聖が、痛ましげに、そう、呟いた。
「それから、二年、俺は、一人で、路上を、彷徨ってた。病弱な体を、抱えたまま、日雇いの仕事も、まともに、見つからず……」
零は、静かに、続けた。
「そして、あの、雪の夜――俺は、意識を、失った。気づいたら、こっちの世界に、いたんだ」
⸻
聖は、静かに、その話に、耳を、傾け続けていた。やがて、優しく、口を開いた。
「――辛かったのね」
「今は、そうでもない」
零は、少し、笑いながら、答えた。
「みんなと、出会えたから。聖、夜、熊谷、花霞――みんなが、いなかったら、俺は、きっと、ここまで、来られなかった」
その言葉に、聖は、優しく、微笑んだ。
「私たちだって、あなたが、いてくれるから、こうして、前に、進めてる」
⸻
「――だからこそ、エルナのことも、放っておけないんだ」
零は、静かに、続けた。
「あの子は、誰からも、選ばれずに、ただ、病神の、道具として、創られた。俺は――そんなの、間違ってると、思う」
聖は、静かに、頷いた。
「私も、そう思う。あの子にも、ちゃんと、自分の意思で、選べる、未来が、あるべきよ」
「――ああ」
零は、静かに、湯呑みの、温かさを、両手で、感じながら、そう、答えた。
⸻
翌朝、零たちは、宿を、発つ準備を、進めていた。
「――今日も、いい天気だべ」
熊谷が、大きく、伸びをしながら、そう、呟いた。
「南方への、道のり、まだ、続くわね」
聖の言葉に、夜が、静かに、地図を、確認しながら、頷いた。
「この先に、古くからの、信仰の中心地が、あるらしい」
花霞も、静かに、荷物を、整えながら、口を、開いた。
「零殿、昨夜は、あまり、眠れなかったのでは、ございませんか」
「……よく、わかるな」
零の、苦笑いに、花霞は、優しく、微笑んだ。
「零殿の、お顔には、いつも、正直に、心情が、現れておいでですから」
その、指摘に、零は、少し、照れくさそうに、頬を、掻いた。
⸻
宿場町を、発ちながら、零は、改めて、仲間たちの、存在の、大きさを、噛みしめていた。
聖の、優しさ。夜の、素直さと、鋭い観察眼。熊谷の、変わらぬ、力強さ。そして、花霞の、静かな、包容力。
それぞれが、異なる過去と、痛みを、抱えながらも、今、こうして、共に、歩んでいる。
(この絆が、俺の、本当の、強さなんだ)
零は、静かに、そう、心に、刻みながら、次なる目的地へと、仲間たちと共に、その、確かな足取りを、進めていくのだった。
見知らぬ国の、朝の光の中、零たちの、絆は、また一つ、深く、確かなものへと、育まれていくのだった。




