【第08話-30】それぞれの“一番”-和也・美由
今回は、クリスマスイブ。
甘い時間のはずの夜に、
それぞれの立場、それぞれの覚悟が、はっきりと浮き彫りになります。
ヒーローの隣に立つのは誰か。
支えるのは、守るのは、並ぶのは――誰か。
少し静かで、でも大きく動く回です。
どうぞお楽しみください。
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【Scene10.1:1年前12月】
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その日はクリスマスイブ。
村澤美久は恋人の上嶋和也とスカイツリータウンに来ていた。
本当は、和也の彼女である中田美由と、和也の許嫁・新倉南も来る予定だったが、二人とも急遽、重要な取引先との会合が入ったとかでキャンセルとなった。
美由は非常勤とはいえ取締役だ。
宿の要となる取引先との会合とあらば、当然、行かざるを得ない。
南もまた、父の会社を継ぐ立場として既に現場経験を積んでいる。
重要な取引先との会合とあらば、こちらもまた外せない。
片や取締役、片や社長令嬢。
しかも二人とも“おかしな術”を使う超人――
霞の宿の人々からは、和也を含めて《人外トリオ》とこっそり呼ばれていると、庄蔵氏から聞いている。
自分はあくまで一般人枠。
ならば、そこで頑張るしかない。
そう心に誓う美久だった。
(スーパーヒーローの傍らにいる女性メンバーよりも、
その孤独なヒーローにそっと寄り添う一般人こそがヒロインだったりするのよ)
そう、自分を鼓舞する。
ただ――
美由の“例の写真”が3,000万円を売り上げたと聞いたときは、さすがに心が折れかけた。
その代わりにアップされた写真も、今や毎日100セットが売れている。
このまま続けば、年間1,000万円の売上になるという。
しかも、その写真を撮ったのは――美久自身。
それがまた、なんとも複雑な気持ちにさせた。
けれど、美久には自信もあった。
(和也が“容姿は、美久の方が俺の好みだ”と言ってくれた。
スタイルだって、三人の中で一番だと自分でも思ってる。
料理でも、しっかり和也の胃袋と心を掴んでる。
武器は多い。……やってみせる)
そう心に誓い、前を向いた。
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【Scene10.2:1年前12月】
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その頃――
中田美由は林庄蔵に伴われ、都内某所のホテルへ向かっていた。
今日は、代表取締役で支配人の一ノ瀬直人も同席している。
「本日の会合は、株式会社霞の宿がパートナーシップ協定を結ぶ相手を決定する目的です。
現在、霞の宿のブランド価値は非常に高く、どの企業も乗り気ですが……実質的には、根回しが済んでいます。
締結相手は既に決まっている。
とはいえ、他の企業の責任者も納得済みとはいえど、面目を潰さないよう立ち回るのが課題です。――この場合の注意点は?」
庄蔵氏の問いに、美由はすぐ答える。
「締結が決まっている相手とは、“初対面”のように接することですね」
「はい、その通りです。
相手側がよく見知った顔だったとしても……できますか?」
「誰に言ってるの?
庄蔵さんと葉月さんの地獄の特訓を乗り越えた私よ」
美由は、初めての大舞台に緊張しつつも、笑みを浮かべて答えた。
呼び方も“庄蔵おじいちゃん”ではなく、“庄蔵さん”に切り替えている。
だがその緊張ゆえに――彼がニヤニヤと笑っていることにも、気の色が怪しく変わっていることにも、気づけなかった。
やがて会場に到着する。
会場に入る直前、直人が声をかける。
「初めに挨拶するのが、実質的提携先に決まっている企業の代表です。気をつけてくださいね」
「はい、わかりました」
会場にはすでに交渉相手が揃っていた。
一斉に集まる値踏みの視線――
『あれが噂の新しい交渉担当か』
『小娘じゃないか』
そんな声が、実際に漏れている者もいる。
一瞬、美由は疑いの色を浮かべた。
だがすぐに理解する。
(今日は出来レース。
これは様子見、そして値踏みの儀式なのね)
それならば――こちらも、存分に値踏みしてあげる。
そう思えるだけの“技術”は、叩き込まれた。
あの一ヶ月の地獄の特訓で、表情の作り方、所作、礼節――
そして相手の表情から感情を読み取る技術まで、徹底的に仕込まれた。
……もっとも、美由にとってそれは“補助輪”に過ぎない。
直接対面している場であれば、相手の感情など、表情を読むまでもない。
“気の色”が、はっきりと見えるからだ。
だから美由は冷静だった。
相手がこちらに抱く感情も思惑も、ほとんど“丸見え”――
その“色”に応じて、対応を変えていけばいい。
準備は、万全だった。
直人が挨拶に入る。
「社長、初めまして。私が霞の宿代表の一ノ瀬直人です」
その傍らで、美由は――
表情を崩さぬよう細心の注意を払っていた。
……だが、自信はなかった。
なぜなら――
直人が挨拶をしている社長の隣に立っていたのは、ただの顔見知りではない。
お互い身体の隅々まで知っている相手。
数ヶ月後には同居を予定している。
――新倉南だったのだ。
その時、南が声を上げた。
「美由由美Webの美由さんですね!?大ファンです! 私、会員番号7なんです!」
それは、ちょうど二人が初めて出会った時と同じやり取りだった。
南の雰囲気はあの頃と変わらず、愛らしい。
「これこれ、南」
「……あっ、ごめんなさい。嬉しくってつい!」
場の空気が一気に和んだ。
(助けられた……)
美由の心中は、感謝と戸惑いが入り混じっていた。
「今後の未来を担う若い二人です。別室で、ゆっくりお話しされてはいかがでしょうか?」
庄蔵氏が、まるで打ち合わせ通りのようなタイミングで切り出した。
「そうですね、それが良いでしょう」
南の父もすぐに賛同し、二人はそのまま会場を後にすることに。
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別室はすでに用意されていた。
扉を閉めた瞬間、美由はようやく大きく息をついた。
「……助かったわ」
「知らされてなかったの?」
南は事情を知っていたようだ。
「庄蔵おじいちゃんの仕業ね」
「うん、おじいちゃん“らしい”よね」
南は、あどけなく笑いながらも、親しげに“おじいちゃん”と呼んだ。
「庄蔵おじいちゃんのこと、知ってるの?」
「ええ。何度か、打ち合わせでお会いしてるの」
「これ……絶対、私が動揺するって分かってて、試したのよ……!」
「でも、ちゃんとできてたわよ」
南は、優しく微笑んだ。
「ねぇ、話を変えていい? 今回の業務提携の話じゃなくて」
「ええ、構わないわよ。……どうせ出来レースで、私たちが決めることなんて無いんでしょう?」
美由は、少し投げやりに答える。
「あなた、画像販売で儲けたんですって?」
「ええ、すごい金額よ」
「……何に使うか、決まってるの?」
「うん、話そうと思ってたの。
私たちが住む家のことだけど――私にもお金出させて。
3,000万円あれば、頭金くらいにはなるでしょ?」
南は、深く大きなため息をついた。
「やっぱりね」
「なに、藪から棒に」
「あなた、それ……税金で半分持っていかれるわよ?」
「……へぇ?」
美由は、ぽかんとした顔で固まった。
「個人じゃ、税金対策なんてできないわ。
美由由美Webって、今はあなた個人の運営になってるのよね?」
「う、うん。そういうことに……なってる……」
美由の声は、自信なさげだった。
和也に手伝ってもらって、なんとか手続きだけは終わらせたのだ。
すると南は、まるで飲み会の誘いでもするかのような軽いノリで言った。
「じゃあさ、私たちで――運営会社、立ち上げない?」
「へぇ……」
さっきよりも、もっと間の抜けた顔で、美由は呟いた。
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南は楽しげに続けた。
「もう名前も決めてるの。“株式会社み組”!」
「……みぐみ?」
「ええ、ひらがなの“み”に、くむの“組”。
私たち――美由、美久、南――で組むから、“み組”」
「株式会社なんて、そんな簡単にできるものなの?」
美由は半信半疑だった。
「簡単よ。資本金だって、1円から設立できるし。
でも、さっきあなたが言ってた3,000万円から税金で半分引かれて、現金は1,500万円でしょ?
そのうち800万円、資本金として出してよ」
「それは構わないけど……美久も入るの?」
「うん。取締役は3人必要だからね。
それに、監査役は庄蔵おじいちゃんにお願いしてる」
「……用意周到ね。美久には?」
「『私たち3人で和也を支えるんでしょ? あなたの力も貸して』って頼んだの。
即答だったよ」
「それは……断れないでしょ」
美由は思わず苦笑いを浮かべた。
「本当はね、和也が代表取締役になれたら一番よかったんだけど」
南はちょっと残念そうに言った。
「でも、和也は来春から晴れて公務員。大学の准教授になるんだから、無理よね」
「なるほど。国公立大の准教授は、確かに公務員ね」
そう答えながら、美由は確信していた。
(南の頭の中には、社長の和也を囲んで、かしずく女3人の図がしっかり浮かんでるに違いない)
代表取締役社長:中田美由
取締役(会計):新倉南
取締役(受付):村澤美久
監査役:林庄蔵
「……取締役が受付って、どういうこと?」
美由にはもう、訳が分からなかった。
「そんなものよ。地方の個人経営なんて、取締役がレジ打ちしてたりするんだから」
南はあっさり言い切った。
「それにね、銀行に法人口座を作る手続きも、根回しも全部済んでるの。
あとは代表のあなたが面談を受けて、サインするだけ。――面談、得意でしょ?」
「まあね……」
「それで、来年の1月には設立できるわ!
でも、株式会社霞の宿に合わせて、期末は3月末にしましょう」
「……ずいぶん気が早いのね」
「来年、税金払いたい?」
「ぶんぶんっ!」
美由は勢いよく首を振った。
「それで、私は何をすればいいの……?」
もう、株式会社設立は決定事項のようだった。
やっぱり、新倉南……恐るべし。
「でもさ、1月って、平日あと5日くらいしかないけど大丈夫なの?」
「言ったでしょ、“根回しは済んでる”って。
書類も全部、書き終わってるよ?」
南はウインクひとつ。
……やっぱり、愛らしい。
「私のお父さんのネットワークと、庄蔵おじいちゃんの人脈をフル活用すれば、
違法なことでもなければ、だいたい何でもまかり通るわよ」
たぶん、“違法なこと”ですら、なんとかできるのかもしれない。
けれど――それをやらないのが、新倉南という女だ。
美由はそれを、よくわかっている。
だからこそ――任せるしかない。
そう、思っていた。
やがて、ふたりを呼びに来た人がいた。
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南の父と直人。
そして、南と美由がしっかりと握手を交わした瞬間、拍手が沸き起こり、フラッシュが焚かれる。
――主役は、むしろ南と美由だった。
新しい時代の始まりだった。
クリスマスイブ。
甘いはずの夜でしたが、
実際に動いていたのは――“立場”と“未来”でした。
美久は一般人としての強さを選び、
美由は経営の最前線に立ち、
南はすでに数手先まで盤面を読んでいる。
そしてついに、「株式会社み組」という新しい土台が動き出しました。
これは恋愛の話でありながら、
同時に“共同経営”の物語でもあります。
三人は本当に同じ方向を向いているのか。
それとも、微妙なズレが生まれているのか。
あなたは今回の南をどう感じましたか?
頼もしい? それとも、やはり恐ろしい?
感想、ぜひ聞かせてください。
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次回、
完璧なカップルに見えた和也と美久。
だが、偶然の再会が、静かに波紋を広げる。
“双子”との遭遇。
そして、何気ない一言が胸に刺さる。
理想に見える二人の裏側で、
それぞれの“劣等感”と“覚悟”が揺れ始める。
本当に似合っているのは、誰と誰なのか。




