【第08話-29】それぞれの“一番”-和也・美由
ここから物語は、少しだけ色合いを変えていきます。
美由の成長、
和也の技術、
そして二人の間に生まれた“想いの結晶”。
一見すると順調に見える流れの中で、
小さな違和感が静かに芽を出し始めます。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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【Scene09:1年前12月】
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地獄の一ヶ月を終えた美由は、見違えるほど完璧に仕上がっていた。
庄蔵氏直伝の交渉術をすべてマスターし、葉月からは“草”の技を──もちろん体術を除いて──完全に引き継いだ。
その習得スピードは、かつての花音すら凌駕していた。
花音が小中学生の成長期真っ只中で“草”の術を身につけたことを思えば、美由のこの速度は異常とも言えた。
「……血のなせる技かしら?」
葉月がぽつりと呟く。
美由は血縁上は彼女の姪にあたる。だが、それを差し引いても、天賦の才としか言いようがなかった。
しかも、美由には“とてつもないアドバンテージ”がある。
──人の感情を、気の色として直接視認できる──
常人はおろか熟練の交渉人ですら、相手の表情や瞳孔の変化、呼吸の乱れといった些細な情報を元に心理を読み解くしかない。
だが、美由にはその必要がない。
どれほどポーカーフェイスを貫こうとも、気の色は偽れない。
そしてそれを“見られている”ことに、相手は気づかない。
彼女の前で虚勢も嘘も通じない。
──最強の交渉担当が誕生した。
いざとなれば、気によって相手の感情を制御することすら可能。
それはもはや、人外の領域だった。
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一方で、“美由由美Web”の今後についても話が進められた。
取り扱いについて、二つの選択肢が提示されたのである。
一つ目は、美由が全権利を買い取り、自らがオーナーとして運営する案。
この場合、グッズや写真の売上はすべて美由のものとなるが、掲載された仲居たちへのロイヤリティ支払いや、宿泊ポイントによる割引分の補填は必要となる。
二つ目は、従来通り霞の宿が運営し、美由とは出演契約を別途結ぶ形。
霞の宿からロイヤリティが支払われる立場のままである。
──美由は、迷わず前者を選んだ。
このWebサイトは、初代から最初バージョンまで、いわば“和也が生み出した子ども”である。
南との約束により、自らが和也との間に子を持つことはないと決めていた美由にとって、このWebサイトこそが“彼との子を育てる”唯一の方法だった。
だから、美由は決断した。
これからは、自分の手で育てていこうと。
──我が子のように。
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東京に戻った美由だったが、和也との甘い日々が戻ることはなかった。
というのも──現在、霞の宿東京支店には庄蔵氏が同居しているのだ。
交渉術は受け継いだ。
ならば次に受け継ぐべきは、人脈である。
庄蔵氏は、来る日も来る日も美由を「今後のキーマン」となる人物たちへと引き合わせ続けた。
その交友関係は実に多岐にわたり、そして何より、上品で洗練されていた。
当然、会食の誘いもある。だが、深夜まで引き止められるようなことはほとんどない。
夜は空いている──だからこそ、和也のもとに行くこともできる。
抱きしめてほしい、そう思うことだってある。
けれど──朝、自室に戻ると、そこには必ず庄蔵氏がいるのだ。
「美由様、おはようございます。お帰りなさいませ」
その一言が、妙に気恥ずかしくて。
どうしても、心から“楽しむ”ことができなくなってしまっていた。
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そんな中、美由の唯一の楽しみは、和也と「美由由美Web」について話し合うことだった。
コンテンツ作成や企画だけでなく、運営上の技術的課題も多かったが──
和也は、それらをほぼ完璧に処理していた。
ロイヤリティ支払い、宿泊ポイントのキャッシュバック、グッズ発送業者との連携、
在庫管理と追加発注の自動化、需要予測──
それらはすべて、美久の会社で導入していたAI基幹システムの知見が活かされたことで、短期間で整備された。
こうして、ようやく二人が集中すべきは「どんなコンテンツを作るか」「どれくらいの価格で出すか」──という、純粋なクリエイティブな領域だけになった。
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まず最初に提案されたのは、霞の宿・仲居によるサンタコスチューム企画だった。
意外にも、本館からすぐに快諾が得られ、「若女将の会」メンバーの写真が次々に送られてきた。
その華やかさと限定性から、価格は過去最高の1ショット1000円に設定された(従来は500円)。
そして──その中で、美由自身も「今の自分」を試してみたくなった。
選んだのは、交渉担当としての自分。
スーツ姿で凛と立ち、視線をまっすぐカメラに向けるカット。
同じくスーツ姿だが、あざとさを抑えつつも、少しだけ砕けた雰囲気のカット。
そして──24歳の自分には少し可愛らしすぎるかと、アップ直前まで迷っていた、私服姿の一枚。
この3ショットを限定公開としてアップロードした。
価格は、サンタコスと同じく強気の1ショット1000円。
そして──
その写真を撮影したのは、他でもない、和也だった。
この時、二人はまだ知らなかった。
それが後に、どれほどの反響を呼ぶことになるのかを──。
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それは、美由が自らの写真をアップしてから3日後の土曜の朝のことだった。
所用で2〜3日ほど里へ戻るという庄蔵氏を見送ったあと、久々にWebの管理画面を開いた美由は、目の前の数字に凍りついた。
「なにこれーーーっ!」
思わず叫び声を上げ、スマホを手に取って再び声を張り上げる。
「和也、今すぐ来てーーー!」
和也はすぐに飛んできた。
葉月の許可を得て持たされていた合鍵を使い、慌てて扉を開ける。
「美由、どうした!」
リビングの応接テーブル前で呆然と座り込む美由は、ノートパソコンの画面を黙って指さした。
和也が画面を覗き込むと、そこには売上報告画面が表示されている。
「……前回確認後の売上か。315万円強、すごいな……」
だが美由は首を振る。
再度画面に目を戻した和也の表情が固まる。
「……3155万円強!?
前回確認って……サンタコスをアップした、3日前だよな?」
明細に目を通すと、そこには現実離れした数字が並んでいた。
•既存アイテム:約5万円
•仲居たちのサンタコス写真:3人分合計 約1500ダウンロード → 約150万円
•美由の写真:3枚合計 約3万ダウンロード → 約3000万円
「……私、一体どうなるの?
3日で年俸の8倍、稼いじゃった……」
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ことの発端は、庄蔵氏に連れられて回った「今後のキーマン」たちとの挨拶だった。
「初対面の印象が重要です。相手を“魅了するつもり”で行きなさい」
庄蔵氏は、あくまで比喩としてそれを言った。
だが彼はまだ理解していなかった。
──美由が“魅了するつもり”で接すれば、本当に相手を魅了してしまうということを。
さらに、庄蔵氏はこう続けた。
「情報を制する者が勝ちます。必ず相手のことを事前に調べてから臨みなさい。
今回は私がアドバイスしましょう」
──
「明日の相手は露出の多い女性を好みません。きっちりした上着を選んでください」
「次の相手は巨乳好きです。胸元を少し強調しましょう」
「次の相手は女性ですが、ご自分があっさり顔なので、逆に派手な顔立ちを好みます。化粧はやや濃い目に」
──
的確すぎるアドバイスにより、相手の目を惹いた状態で接近し、そこに美由の“魅了する気”が流れ込む。
結果、彼女と接触したすべての人物が、例外なく彼女の魅力に呑まれていった。
そのとき配られた名刺には、美由の業務用メールアドレスと「美由由美Web」のURLが記載されたQRコードが印刷されていた。
それは彼らの人脈ネットワークに瞬く間に共有され、さらには、偶然同席していた海外メディアの記者の手によって国境を越えて拡散された。
そこに──
和也が撮影したばかりの、美由の最新ショットがアップされた。
和也の視線。それを正面から見返す美由の視線。
そこには、確かに“愛”が宿っていた。
そして、その感情は画像の中にも焼き付けられていた。
──その写真を見た者は、まるで「愛してる」と語りかけられているような錯覚を覚える。
すでに美由に魅了されていたキーマンたちは、例外なくその写真をダウンロードし、互いにこう語った。
「あれは……自分に“愛してる”って囁いているようだった」と。
その言葉とともにダウンロードURLは拡散され、次々とダウンロードされ、さらに評価が拡散される。
それはまさに──パンデミックのようだった。
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和也はその数字に、危険を察知した。
すぐさま該当画像の販売ページを削除し、告知文を掲載する。
「販売予定のない画像がアップされていることが判明したため、販売を中止いたしました。
すでに購入された方は、今後も鑑賞可能です」
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「……私、一体どうなるの?」
美由はもう一度、震えるような声でそうつぶやいた。
「どうにもならないよ」
和也は、あっさりと返す。
「1ダウンロード1000円が強気すぎただけさ。3枚セットってことは、写真集が1万部売れたようなもんだ。写真集で1万部ならヒットにはなるけど、大ヒットとまではいかないらしいよ」
そう言ってスマホを操作し、検索結果を見せる。
「最近の一番売れた写真集は60万部らしい。比べたら、60分の1じゃないか」
和也は“たった3日で”その数に達した事実を、あえて伏せた。
「……そっか、大したこと、ないんだね」
美由の顔に、ようやく笑みが戻る。
「それに俺のコピーガードは完璧だ。もうこれ以上は広がらないよ。俺を信用しろ」
「うん。ありがとう。信用してる」
「少しネットの反応を見てくる。ちょっと待っててくれる?」
「うん、わかった」
美由は4年近くにわたりWeb広報として活動し、ある意味ネットアイドルのような存在になっていた。ネットの“燃え方”にも耐性がある。だが──今回ばかりは、様子が違っていた。
(それにしても……なぜ突然、こんなにダウンロードされた? 3枚で3000円なんて、安くはないはずだ。何か“きっかけ”があったに違いない)
和也はネット上の動きを洗っていく。やがて、ある言葉が目に止まった。
「愛してくれる画像が存在する」
いくつかのインフルエンサーが、その“奇跡の写真”として取り上げていた。
(これか……)
コメント欄も騒然としていた。
『自分も感じた』『確かに聞こえた』『こんなに愛されるなら、1000円は安い』──
一種のオカルトのような盛り上がりだった。
(……ばかな。画像が語りかけてくるなんて)
半信半疑で、和也はWeb販売画面から削除済みのあの写真を再び表示させた。
その瞬間。
「和也、愛してる」
──確かに、美由の声が聞こえた。
「……美由、今なにか言った?」
「え? 何も。声出してないよ? 空耳じゃない?」
しかし──和也の耳には、確かに“あの声”が届いていた。
(思い込みか? 噂を読んだ後だから、暗示にかかった?)
念のため、美由の他の写真も表示してみる。が、声は聞こえない。
もう一度──例の3枚を表示する。
──また、聞こえる。
「……これは……。あの時の美由の感情が、写真に焼き付いた……?」
「何? なんの話?」
困惑した様子の美由が問いかける。
「なあ、美由。あの写真、撮ったとき──どんな気持ちだった?」
「気持ち……?」
少し間を置いて、美由は頬を染めながら答えた。
「里での特訓で、1ヶ月も和也に会えなかったの。帰ってきてもなかなか……そういう機会もなくて、気持ちが溢れそうだった頃。抑えきれなかった」
「……それが、仕草や表情に出てた?」
「動画じゃないのに……そんなに?」
美由の声にも、戸惑いがにじむ。
「冷静に聞いてほしい。あの3枚、見てると──美由の声が聞こえるんだよ」
「……声?」
「“和也、愛してる”って。ネットでも、購入者がみんな同じこと言ってる。“語りかけてくる”って」
美由は、口元を手で覆った。
「……そんなことって、あるの?」
「“目は口ほどに物を言う”って言うだろ? あの写真、きっと──愛が溢れてたんだ。写真を見た人にも、それが伝わったんだと思う」
和也は、自分でも言っていて顔が熱くなった。
「……私の“愛”が、溢れてた……?」
美由もつられて頬を赤らめる。
「なあ、試してみないか? 再現できるかどうか」
「どうやって?」
「同じ服装で、同じように──もう一度、撮ってみよう。声が聞こえるか、試してみたい」
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やがて、美由が着替えて部屋に現れた。
──あの日、庄蔵氏がこうアドバイスしたときの装いだ。
「次の相手は巨乳好きです。胸元を少し強調しましょう」
そのコーディネートを、彼女は忠実に再現していた。
和也は──
・スーツ姿の女性が好きである。
・巨乳が、すこぶる好きである。
・そして、美由のことを心から愛している。
そして──誰がなんと言おうと、エロかった。
役満に近い“四カード”が揃った。
さらに、美由の視線からは明らかに“愛”が溢れていた。
──ジョーカーも揃って、ファイブカード。
最強だった。無敵だった。
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撮影は慎重に行われた。
まずはスーツ姿の美由を、なるべく当時のアングルに近づけながら数枚ずつ撮る。
すぐにパソコンで確認してみると──
「……愛してる」
やはり、確かに“あの声”が聞こえた。
「やっぱり……愛が溢れてるよ」
「だって、和也のことが……愛おしくてたまらないもの」
──条件は整っているようだった。
では、和也が撮らなければどうなるのか。
次に、三脚とセルフタイマーを使って、美由が自撮りを試す。
和也はそばで見守るだけ。
──結果は、変わらなかった。
「……だって、和也が傍にいるだけで……」
それならばと、和也は部屋から完全に出て、ドアを閉めてみる。
カメラはそのまま、セルフタイマーで撮影。
──それでも、変わらなかった。
「……だって……今すぐ抱いてほしいのに!!」
そう──
庄蔵氏はもう里に戻っている。
今この家では、誰にも気を遣う必要はなかった。
和也はカメラを置き、ゆっくりと美由に近づいた。
「……わかった。おいで」
両腕を広げると、美由はふるふると首を振り、
頬を赤らめながら視線を逸らして、そっと呟いた。
「……撮りながら、してほしいの」
和也の動きが止まった。
──歴戦の経験者と化した和也ではあったが、それだけは、未経験だった。
「……俺はさ、女性には誠実でありたいって……」
「……でも、私がしてほしいって言ってるの……!」
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──そして。
すべてが終わったとき。
和也は、新しい世界の扉を開いていた。
「……撮りながらって、こんなに……興奮するなんて……」
「……こんな世界があったなんて……」
美由も──どうやら目覚めてしまったようだった。
その後に撮った写真を確認すると、やはり“声”が聞こえた。
“愛してる”と──確かに、美由の声で。
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その現象が“誰が撮ったか”に起因しているのかを確かめるため、
二人は美久に事情を話し、協力を依頼した。
美久が到着するまでの間、再び管理画面を開いてみる。
──問い合わせフォームには、販売中止を惜しむクレームが多数寄せられていた。
「これは……まずいな」
和也はすぐにAIを稼働させ、即時判定・即時返信のフローを組み上げた。
また、美由の業務用メールアドレスにも同様のメールが届いていたため、
こちらもAIが一次対応を行い、緊急性のあるメールだけを本人の携帯へ転送するフィルターを即座に構築した。
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到着した美久に、さっそく美由を撮影してもらう。
──その写真からは、“声”が聞こえなかった。
和也は、その“声なき写真”を再び販売ページにアップした。
コメント欄には、こう添えた。
「お問い合わせを多数いただいた画像について、価格設定に誤りがありました。
こちらが正規版となります。
価格設定ミス分の返金をご希望の方は、こちらのページよりお手続きください。
なお返金をされた場合、先にダウンロードされた画像は以後表示不可となります。」
価格は──わずか100円。
作業を終えた和也は、美久の方へ向き直ると、深く頭を下げた。
「……美久、お願いがある!」
「いいわよ」
美久は即答した。
「いや、まだ何も言ってないけど……」
戸惑う和也に、美久は淡々と返す。
「撮り比べしたいんでしょ?」
平然とした口調。だが、その胸の奥では複雑な感情が渦巻いていた。
──“比べてなんてほしくない”。
けれど、美久には美由に対する負い目があった。
“美由が来れない間、私は和也のところに通い詰めてしまった”──。
結果、和也の胃袋をがっちり掴んだ。
ついでに庄蔵氏の胃袋までも。
そんな自覚があるからこそ、断れなかった。
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「そうだと思って、ほら──そっくりでしょ?」
美久は笑って言った。
その姿を見て、和也は息を呑む。
彼はすでに、美由の写真データを共有していた。
だからこそ、美久の出で立ちは、まるで美由のコピーのようだった。
身長は175cm。
美由より10cm高く、千晴とほぼ同じ
そして容姿も千晴に近い、整った美貌。
──いや、今の彼女は、恋で輝いていた。
その輝きが、千晴をも凌駕していたかもしれない。
さらに──美由と同サイズのブラを着けながらも、
高身長ゆえのボリュームで、実際の質量は美由を上回っていた。
“千晴と美由のハイブリッド、上位互換”。
それが、今の美久だった。
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一瞬、陰りの差した美久の表情を、和也は正確に読み取った。
だからこそ、迷わず言い切る。
「……容姿は、美久の方が俺の好みだ」
その言葉に、美久の瞳が一瞬で輝いた。
対して、美由の肩がわずかに沈む。
けれど、美由はすぐに小さく息をつき、微笑んだ。
“何でも口にしてしまうのは和也の欠点だけれど──それもまた、魅力だ”
そう思えば、納得できた。
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そして、美久の撮影が始まる。
和也は可能な限り、アングルや光の条件を美由のときと一致させた。
レンズ越しの美久は、明らかに愛に満ちた表情をしていた。
それはもう、美由を超えているとさえ感じられるほどに。
だが──撮影を終えて確認してみると。
その写真からは、何の“声”も聞こえなかった。
「……美由の“気”が、写真に記録されたんじゃないの?」
美久が、何気なく呟いた。
その言葉に、和也と美由は顔を見合わせる。
──今や“気”を使うことが当たり前になっている二人には、
その発想は、逆に出てこなかった。
「そんなこと……あり得るのか?」
和也は眉をひそめ、美由も同じように首を傾げた。
二人の脳裏に、
“術”という言葉が、微かに浮かびかけては、まだ形にならずに消えていった。
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“声”の聞こえぬ画像の再アップにより、騒動はひとまず沈静化したかに思えた。
──だが、別の火種がくすぶっていた。
“声”の聞こえる画像を手に入れた者たちが、感想をネット上にアップする。
それに対し、“声”の聞こえぬ画像しか入手できなかった一部のユーザーが、心ない言葉を浴びせ始めた。
「声なんて聞こえない。嘘じゃないのか?」
その攻撃的なコメントに、反論のため──“証明”のため──コピー画像の作成を試みる者たちが現れる。
だが、和也の構築したセキュリティプログラムは完璧だった。
画像ファイルには高度なコピーガードが施されており、理論上は無断保存も転送も不可能だった。
それでも──手段はあった。
画面に表示された画像を、デジカメやスマホで“外部撮影”する。
それなら、見た目はほぼ変わらないコピー画像を作ることができる。
さらに、違法改造されたOSを使えば、デジタルの完全コピーも理論上は可能だった。
──しかし。
実際にコピー画像を作った者たちが、口々に証言した。
「何かが、コピーできていない」
「オリジナルでは感じた“愛”が、コピー画像からは感じられない」
そうして、それはやがて──
都市伝説のように、語られ始めていった。
後日──
それを耳にした和也は、自らの手で検証を行った。
美由の写真を表示しているオリジナルの画像ビューアーに、
非圧縮のまま表示画像を保存できる機能を実装し、
完全なローカル保存データを生成する。
そして、それを再び同じビューアーで表示する──。
理論上、データも表示環境もまったく同一であるはずだった。
だが──
噂は、本当だった。
暗号化データをリアルタイムで展開・表示した画像からは、
確かに美由の「愛」が感じられる。
だが、一度保存された非暗号化データからは、
なぜか、その“愛”が、感じられないのだった。
「こんなことが、あり得るのか……?」
和也は、ひとり部屋で呟いた。
美由の画像に“愛”を感じるという現象自体は、まだ理解できる。
彼女に魅了された人間が、投影としてその感情を受け取る──
それは、ある種の錯覚であっても、説明はつく。
だが、保存しただけの同一画像からは“愛”が抜け落ちるという現象は──
論理では説明できない。
「……暗号化データに、美久が言ったとおり美由の“気”が練り込まれていて……
デコードの瞬間、それが見る者に放たれている?
だから非暗号データには、それが含まれない……?」
──そんなこと、あるはずがない。
そう思いながらも、和也はふと、ネットの掲示板で
決定的な書き込みを目にした。
『“かずや”って誰?
この画像を見ていると”かずや、愛してる”って……そう聞こえるんだけど』
それに賛同する返信はなかった。
だが、気になって検索を続けていくと──
サイトも内容も投稿者もまったく異なる複数の場所で、
同じような書き込みが見つかった。
『画像から “かずや”という名前が聞こえた』
「
『“かずや、愛してる”って、そう聞こえる。でも誰?』
──どの書き込みも、偶然とは思えないほど一致していた。
それはもはや、個人の錯覚ではなかった。
和也は静かにモニターを閉じると、そっと呟いた。
「……都市伝説は、そのままにしておいた方がいいのかもしれないな」
そして、彼は検証をやめた。
それが、“誰かの気”がデジタルに宿るという
この世界の“仕組みの外側”の出来事だったのだとしても──
今はまだ、その扉を開くときではないと、
本能が告げていた。
⸻
──更に後日。
和也は、花音と直接会う機会を得た。
例の噂の話と共に、美由と美久の画像を見せ、意見を求める。
花音は静かに目を細めて言った。
「……草の技術ね。
葉月母様が、美由にすべてを叩き込んだものよ。
美久さんの写真も人を惹きつけるでしょうけれど、
美由のはもっとでしょ? ──人を、虜にするの」
和也は息を呑む。
(やはり……そんな“技”があるのか?)
だが、花音はすぐに否定した。
「でもね。
草の技はオカルトじゃないの。
何百年も積み上げてきた、ちゃんとした技術なのよ。
“気が写真に宿って声を聞かせる”なんて、
そんな超常現象を起こすような技……あるわけないでしょ」
──美由と和也。
二人の超人によって、たまたま起きた奇跡。
(やっぱり、このカップルは人外なのよね)
花音は微笑し、そう納得した。
⸻
それは、“声の聞こえる奇跡の写真”
二人の愛の結晶であり、子供とも言える存在だった。
結果、3万ダウンロードされたそれらは──
一件の払い戻し要求もなく、末長く愛され続けることとなる。
今回は、美由の“完成”と、
そこから派生した予想外の現象が中心の回でした。
交渉術、草の技、そして彼女固有の資質。
霞の里が本気で育てた結果、ついに“最前線仕様の美由”が誕生しました。
一方で――
和也と美由、二人の感情が乗った写真が、
単なるデジタルデータでは済まない振る舞いを見せ始めています。
ただの偶然なのか、技術なのか、それとも――。
読者の皆さんがどう感じたか、ぜひ知りたいです。
感想やリアクション、いつも本当に励みになっています。
次回、
クリスマスイブ。
片や、スカイツリーの灯りの下で寄り添う“一般人ヒロイン”。
片や、ホテルの会場で火花を散らす“人外トリオ”。
そして――
3,000万円の売上の、その先へ。
恋も、仕事も、そして未来も。
三人の女が、ついに“同じ土俵”に立つ。
株式会社み組、始動。




