【第10話-01】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
第10話、開幕です。
ここから視点は――花音。
祝福のように始まったものが、
いつの間にか“呪い”にもなり得る。
成功。才能。縁。
そして、運命という言葉。
静かに整っていく世界の裏で、
まだ誰も気づいていない感情が、確かに芽吹いています。
青年たちの物語、
もう一段、深い場所へ。
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同年1月
【Scene01.1:設立】
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1月1日
株式会社み組は発足した。
登記上の設立日は元日だが、手続きはすでに前年末に済ませてあり、実際の運用は正月休み明けからとなった。
まずは、み組ドメインを取得し、公式Webページを立ち上げる。
《美由由美Webページ》の運用請負のみ)、役員挨拶、そして問い合わせフォームを掲載。
メールアドレスも「み組」ドメインで統一され、問い合わせフォームへの入力はAIが仕分けし、当面は美由の業務用メールに転送する体制となった。
しばらくは積極的な営業活動を行わず、収益源のメインは美由由美Webでの売上となる計画だ。
粗利の中心は、美由による写真データ販売と、入札制予約で消費されたポイント分の粗利確定。
グッズ販売や仲居写真の売上はインセンティブ還元が大きく、粗利は比較的低い。
このあたりは、今後「霞の宿」との交渉課題となっていくだろう。
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そんな中、美久が声を上げた。
「私も役員として写真を販売する」
現在、美由の写真は、仲居時代のものを美由由美Webで扱い、独立後のものは、リンクを経由してみ組Webへ誘導する形が取られている。
同様に、美久のページも美由由美Web上にサムネイルとサンプル画像を掲載し、実際の販売はみ組Webで行うスタイルが採用された。
これは、美由由美Webの既存ユーザーを、み組Webへと誘導するための導線設計だったのだが――
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今回、美久が公開したのは、美由と同様、3枚組の写真セット。
1.スーツ姿で凛と立ち、視線をまっすぐカメラに向けたカット
2.同じくスーツ姿だが、少し砕けた雰囲気のカット
3.私服姿の自然な一枚
価格は3枚セットで200円。
しかし、このセットが予想を上回る反響を呼んだ。
美由の写真が毎日100DLペースで売れているのに対し、美久の写真は200DLペースで売れている。
このペースが1年間続けば――200DL × 200円 × 365日=約1,460万円。驚異的な数字だった。
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1月下旬、花音が株式会社霞の宿の東京支店を訪れる機会があり、和也は彼女に直接会った。
昨年12月にあった例の“噂”の話と共に、美由と美久の画像を見せ、意見を求める。
花音は静かに目を細めて言った。
「……草の技術ね。葉月母様が、美由にすべて叩き込んだものよ。
美久さんの写真も人を惹きつけるけど、美由のはもっとでしょ?──人を、虜にするの」
和也は息を呑んだ。
(やはり……そんな“技”があるのか?)
だが、花音はすぐに否定した。
「でもね、草の技はオカルトじゃないの。
何百年も積み上げてきた、ちゃんとした“技術”なのよ。
“気が写真に宿って声を聞かせる”なんて、そんな超常現象を起こすようなものじゃないの」
花音は写真ページを指さし、ふと尋ねた。
「ところで、美由の販売ページって、サムネイルやサンプル画像と、実際に売られてる写真、別よね?」
「わかるのかい?」
「当然よ。サンプル画像はよく似せてるけど、“草の技術”が感じられないの」
和也はうなずき、答えた。
「さっき花音から聞く前から、美由の画像に“人を魅了する力”があるのはわかってた。
そのままの画像をサンプルに使ったら、皆それだけで買ってしまう。
それは押し売りみたいで嫌だなって、美由とも話して、別画像に差し替えてるんだ」
「なるほど。じゃあ、サンプル画像で比較すれば、より美しい美久さんのほうがダウンロードされるのも当然ね」
「美由はちょっと拗ねてるけどね」
「でも本当に、美久さん綺麗よ。千晴姉さんを超えてるかも」
花音は少し上目づかいで言った
「……ティファニーのペンダント、和也からのプレゼントでしょ?」
「はは、わかるかい?」
「わかるわよ。一緒に着けてるチョーカーも?
組み合わせがとても自然で、まるで最初からセットだったみたい。
その2つが揃っていることで、美久さんの美しさがさらに引き立ってるわ」
「いや、あれは美久がもともと持ってたんだ。ペンダントをプレゼントした日に、初めて見た」
「じゃあ、このペンダントは“運命”ってことね。
最初からそれを受け取るために出会ったのかもしれない」
花音は、美久が和也と出会ったからこそ、ここまで美しくなれた――
そういう意味を込めて、そう言った。
和也はうなずいた。
花音があえて言葉にしなかったことも、正しく受け取って。
「……きっと、そうだと思う」
「ふふ、強くなったのね」
「守らなきゃいけない人が、三人もできたからね」
「焼けちゃうわ」
「……四人目は勘弁してくれ。もう、いっぱいいっぱいなんだ」
「大丈夫。私にも“運命の出会い”があるから。きっと、そう遠くない未来に」
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そう“その日”は、もうすぐそこまで迫っていた。
和也たちの物語が静かに落ち着きを見せる中で、
今度は――花音と千晴の物語が、再び動き出そうとしていた。
けれどもそのことを、まだ誰も知らなかった。
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【Scene01.2:初詣】
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1月1日
千紗たちは初詣に出かけていた。
千紗、晴道、優香、武――
同い年の幼なじみ、いつもの四人だ。
武180cm。
晴道175cm。
優香172cm。
千紗150cm(自称は155cm)。
千紗は思う。
(優香、今日は着物姿で草履だからいいけど、
いつもはパンプス履くだけで晴道を越えちゃうんだよね。
武の方が体格的にも釣り合ってるのにな)
いつもなら、そんなことを平気で口にして揶揄う。
だが今は言えない。
――なぜなら、晴道と優香の関係が“微妙”だから。
昨年九月。
千紗と晴道は、取り返しのつかない“間違い”を犯した。
起きてしまったことは取り消せない。
けれど、もう一度やり直すことはできる。
まだ十八歳、若いのだ。
千紗は思う。
今年は自分たちにとって、きっと激動の年になる――と。
春には高校を卒業し、それぞれの進路へ進む。
大学受験の結果がどうあれ(千紗と晴道はすでに推薦が決まっていたが)、変化は訪れる。
けれど、それだけではない。
胸の奥で、何かが動き始めている予感がしていた。
「はーるーみーちー、綿菓子買って♡」
千紗はいつものように、あざと可愛い仕草でせがむ。
「ダメだよ千紗。ちゃんとお参りしてから」
「晴道のケチ!」
いつもの掛け合い。
だが、どこかが少し違う。
千紗は、以前のように自慢の胸を露骨に押しつけたりはしない。
軽く当てる程度――控えめに。
なぜなら、二人は“経験してしまった”から。
深くつながってしまったから。
それはもう、冗談の範囲ではない。
だから、そっと触れるだけ。
それでも、着物姿の優香とは違って、千紗は洋服。
胸元はばっちり強調されている。
「その胸元、寒くないの?」と問われれば、
「これが乙女力よ」と返す。
どんな力なのかは、誰にもわからない。
その時、優香が慣れない草履でつまずいた。
倒れそうになる優香を、武がそっと支える。
「ありがとう……」
頬を赤らめる優香。
その様子に、武の顔も照れくさそうに緩む。
ふたりの間に、わずかな空気の変化が生まれた。
以前の千紗なら――
(さっさとくっついちゃえ)
と心の中で茶化していただろう。
けれど今は違う。
複雑な感情が胸にあった。
晴道の心を癒すには、優香の存在も必要。
千紗は、そう思っていた。
やがて神前に到着する。
お賽銭を入れ、手を合わせて願う。
「……晴道の心が、癒されますように」
だが、神頼みだけでは何も変わらない。
それも、千紗は知っている。
「おみくじ引こう!」
千紗は晴道の手を引っ張る。
「もう、引っ張るなよ」
「誰がいちばん良いの引くか、競争だよ!」
千紗の提案に、優香は呆れ顔。
「おみくじって、競うものじゃないでしょ」
「俺は絶対、大吉引くぜ!!」
武はきっと、何も考えていない。
結果は――
晴道:大吉
千紗:小吉
優香:吉
武:中吉
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「晴道、すごーい!
私は小吉だった~」
「私、吉……あんまり良くないのかな?」
「優香、吉は大吉の次に良いの」
優香はいつも通りボケ役、千紗はツッコミ役。
この構図も変わらない。
「大盛り、普通盛り、中盛り、小盛り、って覚えればいいんだよ。
ご飯のおかわりで“中くらいで”って言われたら、普通より少なく盛るだろ?
俺はいつだって“大盛り”だけどな!」
武は意味不明なことを言うが、なぜか説得力はある。
「恋愛……“迷うことなかれ。心に決めた人が最上”だって」
晴道のつぶやきに、千紗と優香は凍りついた。
(去年は選んでもらえたけど……今年は?)
千紗の胸に、不安が広がる。
けれど、そんな空気を振り払うように、笑顔を作って言った。
「じゃあ、一番悪かった人が、みんなにたこ焼き奢りね!」
「千紗、小吉だったんじゃ……」
「あっ、武、凶だったよね!」
「え? 中吉だけど?」
「じゃあ、千紗の奢り決定!」
優香がおみくじを枝に結ぼうとするのを、晴道が止める。
「優香、“吉”だし、いいことばっかり書いてあったんだろ?」
「え? おみくじって、枝に括るんじゃないの?」
「それはね、悪いことが書いてある時に“厄を置いていく”ためのものだよ」
「へぇ……」
優香は慌てておみくじを大事に折りたたみ、バッグにしまい込んだ。
よほど良いことが書いてあったのだろう。
千紗は結局、たこ焼きを八個入りで買って、みんなで二個ずつ分けた。
それもまた、青春の味。
帰り際。
「ねえ、晴道。綿菓子買ってくれる約束でしょ?」
「そんな約束してないよ……」
「え〜、かわいぃ、幼なじみのぉ、お願い聞いてくれなぃのぉ〜?」
妙なイントネーションで甘える千紗。
だが実際、可愛いのだから仕方ない。
しかも腕を組んで、さりげなく胸を寄せる。
晴道の視線が一瞬で釘づけになる。
その鼻の下が伸びるのを見て、優香の視線は氷点下へ。
「俺は小さい方が好きだぜ!!」
武の必死のフォローも、軽く無視された。
負けるな武、頑張れ武。
「たこ焼きだって食べたじゃない」
「たこ焼き二個で綿菓子交換って、割に合わないような……」
「ちゃんと“あーん”ってしてあげたでしょ?」
千紗はウインク一つ。
その瞬間、晴道は――
あの時、谷間をガン見していた自分を思い出し、
(あれはプライスレスだな……)
と、静かに納得して綿菓子を買いに行った。
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こうして――
彼ら、彼女らの“激動の青春の一年”が始まった。
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【Scene01.3:吉凶】
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1月1日
千晴と梨子は初詣に来ていた。
そう、女子二人で。
「お姉ちゃん、誰かいいひといないの……」
「梨子こそ……」
「「ふぅ」」
二人してため息ひとつ。
けれど千晴には、不思議な予感があった。
──今年は、きっと“運命の出会い”がある。
千晴は、依存という弱さから脱するため。
梨子は、幼かった憧れから卒業するため。
和也からは離れたけれど、ふたりともまだ、どこかで停滞していた。
神前にて
((素敵な出会いがありますように))
二人の願いは、見事に重なった。
おみくじ
千晴は大吉。
恋愛:運命の出会いがあるでしょう
→ 千晴の顔がぱっと明るくなる。
仕事:前途多難 耐える時です
→ そしてまた、沈む。
梨子は凶。
恋愛:運命は近くにあるが気づかない
(……誰のことだろう?)と首をかしげる。
一瞬だけ真顔になったあと、すぐに笑って言った。
「神様に“気づかない”って言われたら、探し出してやるしかないでしょ!」
仕事:全て順調
(うん、頑張らなきゃ。私は仕事に生きるの!)
気合いを入れるように、こぶしをギュッと握った。
千晴は話題を変える。
「梨子は実家に帰らなくていいの?」
梨子は数日前から高橋家に泊まり込んでいた
「うん、お父さんいつも忙しいから。
ゆっくり旅行でもして貰おうって思って
花音さんに頼んで、昨日から“新別館で2泊3日”確保してもらったの!
だから実家に帰っても誰もいないの」
「うぇ」
変な声が出た。
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※その“新別館”──年末年始の倍率は、軽く3,000倍を超えていた。
ニュースで報じられた平均倍率200倍は、あくまで予約開始から全日程の平均値。
12月31日〜1月2日などの人気日は、応募が殺到し、抽選倍率は桁違いだった。
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それは昨年、梨子と南が同室で泊まった日のチェックアウト時のこと。
「ねぇ花音さん。私、“花音さんの思惑”に巻き込まれたんだよね?」
「そうね……それは申し訳ないと思ってるわ」
「でも、とっても良い部屋だったよ。南と一緒じゃなかったらもっと良かったけど」
「南は……本当は良い子で……」
「それとこれは別」
──梨子はばっさり切り捨てる。
「それでね、私ね、お父さんとお母さんをこの部屋に泊めてあげたいなって」
「ええ、それくらいだったら」
「今回と同じ部屋でね!」
──それは、和也が来るかもしれないと思って確保した、最上位グレードの部屋。
もし和也が一人で来ていたら、花音は夜忍び込んだり……と考えていた。
「花音の奢りね!」
「えっ、ええ……」
それくらいは、仕方がない。
花音は、梨子を巻き込んだことを本気で申し訳なく思っていた。
「日程はどうするの?」
「12月31日から2泊3日で」
「うぇ」
変な声が出た。
「そこは流石に……」
「だって、抽選になるんでしょ?」
──未発表だったが、梨子は予想で言っていた。
「なぜそれを……?」
花音は目を見開く。
「カマかけてみました」
梨子は余裕の笑み。
「でも、やっぱりその日程は……」
「千晴お姉ちゃんに、“花音が南と悪だくみしてた”って言っちゃおうかな〜?」
「せめて1泊で……」
千晴は南のことをよく思っていない。
誤解とはいえ、花音はその南と親友になってしまったことを、どこか後ろめたく感じていた。
「ねぇ、この“和也お兄ちゃんへの招待状”、”一人”ってなってるよね?
……これってさ、花音さん、夜忍び込んだりするつもりだったんじゃない?」
──この招待状、和也から千晴経由で梨子の手に渡ったもの。
とっくにバレているが、度重なる追撃に焦る花音は、もう余裕がなかった。
「わかったわ……。12月31日から1月2日の2泊3日で、ご両親を招待するわ」
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そんなやりとりがあったことを、千晴は何も聞いていない。
けれど、梨子の雰囲気から察してしまう。
だから──
(私の妹は世界最強)
そう再び確信していた。
梨子はくるっと振り返り、空を仰いで言った。
「神様に“凶”って言われたって、返り討ちよ!」
意味は判らなかったが千晴は思わず吹き出す。
そし、胸の奥がふわっとあたたかくなった。
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【Scene01.4:両親】
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1月2日
千紗は小泉家に招かれていた。
「夕食、一緒に食べない?」
――正確には、「夕食、作ってくれない?」である。
小泉家は共働き。
11月頃からほぼ毎日、千紗が晴道の家で夕飯を作っていた。
もっとも、両親が帰るのはいつも遅く、温め直して食べるのが常だった。
けれども――
クリスマス前、たまたま早く帰宅できた両親が出来立てを食べたその夜、
「これ、お店の味じゃない!」
と、沙織は目を輝かせて叫んだ。
以来、彼女は再び“あの味”を食べたいと虎視眈々と機会を狙っていた。
「おせちも飽きたでしょ? 今日は洋食にしましょ!」
建前としてはそんな軽い誘いだったが、次の瞬間――
「クリスマス前に作ってくれたポークソテー、忘れられないの。またお願いできる?」
すでに本音全開である。
千紗は、小泉家全員の“胃袋”を、がっちり掴んでいた。
──
年始の2日にもなれば、開いているスーパーも増えてくる。
千紗と晴道は買い出しに出かけた。
いわば“買い物デート”である。
その道すがら、晴道がふいに切り出した。
「なあ、千紗……あの計画、本当に実行するのか?」
千紗はクスッと笑って、少し意地悪に返す。
「……晴道は、“したく”ないの?」
「いや、“したく”って……うん、したい。したいんだけどさ……」
彼の返事はいつになく素直だった。
──
──“あの計画”とは、明日1月3日に行われるクラスの食事会のこと。
ファミレスでの集まりのあと、受験生以外で“2次会”としてカラオケへ。
場合によっては、オールになる可能性もある。
参加条件は「保護者の許可証明が必要」という、クラス内で定められたルール。
だが、それは二人にとっては――あくまで“表向き”。
実際の計画はこうだ。
「2次会に参加」と見せかけて、
途中で抜け出し、ふたりでホテルに泊まる。
高校最後の冬休み。
ふたりは18歳で、すでに成人。
受験も終えており、何の障害もない。
バイトでお金も稼いだ。
特に千紗は、あのコンセプトカフェでがっつり働いていた。
けれども――
クリスマスイブに初めて結ばれてから、
バイト、家庭の事情、そして“タイミング”の不一致が続き、
再び深く結ばれる機会はまだ訪れていなかった。
だからこそ、千紗はあらためて問いかけたのだ。
“したく”ないの? と。
そして、晴道は答えたのだ。
“したい”と。
ふたりは無言で頷き合い、計画実行は合意された。
⸻
夕方。
夕食は沙織も一緒に調理し、温かく楽しい時間となった。
そして、食後のコーヒータイム。
晴道が、意を決して話を切り出す。
「父さん、母さん。明日の夜のことなんだけど……」
「クラスの子たちと食事会でしょ? 聞いてるわ」
沙織が軽やかに返す。
「うん。それだけじゃなくて、その後の……2次会のことなんだけど」
「カラオケでオールかもってやつね?」
「……うん。受験終わってる人だけだから、親の承認を証明するってルールになってて……」
できるだけ自然に、慎重に話を進める晴道。
だが沙織の返事は拍子抜けするほど軽かった。
「いいわよ。LINEで“オッケー!”って送っておけばいい?」
「うん、ありがとう」
晴道が安堵したその瞬間――
「千紗ちゃんも行くの?」
「はい。美優お母様の了承は取ってあります」
「そっか。じゃあ――はめを外しすぎないようにね」
晴道がほっとした顔でコーヒーを口に含んだ、まさにそのとき。
「違った。“はめ”すぎないようにね、だったわ」
──ブッシューッ。
晴道が盛大にコーヒーを吹き出した。
横で意味のわかっていない洋介が、慌ててフキンを差し出す。
「洋介さん、また“二人きりの夜”ね? クリスマスイブ以来じゃない?
私たちも、“はめ”過ぎないようにしないとね〜」
──今度は、洋介が吹いた。
ようやく意味を理解したらしい。
沙織さん、実は下ネタ大好き人間だった。
千紗はというと――
この展開を予想していたのか、コーヒーには手をつけていなかった。
その代わり、顔を真っ赤にして、
下を向いたまま、一切顔を上げられなかった。
⸻
【Scene01.5:梨子】
⸻
1月3日
梨子は、昨夜遅く――霞の宿から帰宅する両親に合わせて、実家に戻っていた。
そして今日は朝から、高校時代の友人たちに新年の挨拶をし、夕方になって家に帰ると、ふと、思い立った。
──そういえば、あの子たち、今どうしてるかな。
可愛い年下の幼なじみたちの顔が浮かび、無性に会いたくなった。
ドアを開けて外に出ると、ちょうど隣の氷室家の前で、優香にばったり出くわした。
「……あれ? 梨子お姉ちゃん、お久しぶりです!」
「優香ちゃん、大きくなったね。それに、美人になった」
「い、いえ、そんな……あっ、ごめんなさい! 今急いでて……あーん、置いてかれちゃう!」
優香はドアに鍵をかけるなり、慌てて走り去っていった。
「……氷室家は留守か」
梨子は少し苦笑して、もう一軒の隣――小泉家のインターホンを鳴らす。
出てきたのは、久々に見る沙織だった。
「まあ、梨子ちゃん。新年あけましておめでとう。もう大学卒業かしら?」
「沙織さん、新年あけましておめでとうございます。ご無沙汰してます。大学はもう卒業式を待つだけで……そろそろ、父の仕事を手伝おうかと思ってて」
梨子の父・阪本孝は、「阪本家具個人輸入代行株式会社」を営んでいる。
海外の高級手作り家具を専門に扱い、顧客の希望に沿った一点物を届ける個人輸入代行業者だ。
「そうなのね。みんな、すっかり大人になっちゃって。うちの晴道も、春から大学なのよ」
「晴道くん、今いらっしゃいますか?」
「ああ、ごめんなさい。たった今、千紗ちゃんとクラスの食事会に行ったところなの。今晩は帰らないかも」
「カラオケでオールとか、ですかね?」
「うーん、どうかしら? ……“はめ”すぎなきゃいいけれども」
──ん? 今の、イントネーション変じゃなかった?
それにあの顔……絶対、くだらない下ネタに満足してる顔よね。
梨子は内心でツッコミを入れる。
沙織が実は“下ネタ大好き人間”だということを、彼女はよく知っていた。もう19年の付き合いになるのだから。
「それじゃ、また改めて伺いますね」
そう言って梨子は、その場を後にした。
⸻
その後、美優にも年始の挨拶を済ませて帰宅すると、ちょうど父・孝が声をかけてきた。
「なあ梨子。明日から得意先に挨拶回りに行くんだが、ついてくるか?」
「あっ、行く行く。お客さんに紹介してくれるの?」
「当然だろ。お前には、これからガンガン働いてもらうからな」
「りょーかーい、社長!」
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そうして梨子は、年始から父の仕事を手伝うことになり、
晴道たちと顔を合わせる機会を失ったまま、大学のある街へと戻っていく。
⸻
──そして春。
晴道たちは、大学へと進学し、
実家に戻った梨子とは、完全にすれ違ってしまった。
二人がふたたび――”ちゃんと顔を合わせて話す”のは、
それから約1年後のこととなる。
もし、この日。
梨子が午前中の時間を、高校の友人ではなく、晴道たちに会うのに使っていたら。
もし、優香が食事会の時に
「今日、梨子お姉ちゃんと会った」と、晴道に話していたら。
晴道と千紗の関係も、
千晴の未来も、
そして梨子自身も――違った未来になっていたのかもしれない。
⸻
梨子が、あの日、神社で引いたおみくじの結果は――凶。
その内容は、こうだった。
恋愛:運命は近くにあるが気づかない
仕事:全て順調
『神様に「気づかない」って言われても、探し出してやる』
おみくじを手にした時、彼女はそう意気込んでいた。
けれども、神様の予言は――案外、的確だったのかもしれない。
──それもまた、運命だった。
第10話、ここまでお読みいただきありがとうございました。
和也たちの静かな動きと、
千紗たちのにぎやかな青春。
同じ時間軸のはずなのに、温度がまったく違う――
その対比も含めて楽しんでいただけていたら嬉しいです。
そして、早くも10話です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
皆様の応援をいただけましたら、大きな励みになります。
誰の物語が読みたいですか?
名前だけでも教えてくだされば、今後の展開の参考にさせていただきます。
また、リアクションやブックマークをいただけましたら、とても嬉しいです。
⸻
次回、
感謝は、祝福にもなる。
けれど時に、それは新たな“縁”を結び直すきっかけにもなる。
晴道が胸に抱く「ありがとう」の想い。
千紗の覚悟。
そして、ほんの数分のすれ違い。
運命は、大きな選択ではなく、
たった数分の差で形を変えていく。
にぎやかなカラオケの裏で、
静かに動き出すものとは――。
お付き合いください。




