【第09話-07】エピソード0 ― 始まりの物語-千紗
挨拶に来ただけのはずなのに、
空気が、少しだけ変わりました。
「え?」ってなる瞬間。
今日は、そこから始まります。
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【Scene 16:……なにそれ!? なんでいるの〜〜!!?】
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「おっ、お姉様!?」
知紗ちゃんが目を見開いて叫んだ。
「なんでいるの!!?」
……それ、こっちのセリフです。
「本日は入居者全員を連れて、ご挨拶に伺いました」
美優お母様は、まるで予定調和のように静かに口を開く。
私たちの方を振り返った後、まっすぐ知紗ちゃんに視線を向けた。
「蘭さんはご在宅とお聞きしておりますが、お取次ぎいただけますでしょうか」
その言葉に、知紗ちゃんはしどろもどろになりながらも、
「あ、えっと、はい、きっ……聞いておりますので……あの、こちらへ……」
と玄関の奥へ私たちを案内した。
──そして、応接室。
高村蘭。
高村知紗、理紗。
……冷静になって考えると、苗字が同じなんだよね。
でもさ、それだけでまさか親子だとは思わないよ?
「知紗ちゃん、蘭さん呼んでくれます?」
美優お母様はあくまで自然体で促す。
美優お母様は、私と蘭さんの娘が同じ名前って知っていたのだろうな。
それを交渉材料にも使っていたかも。
高橋さんのことも事前に知ってたみたいだし、
まさに情報を制する者が勝つということを、地で行ってる人だ。
「……あ、はい。少々お待ちください」
知紗ちゃんは固まりかけながらも、その場を離れていった。
──さて、ここで少し冷静になって考えてみた。
うちのお母様と蘭さん。
高校卒業後も手紙のやりとりくらいはあったと聞いてる。
私、千紗が生まれたことくらい、きっと蘭さんも知っていた。
その三年後、自分の娘に「知紗」って名前をつける?
……うん。
「そういうことか」
情報共有のため、敢えて口に出す。
「どうしたの?」
「なに?」
「名前が同じなのは、偶然じゃなくて──必然だったんだなって」
「……あ、なるほど、蘭さん……」
「……な、なにそれ? なんの話??」
──誰にでも分かる。最後のが優香の台詞。
いやいや、さすがにもう察してよ。
優香にも双子の姉妹に会った話はしてるし、写真だって見せたし。
今日の状況でピンと来ないの、本当ポンコツすぎる。
やがて──知紗ちゃんに先導されて、ダンディーな男性が姿を現した。
「初めまして、高村蘭です。今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」
想像以上の大人の男、って感じだった。
若い頃はさぞかしイケメンだったんだろうな。
正直、うちのお父様と並べると……上、かもしれない。
(お父様、ごめんなさい)
「本来ならば私自ら物件をご案内すべきでしたが、社長という立場上、中々そうもいかず……」
ああ、この一言だけでも中身が分かる。
器の大きさというか、誠実さというか。
高橋さんからも聞いてた。
この2ヶ月間、蘭さん自身も休まず動き回ってたって。
だから、高橋さんも社長のことをあまり責めてなかったし、会社にも報告しなかった。
もし……蘭さんが少しだけ勇気を持っていたら。
お母様と、今どうなっていたか分からない。
「家族サービス強化期間」
知紗ちゃんがぼそっと呟いた。
うん。
蘭さんの家庭内ポジション、理解した。
「そうだ知紗、理紗と武くんはどうしてる?」
「武さんの部屋でイチャイチャしてる」
「……おい、お客様の前でそんな言い方は──」
「そんなこと言える立場なの?」
蘭さん、撃沈。
「じゃ、呼んでくる」
知紗ちゃんが席を立った。
うん、想像以上に“悪い”姉だ。
……っていうか今、“武”って言った?
「武くんは私の甥なんだが、来月から君たちと同じ大学へ通うことになっててね。うちに居候するんだ。だから、挨拶させようと思ってね」
「ありがとうございます。新しい生活を始めるのに、知り合いが多いに越したことはありません」
私は代表して答える。
でも、心の中ではまだ引っかかってた。
──理紗ちゃんが部屋でイチャイチャしてるって、どういうこと!?
あの無口で冷静で大人びた理紗ちゃんが、イチャイチャ……?
やがて──
「蘭叔父さん、失礼します。入ります」
知紗・理紗とともに、そこに現れたのは──
もうひとりの幼なじみ。
武だった。
その瞬間、私の心は叫んだ。
(……なっ、なにそれ!? なんでいるの~~~!!?)
でも……ちょっとだけ冷静に思った。
(うん……いや、さすがにちょっと察してた)
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【Scene17:四人は、幼なじみでした】
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「えっ、武!? なんで……」
優香が椅子から立ち上がる。目を見開き、息を呑んだような声だった。
「優香! ……みんな、そうか。紹介したいって言われてた“同級生”って……お前たちのことだったんだな」
武の声には驚きと、どこか納得したような響きが混じっていた。
優香と武の間に、特別な空気が流れる。
鋭い人間なら、すぐに二人の間の過去を察しただろう。
武は努力家だ。
10月、スポーツ推薦の話を蹴って、自力で一般入試の道を選んだ。
地頭もあったのだろうけど、並々ならぬ努力をしていたのを私は知ってる。
そして合格発表の日。
彼は、優香に告白する決意を固めた。
同じ塾に通い、一緒に勉強して、支え合っていたふたり。
莉子から聞いた話では、いい雰囲気だったらしい。
……だから、武にも勝算があったはずなのだ。
──ただ、彼は私と晴道を立ち会わせるという選択をした。
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武は一歩前に出て、まっすぐ優香の瞳を見つめる。
「優香。……ずっと好きだった。俺と、付き合ってくれ」
沈黙が、落ちた。
やがて、優香がゆっくりと口を開く。
「……ごめん。今は、私……晴道に夢中だから。他のこと、考えられないの」
その声には、静かな拒絶と、精一杯の誠意がにじんでいた。
武は一瞬だけ目を伏せた。
でも──ふっと笑って顔を上げる。
「そっか。……じゃあ、しゃーねぇな」
そしてもう一度、優香の目を見て言った。
「“今は”……なんだな。晴道に夢中ってことは、俺のこと、嫌いじゃないってことだよな?」
優香は、驚いたように目を見開き──でも、否定はしなかった。
「……だったら、俺は──優香に振り向いてもらえるように努力する」
武の笑顔は、押しつけでも諦めでもなかった。
ただ、まっすぐで、真剣な決意だった。
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あの時の武は、格好よかった。
……正直、私だって晴道がいなかったら、惚れてたかもしれない。
武は昔からずっと、いい奴だった。
私と晴道を立ち会わせたのだって、優香に余計な動揺をさせないため。
もし二人きりだったら、優香は押しに流されてOKしてたかもしれない。
その後、微妙な空気になったかもしれない。
だから──武は、私たちの前で正々堂々と告白した。
武には、報われてほしい。心から、そう思う。
……晴道からも、そう聞いた。
なのに、なのに──
「……なに、この雰囲気」
理紗ちゃんが、ものすごい目で優香を睨んでいる。
──あれは女の目だ。
恋敵を射殺せんとする、鋭いまなざし。
中学3年生──いや、もう数日で高校1年生だけど……
あんな目をできるなんて、ただの“子供”じゃない。
理紗ちゃん、絶対に武のこと狙ってる。
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全員が席についたところで、蘭さんが口を開いた。
「皆、揃ったようだね。妻は……ちょっと所用があって同席できないんだが」
……うん、分かります。
旦那の“元想い人”なんて、自分の家に呼びたくないよね。
しかも、2ヶ月も家に帰ってこなかった理由が“その人”なら、なおさら。
……ごめん、お母様。
全部あなたのせいです(愛情的な意味で)
「それで紹介しようと思って同席させたんだが……どうやら、全員面識があったようだね」
蘭さんが笑った瞬間──空気が引き締まった気がした。
柔らかな笑みの奥に、鋭い洞察力が潜んでいる。
まるで、全員の関係性を一瞬で見透かしたかのようだった。
──やっぱり、この人は只者じゃない。
そして、思わず浮かんだのは美優お母様の顔。
似すぎてる。
だからこそ、親友止まりだったのかも。
……って、今はそんな妄想してる場合じゃない!
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千紗ちゃん、モードチェンジ。
私は立ち上がり、背筋を伸ばした。
微笑みながら、計算通りの口調と間合いで話し出す。
「改めまして、初めまして。私は如月千紗と申します。
こちらが小泉晴道、そして氷室優香。
この3人で、今回契約させていただきましたシェアハウスへ入居させていただきます」
声のトーンは、丁寧でありながら少し明るめに。
そして、一拍おいて──
「お嬢様とは、先日偶然立ち寄ったカフェでご一緒しまして……
少しお話しするうちに、ご縁を感じまして、連絡先を交換させていただきました」
“娘さん”ではなく“お嬢様”と呼ぶことで敬意を表しつつ、距離を取りすぎない。
最後は──もうひと押し。
「それと……武さんは、蘭さんの甥御さんにあたられますよね?
実は、私たち4人──小さなころからの幼なじみなんです。
気づけばいつも一緒で……たぶん、家族みたいなものです」
優香と晴道に視線を送る。
自然な空気と信頼感をにじませるように。
──どう? やりきったよ、私。
美優お母様の方をちらっと見ると、にっこりと微笑んでくれた。
合格点、いただきました!
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「そうだったのか……武がね」
蘭さんが言いかけたその時──
「武はうちじゃなくて、シェアハウスに一緒に……」
その続きを言いかけた瞬間──
理紗ちゃんが、スッと視線だけでお父様を黙らせた。
──娘、強し。
高村 知紗、理紗、武。
ここで繋がるとは――
予想できていましたでしょうか?
名前だけは出ていた。
でも、「まさかここで?」と思っていただけたなら、
作者冥利に尽きます。
驚いたのか、
察していたのか、
それともニヤリとしたのか。
リアクションでも構いません。
どう思ったか、ぜひ教えてください。
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次回、
最強の、でもどこか弱いキャラが登場します。
完璧に見えて、隙がなくて、
大人で、有能で、きれいで。
だけど――
たった一言で揺れてしまう。
計算で生きてきたはずの彼女が、
“本気”に触れた瞬間。
そして、その登場が
静かに、でも確実に、均衡を崩していきます。




