【第08話-26】それぞれの“一番”-和也・美由
関係が落ち着いた――
そう思った瞬間に、物語は次の波を用意しているものです。
今回訪れるのは、
終わらせるための想いと、
始めるための覚悟。
“好き”の形が違えば、
別れ方もまた違う。
少しだけ胸が締めつけられる回になるかもしれません。
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【Scene07.6:1年前10月】
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食後の片づけも終わり、美由と美久が楽しげに話していたそのとき――
ピンポーン。
「……なんだろう?」
和也が玄関へ向かい、インターホンの扉を開けると、そこには見慣れた顔が立っていた。
「頼もう! 和也道場の入門希望者を連れて参った!」
声高らかにそう叫んだのは、梨子だった。
「……いや、道場破り?」
梨子はそう言い直し首を傾げた
呆れた表情の和也をよそに、梨子は勢いそのままに続けた。
「いや、今回は“和也劇場”への入会希望者。いやいや、オーディション希望者ってことで!」
「……だから、なんなんだよ」
「端的に言えば、和也に合わせたい人がいるってこと」
そう言って、梨子は後ろに控える少女を軽く押し出す。
「ほら、ちゃんと前に出てきて」
姿を現したのは、新倉南だった。
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「どういうことだ……?」
和也の疑問はもっともだった。
「うんとね、旅先でたまたま一緒になって、話してるうちにすっごく意気投合したの。それで一緒に帰ってきたの」
「……それで、なんでここに?」
「和也のところに」
違和感はあったが、南の不意の登場に思考が追いつかず、和也はそれ以上深くは問わなかった。
「さ、南、上がって」
(いや、ここはお前の家じゃないだろ……)
心の中でツッコみながらも、和也は黙って扉を開けた。
南が先に部屋へ入り、和也はふと気づく。
(……スリッパ、足りないな)
そう思ったが――梨子は、玄関に立ったまま動こうとしなかった。
「南、和也に例のビデオ見せるんだよ?」
「うん、わかってる」
そのやりとりを交わすと、梨子はゆっくりと和也の方を向いた。
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「和也……ごめんなさい。私、もうこの中には入れないの」
「……え?」
突然の言葉に、和也は目を瞬かせる。
「私、阪本梨子は、"和也お兄ちゃん”のことが大好きでした」
声は震えていたが、不思議と涙はなかった。
「でも、ここには“上嶋和也”を愛してる人がいる」
美久の存在は知らなかったが、美由がそうだと信じていた。
「私が好きだったのは、“和也お兄ちゃん”だったの。
優しくて、頼れて、何でも受け止めてくれる……理想の、王子さまみたいなお兄ちゃん。
でも、私は“上嶋和也”という一人の人間を、ちゃんと見てなかった」
唇を噛みしめながら、梨子は顔を上げる。
「だから、私にはここにいる資格はありません。
和也お兄ちゃん――さようならです」
そして――梨子は、くるりと背を向け、走り去った。
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「梨子!」
思わず後を追おうとする和也の肩を、南が静かに押さえた。
「……あの子が、どれだけの覚悟であの言葉を紡いだか分かってる?」
和也は黙ったまま頷く。
「追いかけちゃダメだよ。未練が生まれちゃうから」
南の声は淡々としていたが、その奥には、どこか重みのある響きがあった。
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梨子は走った。
必死に走り、和也のマンションが見えなくなったところで、とうとう足が止まる。
そして――
膝をつき、力なく座り込んだ。
「……泣いていいんだよ」
肩にかかる優しい声に、梨子は顔を上げた。
そこにいたのは、千晴だった。
「お姉ちゃん……なんで」
「少し前に、南から連絡が来てたの。『この辺りで梨子が座り込んでるから、迎えに行ってあげて』って」
(……全部お見通しか。勝てるわけない)
梨子はうつむきながら呟く。
「私ね……和也お兄ちゃんが大好きだった。
優しくて、格好良くて。でも、それだけじゃ勝てなかった。
結局、私は“理想のお兄ちゃん”しか見てなかったんだ」
「……それは、私も一緒」
千晴は穏やかに続ける。
「花音がアメリカに行って、寂しくて動けなくなってた時に、つき合おうって強引に引っ張ってくれた和也にの手が、あまりにも温かかったから……私も依存してた
しばらく距離を取ってくれた事もあったけれども
達也の心が離れたって判った時にも、和也は私をそっと包みこんでくれた
私はまたそんな和也に依存してた」
「お姉ちゃん……」
梨子は、もう堪えきれなかった。
胸の奥に溜め込んでいた想いが、一気にあふれ出す。
「うぁああああああああん!!」
人目もはばからず、千晴の胸で号泣する。
泣いて、泣いて、泣き疲れた頃――ようやく涙が止まった。
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「……家へ帰ろうか」
千晴が静かに言うと、梨子は小さく首を振った。
「ううん。私、シェアハウスに帰る」
それは、“逃げ場所”ではない。
“居場所”を、自分で選ぶという意思表示だった。
涙の跡を残した笑顔が、千晴には眩しく見えた。
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南を部屋へ招き入れると、真っ先に彼女の目に映ったのは、美久の姿だった。
その瞬間、南は小さく息を呑み、問いかけるように言った。
「この方は……?」
その時、美由は美久の耳元で静かに囁いた。
「この子が南。和也の婚約者よ」
その言葉に、美久は目を大きく見開いた。
そして和也は静かに彼女の方を向き、はっきりと告げた。
「この人は、村澤美久。俺の新しい恋人だ」
その一言に、南は一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を明るくして、ふわりと微笑んだ。
「なんて素敵なこと……! 和也を支える人が、また増えたのね!」
そのまま美久のもとへ駆け寄ると、南は自然な仕草で彼女の両手をそっと取った。
「初めまして。私は新倉南、和也の……」
一拍だけ間を置き、言葉を選ぶように口元を止める――が、
すぐにふんわりとした笑顔のまま、こう続けた。
「……婚約者よ」
その表情は、あまりにも可憐で、そして無垢だった。
和也は思い出していた。
出会ったばかりのころ、眼鏡をかけていた頃の南――とても愛らしい“眼鏡っ娘の南”。
今ではコンタクトに変わっているけれど、あの頃の面影は確かに残っていた。
「美久さん、これからは一緒に、和也さんを支えていきましょうね」
その言葉に、美久は、思わず笑みをこぼしてしまっていた。
和也から”心底恐ろしい子”だと聞かされていた印象は、すでにどこかへ消えていた。
だが、その様子を見ていた美由は、内心で息を呑んでいた。
(……淡いピンクの“気”が、美久に注ぎ込まれてる)
それは、和也が持つ“恋慕特異点”に匹敵する、優しくも強力な波動。
(……やっぱり、この子、恐ろしい)
そう思いながらも、美由はその光景を決して不快には感じていなかった。
なぜなら、自分もまたその気の影響を受けて、和也を好きになったのだから。
それを後悔したことは、一度もない。
美久が南の“気”を受けて惹かれたとしても――
それはきっと、悪い影響ではない。そう思えた。
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「南。さっき言ってた“ビデオ”って?」
和也が問いかけると、南はうなずいてタブレットを取り出した。
「花音さんから、みなさんへのメッセージです。……草の話も含まれています」
和也はふと、美久の方へ視線を向ける。
「美久。ビデオを見る前に、先に話しておきたいことがある」
そう前置きすると、和也はこれまでの経緯を語り始めた。
花音から聞いた“草”の真実、千晴や美由とのやりとりで知った歴史、
霞の里の秘密、一之瀬家の血筋、花音自身の生い立ち――
そして、自分と美由、さらにはここにいない朝倉南までもが、その“血”に連なる存在であることを。
すべてを、包み隠さず語った。
話を聞き終えた美久は、深くため息をついた。
「……ほんと、和也といると信じられない話ばっかり降ってくるのね」
このあと、美久は和也が“人外”とまで評される存在であることを知ることになる。
だが、それによって彼女の想いが揺らぐことはなかった。
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「それじゃあ、花音さんからのメッセージを流してもいいですか?」
南がタブレットの再生ボタンを押すと、画面には花音が映し出され、落ち着いた声で語り始めた。
『これを見ているのは、和也と美由かしら?
これから話すのは、そこにいるはずの新倉南のこと――』
梨子に託したという前置きのあと、花音は南が自ら語ることのない真実を、代わって語り始めた。
「……私も聞いていていいの?」
不安げに尋ねる美久に、南はそっと微笑み、手を重ねながらうなずいた。
「美久さんにも、ぜひ聞いてほしいです」
画面の中の花音は続ける。
『南は、自分のことをほとんど話さないでしょう?
だから、私が代わりに伝えます』
露天風呂で梨子に語った、南の過去。
いかに彼女が人を気遣い、他人のために動ける献身的な人物であるか。
そして、梨子には明かさなかった――
南が自分たちと同じく、”一之瀬の血を引く者”であるという事実。
その話を聞いた和也と美由は、驚きつつも納得していた。
だからこそ、南にも“あれほどの力”があるのだと。
さらに花音は、「術を決して自分のためには使わない』と語っていたことに言及し、
自らの過去――アメリカで術を私利私欲に使い、罪なき人々を操ったこと――を引き合いに出してまで、
その言葉にどれほどの覚悟が込められていたかを力強く語った。
『南はね、自分に正直で、まっすぐで、
そして周りの人を誰よりも大切にできる人です。
どうか、誤解しないであげてください』
映像が終わると、しばらく誰も言葉を発せなかった。
和也も美由も、南について多くの真実を知っていたはずだった。
けれど今、彼らは改めて思い知らされた――
南がどれほどの“犠牲”と“覚悟”をもって、自分たちと向き合おうとしていたのかを。
特に胸を打ったのは、“南は術を自分のためには使わない”という一節。
かつて私利私欲のために術を使い、その力に溺れた――
そんな過去を持つ自分たちだからこそ、その言葉は深く刺さったのだった。
「南……」
ぽつりと名前を呼ぶと、南は恥ずかしそうに笑った。
「こんなビデオ、本当は逃げたかったんです。でも……梨子ちゃんが、背中を押してくれました」
静かに、けれど確かに、胸に手を当てながら言った。
「『逃げるな。みんなとちゃんと向き合わなきゃダメ』って……」
そして、にっこりと笑う。
「だから私は、ここにいられるんです」
「これから、よろしくお願いします。和也さん、美由さん、美久さん」
その言葉に、異を唱える者は――誰一人としていなかった。
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こうして、激動の週末は幕を閉じた。
まだ若く、未熟な四人。
これからも、きっと間違いは犯すだろう。
迷うことも、悩むこともある。
けれど――
支え合いながら、生きていく。
世の中の常識とは少し違っても、これが、彼らが選んだ“家族”のかたちだった。
今回は、南と梨子――
対照的な二人の“好き”がはっきりと描かれた回でした。
梨子は、「和也お兄ちゃん」という理想を手放す強さを選びました。
自分の未熟さを認めて、一歩引く勇気を持った。
一方の南は、
理想ではなく“上嶋和也”という一人の人間を見据え、
未来ごと背負う覚悟を選んだ。
どちらが正しい、ではありません。
けれど、重さは明確に違う。
あなたの中で――
南の印象は変わりましたか?
ぜひ感想欄やリアクションで教えてください。
そして本日は、
おまけを2本公開します。
語られなかった過去と、
静かに終わった想いの続き。
本編の裏側を、そっと覗いてみてください。




