【第08話-23】それぞれの“一番”-和也・美由
“間違い”は、派手な形で始まるとは限りません。
むしろ多くの場合――
それは、ほんの小さな違和感や、
「まあ大丈夫だろう」という気の緩みから静かに動き出します。
この時の彼らも、まだ決定的な一線を越えた自覚はありませんでした。
それぞれが、それぞれの理由で「必要なこと」だと信じていたからです。
けれど。
本当に大切なものは、
往々にして、失いかけて初めて輪郭を持ち始めます。
ここから先、
彼らが直面するのは“快楽の先にある問い”。
――どうか、その変化を見届けてください。
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【Scene07.2:1年前10月】
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美久・久美との待ち合わせ場所は、かつて“面接”をしたあのカフェだった。
二人は時間どおりに姿を現す。
「えっ、美由さんに由美さん!?」
「どうして??」
驚きの声を上げる美久と久美。
「お久しぶりね」
美由がにこやかに笑い、自然に挨拶する。
そういうほど親しい仲ではないはずだが、元来の人懐っこい性格が顔を出していた。
席に着くと、美久と久美が小声でヒソヒソ話を始める。
「ねぇ、あの千晴さんて人が第1彼女じゃなかったっけ?」
「美由さん、指輪まで着けてるよ」
「4カ月も経ったんだ、そういうこともあるよ」
(……聞こえていますよ)
和也はそう思ったが、黙っていた。
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美由が口を開く。
「和也から話は聞いているでしょ?」
「はい、『あの時のこと、もう一度ちゃんと話したいんです』って」
美久が答える。
「あなたたちがどんな経験をしたか聞いているわ。
でもね、和也はもう大丈夫なの」
美由の表情には、どこか“上から”の気配が滲んでいた。
「私が救ったの」
和也は内心で眉をひそめる。
(これは……駄目な傾向だ。自己顕示欲が全面に出てる)
ひと言、口を挟もうとしたが──
「本当に大丈夫なの?」
美久の反応の方が早かった。
「ええ、私が保障するわ」
由美も、まずい流れを感じているようだった。
和也と由美がアイコンタクトを交わし、声を掛けようとしたその瞬間──遅かった。
「じゃ、もう一度体験したいです。
和也さんの本気を!」
「私たち、体があの日のことを忘れられないんです!」
久美も続ける。
幸い、朝食には遅く昼食には早い時間帯だったため、店内の客は少なかった。
……とはいえ、近くのテーブルで片付けをしているウェイトレスが、はっきりと耳をこちらに向けているのが見える。
和也は、ごく自然な仕草で片手を上げた。
「──忘れてください」
指向性の強い“気”を、ウェイトレスに向けてそっと放つ。
ウェイトレスは一瞬、膝を折りそうになったが、テーブルに手をついて持ちこたえる。
「えっ? 今、何か……。まあ、いいか」
小さく呟き、何事もなかったかのように片付けを続けた。
──恐るべし、和也。
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こうして、舞台は“いつものホテル”、そして“いつもの部屋”へと移っていく──。
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部屋に入ると、全員が順にシャワーを浴びた。
由美は、胸の奥で何かが引っかかっていた。
けれど──この場をつくったのは自分だ。
今さら「やめよう」とは、口にできなかった。
和也は、先ほどウェイトレスに使った術がうまくいったことで、妙な自信を持ってしまっていた。
(今なら大丈夫だ)──そんな感覚が頭の片隅で膨らんでいた。
美由は、自分が開発した術が成功するかどうか、その一点しか考えていなかった。
それ以外は頭から飛んでいた。
美久と久美は、身体がすでに和也の記憶を思い出し、触れられる前から火照り始めていた。
……誰も止めなかった。
止められる者が、ひとりもいなかった。
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先にベッドに入ったのは、美由と由美。
和也は、ふたりに交互にキスを繰り返しながら、気を流し込んでいく。
由美は、注ぎ込まれる熱に身体の奥がゆっくり溶けていくのを感じた。
一瞬だけ、郡山にいる彼氏の顔が浮かんだ。
──が、その想いはすぐに快楽に押し流される。
「あっ、あっ……もっと、もっと……」
和也のキスが、控えめな胸元に届く頃には、もう声を抑えきれなかった。
和也は次に、美由の中へ気を注ぎ込む。
「あぁ……あぅ、あはぁ……っ」
美由は必死に胎内で和也の気を練り上げた。
子宮が熱く、膨張していく。
そして、和也が全てを注ぎ込んだ瞬間──
練り上げられた気は、和也のもとへと還っていった。
あまりの快感に、美由はそのまま意識を手放した。
──できた……これを、体感したかったの……!
最後にそう思った感覚だけを残して、暗闇に沈んだ。
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和也は次に、由美へと向かう。
南の時のように術に飲まれた暴走ではない。
今回は、理性をもって快楽の果てに導こうとしていた。
由美は、注ぎ込まれる快楽にただ身を委ねた。
快感、愉悦、驚喜──そこに痛みはなかった。
あったのは、“女の幸せ”と呼ばれる感覚だけ。
だが──そこには、なにかが欠けていた。
由美は、快楽の果てでふと気を失う。
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美久は、もういつ挿入されたのかもわからなかった。
静かに、音もなく、女の幸せが膨張していく。
声ひとつ漏らさず、その快楽を味わい──やがて眠るように意識を失った。
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久美は、何が起きているのか理解できていなかった。
だが、次に自分がその渦に飲まれることだけはわかっていた。
だから、女芯はすでに受け入れる準備が整っていた。
和也はその状態を正しく把握し、ゆっくりとつながっていく
「がっ……は……!」
今日の行為で初めて、苦痛の色が走った。
久美は感じた。
──自分じゃない何かが入ってくる。
美久……そう、美久の気配が自分の奥に。
和也はすぐに修正を始めた。
美久の中で練った気を、久美に馴染ませるように調整する。
「あっ……うん……ああ、良いの……もっと、もっと……」
久美の表情は、快楽とも苦痛ともつかない歪なものへ変わっていく。
和也は思う。
──気の浸透率が低い。
これでは、他の三人のような快楽は与えられない。
さらに気を調整し、ゆっくりと流し込む。
「あっ……あっ……あぁ……あ……」
久美の顔が、やがて穏やかになっていく。
そして、久美も快楽の果てに意識を失った。
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(やった……俺は、できた……!)
和也は満足げにベッドに仰向けになる。
女たちも少しずつ意識を取り戻し、和也に寄り添うように横たわった。
右に中田美由と田中由美。左に村澤美久と澤村久美。
──さすがに、狭い。
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その時、由美がぽつりと呟いた。
「ねえ……今の、何?」
「えっ、何って……」
「あんなの、セックスじゃない」
「それって、どういう──」
「だって……愛がないもの。
快感を無理やり流し込まれただけ。
こんなの、私の知ってる“セックス”じゃない……!」
美久が続く。
「私たちは愛人だから、気持ち良いだけでもいいと思ったけれども……
もし彼氏とのセックスが“これ”だったら、嫌かも」
久美も、静かに言った。
「私の中に入ってきたの、美久だったよね。
和也さんのじゃなかった。
だって……和也さんの“気持ち”が感じられなかったもの」
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その瞬間、美由が泣き出した。
「私……私、なんてことしちゃったの……」
和也は、何も言えなかった。
「美由、ごめんね。
私、美由が暴走してるの、わかってたのに……止めてあげられなかった」
由美はそっと、美由に寄り添う。
「ねえ……私たち、そういうのないって思ってたけど──
今なら、美久とキスできるよ」
久美が、美久にそっと身を寄せる。
やがて、延々と続いた快楽の疲れが出たのか──
女たちは静かになった。
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和也はベッドに仰向けになったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
喉の奥から、深いため息が自然と漏れる。
──どうして、こうなった?
美由と由美、美久と久美──
眠っているのか、それとも……もう、わからない。
(……俺は、どうして“また”間違った?)
もう一度、小さく吐息をこぼす。
(“もう二度と女性への誠意を忘れない”って、あんなに誓ったばかりなのに……)
和也の顔には、明らかな苦悩の色が浮かんでいた。
(なぜ、こんなことを……やってしまったんだ?)
答えは、出ない。
美由の勢いに飲まれた。
美久が意外と乗り気で、止められなかった。
言い訳なら、いくらでもある。
……でも、本質的なところで。
──なぜ、こんなにも術を試したかった?
久美が苦痛を感じているとわかった瞬間、なぜ止めなかった?
無理やり調整してまで続けなければいけないことだったのか?
──わからない。
わからなかった──。
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由美は、性に対してはもともと開放的だった。
高校の頃、美由と美由の彼氏、そして自分と自分の彼氏──「四人でしよ」と最初に言い出したのも、彼女だった。
その経験を武勇伝のように語ってしまうのも由美だった。
ダブル南からの誘いにも、彼女はためらいなく乗った。
だが、そんな由美だからこそ、ひとつだけ譲れないものがあった。
──セックスには、愛が必要だ。
だから今日、和也と味わったあの体験は、由美にはどうしても許せなかった。
愛のないまま、一方的に送り込まれる快楽。
それは、彼女の価値観を根底から揺るがすものだった。
けれど──
(言い出したのは自分だ)
その自覚が、由美の言葉を鈍らせ、強くは言えなくしていた。
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美久は、ずっと「自分は愛人だから」と自分に言い聞かせてきた。
だがそれは、半分嘘だった。
彼女は、和也を愛してしまっていた。
4月──会津若松で一目惚れ。
そしてすぐに“奇跡的な再会”を果たし、運命だと本気で思った。
だからこそ、多少強引な方法でも既成事実を作りたかった。
“第4の彼女”でも構わない。
少しずつでもいいから地位を確保して、和也のそばにいたかった。
だが、結果はあまりにも無残だった。
それでも、その結果さえ、心の奥底では「どんなかたちでもいいから、近くにいたい」という願いの表れだったのかもしれない。
──だから、洗脳が解けても、彼女は“愛人希望書”を出したのだ。
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久美は、美久のように和也に惚れていたわけではなかった。
ただひたすらに、和也の性技に溺れただけだった。
だから彼女も“愛人希望書”を出した。
けれど、それだってひとつの愛のかたちだったのかもしれない。
だから今回──自分の中に和也ではなく“美久”が入ってきたと感じたとき、久美は許せなかった。
自分が求めていたのは、技ではなく、和也そのものだったのだ。
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美由は、新倉南と分かり合えたからこそ、南に嫉妬していた。
自分が得意だと信じていた“気”の技で、南が編み出した術に嫉妬していた。
だから、それを再現することに執着した。
「自分はすごいんだ」と、和也に、みんなに証明したかった。
そのために、周囲の人間を巻き込んでいることから、彼女は目を背け続けていた。
そしてそれに今、気付き泣き崩れたのだ。
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やがて、誰からともなくベッドの上で身じろぎが始まり、女たちはふらふらと起き出していった。
順に身なりを整えながら、まだぼんやりとした空気の中に言葉が落ちる。
「……私、郡山に帰るね。彼氏に、ちゃんと謝ろうと思うの」
由美が静かに言った。
「えっと……こんなこと、俺が言うのも変かもしれないけどさ」
和也は少し戸惑いながら口を開く。
「愛がないなら、それはもう“セックス”じゃないなら……浮気でもないって言えるかもしれない」
その言葉に、由美は目を見開いたあと、ふっと笑みを浮かべた。
「すっごい理屈。でも……ありがとう」
由美はにっこり笑い
「それじゃあね」
そう言い残して、帰っていった。
その晩、由美から和也のスマホにメッセージが届いた。
「彼氏と仲直りしたよ。やっぱり、テクニックより愛のこもったセックスの方が満足感高いね」
気持ちよさだけでは、埋まらないものがある。
それを、彼らはようやく思い知らされることになりました。
誰もが少しずつ、何かを履き違え、
そして――確かに傷ついた回でもあります。
ここから、それぞれが自分の「一番」とどう向き合うのか。
物語は、まだ静かに揺れ続けます。
※このあと 30分後におまけを1本公開予定 です。
もう少しだけ、彼らの“その後”にお付き合いください。




