【第08話-20】それぞれの“一番”-和也・美由
この回は、「選ぶ」ということの重さを描いています。
誠実であろうとすること。
誰かのために身を引くこと。
みんなを幸せにしたいと願うこと。
一見きれいに見える選択も、
少し角度を変えれば、誰かを深く傷つける。
夏の終わり。
それぞれが自分なりに“正しい”と思った道を進みます。
その先にあるものを、ぜひ見届けてください。
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【Scene05.5:1年前8月】
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金曜日
和也は部屋に梨子を呼び、翌日、新倉南に会いに行くことを告げた。
「そっか、もう……なんだ」
「俺が千晴と別れた以上、約束は果たさないと。女性には誠実でありたい」
一度その誠実を忘れ、悲劇を生んだ。
二度と繰り返さない――それが和也の信念だった。
「美由さんは?」
「これは彼女の願いでもあるんだ」
「じゃあ南には、美由さんのこと……なんて言うの?」
「関係を続けたいと伝えるよ」
梨子は心の中で思った。
(それって、本当に誠実って言えるのかな……)
だが口には出さなかった。
「和也お兄ちゃん、今までみたいには会えないな」
「そうなのか?」
「私、南嫌いだもん」
梨子の目が少し鋭くなった。
「あの人にあるのは自分の幸せだけ。
自分が幸せになるためなら、何だって使う。
必要な人は一緒に幸せにするかもしれないけど、そうでない人は切り捨てるわ。
私はそれが許せない。みんな幸せじゃなきゃ、嫌なの」
和也は苦笑した。
「別に南がいない時に会えばいいじゃないか」
「えー、やだよ。和也お兄ちゃんと会ったら、セックスしたくなっちゃうじゃん」
「……じゃあ今はどうなんだよ」
和也が冷や汗をかいた、そのとき――。
ピンポーン。
「あっ、美由お姉ちゃん帰ってきた!」
「だから、いつからお前の姉になった」
「言ったじゃない、竿姉妹だよ♡」
「……それなら、いったい何人の姉妹が――」
「何人いるの?」
自爆だった。
「美由お姉ちゃん、おかえり〜」
(ここはいつからお前の家になったんだ……)
和也はもうツッコむ気力さえなかった。
「ねえ、美由お姉ちゃん。今から一緒に、和也お兄ちゃんと“しようよ”」
「……へぇ?」
梨子はやはり無敵だった。
その夜、梨子は乱れた。
さすがに声は控えてくれたが、何度も、何度もせがむ。
梨子なりに思うところがあったのだろう。
そして――和也は寝不足のまま、運命の朝を迎えることになった。
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土曜日。
和也は新倉南を呼び出した。
事前にアポイントを取ったとき、南は言った。
「人に聞かせられない話になるでしょうから……ホテルの部屋を取って、そこで話しましょう」
だから和也は、いつものホテル、いつもの部屋を押さえた。
なぜか、それが必要になると確信していた。
そして美由を連れて行った。
「久しぶりだね、南」
南は千晴や梨子と同じ経済学部にいたが、和也との接点は多くなかった。
和也は挨拶もそこそこに切り出す。
「千晴と別れたんだ。俺は君の元に戻ろうと思う」
隣の美由がわずかに身じろぎする。
「千晴に、本気で愛する人ができたの?」
「いや、そうじゃない」
南の視線が美由をとらえる。
「じゃあ嫌よ」
「え……?」
「だって、また和也が千晴の元に行くようなことがあったら、私のプライドが許さないわ」
もっともな話だった。
「千晴に本気で愛する人ができたら、私のところに戻ってくる。それが約束よね。私は一年待ったんですもの。あと一年くらい待てるわ」
その顔はほんの少しだけ悲しげだった。
「千晴に、そんな人ができなかったら?」
和也は問う。
「それは絶対にないわね。あの人は弱いもの。一人になったら、やがて誰かを見つけるわ」
南は千晴の本質を見抜いていた。
そして、和也の返事を待たずに美由へと向き直る。
「ねえ、美由。その日が来るまで、和也のこと支えてあげて。愛してあげて。そしてその日が来たら、一緒に和也を支えましょう」
「えっ、それって……」
「私が将来的に妻として、和也の社会的立場と生活を経済的に支える。美由は女として、和也の心と身体を愛で支えてあげて」
南の声音は揺るぎなかった。
「ねえ、和也。私のもとに戻るとき、一つだけ条件があるの」
「なんだい。俺にできることなら、なんでもするよ」
「ありがとう。今あなたたちが着けているリング――お揃いを私にも作って。三人で同じ指輪をつけて……一緒に暮らしましょう」
「なんだって!?」「なんてすって!?」
和也と美由の声が揃った。
その瞬間、和也は悟った。
――新倉南。やはり恐ろしい女だった。
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新倉南の話は続いた。
「私ね、お父様からこの近くに土地を譲ってもらっているの」
新倉家は資産家だった。父親は複数の会社を経営し、南はその跡取りとして経済学部で学んでいる。
「そこに二世帯住宅を建てましょう。二階建てで、一フロア一世帯。
名目上は一階に和也、二階に私と美由でルームシェアするの」
南の表情は、未来を語る希望で満ちていた。
「和也が私のもとに戻ってきたら、お父様には婚約者として紹介するつもり。でも、結婚するまではそういう形にしないと、一緒に暮らすことをお父様は認めてくれないと思うの」
和也は、自分の人生設計が勝手に描かれていくのを、他人事のように聞いていた。
「実際には、私と美由が交代で和也と一緒に暮らすの。どうかしら?」
美由は考えた。――この提案を受けなければ、和也との生活は望めない。
そして、不思議と悪い話ではないように思えてきた。
それは南の恐ろしいほどの人心掌握術の結果だったが、美由は気付けなかった。
「……ええ、いいんじゃないかな」
だから美由は、そう答えた。
「仲居は続けるの?」
それは美由の悩みだった。仲居を続けたい気持ちも大きい。
けれど今は、それ以上に和也との未来が欲しい。
南の提案は、思った以上に悪くないものに思えていた。
「そうね、本当に三人での生活を始めるなら……仲居は辞めて、上京してもいいわね」
そこでようやく和也が口を挟む。
「土地はあるにしても、家を建てるお金はどうするんだ?」
「それくらいの蓄えはあるわよ」
南は事もなげに言った。
実際、彼女は資産運用で既に一般的なサラリーマン並みの年収を得ていた。
もちろん元手は父親からの譲渡資金だったが、譲渡税を払い、残った現金を運用に回して莫大な利益を築いていたのだ。
資産家の父の教育に加え、南自身のセンスもまた抜群だった。
「言ったでしょう。和也の社会的立場と生活を、私が経済的に支えるって」
和也はもう口を挟むこともできなかった。
南と美由、二人の尻に敷かれる運命を、覚悟し始めていた。
「問題は和也との結婚を、どうやってお父様に認めさせるかだけれど……和也は大学で教授を目指すんでしょう?」
「ああ、そうだな」
「うーん……じゃあ、できちゃった結婚にしましょう」
「……計画的できちゃった結婚って、なんだよ」
和也のツッコミは、もはや弱々しかった。
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南はさらに言葉を重ねた。
「ねえ美由。私ね、あなたのこと、結構好きだったの。
Webのアイドルとしてじゃなくて、人として。
今のあなた――会津若松から和也のために毎週通える行動力、こうして和也の隣に立って私に向き合える胆力……それを見て、本当に好きになっちゃった。
さっきの『3人で暮らそう』って提案、別に和也と一緒にいるための手段じゃないの。
あなたとなら、楽しく暮らせそうって思えたから――提案したのよ」
「……私も、あなたのこと元々嫌いじゃなかった。
そして今のあなたは……確かに好きよ」
二人は自然と視線を交わす。
和也はその空気を感じ取り、心の中で思う。
(いや……なんか俺、完全に蚊帳の外で、二人の世界ができてないか?)
だが、言葉には出せなかった。
「私ね、由美にはその気があったのに……あなたは違ったのが残念だったの」
「そうなの?」
美由は首を傾げた。若女将の会にも加わらず、ずっと自分は「ノーマル」だと思っていた。
だが――今は違う。
南が可愛く見えて仕方がない。
気づけなかった。
南が口調や仕草まで微妙に調整し、出会った頃に「可憐で愛された自分」を演出していることに。
だから――。
「二人で試してみない?」
あざといほどに可憐な姿で微笑む南に、美由はまんまと心を奪われた。
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三人は順番にシャワーを浴び、ベッドの上で正座する。
「さあ、始めましょう」
南の合図で、美由と南の絡みが始まった。
和也は目を見開いたまま、動けずにいた。
南と女性の絡みは何度も見た。だが、美由が加わるのは初めてだった。
それは、ただの淫らさではなかった。
一言で言うなら――エロス。
エロを超えて、どこか神聖ですらあった。
南の指先が触れるだけで、美由の身体はとろける。
舌が這えば、美由は抑えきれず声をあげる。
指がさらに責め立てると、美由は息も絶え絶えになり、やがて快楽の波に沈んだ。
「和也……次はあなたよ」
南の誘いに、和也は夢を見ているかのように、ふらりと身を傾け覆いかかった。
そして、その瞬間リミッターは外れた。
いきなり全力の野獣のように、南を押し倒していた。
美由は「危ない、止めなきゃ」と思った。
けれど――身体は動かなかった。
南は余裕で和也の全力を受け止めていた。
美由には見えた。
和也から放たれる気が、すべて南に吸い込まれていくのを。
(この子はいったい……)
しかしやがて、南自身も声を震わせる。
「いい……いいの、こんなの初めて!
和也、やっぱりあなたは最高だった!」
それは、和也の本気に呑まれた女性たちが理性を失い獣のように叫ぶ声ではなかった。
理性を帯びた、確かな言葉。
和也はさらに気を奪われていく。
もしも“恋慕特異点”から進化した“恋慕無限循環”で漏れ出る気を回収できなければ、とっくに倒れていただろう。
そして美由は気づいた。
南の下腹部――子宮に、和也の気が凝縮し、膨れ上がっていく。
(これは……生命誕生の再現。擬似的な妊娠……?)
やがて和也が最後の精を渡した瞬間。
南は初めて理性を失い、絶叫をあげた。
「がっ、ぎゃー……あぁぁ――!」
子宮で高められた気が躍動し、産道を通り抜けて外へ生み出される。
それは出産そのもの。
女の最高の痛みと苦しみ。
そして、女の最高の喜びと幸福。
生まれ出たその瞬間、その命は和也へと吸い込まれ、和也は意識を失った。
美由は戦慄する。
(あれは……房中術の発展系。
新倉南は……朝倉南の影響で、房中術を使えるようになったの?
でも、それを自分の快楽のために発展させるなんて――)
新倉南。
その少女は、底知れぬ恐ろしさを孕んでいた。
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和也が目を覚ますと、美由は心配そうに身を寄せて尋ねた。
「和也、大丈夫? 体に異変は感じない? 何かあったの?」
「……わからない。何も覚えてないんだ。
ただ――喜びと幸福に包まれていたことだけは、はっきりと感じてる」
美由の目には、和也の腹部から淡い光が漏れているのが見えていた。
それは、まるで妊婦のようにふくらんでいるようにすら見えた。
(南は和也の気を練り上げ、擬似的な妊娠と出産を体験し……その喜びを、男である和也にも分け与えた?)
考えすぎだろうか――しかし、美由の胸はざわついていた。
「美由……」
和也の声は落ち着いていた。
「どうしたの?」
次の瞬間。
「……我慢できない」
そう言って、美由を押し倒した。
「あっ……あっ……」
それはこれまでの“野獣モード”ではなかった。
恐ろしく優しく、途方もなく長く続く、深い快楽だった。
荒々しく与えられる強制的な快感を遥かに超え、永遠に続くような至福。
和也の中に凝縮されていた気が、ゆっくりと、少しずつ美由へと流れ込んでくる。
その一滴ごとが甘美な愉悦となり、美由を溺れさせた。
南が和也の気を用いて“幸福”を生み出し、それを和也に与えた。
そして今、和也はその幸福を美由へと受け渡している――。
終わらない快楽。
普通なら長すぎれば苦痛に転じるはずのものが、苦しみではなく、ただただ永遠の悦びとして続いていった。
時間の感覚は消え、どれほど続いたのか二人にはわからなかった。
やがて、美由と和也は同時に意識を失った。
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朝になり、二人は南と別れた。
南は早速、二世帯住宅の話を進めるつもりだと言う。
美由は昨晩の体験を思い返していた。
もしあれが本当に、高倉南の影響で房中術に目覚めた新倉南が生み出した術なのだとしたら――。
なんと優しく、美しい術なのだろうか。
梨子は言う。
南は「自分に関わりのない人を切り捨てるから嫌い」だと。
梨子は“みんな”が幸せであるべきだと信じている。
だが、美由は考える。
梨子の言う“みんな”とは、果たしてどこまでの範囲なのだろうか。
身近な人たちだけ? それとも、もっと広い世界すべて?
もしも南の手の届く範囲は狭いが、その中の人々を徹底的に幸福にしているのだとしたら。
逆に梨子の手の届く範囲は広くても、その誰ひとりとして“最高の幸福”に導けていないのだとしたら――。
どちらが本当に“優しい”のだろうか。
美由には、答えを出すことはできなかった。
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部屋に戻っても、その日梨子は訪れなかった。
――新倉南の香りをまとった和也に、会いたくなかったのかもしれない。
美由もまた、早々に里へ帰った。
昨晩の出来事を、一刻も早く花音に報告するために。
ひとり残された和也は、梨子に電話をかけ、事の顛末を話した。
千晴に本当に好きな人ができるまでは復縁しないこと。
ただ、復縁する時は南・美由・和也の三人で暮らすことになるということも。
「そっか。こっちの“三人暮らし”は延長戦だね。よろしくね、お兄ちゃん」
梨子の声は明るく響いた。
けれどその奥に、わずかな寂しさが混じっているように聞こえた。
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【Scene05.6:1年前8月】
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美由は里に戻るとすぐに花音を呼び出し、報告を始めた。
南と将来一緒に暮らす約束をしたこと。
そのために仲居を辞めて上京する覚悟まで固めたこと。
そして――南が使った、房中術の進化系と思しき術についても。
花音は深いため息をつき、頭を抱えた。
「先週に続いて……また、とんでもない報告をするのね」
「でも、あの術に害はないわ。私が保証する。ただただ、快楽を突き詰めた結果よ」
「そう……ならいいわ」
そう言って一拍置き、花音は真顔になった。
「話は変わるけれども、冷静に聞いてね」
「なに?」
「実はね、美由。あなたをWeb宣伝の担当から外そうって話が出てるの」
「……理由は?」
「かつて、私が宣伝に採用されなかったのと同じ理由」
「どういうこと?」
花音はしばらく溜めてから、きっぱりと言い切った。
「――エロすぎるのよ」
「へぇ……」
美由の口から、妙な声が漏れた。
花音は苦笑した。
「美由、あなたが和也に恋をしてから、色気が増しすぎたの。その結果、宣伝を超えて、一人の人気になっちゃってる。……悪いことじゃないけどね」
そして、やわらかな笑みを浮かべて告げる。
「だから明日から後継者探しと育成をお願い。由美は残るから、相性も考えて」
それは――“霞の宿のことは気にせず、和也のもとへ行きなさい”。
花音なりの優しいメッセージだった。
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花音は美由を労ったあと、庄蔵を呼び出し、新倉南の徹底した再調査を命じた。
そして、その結果は予想以上に早く、翌週の土曜には出揃ったのだった。
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その頃、霞の宿では新しい戦略が動き始めていた。
美由を宣伝担当から外す代案で打ち出されたのは――“会いに行ける仲居”。
宣伝担当は“若女将の会”のメンバーほぼ全員。
美少女ぞろいの仲居たちを前面に出し、あえてシフトを公開したのである。
客は推しの仲居がいる日に合わせて予約を入れ、実際にその姿を見るために宿を訪れる。
結果、予約は瞬く間に埋まり、入札制の客室はポイントが高騰。
需要に応じて入札制の客室数を増やさざるを得なくなったほどだった。
さらに新館限定で日帰り入浴も開始。
利用できるのは大浴場のみ。
それでも「推しの仲居が受付や大浴場に居るかもしれない」という一点で、客は惜しまず金を払った。
あまりの人気に事前予約制へと移行したが、前々日の受付開始直後に枠が埋まるのが常となった。
こうして霞の宿は、“老舗旅館”の格を守りながらも現代的なエンタメ性を取り込み、
唯一無二の存在へと変貌を遂げていった。
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話は戻る。
庄蔵氏からの調査報告が届いた。
「姫さま、大変でございまする!」
(ああ、またこのパターンね)
花音はため息をひとつついた。
「新倉南は一ノ瀬家に連なる者だったのね」
「……どうしてそれを?」
庄蔵は目を丸くした。
「もう分かるわよ。今度は何代前? 六代?」
「いえ――新倉南は、高倉南の実の妹でございました」
「なんですって!?」
花音の声音には、さすがに驚きがにじんだ。
庄蔵の報告は、花音の予想を大きく上回っていた。
「今回の調査では、新倉家だけでなく高倉家も洗い直しました」
草としての直感がそうさせたのだという。
報告によれば、こうだった。
•高倉家は小さな会社を経営していたが、娘が十一歳の時に倒産。
•両親は困窮し、娘を親戚に預け、自らは片田舎に移り住んだ。
•しかし一年半後、突如として事業を再興。資金を出したのが新倉家だった。
•一方、新倉家の夫婦は長く子供に恵まれず、五十歳でようやく懐妊。人里離れた病院で出産した。
•だが南を取り上げたその病院は直後に閉鎖。老医師夫婦は「若い頃からの夢」と称して海外移住し、現地で亡くなっていた。
「なるほど、調査結果はまだ続くのでしょう?」
「はい。決定的な証言もございます」
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その村は限界集落で、今は当時を知る者も残っていない。
だが当時、一人だけ祖父の家に身を寄せていた少年がいたという。
彼は引きこもり同然で外には出なかったが、祖父からこんな話を聞いていた。
――少し前に若い夫婦が引っ越してきた。
妻のお腹は次第に大きくなり、妊娠していると知れた。
そしてその世話をしていたのは年配の夫人。
一人暮らしのようだったが、ただの家政婦にしては品が良すぎ、どこか怪しかった。
「……これでほぼ確定ね」
花音は低くつぶやいた。
⸻
二人が導き出した結論はこうだ。
•事業に失敗した高倉夫妻は、娘を親戚に預けて破滅寸前にあった。
•その最中、妻の妊娠が判明した。
•そこへ新倉家が現れ、「再起の資金と引き換えに、生まれてくる子供を譲れ」と持ちかけた。
•高倉夫妻は片田舎に移され、監視役の夫人が付き添った。
•出産は買収した病院で行わせ、偽造書類を整えて新倉夫妻の実子として届け出た。
「……新倉家は、なぜここまでして戸籍上の“実子”にこだわったのかしら。養子縁組という手もあったでしょうに」
「聞くところによれば、新倉夫妻は南を溺愛しているそうです。余程“本当の子”が欲しかったのでしょうな」
花音は顎に手を添えて考え込む。
「病院の老夫婦は、口封じで消された可能性もあるわね」
「さぁ、それは……海外移住後のこと、追跡は叶いませんでした」
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「なんにせよ――南が房中術を使えた理由が分かったわ。一ノ瀬の血の力だったのね」
「美由の報告では危険性はないとのこと。美由が一緒に暮らすなら監視にもなりましょう」
庄蔵はふと真っ直ぐに花音を見据え、静かに言った。
「美由のこと……感謝しておりまする」
美由は庄蔵の又姪である。
「広告担当から外した件? もともと検討していたことよ。私は、美由に自由に生きてほしいだけ」
「それでも……ありがたく思っております」
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「ところで爺や。今回は“命に関わる大事”でもなかったでしょう? 大騒ぎする程の報告ではないのでは?」
花音があきれた顔をすると、庄蔵も肩をすくめた。
「そうかもしれませぬな」
これだけの秘密すら“取るに足らぬ報告”。
普通の感覚ではない。
花音と庄蔵もまた、長き“草”の歴史に呑まれた犠牲者なのだ。
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【Scene05.7:1年前8月】
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八月の末。
千紗の誕生日が近づいても――千紗と晴道の関係は、それ以上先に進まなかった。
千紗は、手紙を書いた。
短くて、破天荒で、正直かなり変な文面。
『晴道は私のこと好きなんでしょ。だったら、私の誕生日には、私のこと大事にしなさい』
でも、それでも本気だった。
千紗の決心した
(この手紙で、もし晴道が“自分”を選んでくれるのなら――もう、優香のことは諦めてもらう。)
その覚悟を込めて、千紗は誕生日前日にそれを渡した。
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反応はなかった。
でも当日――晴道は、来た。
千紗の家に。
母・美優が家にいると知りながら、それでも訪ねてきたのだ。
千紗の胸は弾んだ。
(私が、選ばれたんだ……)
そう思った。
しかし――
「千紗、この手紙って、どういう意味なのかな?」
よりによって、そのままの手紙を持って。
千紗の期待は、音を立てて崩れていく。
「……」
晴道に顔を見せぬように、千紗はリビングのソファに腰を下ろした。
隣のスペースを軽くトントンと叩くと、晴道は何も言わずにそこへ座った。
「美優さんは?」
「寝室で片づけ中じゃない?」
取り留めのない会話のあと、千紗は冗談めかして言った。
「千紗姫は、抱っこ所望じゃ」
そう言って、自ら晴道の膝に座る。
「おい……」
「抱きしめなさいって言ってるの」
晴道は小さくため息をつきながらも、そっと千紗を抱きしめた。
その腕の温かさに、千紗の胸は切なく震える。
そして彼の肩に顔を埋め、見られぬように静かに涙を流した。
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心が落ち着いたころ、千紗はぽつりと告げた。
「……私の役目は、ここまで」
最後に、そっと唇を重ねる。
深くもなく、情熱的でもなく――ただ一つの“区切り”としてのキス。
「さぁ、行って。優香のところに」
そう言って、千紗は晴道を送り出した。
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ドアが閉まった直後、背後から気配がした。
「……泣いてもいいのよ」
美優が、そこにいた。
振り返った千紗は、その胸に抱き寄せられ、声を殺して泣いた。
「わたしね……選ばれなかったの」
涙は止まらなかった。
けれど千紗は、不思議と後悔していなかった。
なぜなら――誰よりも晴道の心を救いたかったから。
⸻
翌朝。
千紗は優香に“宣言”した。
「あたし、晴道にラブレターをあげてね……抱いてもらったの」
もちろん、事実ではない。
だが嘘でもなかった。
――敢えて、誤解させるように言ったのだ。
「……そうなんだ。すごいね」
優香はそれだけ言って、何も訊かずに黙り込んだ。
⸻
そこから数週間。
優香の落ち込みは目に見えて酷くなっていった。
誰が見ても元気を失っていたのに、本人は「大丈夫」と笑ってみせるばかり。
“千紗と晴道”。
二人の心は、すれ違ったまま。
そして――一ヶ月後の晴道の誕生日。
晴道の中に、優香の心は、もはやなかった。
その事実に気づけなかった千紗。
そして晴道自身もそれに気づいてなかった。
夏の終わりが近づいても、三人の時間は続いているように見えた。
けれど、それはもう幻想にすぎなかった。
千紗の強がりも、優香の微笑みも、晴道の沈黙も――
互いを守るための仮面でしかなく、心はもう触れ合っていなかった。
あの日を境に、三人の関係は確実に変わったのだ。
もう二度と、元には戻れない。
まだ十八歳。
幼さゆえの、取り返しのつかない過ちだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回のエピソードで描きたかったのは、
「誠実」とは何か、という問いでした。
約束を守ることは誠実なのか。
誰も切り捨てない形を探すことは優しさなのか。
自分の手の届く範囲だけを全力で幸せにするのは、エゴなのか愛なのか。
新倉南、美由、梨子。
それぞれがまったく違う“正しさ”を持っています。
そして千紗もまた、自分なりの覚悟で夏を終えました。
誰が正しくて、誰が間違っているのか。
はっきりした答えは用意していません。
もしよろしければ、
あなたは誰の選択に一番共感したか、教えていただけたら嬉しいです。
次回、
新別館の完成を祝う夜。
満ち足りた夫婦の時間と、言葉を失った若き二人の夜が、静かに交錯する。
そして――
千紗、優香、晴道。
それぞれの“初めて”が残したものは、想像以上に重かった。
三人の関係は、もう後戻りできない地点へ。




