【第08話-27おまけ1】それぞれの“一番”-和也・美由
本日2本目の公開です。
30分前に本編を公開しています。
⸻
【Scene07.8:22年前】
⸻
この話を終わらせるには、
この話をしなければいけない。
「このたびは本当にありがとうございました」
「ふむ、元気な女の子が生まれたの」
「はい、とてもとても可愛らしい」
「しかし、あの夫婦も罪じゃの」
「仕方ありません。何とか会社を立て直そうと必死で頑張っていて……月の物が来ないのも、忙しすぎるせいだと思っていたとか。気付くと、もう下ろせない時期だったと」
「そうらしいな。それで、あんたが引き取るんだろ」
「はい。会社は潰れてしまい、赤子を育てる余裕はないと判断したようです。私も会社を再度起こす手助けはしますが、それでも暫くは辛いでしょう」
「なぜ、そこまで?」
「あの夫婦は、私の妻の遠い親戚にあたりまして。私は、手の届く範囲の人には幸せにしてやりたいのです。もう少し早く知っていれば、会社も助けられたかもしれませんが」
「優しすぎるの。そんなので、よく大企業の社長などやっていける」
「よく、言われます。だから“手の届く範囲”なんです。目に届く範囲すべてを救いたくても、到底無理なんですから」
「あんたのような人に育てられる娘は、優しい子になるんじゃろうな」
「いえ、そんな……」
「優しいといえば、あんたの奥さん。あれも相当だ。毎日毎日付きっきりで世話をして。うちに健診に来る時も甲斐甲斐しくてな」
「うちのかみさんも、まるで年の離れた姉妹のようだと」
「うちは結局、子供ができませんでしたので。せめて妊婦さんの世話をしたかったのかもしれません」
「あんまり熱心に通ってくるからの、“どちらがわしの患者か”分からんようになってしもうたわ」
「えっ?」
「あんたの奥さんの子として書類をまとめた。あんたと奥さんの“本当の子”として育てなさい」
「いえ、そんな訳には。すぐに養子縁組しますので」
「大きくなってからの、戸籍を見て自分の生まれを知るのは辛いものじゃよ。あんたなら、ちゃんと自分の子として育てられる」
「はい。責任をもって育てます」
「それがええ」
「先生は、この後どうされるのですか? “閉めるはず”だった病院を、半年以上も続けていただいたのですから。もう、閉められるのですよね」
「ああ。見ての通り、ここは限界集落での。じじばばばかりで、みな色々重い病気を持ってて、わしには荷が重い。大きな病院へ行ってもらっとるよ」
「そうですか」
「若い頃はの。引退したらスイスででも、ゆっくり過ごしたかったんじゃよ。しかし、こんな片田舎の病院では、そんな金は貯まらなかったぞ」
「先生……うちの会社が、スイスの山の麓に別荘を持っています。そこに住んでみませんか?」
「なんじゃと?」
「どうせ、税金対策で買ってろくに使ってないんです。管理と滞在者の身の回りを世話する者まで雇っているのにですよ。使ってもらった方がありがたいです」
「そうか。考えてみるかの」
⸻
そうして病院を閉めた老医師夫婦はスイスへ移住する。
そうしてその赤子は高倉家の名を得ずに、
新倉南として生まれた。
姉と同じ“南”の名を与えたのは、
一生会わぬかもしれない姉との、
つながりを持たせたかったからかもしれない。
そして、一二年後、
その名は姉妹を奇跡的に結び付ける。
⸻
「おお、よう来てくれた」
「この度、ご婦人は……」
「畏まった言葉は不要じゃ。あいつは老衰だ、大往生じゃよ」
「そうですか」
「なあ、あの子は元気か?」
「はい。優しく、美しく、強い子に育ちました」
「そうか、それは良かった。で、あの事は?」
「まだです。でも、もうすぐかもしれません」
「会ってみたかったの」
「写真でよければ」
「ほうほう。綺麗な子に育ったの」
「自慢の娘です」
「そうかそうか」
⸻
翌日、元老医師は朝、目を覚まさなかった。
90歳、老衰だった。
前日、最後の会話は、
「わしもあいつも、最後まで幸せだったぞ」
だったという。
⸻
これは、あの日、霞の里で、
花音と庄蔵氏が作った推測が大外れだったという話。
しかしそのことを、花音が知ることはなかった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
南という人物を描くうえで、
どうしても避けて通れなかったのが、この“22年前”の話でした。
南の「手の届く範囲を幸せにする」という思想は、
突然生まれたものではありません。
受け取った愛と、選び取られた縁の積み重ねが、
今の彼女を形づくっています。
血か、育ちか。
覚悟か、優しさか。
あなたは、この過去を知って――
新倉南をどう見ますか?
よければ感想欄やリアクションで、
率直な印象を教えてください。




