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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第09話-01】エピソード0 ― 始まりの物語-千紗

第9話、ここから始まります。


時間は少し遡って――

すべてのきっかけになった“あの日”へ。


これは千紗の物語であり、

同時に、母・美優の物語でもあります。


恋は、当人たちだけで始まるわけじゃない。

静かに盤面を整えた大人がいたからこそ、

あのシェアハウスは生まれました。


甘さよりも、合理。

感情よりも、戦略。


エピソード0、開幕です。


【Scene01:シェアハウス計画、動き出す】



── 如月 美優 ──


私、如月美優は──娘の成長を見届ける時が来たと感じていた。


クリスマスイブの夜から今日の昼過ぎまで、最愛の娘・千紗は帰ってこなかった。

場所はもちろん、小泉家。……彼氏の家だ。


親として、思うところがないわけではない。

だけど、娘が幸せそうならそれが一番。そう思えるのが、母という生き物だ。


玄関の鍵が回る音に、私の心臓がひとつ跳ねた。


「おかえりなさい。……どうだった?」


「うん、幸せだった」


その一言に、すべてが詰まっていた。

でも娘は、さらに続けた。


「あのね、お母様。話したいことがあるの」


その目に宿る強い光。

娘は、きっと何かを掴んできたのだ。


「お茶を淹れるわ。ゆっくり話しましょう」




千紗の話はこうだった。

まだ不安定な彼の心に寄り添いたいと、彼から「ずっと一緒にいてほしい」と言われたと。


「だから私、決めたの。彼と一緒にいるって」


それは“覚悟”だった。言葉の響きに、私の心も揺れる。


「……同棲、か。ちょっと早い気もするけれど、沙織さんなら反対しないでしょうね。ふふ、いいんじゃない?」


私は娘の決断を尊重するつもりでいた。

けれど、彼女の返答は意外なものだった。


「ううん。同棲に憧れがないわけじゃないけど……私ひとりじゃ足りないの。優香の力が必要なの。だから、シェアハウスを探してほしいの」


私は一瞬言葉を失った。


「……優香ちゃんの意見は?」


「まだ聞いてない。まずは受験が終わってから。でもね、如月家も小泉家も私と晴道の同棲に反対してないって言えば、絶対に乗ってくると思うの」


強い確信。そこに迷いはなかった。


「……優香ちゃんのお父様、厳しいわよ?」


「うん。だからね、シェアハウス探しには“絶対に譲れない条件”があるの」


娘が出した条件を聞いて、私は思わず笑ってしまった。


「……あはは、さすが私の娘。策士ね。いいわ。任せてちょうだい」




けれど現実はそう甘くなかった。

その“条件”──ある設計事務所が設計した物件であること。

なかなか、そんな都合よく見つかるはずもない。


それでも、娘の願いに応えたいという想いだけで、私は動き続けた。


年が明け、ようやく正月の慌ただしさがひと段落した頃。

年賀状の束を整理していて、ふと懐かしい名前が目に留まった。


高村 蘭


あら……彼、まだ年賀状をくれるのね。


添えられていたのは、双子の姉妹の写真。

「娘たちも4月から高校生です」とだけ印刷された文面の下に、手書きの小さな文字で二人の名前が書かれていた。

蘭君の字じゃない奥様の字だろうか


……あらこの名前・・・


そう言えば娘さんの名前今まで貰った手紙にも書いて無かったかもと考えていると昨年夏に貰った手紙を思い出し棚を漁る。

出てきたのは「新居引っ越しのお知らせ」。

注目は娘さんの名前では無い

確か“信頼できる設計事務所に依頼して建てた自慢の家”と書いてあった。


そこにあった設計会社の名前──娘の策に巧妙の光が差した。



アポイントを取り、私は彼の会社へ向かった。


22年ぶりの再会。場所は、社長応接室。

私たちは高校の同級生だった。いわゆる“異性の親友”というやつ。


……彼は、私に片想いしていたらしい。

いや、いたらしいと言うのはおかしいか

私は気付いていたから。

でも彼は私が先輩と付き合っているという噂を信じて、何も言えなかった。

本当は違ったのにね。

彼にもう少し勇気が有ったら私達の運命も変わっていたかも。


それでも彼は、私の結婚式に出席してくれたし、私も彼の式には出た。

そのときは、上の子がまだ赤ちゃんだったから夫に任せて、ひとりで。


時間は過ぎたけれど、あの頃の空気は、少しだけ残っていた。




「娘が4月から、ここの大学に通うことが決まって。仲のいい友達3人と、シェアハウスで暮らしたいって言ってるの」


「なるほど。4月入居希望か……ちょうどこのあたりだと」


彼は秘書を呼ぶでもなく、昔と変わらず自分で資料を引っ張り出してくる。


「あら、男女別なんてのもあるのね」


「親御さんの安心材料になるからな」


「うちは男女一緒でお願いね」


「……へぇ?」




いくつかの候補を見たあと、私は軽く話題を変えるように、でも核心に近づくように、さらりと切り出した。


「そういえば、去年のお手紙。“自宅の設計は信頼できる事務所にお願いした”って書いてあったわよね?そこと同じ事務所設計の物件はある?」


「……ああ、有るよ。うちの初めての学生専用シェアハウス。あれは、あの事務所に任せたよ」


「資料、見せてもらえるかしら?」


手元に差し出された一枚。

築16年――でも、ちょうど来月に全入居者が卒業退去予定だという。


「……フルリノベーションを予定してるが、4月までに間に合うかは微妙だな」


「他に同じ設計は?」


「全4棟あるけど、他は入居中。3人一度に入れる部屋は今のところ無いな」


私は静かにうなずいた。


「この物件、一棟借りで検討するわ。資料、いただける?」


「……ああ、構わないよ」




帰り支度を整えて、彼がどこか惜しそうに言った。


「……せっかくだし、食事でもどうかな。久しぶりだし、ゆっくり話したい」


ふふ。高校時代、あんなに真面目だった人が。

でも──私は、やんわりと微笑む。


「ありがとう。でも……娘と、早く話を進めたいから。また、ね?」


そうして私は、後ろ手にドアを閉めた。

このときから、すべては動き始めていた──あの子達の未来に向けて。



【Scene02:甘さよりも、合理で落とす】



── 如月 美優 ──


その後の細かな条件のやりとりはメールで続いたが、美優は再度、直接会って話をしたいと連絡した。

今回は、彼の自宅での面談となった。


駅から距離があったため、タクシーを使う。

インターフォンを鳴らすと、玄関に現れたのは可愛らしい女の子だった。


「蘭さんをお願いできるかしら?」


「はい、お父さん呼んできます」


「可愛いわね」


「……姉のほうだ。双子のね」


そう言って、蘭が現れる。二人ともあえて娘の名前は口にしなかった。


── 高村 知紗 ──


一方その頃、家の中では──


「お父さんの仕事関係じゃない……知り合いかな? すっごく綺麗な人だったなあ」

と、知紗がこっそり呟いていた。

「でも……なんか千紗お姉様を思い出しちゃった。雰囲気は全然違うのに、なんでだろ」


── 如月 美優 ──


──通されたのは、応接室。


やがて、玄関にいたのとは別の少女が冷えた紅茶を持ってきてくれた。


「妹の方だ。二卵性だから、あまり似ていないんだ」


その子も、すぐに退出する。

そして、ようやく本題が始まる。


「今回のお願い……わかってくださる?」


「……内装をすべて新品に入れ替えろ、という話だろう? 分かってはいる。ただ、正直……時間も予算もかかる。他の物件とのバランスもあるし、娘さんたちが入居するからって、特別扱いは……」


「そう。だからこそ──私、来たのよ」


美優は静かに立ち上がり、ふわりと蘭の隣に歩み寄る。

その距離、触れれば届く。香り立つ柔らかな香水が、蘭の記憶を揺さぶる。


「ねえ、蘭君。あの頃みたいに……“私のお願いなら聞いてくれる”って、思ってたりする?」


蘭の喉が、ごくりと鳴った。


(……駄目だ。これは誘惑だ。今の俺は経営者だ)


「……美優、それはずるい。そんな手は通じない」


顔を伏せ、耐えるように言う。


「俺はもう……ただ流されて動く年齢じゃない。会社を背負ってる。今ここで大規模な設備投資なんて、損失でしかないんだよ」


──その瞬間、空気が変わった。


美優は微笑みながら、テーブルに資料を数枚置いた。


「良かった。ちゃんと“経営者”として向き合ってくださるなら──こちらも本気で話せる」


「……え?」


「備え付けのエアコンや冷蔵庫、洗濯機。耐用年数は6年。木製家具は8年。リビングの天井埋込エアコンでも13年。……あなたの物件、築16年よね?」


「……っ!」


「つまり──今リニューアルすれば、すべて“修繕費”で落とせる。固定資産税も増えず、経費処理で資産圧縮も可能。それに、物件価値も上がる。次の入居希望者にも強くアピールできるわ」


蘭は沈黙し、茶器に目を落とした。……手が震えていた。


「……それでも予算が」


「もう、3社から見積もりは取ってあるわ。中小工務店と、設備専門の業者も含めて。税控除範囲内で済ませられる構成。詳細はこれに」


A4の封筒が差し出された。

そして、美優は最後にこう言った。


「ねえ、蘭君。私ね、あなたの気持ちで動いて欲しいなんて思ってないの。ただ──合理的に、経営者として判断して欲しいのよ。“私に負けた”と思ってもいい。それでも、ちゃんと判断してくれるなら」


沈黙の後──蘭はその封筒を手に取った。


「……負けた。高校のときも、今も。俺は、君に勝てた試しがない」


「でも、今のあなたは……ちゃんと向き合ってくれた。ありがとう」


「ほんとに……おそろしい女だよ、君は」


「ふふ、よく言われるわ」



【Scene03:気づかれた時点で、完敗】



水滴がつくグラスを前にして、蘭は肩を落としていた。

冷蔵庫もベッドもエアコンも洗面も──すべて入れ替えが確定。

美優の論理と正義に、見事に完敗したあとのことだった。


そして彼女は、さらに追い討ちをかけるように、やわらかく笑って言った。


「ねえ、蘭くん……家賃、もう少し下がったりしないかしら?」


「……出たな、第二波」


「だって、娘って意外と堅実なんですもの。“これなら仕送り余るな〜”なんて言ってくれたら、母としても嬉しいじゃない?」


蘭は額を押さえた。


「今の時点ですでに“友人価格”だぞ? 一棟借りで12万5千円。都内でこの広さ、築浅なら15万は下らない」


「でも……築16年、よね?」


「う……そ、それは……まあ……」


蘭がぐらついたのを見て、美優は紅茶を一口。

そして、さらりと口にする。


「そういえば蘭くんの長女の名前……“知紗”ちゃん、でしたっけ?」


「……えっ」


「奇遇ね。うちの愛娘“千紗”と、読みも響きもそっくり」


蘭の指が、グラスの縁で止まった。


「まさか、偶然じゃない……のかしら?」


「……さあね。でも、もしそうだったら──」


美優は小首をかしげて、いたずらっぽく微笑む。


「あなた、昔からほんとに分かりやすいわよね?」


「……っ……!!」


心臓が跳ねる音が、紅茶の氷を伝って耳に届いた気がした。

彼女は気づいている──そう確信した瞬間、蘭は完全に敗北していた。


「……わかった。11万2千円で、いいよ」


「ほんと?うれしい♡」


美優が立ち上がり、背を向ける。


蘭はその背中に、ふっとつぶやいた。


「……あんな名前をつけたこと、気づかれた時点で完敗だな、俺」


──今までの年賀状にも、手紙にも、娘たちの名前は書かれていなかった。

それはたったひとつ、気づかれたくなかった気持ちが、ずっと胸の奥にあったからだ。


美優は振り返らずに、ふわりと笑った声だけを返した。


「でも、その名前──とっても可愛いわ。“知る”って字、素敵よね」


「……ありがとう」


そのひと言だけが、30年越しの想いへの、せめてもの救いだった。



【Scene04:妄想は、経費で落ちません】



美優が立ち上がり、紅茶のカップをそっとソーサーに戻した――そのときだった。


「……あ、そうそう。もう一つだけ、いいかしら?」


蘭の眉がぴくりと動く。


「……第三波、か」


「1階の広い部屋、あそこって――もともとミーティングルーム的な想定だったんでしょう?」


「……まあ、設計段階ではな。“用途はフレキシブルに”って話で決めたけど」


美優はにっこりと笑いながら、手を組む。


「だったら、ダブルサイズのベッドを入れてみたらどうかしら?女の子2人だし、大学でできたお友達も呼んで――“みんなでパジャマパーティー”なんて、素敵じゃない?」


蘭は、ぐっ、とむせた。


「パ……パジャマ……っ!?」


「ね? 可愛いでしょ?せっかくだから、ダブルよりクイーンの方が映えるわよね。親が様子を見に来た時に娘と一緒に寝るにも、余裕ある広さだし」


そして、美優がふと、横目で流す。


「……ねえ、蘭くん」


──その一言が、蘭の脳を一瞬で爆発させた。


(……ベッドの上で、女の子たちが枕を持ってはしゃぎ回る。

その様子を、同じくベッドの上で見守るのは──キャミソール姿の美優と、ナイトガウンの俺……?)


ばし、と手で顔を覆い、蘭は小さく呻いた。


「……妄想するにも、金がかかるのかね……」


美優は肩を揺らしながら、軽く笑う。


「でも、そのぶん幸せも増えるわよ。ね? 社長さん」


蘭はしばらく天井を仰いだまま黙り、そして……観念したように、ひとつうなずいた。


「……クイーンサイズ。俺のポケットマネーで、入れとくよ」


美優は、やんわりと礼を言い、最後にふっと微笑む。


──そして、蘭はまだ知らない。


この“パジャマパーティーの部屋”に、真っ先に呼ばれるのが──

自分の娘であるということを。



【Scene05:もし、あのとき勇気があれば】



クイーンサイズベッドの話まで片付き、

あとは紅茶を飲み干して立ち上がるだけ――のはずだった。


だが、美優はふと天井を見上げ、まるで独り言のように言った。


「ねえ、蘭くん」


「……ん?」


「高校三年のあの時、もし……あなたが勇気を出していたら――」


「……ッ」


蘭の指が、グラスの縁に触れたまま止まった。

その横顔が、静かに硬直する。

さっきまでの軽やかな空気が、音もなく沈んでゆく。


「……どうなってたか、わからなかったわね」


それは、美優が今まで一度も口にしなかった“たったひとつの仮定”。

だからこそ、蘭は動けなかった。

視線も、言葉も、なにも。


そして、美優はやさしく言葉を継ぐ。


「でもね、今は……娘たちに、ちゃんとしたスタートを切らせてあげたいの。

4月から、新しい生活を。

お友達もできて、たくさん笑って……そんな日々を、ね」


「……4月……」


「ええ。ちょっと時期的には厳しいかもしれないけれど」


そう言って、ふと振り返る。

笑みをたたえながら、柔らかく、けれど確かに色気を含んだ声で。


「間に合ったら――感謝するわ。ううん、すっごく、うれしい♡」


その瞬間、蘭は思わず顔を手で覆った。


「……今から4月に間に合わせろ、だと……? 特急料金じゃ済まないぞ……」


ぶつぶつと誰にともなく文句を言いながら、

それでも、目尻には笑いが浮かんでいた。


「超特急料金……いったい幾ら取られるやら……」


そして、小さくぽつりと、つぶやいた。


「これじゃあ……ちゃんと告白して振られた方が、まだマシだったかもな……」


――けれどその顔は。


どう見ても、“嬉しそうな敗北者”の顔だった。


エピソード0、いかがでしたか。


シェアハウスは偶然生まれたわけではありません。

そこには、美優という“盤面を読む大人”の一手がありました。


感情を武器にしつつ、最後は合理で落とす。

蘭との30年越しの決着も、どこか甘くて、どこか痛い。


そして気づけば――

策士の血は、ちゃんと娘に継がれている。


千紗の物語は、恋が始まる前からすでに始まっていたのです。


美優というキャラ、どうだった感じたか

リアクションで良いので感想を聞かせて貰えると嬉しいです。



次回、


策は継がれる。


母が盤面を整え、

娘が最後の一手を打つ。


ラストボス・氷室剛志、ついに降臨。


だが千紗は怯まない。

設計図という名の“証拠”を武器に、理詰めで攻め落とす。


そして明かされる――

このシェアハウスに込められた、本当の意味。


勝負は、まだ続く。

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