【第09話-05】エピソード0 ― 始まりの物語-千紗
シェアハウス計画は、いよいよ最終確認へ。
鍵の引き渡し。
物件見学。
新生活へのカウントダウン。
……のはずなのに。
今日の主役は、たぶん母です。
過去の話。
言わなかった言葉。
変わらなかった自分。
千紗にとってそれは、ただの昔話ではありません。
新しい家に入る前に、
自分の“立ち位置”を知る回。
エピソード0、静かに転機へ。
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【Scene11:お母様の段取り力、尊敬しかない】
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シェアハウスの鍵を受け取れるようになったと二人に話すと、
「行こうぜ」「行きたい」と、二つ返事が返ってきた。
「シェアハウスの最寄り駅って、大学の最寄り駅とは違うんだよな。大学最寄り駅は何度か行ったけど、そっちの駅も見ておきたいな」
「おいしい食事できるところとか、おしゃれなカフェがあるといいな」
「そうね、あと30分くらいで出られる? そしたら昼過ぎには着けるね」
「向こうでランチしよ」
「優香はあれだけ運動したから、もうお腹空いてるんじゃないの?」
「もう!!」
優香みたいなクール系美人が、頬を膨らませて拗ねると──
「「かわいい」」
私と晴道の声がハモって、優香はさらにぷんぷんと拗ねる。
如月家に戻り、美優お母様に「皆で行きたい」と伝える。
「そういうと思って、私は準備できてるわ。あとどれくらいで出られる?」
「30分後って約束したよ」
「それなら最寄り駅に昼過ぎには着けるわね。不動産会社には15時ってアポイント取るわ。駅でランチにしましょう」
「あれ? 蘭さんにじゃないの?」
「蘭くんはちょっと用事があって、今日はずっと自宅にいるんですって」
「そっか、会ってみたかったな」
……うちの巨乳美魔女にたぶらかされた人──
じゃなかった、きっと昔うちのお母様に片思いとかしてた人だから、どんな表情でお母様を見るのか興味があった。
「そうね、色々お世話になったんだから、ご自宅に寄って皆でご挨拶とお礼をしましょうか」
と言いつつ棚から菓子折りを出して準備してる。
──元々挨拶に行く予定で準備してたんだ。
「あれ? 量が多そうだけど?」
「ご自宅のご家族にと、会社事務所の社員さんにね。特に社員さんにはかなり無理させちゃったと思うから」
お母様、普段は(感謝してない訳じゃないけど)「あら知らないわよ、相手(基本男性)が自分で言い出しただけだから」って言って流してるのに、
『かなり無理させちゃった』って言うとは──
……本当に無理くりだったんじゃないの!?
私たちからもしっかりお礼言わないと……。
「千紗もしっかり着替えてきなさい」
──これからお世話になるんだ。第一印象を大切にしないと。
媚びすぎない程度に、可愛らしく清楚な感じで……
(淡いラベンダー色の膝丈ワンピースに、白のリボンカーデ。足元はベージュのフラットパンプスってところかな)
やがて晴道と優香もやってきた。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「あの、シェアハウスの準備では色々手を尽くしていただき、ありがとうございます」
「うん、いいのよ。親として当然のことをしただけ」
美優お母様はそう言いつつ、二人のいで立ちを軽くチェック。
(優香:ネイビーのシャツワンピに白の細ベルト+パンプス。千紗と同じく“清楚寄せ”意識)
(晴道:無地グレーのTシャツにネイビーのカーディガン+チノパン。無難だけど好感度高い、さすがイケメン)
「うん、いいわね」
「優香、ちゃんとブラ着けてきた?」
ちょっといじってみる。
「とっ、当然でしょ!」ぷんぷん。
美優お母様はにこにこしながらそんな私たちを見ているけれども、
あれはきっと──“全てお見通し”ってやつだ。
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電車を乗り継いで最寄り駅へ。
やっぱり結構時間がかかる。
──これ、毎日通学は辛かったな。
最寄り駅の周辺を散策。
「うわ、チェーン店じゃない手作りハンバーガーのお店、美味しそうだよ、晴道」
「いいね、そこにしようか」
「……あれ、優香? もしかして、メニュー見ながらカロリー計算してる?」
「し、してないっ!」
「今日は少し余分にカロリー取っても大丈夫かもって計算してない?」
「な、なんの話よ!」
からかう私に、優香は半分涙目で睨んでくる。
やっぱり優香って、澄ましてると“完璧美人”って感じなのに、こうして崩れるとほんと可愛い。
晴道も恥ずかしそうにうつむいちゃって。
美優お母様は「あらあら」って笑ってるけど──
あれ絶対、全部気付いてるよね……。
結局そのハンバーガーを食べることに。
うん、美味しかったけど、日々のランチに気軽にチョイスするにはちょっとお高め。
晴道、優香──これから私たちは3人で一緒に自活していくんだよ。
節約も覚えようね。
ちなみに今日の分は、美優お母様が全部出してくれた。
遠慮する二人に「子どもは親の言うことを素直に聞くことよ」と言い聞かせた。
それからもう少し駅周辺を散策して、いざシェアハウスへ。
バス停1個目と2個目の中間くらいの場所らしい。
──うん、十分歩ける距離。
バス通りを歩けば、いい感じのスーパーとか見つかるかも。
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【Scene12:私が変わる番なのかもしれない】
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シェアハウスに向かって、私たち4人で歩いていると──
「ねえ、蘭くんとは、中学と高校が一緒だったのよ」
と、美優お母様がふいに口を開いた。
その声音で、すぐにわかった。
──これは、“何かを伝えたい”時のトーンだ。
私はすぐに背筋を伸ばす。晴道と優香にも目線で合図。
晴道は小さく頷いた。さすが。こういうとこ、空気読めるんだよね。
……でも、優香はというと。
「えっ、なんですか? 聞かせてください!」
──うん、気づかないよね。やっぱポンコツ。
「あなたたちみたいに“幼なじみ”じゃなかったけれど、12歳から18歳まで一緒にいたのは、十分長い時間だったわ」
お母様は少しだけ、遠くを見るような目をした。
「中学生の頃、私たちは──いわゆる“異性の親友”だったのよ」
出会いの話をしてくれるのかと思ったけれど、きっとそれは本題じゃないんだ。
「一緒にいるのは楽しかった。ずっとこの関係が続くんだって、思ってたわ」
「だから高校も、自然と同じところを受けたのよ」
その語り口は優しくて、私たちに向ける目もどこか懐かしげだった。
「でもね。ずっと同じ関係ではいられないのよ」
お母様は、ふと私の方を見て、優しく微笑んだ。
「千紗は、中学の頃からよく告白されてたわね」
「私だって、美少女だったのよ? 自分で言うのもなんだけど」
──言うんだ。
「でも、私はあまり告白されなかった。なぜだと思う?」
その問いに、晴道がぽつりと答える。
「……蘭さんが、いたから?」
「たぶん、そうね。周りから見れば、“お似合いのカップル”に見えていたんでしょう」
──あ。なんか、ちょっとわかるかも。
私がよく告白されたのは、晴道の隣に“優香も“いたから……?
「高校に入って、私は恋をしたの。三年生の先輩だった。──蘭くんじゃなくてね」
えっ?
正直、ちょっと衝撃だった。
隣にずっと蘭さんがいたのに、他の人を好きになることなんて、あるんだ……?
「私は子供だったわ。蘭くんに、その先輩のことを“いかに素敵か”って話してた」
晴道が、他の女の子のことを“素敵だ”って話したら──
私は、たぶん笑ってなんかいられない。
ふと優香を見ると、彼女も少し悲しげな表情をしていた。
「でも、告白しようとは思わなかったの。その先輩と“付き合いたい”ってわけじゃなかったのよ」
「でもね。私の態度が露骨すぎたのか、噂が広まって──『あの二人、付き合ってるんだって』って」
「そのまま先輩は卒業して、疎遠になったわ」
──あれ? なんか引っかかる。この話、まだ何かがある。
「高校2年になって、また蘭くんと一緒だった」
「“先輩が卒業したから戻ってきたんだ”とか、“元サヤだね”なんて噂されたけど、私は何も否定しなかったの」
「私はね、“変わりたくなかった”の」
「蘭くんとの関係が?」
思わず、口を挟んだ。
「違うわ。……“私自身”が、よ」
お母様の声が、春の風みたいに静かだった。
「自分が変わるなんて、考えたこともなかったの」
……その言葉に、私は思わずドキッとした。
「高校3年のある日、蘭くんに屋上に呼び出されたの。──それまでもよく屋上でお弁当を食べたりしてたけど、その日は“わざわざ”だったの」
「私は、なんとなく覚悟してたのよ」
「でもね、蘭くんの口から出たのは──『俺、建築学を学びたいから大学は決めたんだ。美優は?』って」
「へたれ」「意気地なし」
私と優香の声が、同時に漏れる。
「でしょ? だから私も『私は経済学を学びたいから、決めたわ』って返したの」
お母様の話には、ちゃんと“意図”がある。
『私も』じゃなくて、『私は』。
『決めてるわ』じゃなくて、『決めたわ』。
──それは、距離を置くっていう決意の証だったんだ。
「もし、蘭さんがちゃんと『好き』って言ってくれてたら……」
優香がぽつりと呟いた。
「何か、変わっていたでしょうね」
──その言葉に、私は胸がつまった。
だって私──
晴道に、「好き」って、ちゃんと伝えたことなんて、一度もない。
ずっと『好きでしょ?』『私のこと好きなんでしょ?』って、彼にばかり言わせてきた。
私は、受け止める覚悟をしたつもりだった。
クリスマスイブに彼がくれた、真っ直ぐな愛情に応えようって。
でも──
変わらなきゃいけないのは、私のほうなのかもしれない。
彼を支えるために、もっとちゃんと、自分自身を見つめ直さなきゃいけない。
……ふと、小学校の頃の記憶がよぎった。
5年生の時、私は──“男勝り”をやめて、“可愛い”を選んだ。
そうすることで、関係が変わるって信じてたし、実際に変わった。
──あの時みたいに、今の私にも、選ぶことができるんだろうか。
まだ答えは出ない。
でも、ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、そんなことを思った。
「それで、その後は?」
優香の声に、私たちはふと我に返る。
「それっきりよ。二人とも受験に集中して、そのまま。
でも、結婚式には来てくれたし、私も蘭くんの式に出たわ」
──えっ、それって。
「お父様は……高校の先輩だったんでしょ?」
「そうよ。三年生の先輩が誠一さん」
──やっぱり。
「大学で再会したの。アルバイト先が一緒でね。
高校1年のときは全然相手にされなかったけど、大学で会ったら向こうがぐいぐい来て」
……ここからが、美優お母様のノロケタイムだった。
「初めての夜もね、誠一さんったら高級ホテルでディナーしてくれて……そのままお泊まりだったの。
あの部屋がまた素敵でね、夜景が一面に広がって……」
──そして、そのまま、シェアハウスに着くまで。
美優お母様のラブラブエピソードは途切れることなく続いていた。
家を見る回のはずが、
いちばん見せられたのは“親の覚悟”でしたね。
シェアハウスは、ただの物件じゃない。
4年の期限。
次の住人へ引き継がれる家具。
そして、裏で汗をかいた大人たち。
終わりがあるから、大切にする。
タダではないから、感謝する。
美優は、環境だけじゃなく“導線”まで設計していました。
青春は、与えられるものじゃない。
支えられて、初めて成立するもの。
その事実を、三人はちゃんと受け取れたでしょうか。
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次回、
シェアハウスの契約は、4年の定期借家。
つまり──必ず終わりが来る。
終わりを前提に始まる生活。
期限付きの青春。
そして、千紗は思う。
「4年もいらない」
決着は、もっと早くつくかもしれない。
物件の全貌が明らかになり、
親たちの本気が見え、
そして最後に――とんでもない爆弾が投下される。
知紗、再登場。
静かに進んでいたエピソード0は、
ここで一気に火種を抱えることになる。




