【第08話-22】それぞれの“一番”-和也・美由
それぞれが抱える想いと、すれ違う誠意。
今回のエピソードは、和也と美由の関係が新たな段階へ踏み込んでいく一幕です。
“正しさ”とは何か。
その答えを探しながら、物語は少しずつ加速していきます。
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【Scene07.1:1年前10月】
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ある秋の昼下がり、高級ホテルの一室。
和也はベッドに仰向けになったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
喉の奥から、深いため息が自然と漏れる。
──どうして、こうなった?
シーツの中では、彼の両脇に四人の女性──
右に中田美由と田中由美。左に村澤美久と澤村久美。
誰ひとりとして衣服を身に着けておらず、ぴったりと抱き合うように身を寄せ合っている。
眠っているのか、それとも……もうよくわからない。
(……俺は、どうして “また” 間違った?)
もう一度、小さく吐息をこぼす。
(“もう二度と女性への誠意を忘れない”って、あんなに誓ったばかりなのに……)
和也の顔には、明らかな苦悩の色が浮かんでいた。
(なぜ、こんなことを……やってしまったんだ?)
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事の発端は、10月も終わろうかという金曜の夜のことだった。
その日、美由はいつもよりずっとラフな服装で部屋にやってきた。
ふわりとした、締め付けのないワンピース。
そして、いきなり切り出した。
「和也、私……できちゃったかもしれない」
両手をそっと下腹部の前で重ね、頬を染めて視線をそらす。
その表情は、嬉しいような、怖いような──何とも言えない複雑な色を帯びていた。
和也は即座に反応し、彼女の前に膝をつくと、その手を優しく取った。
「本当かい? ちゃんと検査しないと……でも、もしそうなら、責任取るよ」
「うん……でも、まだ試してないし……責任って?」
「「へ?」」
見事に二人の声がハモった。
「やっ、やだ違うってば! 私ちゃんとしてるし!」
和也が何を勘違いしたのかを察した美由は、顔を真っ赤にしながら慌てて弁解した。
「……ははは、なーんだ。びっくりした〜」
「もう、和也ったら、早とちりなんだから」
「いやいや、美由の言い方が紛らわしいんだよ」
笑いながら、軽く肩をつつき合うふたり。
……と思いきや、和也の手はそのままじわじわと下へと滑り、美由の胸元へ。
「いゃんっ……」
ちなみに和也が「妊婦みたいな服だな」と一瞬勘違いしかけたその**“ふわっとした、締め付けのないワンピース”**。
実は、胸の下だけがきゅっと絞られていて、巨乳をしっかりと強調するデザイン。
さらに胸元はざっくりと開いており、深い谷間がほとんど隠されていない。
よく見れば……いや、よく見なくてもエロい。
──完全に狙ってきてる。
和也を誘惑しようと、美由がわざわざ選んできた“勝負服”だった。
──このバカップルが!
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ちなみに、美由の本当に言いたかったことは──
「私、南が使ってた術……再現できちゃったかもしれないの」
唐突な発言に、和也は思わずきょとんとした表情を浮かべた。
「あの“疑似妊娠”と“疑似出産”の術。
あれから、どういう仕組みだったのかを考えながら、ずっとイメージを繰り返してたの。
そしたら、ふと──完成のイメージができちゃって」
「……成功のイメージさえ固まれば、それはもう術の成立と同義だ──って、花音も言ってたな」
「うん。だからね、試してみたいの。でも、一人じゃできないでしょ?」
「必要なのは?」
「強い気を”持続的”に出せる男。
それと、その気を受け渡す相性の良い女」
「……つまり俺か」
「和也しかいないじゃない。気の流れ、めちゃくちゃ安定してるし」
「で、次の女って?」
「私が練った気を一度和也に渡して、和也がそれを次の女に伝える……。
でも、その気には私の“クセ”が染みついてるから、相性が悪いと浸透率が落ちると思うの」
「前に南がやった時は?」
「最初に二人で“した”でしょ? あれで同調できたんだと思うの。
だから成功したんじゃないかな」
和也は少し考え込み、それから静かに言った。
「……じゃあ、ずっと一緒に育った幼馴染とか。今、一緒に暮らしてる女とか」
「梨子は……巻き込みたくないわね」
美由の言葉に、和也は無言で頷いた。
「そういえば……俺、もしかしたら、これ応用できるかもしれない」
「えっ?」
「俺の“恋慕特異点”で放出した気を、女性の胎内で圧縮して──
“恋慕無限循環”で回収、それをまた別の女性に放出する。
たぶん、理論上いけると思う」
(……相変わらず、そういうネーミングが好きなんだから
でも、ちょっと可愛い。)
美由はそんなふうに、ひっそりと思った。
──いや、普通そういうの“可愛い”とは言わない。
恋は盲目。バカップル、ここに極まれり。
「……あなた、そのうち、かめはめ波撃てそうね」
「撃てるかも」
冗談のようでいて、冗談じゃなかった。
和也は手のひらを上に向け、気を放出する。
それは空中で球状に回転しながら、徐々に圧縮されていった。
それを目で見ている美由も、また異常である。
──このふたり、やっぱり規格外だ。
その“規格”が人間の枠であるなら、
もはやこのカップルは人外と呼ぶべきかもしれない。
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ピンポーン。
「梨子かしら?」
「いや、今週は卒論を終わらせた友達と、卒業旅行行ってるはず」
「……はーい」
美由が玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは──
「ねえ、泊めてくれない?」
田中由美だった。
「どっ、どうしたの由美!?」
「彼氏と喧嘩して……別れてきちゃった」
「「……へ?」」
和也と美由は、声を揃えて固まった。
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由美は、詳しい事情を語り始めた。
「このところ、新別館プレオープンの取材で忙しかったでしょ?」
実際、由美はここ2カ月近く、ろくに休みが取れていなかった。
「だから彼氏とも、2カ月以上まともに会えてなくて……
その前もタイミングとかで、もう3カ月くらいしてなかったの」
あまりにストレートな物言いに、和也と美由は顔を見合わせ、思わず苦笑いを浮かべた。
ちなみに──
美由は現在、広報担当からの引退を目指して調整中。
もともと“美由・由美ペア指定”の取材以外は担当から外されていたため、毎週のように和也の部屋へ通えていた、というわけだ。
「でさ、今日から4日間まとめて休みもらえたの。気合い入れてたんだよ」
そう言いながら、由美は声を少し弾ませる。
「美由にさ、教えてもらったピルも飲み始めてて」
「……そういえば、そんな話したっけ」
美由はどこか気まずそうに返した。
「それでね、郡山の彼氏のとこ行ったら──
『明日が締め切りの仕事があるんだ、バグが取れなくて……すまん、明後日ならなんとか時間作れる』って言うの」
由美はその時のことを思い出したのか、表情がじわじわ険しくなっていく。
「うん、それで?」
美由が穏やかに相づちを打つ。
「まあ、仕方ないじゃない? だからさ、せっかくの時間だしデートプランでも考えようかって、彼のプライベート用のタブレット借りたの」
……和也は、すでに嫌な予感しかしていなかった。
「そしたら──デリヘル予約サイト、開きっぱなしだったの!」
(あー……やっぱり)
和也は心の中で天を仰ぎ、彼氏に少しだけ同情した。
「で、問い詰めたらさ──
『ずっと会えなくて、バグが取れないストレスでムラムラして……ごめん』って」
「ひどーい!」
美由も怒りの表情を隠さない。
和也は良くも悪くも“経験値”を積んできた男である。
こういうときは、とにかくうなずいて、話を聞くしかない。
肯定して、寄り添って、味方であり続ける──それだけだ。
「だからね、私も浮気するの!」
(……いや、別れてきたなら、もう浮気じゃないのでは?)
内心でそう突っ込んだが、和也は言葉に出さず、以下同文
「和也、私としてよ。知らない仲じゃないでしょ? 何回もやったことあるじゃない!」
「へっ!?」
和也が驚く横で──
「……試すには、ちょうどいいわね」
美由が小さく呟く。
「へっ?」
和也の声が再び裏返る。
だが、彼の意思が問われないのは、いつものことだった。
──定番、というやつである。
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「今晩は駄目だぞ」
せめてこれだけは──と、和也は強く主張した。
「えっ、なんで?」
由美は、もうそのつもりでいたのか、きょとんとした表情を見せる。
「ベッド、狭いからな」
口にしたのは建前だった。
──術を行使した状態ですれば、女性陣がどんな声を上げるか……想像もつかない。
夏の“あの騒ぎ”の再現など、まっぴらごめんだ。
あの時は、隣室の住人からもやんわりと苦情を受けていた。
「じゃあ、朝からホテルね♪」
「……えっと、由美さん。溜まってますか?」
思ったことを、つい口にしてしまうのは──和也の悪い癖。
──ポカン!
返ってきたのは、美由の拳だった。
ふと、美由が話題を変える。
「ねえ、美久さんと久美さんって、いまも連絡つくの?」
その問いかけは、千晴の誕生日前日のことを思い出してのものだった。
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「……え、美由さんと由美さん!?」
「あっ、私たち、大ファンです!!」
久美と美久が思わず立ち上がる。
「ありがとう」
由美は、慣れた対応でにこやかに微笑みを返す。
「私たち、村澤美久と澤村久美って言います!」
「へぇ、私たちとよく似た名前ね!」
由美はすぐに打ち解けていた。
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花音からは、和也が彼女たちに与えた影響の詳細を聞いていた。
千晴からも、“上嶋和也 愛人の会”の顛末を。
だからこそ──
気の歪みが修正された“今の和也”を、あのふたりに見てほしい。
──いや、味わってほしい。
美由はそう思っていた。
そして、あの“実験”に使える──と、どこかで判断してしまっていた。
彼女は、自分の思考が歪み始めていることに、まだ気づいていなかった。
和也は、その変化に気づいていた。
(……美由は、美久さんと久美さんを術の実験に使うつもりだ)
──だが、和也には拒否権がなかった。
だから、ふたりに連絡を取った。
『明日、朝から時間取れますか?
あの時のこと、もう一度ちゃんと話したいんです』
──こんな遅い時間に、しかも翌朝からという無理なお願い。
内容も内容だ。
断ってくれれば、それが一番いい。
和也は、心のどこかでそう思っていた。
──だが、返事は即座に返ってくる。
『わかりました。大丈夫です』
和也は、スマホを見つめながら──
心の中で、そっと頭を抱えた。
(……どうなっちゃうんだ、これから)
ここまでは――まだ、引き返せた段階です。
誰かが止めていれば。
誰かが一歩だけ踏みとどまっていれば。
けれど今回の怖さは、
その場にいる全員が、それぞれの理由で“前に進む”側に傾いていること。
善意、好奇心、恋心、そして少しの慢心。
どれも間違いとは言い切れない感情だからこそ、歯車は静かに噛み合っていきます。
この時点で、あなたにはどこに危うさを感じましたか?
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次回、
舞台は再び――あの“いつもの部屋”へ。
止める者のいないまま始まった実験。
だが、その快楽の先で彼女たちが見たものは、
誰も予想していなかった“違和感”だった。
技か、想いか。
満たされたはずの夜に、生まれた決定的なズレ。
静かに、ほころびが表面化していきます。




