【第08話-31】それぞれの“一番”-和也・美由
クリスマスイブの続きです。
完璧に見える時間ほど、
ふとした一言や偶然の再会で揺らぐもの。
今日は少しだけ、
“似合っている”という言葉の重みを描きます。
どうぞ最後までお付き合いください。
⸻
【Scene10.3:1年前12月】
⸻
話は和也と美久に戻る。
最寄駅でフロアマップを確認していた時、和也がふと足を止めた。
「……美久、ちょっといいかな」
「え?どうしたの?」
和也に促されるまま歩いていくと、その先には小さな撮影会のような光景が広がっていた。
「やっぱり千紗ちゃんと晴道くんか」
和也がこぼした声に美久は思い出した。
――以前、美由が話していたこと。
(私たち以外にも、一ノ瀬の血を引いた子どもたちがいたの)
それが確か、そんな名前だった。
「あれは……知紗ちゃんと理紗ちゃん!?」
和也も驚いていたが、美久も混乱していた。
そこには高校生くらいの男女――千紗と晴道(18歳と聞いていた)。
そして、その2人を撮影している中学生くらいの女の子がいた。
千紗、りさ、晴道――名前が1つ足りない。
「……ちさちゃんとりさちゃんって言った?」
「うん。“ちさ”ちゃんが2人いたってことになるな」
和也が小さく笑いながら頷く。
「“千”と“知”、糸へんに“少”で“ちさ”。“知”識の“ち”、理科の“り”、あとの“さ”は一緒さ」
「へぇ……ややこしいわね」
美久が苦笑すると、和也が小声で続けた。
「無駄に関わるのはやめておこう。せっかくのデートだしな」
そうして二人は、背を向けるようにしてその場を後にした。
⸻
その日の美久は、珍しく5cmのヒールを履いていた。
普段は175cmの自分の高身長を気にして、ぺたんこの靴を選びがちだった。
だが今日は――違った。
自分のスタイルを際立たせることを優先した。
すらりと伸びた脚、きゅっと締まったヒップ、ウエストのくびれ。
そこから生まれる信じられないほどの豊満なバスト。
10人中10人が振り返るだろう。圧倒的な存在感、美貌。
完璧だった。
そして和也は182cm。ふたりが並ぶと、そのバランスは驚くほどに美しかった。
和也は、梨子や千晴が評価していたように“イケメン枠”ではない。
だが誰もが、「すごくモテそう」と口を揃える。
――“恋慕特異点”。
それだけではない。
人の良さと誠実さが滲み出る表情と所作が、周囲の好感を自然と引き寄せていた。
ふたりが並んで歩けば、人ごみが自然と避ける。
誰もがふと道を空け、ふたりを目で追った。
「ねえ、あれ芸能人?」なんて声すら出ない。
ただ、男女問わず誰もが思わず口にするのは――
「すごいお似合い……」
「あんなにぴったりのカップル、見たことない……」
そんな、羨望に満ちた賞賛のささやきだった。
もちろん、“恋慕特異点”による和也のブーストもある。
だが、それを最大限に活かせる美久の美しさがあってこそだった。
美久は、その声が耳に届くたび、心の奥で静かに震えていた。
(取締役がなんだ、社長令嬢がなんだ、特別な力がなんだ。私は――私のままで、ここにいる)
そう思えた。
一方で、和也はと言えば、恥ずかしさを噛み殺していた。
(……こんな完璧な恋人に、自分は本当に似合っているのだろうか?)
そんな不安が胸をよぎるたびに、背筋を伸ばして姿勢を正した。
自信を持たなければ、こんな自分を選んでくれた彼女に申し訳が立たない。そう思っていた。
だから胸を張る。笑顔を保つ。
その和也の姿勢は、周囲からは――
”自信に満ちた、頼れる男”と映っていた。
当の本人は、というと。
自分の腕に寄せられた美久の豊かなバストに集中する事で周りからの羨望の視線を忘れて
かろうじて自我を保っている最中だったのだが。
それでも、そんな葛藤すらも、周囲の目には全く映っていなかった。
⸻
和也と美久は水族館へと足を踏み入れた。
照明の落ちた館内、青く揺れる水槽の光に照らされる美久の横顔は、まるで絵画のように幻想的だった。
はしゃぐわけでも、無邪気にじゃれるわけでもない。
ただそっと和也の手を取り、水槽を覗き込む姿は静かで、そして美しかった。
その優しい空気に包まれながら、和也はふいに美久の頬にキスを落とす。
「……ばか」
赤く染まった顔を隠すように俯く美久。
愛しさがこみ上げて、和也は背後からそっと頬を寄せた。
本来ならば、周囲から「このバカップルが」と舌打ちが飛んできてもおかしくない光景。
けれど、この二人に限っては、周囲の視線はむしろため息交じりの憧れだった。
やがて二人は「チンアナゴ」の展示前にたどり着く。
「わぁ、可愛い!」
この日初めて、美久が小さく声を弾ませた。
「チンアナゴって、ニョロニョロみたいだよね」
その笑顔が可愛くて、和也は思わずバッグからデジカメを取り出し、シャッターを切った。
そのカメラは――
美久からのクリスマスプレゼントだった。
⸻
それは前夜のこと。
「明日は朝から出かけたいの。だから今日、泊まりに来てもいい?」
そう言って美久は和也の部屋にやってきた。
「これ、私からのクリスマスプレゼント」
彼女が差し出したのは、高級感のあるコンパクトデジタルカメラだった。
「本当は明日交換したかったんだけど……明日はこれで、私のこといっぱい撮ってほしいの」
フォーサーズのレンズ交換式で、オプションを含めれば20万円近くするモデル。
「いいのか、こんな高級なもの……?」
「いいの。ボーナス出たばっかりだし」
恥ずかしそうに目を伏せながらも、しっかりと和也を見て言った。
「そのかわり……私専用にしてね?」
それから和也は、カメラのマニュアルを熟読し、夜遅くまで練習した。
その成果は、今日この日のために。
⸻
「ほら、こんなに綺麗に撮れた」
モニターに映る美久の姿は、まるで女神のようだった。
「ありがとう!」
無邪気に笑う彼女に、またシャッターを切る。
「今日は、いっぱい撮ってね♡」
パシャリ。
パシャリ。
シャッターは止まらなかった。
さらに奥に進んだそのとき――
「あっ、ペンギン!」
美久が歓声をあげた、まさにその瞬間。
爆弾は、投下された。
⸻
【Scene10.4:1年前12月】
⸻
この日
高村知紗は、双子の妹・理紗とスカイツリータウンに来ていた。
本当は、彼氏と来るはずだった。
だが、先週フラれたばかりで、急遽妹を誘うことに。
(なんで、こんなカップルだらけの場所に妹と……)
最初はそう思っていた知紗。
でも今は、来てよかったと思っている。
――だって、如月千紗お姉様に会えたのだから。
最高に可愛くて、強くて、優しくて、同じ“ちさ”という名前の、憧れの人。
(いつか、また絶対に会いたい)
そう強く思っていた。
水族館を歩きながら、知紗は夢心地でつぶやく。
「ねぇ理紗、千紗お姉様って、本当に素敵だったよねぇ……♡」
「知紗お姉ちゃん、そのセリフ、3回目」
そんなやり取りの最中、知紗の目に見知った顔が飛び込んできた。
――和也先生だった。
知紗と理紗の家庭教師。
父親の会社の従業員、高橋千晴と付き合っているという噂だった。
(あ、本当にデートしてる……!)
思わず、声をあげた。
「あー! 和也先生がデートしてる! 千晴さ――」
振り返ったのは和也と、その横に立つ女性。
……だが、その女性は千晴ではなかった。
同じような身長、同じような黒髪。
けれど、決定的に違う――
知紗は叫んだ。
「んよりおっぱいが大きなお姉さんと!!」
「……知紗お姉ちゃん、誤魔化せてない。むしろ、どつぼに嵌まってるよ」
理紗のツッコミは、容赦がなかった。
⸻
気まずそうに顔を合わせる、和也・美久と知紗。
そして、しれっとした顔で姉を見つめる理紗。
「やあ、知紗ちゃん、理紗ちゃん。奇遇だね」
和也は、わざとらしく微笑んで声をかけた。
美久は、目の前のふたりを見て静かに思う。
――高橋千晴。和也の元カノ。
一度だけ会ったことがある。綺麗な人だった。
あの時は正直、勝てないと思った。
けれど今、隣にいるのは自分だ。
今なら勝てる。そんな自信がある。
かつて梨子は評した。
「美久は10人中8人が振り返る、でも千晴は10人中12人が振り返る」
梨子が口にしたのは後半だけで、冗談交じりだった。
それでも、美久にははっきりと「自分は下に見られた」とわかった。
あの時は“勝てない”と思った。
でも今は違う。
和也への恋に輝く今の自分なら、負けない。
⸻
「……紹介してくれる?」
先ほど知紗と理紗を見かけた時は、
和也の「せっかくのデートだしな」という言葉が嬉しくて、流してしまった。
でもやっぱり、ちゃんと知りたいと思った。
「ああ、ふたりは双子なんだ。俺が家庭教師のバイトで教えてる生徒さん」
「へえ、そうなの」
「中学1年の時から、もう3年になる」
「初めまして。高村知紗です」
「同じく、理紗です」
ふたりは揃ってお辞儀をした。
(……綺麗な人。和也先生とお似合い)
知紗にとって和也は、勉強を丁寧に教えてくれる信頼できる大人。
年齢差が11歳あるから恋愛対象ではないけれど――
もし年が近ければ、初恋の相手になっていたかもしれない。
「はじめまして。村澤美久です」
「村澤さんは、和也先生の彼女さんですか?」
「違うわよ。“彼女”は別にいるの。私は――和也の“恋人”よ!」
「???」
「みっ、美久……っ!」
和也には、知紗と理紗の頭上で“?マーク”が点滅しているのが、リアルに見える気がした。
(大人には大人の事情があるのだろう)
そう納得することにした知紗は、話題を切り替える。
⸻
「それより、和也先生。いいカメラ持ってますね!」
「そっちこそ、フルサイズのプロ仕様じゃないか……」
「へへっ、私の相棒です!」
「知紗お姉ちゃん、高校に入ったら写真部に入るんだよ」
理紗が誇らしげに言った。
「そうか。頑張るんだよ」
和也の声は自然と優しかった。
「今度、先生の撮った写真も見せてくださいね!」
「ああ、もちろん。でもこのカメラは、美久からのプレゼントだから――“美久専用”なんだ」
「きゃーーーっ!そうなんですか!?」
知紗が頬を染めてはしゃぐ姿に、和也も少し照れた。
その様子を見ていた美久は、ふと優しく微笑む。
――この空気が、愛おしい。
⸻
知紗は、和也と美久のツーショットを何枚も撮ってくれた。
そのすべてを、あとでLINEで送ってくれた。
スマホの画面に並ぶ二人の写真。
どう見ても、美久の隣に立つ自分が“釣り合っている”とは思えなかった。
(……俺は、もっと頑張らないと)
胸を張って、堂々と”俺は美久の恋人だ”と言えるように。
“お似合い”と言われることは、嬉しい。
でもそれは、外から見た評価でしかない。
本当に大事なのは、
自分がどの立場で、どんな“一番”を望むのか。
美久はようやく、その答えに辿り着きました。
勝ち負けではなく、
上書きでもなく、
自分の物語を生きるという選択。
あなたはどう感じましたか?
感想欄やリアクションで教えていただけると嬉しいです。
⸻
次回、
クリスマスイブの夜は、まだ終わらない。
指輪とネックレス――
それは“恋人”としての証。
けれどその裏で、
別の場所でも、大きな決断が動いている。
甘く、華やかで、そして少しだけ現実的な夜。
それぞれの“一番”が、さらに形を持ち始めます。




