【第09話-02】エピソード0 ― 始まりの物語-千紗
母が道を切り開いたなら――
あとは、娘の番。
エピソード0後半は、千紗のターンです。
相手はラストボス・氷室剛志。
真正面からぶつかれば砕ける相手でも、
盤面が整っていれば話は別。
理屈で攻めて、感情で揺らし、
最後は“設計者の矜持”を突く。
策は、ちゃんと継がれている。
さて――落城の瞬間をどうぞ。
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【Scene06:母から娘へ、策は継がれる】
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── 如月 美優 ──
私が再び蘭くんのもとを訪ねたその日――
優香ちゃんの試験結果が発表される日でもあった。
帰宅すると、リビングで千紗と優香ちゃんが手を取り合って跳ねていた。
聞かずとも、結果は明らかだった。
「千紗、全部OKよ!」
「水回り全交換に通常のリノベーション、備え付けの家電製品とベッドも総入れ替え。
家賃も、さらに落としておいたわ」
「4月には入れるはずよ。よ〜くお願いしておいたから」
「ちょ、ちょっと待って、お母様……高校時代の親友って、高村蘭さんよね?女性でしょ?どうやったらそこまで引き出せるの……!?」
千紗なりに相場は調べていた。
だからこそ、蘭を女性と勘違いしたままの彼女には、どう考えても信じられない条件だった。
── 如月 千紗 ──
千紗は目を丸くする。
「優香、4月から一緒に住むわよ!」
「え?な、何の話!?」
いきなりの報告に、優香はおろおろと困惑する。
「うちの美魔女がね、とっておきの物件を見つけてきてくれたの。
シェアハウスなら、ワンルームを別々に借りるより一人あたり安くなるしね」
「え、でも……」
「いやなら別にいいわ。如月家と小泉家はもう了解取れてるから。
優香が来ないなら――私と晴道だけで住むわよ」
「い、いやっ……絶対一緒がいい!」
その瞬間、優香の顔に覚悟が宿った。
「じゃあ、頑張ってお父様を説得なさい。美沙お母様の説得は私がやってあげる」
そうしてその日の夕方、ふたりは氷室家を訪れた。
「美沙お母様、ご無沙汰しております」
「そうね。こんなに近くに住んでいても、なかなかゆっくり話す機会ってないものね」
「私、4月から千紗と一緒にシェアハウスで住みたいと思ってるんです」
「……それってつまり、晴道くんも一緒ってことになるのよね?」
(……流石にバレたか)と千紗が内心でつぶやく。
「だからこそ、二人一緒なんです。
それぞれが監視し合えますから」
「それにこの子、家事壊滅的なんですよ?シェアハウスって家事分担が必要よね」
「私がバッチリ鍛えます。私の腕前、お聞きになってますよね?」
「ええ、聞いてるわ。だったら……花嫁修行にもなるし、いいかもね」
「……あの、千紗、お母さん……」
優香はぽつりと呟いたが、もう止まらなかった。
残るは――あの“父”だけ。
でも、私には秘策がある。
千紗が不敵に笑うと、優香は小さく首を傾げた。
「……な、何をする気なの?」
それは、誰もが恐れる“剛志さん”攻略戦の、ほんの序章だった。
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【Scene07:ラストボス、落城す】
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── 如月 千紗 ──
日曜の午後。私は、ようやく全家族(うちの兄を除く)を会議室に集めることに成功した。
マンションの備え付けスペースを借りて、資料を整え、私たちは小さなプレゼンテーションを始めた。
正直なところ、如月家はもう“お母様”が全力で後押ししている時点で、お父様が反対できる余地なんてなかったし、
小泉家は両親そろって大賛成。氷室家も──お母様は既に味方につけてある。
つまり、残る“ラストボス”はただ一人。優香のお父様、氷室剛志さんだ。
でも、こういうのは“みんなで決めた”という空気も大切。
だから私はきちんと段階を踏んで、順番に説明していった。
周辺環境、駅からのアクセス、大学までの距離、設備、防犯対策、家賃。
一通り終わったところで、彼がゆっくりと声を上げた。
「……条件の良い物件なのは、よく分かった。だが問題は、“住みやすい家かどうか”だ。
とくにシェアハウスなんて、赤の他人と共同生活をするのだからな。
ストレスが溜まるような家に、大切な娘を住まわせるわけにはいかない」
──ああ、やっぱりその論点で来るのね。
でもそれこそが、私の“狙いどころ”。
私はそっと、テーブルの上に封筒を置いた。
「氷室さん。こちらの資料を、どうかご覧になってください」
彼は不思議そうに眉をひそめ、封筒を開ける。
「……これは……?間取り図……賃貸契約書……図面がついてる?」
──そして、次の瞬間。
「……っ、これは……俺の図面じゃないか。
この建物の持ち主は……“高村 蘭”!? あいつの物件なのか……!」
その場が一瞬、静まり返る。
「昔の同僚でな。今は取引先だ。……去年は、あいつの自宅も設計してやった」
私は静かに微笑んだ。
「はい。高村蘭さんは、母・美優の学生時代からの知人です。
そのご縁で、今回の物件を特別価格でお借りできることになりました」
剛志さんは、図面をじっと見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「思い出したよ……。この物件は、蘭から“若者が安心して住めるシェアハウスを作りたい”って頼まれて……。
俺も真剣だった。生活動線の交差には自然光を、視線の抜けには高さの変化を。
プライベートと共有のバランスをどこまでも追求した……あれは……原点みたいな設計だった」
優香がそっと彼の顔を見る。
「……お父さん……」
「……その俺が、“ここは住みにくいからダメだ”なんて言えるわけがない。
それは設計者として、自分の信念を裏切ることになるからな」
彼は静かに、深く息をついた。
「やられたよ。……降参だ。住んでみろ、3人で。俺の“最高傑作”の意味を、肌で感じてくれ」
その瞬間、空気がふっと変わる。
優香の瞳がうるんで、私の手をぎゅっと握った。
──そして、家族の新しい春が、ようやく始まる準備を整えた。
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【Scene08:千紗、大☆勝☆利!!】
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よっしゃーっっっ!!千紗ちゃん、大・大・大勝利〜〜〜っ!!!
はぁぁ〜〜なんとか、ここまでこぎつけた……
プレゼンもやり切ったし、お父さんたちも納得してくれたし……
優香も一緒に住んでくれるって言ってくれたし……!
でも、最後の最後に――
「間取りは……1階が玄関と部屋が1つ、バスルームに洗面所、共有収納……
2階が吹き抜けのリビングとダイニングキッチン、部屋が1つ、トイレと洗面……
3階は部屋が3つ、トイレと洗面、共有収納……そうだ、贅沢な作りにしたんだ。
……あれ、これ4人暮らし用に設計したんだったな」
って剛志さん!?いきなり振り返らないでください!!
シリアスに戻りきれないっっ!!
「あ、はいっ。えっと、その……学生生活をしていれば……その、いっしょに暮らしたいと思える、信頼できるお友だちができることもあるかもしれませんし……!」
私がしどろもどろで言い訳してると――
誠一「男はいかん。」
剛志「男は駄目だ。」
洋介「男はあり得んな。」
……口調もタイミングも完璧に揃ってるんですけれど!?
なにこの妙な圧!!ヤ○ザのファミリー会議か何かですか!?
「……いや、うちの親は別に関係ないだろ……?」
って晴道が小声でツッコんでたけど、うん、私もそう思う。けど言えない。
「この間取りなら……晴道君は2階の個室を使いたまえ。娘達は3階だ。
――そして3階は男子禁制。それでどうだ?」
はいはい、出たわよ“男子禁制”ルール。定番よね、もはや。
でもね、うちの美魔女お母様、さらに畳み掛けたの。
「蘭君、全部の部屋に新品のベッド入れてくれるって言ってたわよ。
1階はダブルサイズ。残りの部屋はシングル。1階は広いから来客者用の部屋ってことで。
あとエアコンも古くなってたから、全部の部屋新品に入れ替えてくれるって。
家電も全部新品よ? 水廻りもフルリニューアル」
……蘭さん、どんだけサービスしてくれたのよ……
「しかもこの物件で、あの契約金額。さらに、卒業生が出たタイミングでフルリノベーションして、4月1日から入居可能……
……ずいぶんと奮発したもんだな」
って剛志さん、あまりの内容に軽く引いてた。まあ、わかる。
でも私、ここでやっと気づいた。
蘭さんって……名前だけ聞いて女性だと思ってたけど……男性だったのね?
……いや、待って。
それ絶対、うちの巨乳美魔女が魔法使ったでしょ。
突然訪れた昔のマドンナ。しかも全然衰えてない美貌。
そんな元マドンナが胸元強調して「可愛い娘のために♡」なんて言ってきたら……
そりゃあ……いちころでしょ、それ。
──それはともかく。
「はい、わかりました。お約束します。
晴道君は2階。私と優香は3階。3階には男子を絶対に入れません」
ってキリッと宣言しておいたけど……ふふん♡
……つまり。
晴道とイチャイチャしたいときは、1階に行けばいいってことよね?
そして――実際に引っ越してみたら。
1階のベッド、クイーンサイズでした。
広い部屋の大半をベッドが占拠。おかげで、晴道と“2人同時に”なんてことも、可能に……♡
って、ちょっとぉぉぉ!?
うちの美魔女、絶対わかっててやってるよね!?
この部屋のことだけは、ぜったい剛志さんには……見せられないっ!!!
策は、ちゃんと受け継がれていました。
美優が“合理”で盤面を整え、
千紗が“設計者の矜持”を突いて落とす。
氷室剛志が折れた瞬間――
あのシェアハウスは、ただの住居ではなくなりました。
それは、父たちの信念と、母の執念と、
娘たちの未来が重なって生まれた場所。
そして千紗は、確実に“母の娘”でしたね。
千紗の策士ぶり、いかがだったでしょうか?
リアクションで良いので教えていただけると嬉しいです。
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次回、
時間はさらに進み、3月末。
盤面は整い、住む場所も決まった。
けれど――心は、整っているでしょうか。
千紗は気づき始めます。
支えると決めたはずの恋が、
いつのまにか“庇護”や“義務”に変わりつつあることに。
そして問いかける。
「今のあなたは、どこにいるの?」
甘さの裏にある、揺らぎ。
そんな時間です




