【第09話-06】エピソード0 ― 始まりの物語-千紗
シェアハウス見学は、順調すぎるほど順調。
契約条件も整い、
設備も想像以上、
親たちの本気も見えた。
……でも。
ひとつだけ、気になる名前がある。
高村不動産の担当者――高橋。
高橋……?
どこかで、聞いたことがあるような。
偶然か、それとも。
そして物語は、
“終わりがあるからこそ大切にできるもの”へと踏み込んでいきます。
穏やかな午後のはずが、
最後に爆弾が投下される予感しかしない回です。
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【Scene13:終わりがあるから、大切にできること】
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「もうすぐ着くわ」
美優お母様が、不意に口調を変えた。
「シェアハウスの契約だけど、4年の定期借家にしてもらっているの」
──つまり、4年後には必ず出ていかなければならない契約。
どんなに心地よい生活空間を築けても、終わりがあるということ。
さっきの昔話と合わせて──
美優お母様は、私たちに“期限付きの青春”を伝えている。
……でも。
4年もいりません。
きっと、もうすぐ──決着はつくと思います。
「蘭くんには無理を言って、格安で貸してもらってるからね。次はちゃんと適正価格で、利益も出してもらわないと」
あくまで建前も忘れない、美優お母様らしい言い回し。
「じゃあ、留年は絶対できませんね」キリッ。
……キリッじゃない。キリじゃ。
このポンコツ美人は、ほんとにタチが悪い。
「千紗、優香ってここまでだっけ?」
「そうよ、昔からポンコツよ」
私が言い切ると、晴道が呆れ笑いを浮かべていた。
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予定通り、15時ぴったりにシェアハウスへ到着。
玄関前には、蘭さんの会社の担当女性が待っていた。
「お待ちしておりました、“美優”様」
え? こういうときって普通、苗字じゃない?
「本日ご案内させていただきます、高橋と申します」
「よろしくお願いね」
「はい。社長より『くれぐれもよろしく頼む』と申し伝わっております」
……なんか、含みのある言い方。
“美優様”呼びとあわせて、これは確実に何かある。
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玄関の扉が開いた瞬間、声が漏れた。
「うわ、玄関広い!シューズボックスも大きい!」
優香がはしゃぐ。
──これは、間違いなく剛志さんのこだわり。
家族じゃない他人同士がすれ違う空間は、広くて正解。
まずは3階から。
個室が3つ。それぞれにクローゼット、勉強机、エアコン完備。
マットレス付きベッドにカーテンまで揃ってるから、寝具さえ持ち込めばすぐ住める。
トイレと洗面台、そして広い収納まである。
「どの部屋にする?」なんて、優香とはしゃぎながら見て回る。
──3階に洗面とトイレがあるのは、正直ありがたい。
晴道は2階に住む予定だから……朝のぼさぼさ顔を見られずに済む。
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2階に降りると、吹き抜けのリビングとダイニングキッチンが広がっていた。
「わっ、めちゃくちゃ居心地良さそう」
「でも、家具は……これからかな」
「TVもソファーも、しばらくは無理だよね」
──いや、それが。
「ソファーとテーブルは氷室家から」
「テレビ周りは小泉家から」
「キッチンツールは如月家から」
美優お母様が、ぽつりぽつりと空いたスペースを指差していく。
「それぞれ、お祝いとしてプレゼントよ」
(知ってます。事前に私だけ、相談されてたので)
「ソファーとテーブルは、剛志さんのこだわり。無垢材で設計も手製」
「テレビは大画面の壁掛けホームシアターセット」
「キッチンは、千紗ちゃんが使いやすいように、道具一式揃えてあるのよ」
──私たちが出て行く時、それらは次の住人へ引き継がれていく。
それが、蘭さんへの恩返し。
ちなみに、3家族はわりと裕福だ。
氷室家は、剛志さんが建築事務所を経営。
小泉家は出版社勤めの共働き夫婦で、バリバリ稼いでる。
そして如月家は……父は教育コンサル。でも家計の本丸は美優お母様。
──株で。ガッツリ、稼いでる。
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「すご……」
「いつの間に……」
「細かいものは自分たちで揃えてね。食器や日用品とか」
「引っ越し業者は来週末に手配済み。それまでに荷造りしておくこと」
「「「はいっ!」」」
なんだか、来月からの生活が──現実になってきた。
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最後に、1階へ。
広めの玄関。バスルームと洗面所、それに共有収納スペース。
「バスルーム、ひろ……」
──これは、危ない。
だってこれ、晴道と一緒に入っても──いやいやいや!
にやける顔を、必死に抑える。
ふと横を見ると、優香が顔を真っ赤にしてた。
「これなら晴道と一緒に──」
コラ、むっつり美人! 心の声、漏れてるから!
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そして──最後の一部屋。
高橋さんが、少しもったいぶった手つきで扉を開けた。
「社長自らのポケットマネーで設えました、クイーンサイズベッド付きでございま〜す!」
……すっっごい爆弾、ぶっ込んできた。
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【Scene14:感謝の導線まで設計済み】
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高橋さんの壮絶な告白が始まった。
──このシェアハウスのリノベーション責任者に任命されたのが、1月のこと。
元々は春から入居者募集をかけつつ、5月頃までに普通のリノベーションを終わらせる予定だった。
それが2月上旬──突然「フルリノベーション(水回り含む・家電総取っ替え)を、3月末までに完了させるように」と。
あまりに無茶な要求に反対するも、「決定事項だから」と一切聞き入れてもらえず、ただ一言。
「……まあ、ボーナスは弾むから」
あっ、ここに真犯人いますよ、美優お母様。
しかも当時、まだ先住者が住んでいた。
契約は2月末まで。着手できるわけがない。
幸い、3人は卒業前に既に退去済みで──
高橋さんは1人1人に頭を下げて、前倒しのリノベ開始をお願いしたそうだ。
そして、2月中旬。最後の住人が退去したその日から戦争が始まった。
詳しい話は省かれたけれど……どうやら2月〜3月、ほとんど家に帰れてなかったらしい。
「私、産業医の面談を受けないと、来月から働いちゃいけないんです」
あちゃ〜。それは……お疲れ様です。
ようやく工事が完了し、経費の精算準備をしていた時のこと。
「高村蘭 宛」の、妙に個人的な家具メーカーの請求書を発見。
社長を問い詰めると──
「こっ、これは美優からの個人な依頼で……か、会社の経費は使えんから、俺個人で……!」
──家族に報告したらしく、今は家族サービス強化期間に突入中とのこと。
でも、高橋さんは社内には黙っていたらしい。
その優しさ、しっかり届いています。
「蘭くん、詰めが甘いんだから……」
小さく呟いた美優お母様の雰囲気が、一気に変わった。
知ってる──これは“本気のお母様”。
性別も年齢も超える、撃墜王モード。
「大変だったわね。ありがとう。私たちの子供たちのために尽力してくれたのね」
高橋さんを抱きしめながら、そっと涙を流すお母様。
「子供たちも、とても感謝してます」
うんうんと頷く私と晴道。
優香も神妙な顔で、小さく涙を浮かべていて──その姿は神秘的ですらあった。
「おかげで子供たちは、4月から素晴らしい青春を始めることができます」
お母様は高橋さんをそっと離し、こちらに向けてくる。
はい、アシスト入りまーす。
「ありがとうございます」
私はギリギリあざとすぎない、最高に可愛い笑顔でそう言った。
──クール美女・優香と、可愛い千紗ちゃん。
そのギャップが、効くんです。何年一緒にいると思ってるの。
そこへ最後のとどめ。
爽やかイケメン晴道が、まっすぐな瞳で手を取りながら──
「本当に、ありがとうございました」
高橋さん、泣きそうになってうつむいた。
「……私の苦労、報われたんですね。こんなに喜んでもらえるなんて……」
はい、落ちました。
さらに、チラチラ晴道を見ながら──
「……あの、私、汗臭くないかな……?」
え、ちょっ……効果出すぎじゃない!?
「高橋さん、これ。会社の皆様にどうぞ」
用意していた菓子折を手渡す。そして──
「あの、差し出がましくなければ……こちらは高橋さん個人に」
──それ、美優お母様がわざわざ銀座まで出向いて購入してきた、高級ブランドの香水。
高橋さんの月給がいくらか知らないけど、気軽に手が出る金額じゃないのは確か。
香水の箱を見て、表情が変わった。
「こ、こんな高級なもの……いただけません……!」
当然、遠慮しようとする高橋さん。
「大変ご迷惑をかけた私たち家族からの、せめてものお礼ですから──受け取ってください」
その瞬間、またチラッと晴道を見た。
──あの、「汗臭くないかな……」って言った直後でしょ?
連日家に帰れず、お風呂もろくに入れない。
そんなときに現れた爽やかイケメン。
ふと、自分の匂いを気にしてしまう。
そこに、香水。
──これはもう、手に取っちゃうでしょ。
そしてここまでされたら、高橋さんも私たち家族に悪い感情なんて抱けないはず。
……どこまで計算してるんですか、美魔女・美優お母様。
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【Scene15:完璧な午後、最後の爆弾】
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「高橋さん、その香水、試されてはいかがですか?」
美優お母様が優しく勧めると──
「え、あの……それじゃ、少しお待ちください」
高橋さんは晴道をちらちら気にしながら、そそくさと洗面所へと姿を消す。
ようやく、最後の部屋をゆっくり見られる……。
──広い部屋を、どーんと占拠するクイーンサイズのベッド。
クローゼットの扉は開くけど、それが限界。もはや寝るだけの部屋である。
「……これ、何考えてリクエストしたのよ、お母様」
「だって、晴道くんのベッドじゃ狭すぎたでしょ?」
美優お母様、ぶっちゃけ過ぎ!!!!
今朝の“ぎしあん”が一瞬でフラッシュバックして、優香は顔真っ赤、晴道は撃沈。
私もさすがに言葉が出ない。
でも──嬉しいんだけどね、ひじょーに。
そのとき、洗面所の扉が開いて──
「お待たせしました」
ふわりと香る、上品な香水の香り。
さすが高級ブランド。まったく嫌味がない。
……というか、高橋さん、頬を赤らめて上目づかいで晴道を見るのやめてください。よくない傾向です。
「それじゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」
美優お母様が場を締めようと促す。
「うん、何を準備すればいいか、だいたい分かった」
「最低限の食器から揃えて、あとは少しずつね」
「……あっ、最初に欲しいのは、ペアのマグカップかな」
──誰にでも分かる。最後のが優香の台詞。
「社長宅にお送りするよう、言われておりますので」
高橋さんが車を手配してくれていたので、そのご厚意に甘えて送ってもらうことに。
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ほどなくして、高村蘭さんのご自宅に到着。
さすがは建築士・氷室剛志さんの設計。モダンで広々とした立派なおうちだ。
「それでは私は、社に戻ります」
高橋さんが名残惜しそうに頭を下げた。
「会社の皆様にも、どうぞよろしくお伝えください」
お礼を伝えると、高橋さんは静かに車を出して去っていった。
──高橋さん、疲れてはいたけれど、なかなかの美人さんだった。
スーツの着こなしも抜群で、スタイルもいい。話しぶりからして、きっと独身。
……変なフラグ、立ってないといいけど。
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高橋さんが事前に連絡してくれていたようで、チャイムを押すと自動門がスッと開いた。
自動開閉の門──うわ、レベルが違う。
玄関前でもう一度チャイムを鳴らすと──
「はーい!」
可愛らしい声とともに、ドアが勢いよく開く。
そして──
「──あーーっ! お父さん誘惑してクイーンサイズベッド買わせた人!!」
……すっっっっごい爆弾が、ぶっ込まれた。
そこにいたのは、あのクリスマスイブに出会った──
双子の姉、知紗ちゃんだった!!
「えっ……?」
フリーズする晴道。
「ん? えっ? え??」
蚊帳の外な優香。
そして私は、心の中で盛大に叫んだ。
(……なっ、なにそれ!? なんでいるの~~~!!?)
終わりがある契約。
4年の定期借家。
一見、ただの条件説明。でもこれは、美優からのメッセージでした。
「ずっと」は幻想。
だからこそ、今を大切にしなさい。
そして――爆弾投下。
クイーンサイズベッドの裏事情。
家族サービス強化期間。
高橋さんという新たな火種。
さらに極めつけは、あの一言。
「誘惑してクイーンサイズベッド買わせた人」
物件見学のはずが、完全に人間関係見学になりましたね。
ここから、伏線が一気に動き出します。
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次回、
伏線回収話です。
なぜ“知紗”という名前なのか。
そして――
意外な登場人物が表れます。
その人物を立ち会わせた理由。
それぞれが抱えていた思惑。
穏やかな挨拶のはずが、
関係図が一気に書き換わります。
エピソード0、核心へ。




