【第08話-25】それぞれの“一番”-和也・美由
誰かを本気で愛すると決めたとき、
人は初めて“責任”と向き合うのかもしれません。
試すためでも、奪うためでもない。
ただ、ひとりの女性を誠実に抱く――
そんな夜が、
和也にとってどんな意味を持つのか。
東京での静かな一日が、
三人の関係を、ほんの少しだけ前へ進めます。
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【Scene07.5:1年前10月】
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話は東京に戻る
美久と和也、二人だけがホテルに残った。
部屋を出ると、二人は街へと繰り出した。
ショッピングを楽しみ、並んでスイーツをつつきながら笑い合う。
ブティックでは、美久が和也の好みを探ろうと一生懸命に服を選ぶ。
もともと千晴に匹敵する端正な顔立ち、美由と並び立つ豊かなバスト。
そして今は、恋する想いにあふれた笑顔まで加わっていた。
──梨子が「10人中8人が振り返る」と評した彼女は、
今や「10人中10人が振り返る」存在になっていた。
その美人が、自分のためにコーディネートを考えている。
それは、最高の気分だった。
ディナーには、お洒落なイタリアンを選んだ。
軽くワインを口にし、赤く染まった頬の美久が、和也にはとても艶やかに見えた。
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夜──ふたたびホテルの部屋へ戻った二人は、
無言のまま、それぞれシャワーを浴びた。
白いナイトガウンを纏い、ベッドの上で向かい合う。
「……今朝の償いを、させてほしい」
和也は、静かに語った。
そして、誠心誠意、この人を愛そう──そう決めていた。
美久は、その言葉と眼差しに胸が熱くなる
最初は、優しいキスから始まった。
1度目の激しさも、2度目の暴力性も、3度目の一方的な押し付けも、そこにはなかった。
激しすぎず、でも静かすぎもしない。
ただただ、想いがゆっくりと重なっていく。
熱を帯びた吐息が漏れ、美久は甘く切ない声をあげる。
──これは、愛のかたちだ。
(これだ……これが、欲しかった……)
そう思った瞬間、和也が奥深くまで愛を届け
美久の意識は真っ白に塗りつぶされた。
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目を覚ましたとき、美久は和也の腕に抱かれていた。
包まれる温もり。
身体の奥深くに、和也そのものを感じる。
(ああ……これが、女の幸せってやつだ……)
そう実感した。
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翌朝。
和也は、いつものホテル、いつもの部屋、いつもの感触で目を覚ました。
「和也、おはよう」
恥ずかしそうに顔を上げる美久。
その姿に、和也は少し口を開きかけ──
(そんなに照れてるなら、無理してしなくても……うっ……)
「ねぇ……もう一度、しよ?」
和也に拒否権はなかった。
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この夜を境に──
美久は“恋人の一人”となった
けれど、そんな肩書きよりも。
ただ──
美久の心と身体は、ようやく和也とひとつになれたことを
静かに、深く、そして幸せに受け止めていた。
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美由は、一人、和也の部屋にいた。
(一人が、こんなに寂しいなんて……)
高校時代までは、実家で家族の気配に囲まれていた。
仲居になってからは寮生活。誰かの気配が、いつだってあった。
けれど今は、静まり返った部屋の中で、ただ時計の音だけが響いている。
(……でも、これは私の償い。今晩は、美久に譲ったんだから)
布団に染み付いた和也の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、
それでも枕は、静かに濡れていた。
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翌朝。
美由は、いつもより早く起きて、簡単に朝食を済ませた。
味は、しなかった。
そして昼どきが近づいた頃──
──ピンポーン。
インターホンの音が、静まり返った空間に響いた。
ハッと顔を上げ、美由は玄関へ向かう。
「和也!」
ドアの向こうには、和也と美久が並んで立っていた。
「美久が、どうしても美由にお礼を言いたいって」
和也が、少し照れくさそうに言う。
「……うん、分かった。上がって、美久」
「お邪魔します……」
部屋の空気は、どこかぎこちなく、柔らかい緊張が漂っていた。
和也は、何から切り出せばいいのか分からず、ただ立ち尽くす。
そんな中、美由がふと思い出したように口を開いた。
「ねえ、和也。炒飯作ってくれない?
ご飯も炊いてあるし、材料も準備してあるの」
「分かった。二人で待ってて」
そう言って、和也はキッチンへ向かおうとする。
当然、三人で食べるつもりだった。
──その瞬間、美由はハッとした。
(私……“上がって”って言った。
そして、“炒飯作って”って言った。
どちらも、無意識に“ここは私の場所”って主張してたんだ……)
自己嫌悪のような小さな痛みが、胸を突いた。
「美由さん」
「美由でいいよ、美久」
「聞いてほしいことがあるの」
「うん」
「和也も、一緒に」
促されるまま、和也もテーブルに腰を下ろす。
自然と、美由の隣に座った。
──その位置関係が、美久の胸を、ちくりと刺した。
けれど、逃げなかった。
「和也……私は、あなたのことを心から愛しています」
それは、昨晩あえて口にしなかった言葉。
今日ここで、二人の前で伝えると決めていた。
「美由、あなたのことは邪魔しない。
私は二番目の彼女でいいから、和也のそばにいさせてください」
まっすぐな言葉だった。
けれど、それを聞いた美由の表情が、静かに変わる。
「──駄目よ」
即答だった。
「え……?」
美久は思わず息を呑んだ。
美由なら受け入れてくれる、そう信じていた。
だが──
「“二番目でいい”なんて言うなら、駄目よ」
美由の声には、はっきりとした熱があった。
「そんな半端な覚悟じゃ、和也を支えられない。
正々堂々と、一番を目指して。勝負するのよ」
短い沈黙のあと、美久の瞳にふたたび光が宿る。
「……うん、負けない!」
美由は、小さく微笑みながら、心の中で思った。
(私には、指輪がある。だから、負けない)
だが──その瞬間。
「──俺からも、条件がある」
和也が静かに口を開いた。
二人の視線が、一斉に彼に向かう。
「これから俺は、南の分の指輪を作る。
その時に、美久の分の指輪も作る。
四人で、指輪を着けるんだ。四人で、幸せになる。
それが、俺の条件だ」
まっすぐで、揺るぎない言葉だった。
「……私のアドバンテージが……」
美由は頭を抱えて、崩れ落ちた。
「正々堂々と勝負、なんだろ?」
和也の瞳には、覚悟の光が宿っていた。
その強さに、美由も、美久も、しばし言葉を失う。
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そのあと、和也が作った炒飯を、三人で食べた。
香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
スプーンを口に運ぶたびに、自然と笑みがこぼれた。
──その味は、絶品だった。
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一つの食卓を囲み、手料理を分かち合う。
それは、三人にとって初めての“共有”だった。
そして、それが美由でも美久でもなく、
和也の手によるものだったことに、大きな意味があった。
女たちは、男のそばで生きることを選び、
男は、彼女たちの人生に責任を持つと決めた。
それは──
三人の関係の、静かなる始まり。
そして、和也の覚悟の証だった。
それぞれが、自分なりの形で一歩を踏み出した今回。
誰かを想うこと、受け入れること、そして競い合うこと――
三人の関係は、静かにですが確実に動き始めました。
あなたは、この変化をどう感じましたか。
ぜひ感想やリアクションで教えていただけると嬉しいです。
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次回、
静かに整い始めた関係の前に、
思いがけない来訪者が現れる。
そして――
ひとつの想いが、区切りを迎える。
新たな波紋が、静かに広がっていく。




