【第08話-17】それぞれの“一番”-和也・美由
ほとんど毎週のように通う部屋。
映画を見て、寄り添って、触れ合って。
こちらも、変わらないはずの夏の一日です。
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【Scene04.2:1年前7月】
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中田美由は、ほとんど毎週のように上嶋和也の部屋に入り浸っていた。
その日も、ふたりはソファでぴったりと寄り添いながら、映画を観ていた。
画面に映るのは、王道のラブロマンス――だが、それ以上に有名なのは、濃厚すぎる濡れ場だ。
「これって……やっぱ、評判通りだな」
「……うん」
和也も、美由も、無言で画面を見つめた。
ラブシーンはやがて本番へと差し掛かり、主人公の男がヒロインの胸元に吸いついていく。
和也の腕には、美由の柔らかい膨らみがぴったりと押し当てられていた。
――いや、最近Fカップまで育ったと聞かされたその胸が、和也の腕を優しく挟み込んでいる。
(……いや、これで理性保てる男って、インポだろ)
そうではない和也は限界だった。
リモコンを手にして、映画を一時停止する。
止まった画面には、男がヒロインの胸を愛撫するシーンが大写しになっていた。
そのとき。
和也は静かに、美由の顎に手を添えて、優しく上を向かせた。
そして、唇を重ねる。
熱のこもったキスに、美由もすぐに応えた。
口火を離した和也が言った
「美由、愛してる。誰よりも──」
その言葉を聞いた瞬間。
美由の中で何かが弾けた。
そのまま二人は深く深くつながる
交わりは、熱くも静かで
ただの快楽ではない、深くて確かな繋がりだった。
──もしこの光景を、美久か久美が見ていたとしたら、
この男があの激し過ぎた“和也”だとは信じなかっただろう。
そんな“静かな交わり”だった。
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五月のあの日――
千晴が仕掛けた「二人きり作戦」が成功して以来、和也と美由の距離は一気に縮まった。
そして今、二人は正式に付き合っている。
誰の目にも、仲睦まじい恋人同士に見えた。
──だが。
かつて、千晴と正式に付き合っていた筈の男
彼がなぜ今、こうして美由の隣にいるのか。
それを語るには、もう一度6月のあの日に遡る必要がある――。
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【Scene04.3:1年前6月】
時は6月のあの日に遡る
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静まり返った部屋で、和也はうつむく。
(俺の取り柄って、“誠実さ”だったはずなのに
女性を大切にする気持ちだけは、胸を張って言えると思ってたのに)
悔しさがこみ上げ、思わず唇を噛みしめる。
「……それを、忘れてた」
ぽつりと漏れた声は、誰に届くこともなく、静かに消えていった。
火曜日。
水曜日。
木曜日──
千晴からも、梨子からも、一通の連絡もなかった
「……俺、一人になっちゃった」
そのときだった。
部屋の隅でふと、何かが光を反射した。
それは──
美由とのペアリングだった。
けれど和也は、その光に気づけなかった。
後悔と自己嫌悪、そして孤独に心を支配されていた。
ヒーローは孤独だ。
だが同時に──ヒーローとは、人から深く愛される存在でもある。
そんな当たり前のことさえ、
あのときの和也には、見えていなかったのだった。
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金曜日。
ついに、誰からも連絡のないまま一週間が過ぎた。
和也は思った。
自分は“見捨てられた”のだと。
誰かに相談すれば、きっと笑われるだろう。
「友達なんて、1週間くらい会わないこと普通にあるだろ?」
──でも違う。
違ったのだ。
2年前の秋、新倉南の強引な告白から始まった関係は、高倉南を巻き込み、複雑に絡み合っていった。
1年間の交際を経て、沖縄旅行を境に流れが変わり──
今度は千晴との関係、花音との関係、そして梨子とすら関係を続ける。
和也の周囲には、常に誰かがいた。
騒がしくも、甘くも、刺激的だった日々。
誰かに会わずに過ごす一日なんて、なかった。
だからこそ──誰もいない今が、恐ろしく孤独だった。
ふと視界に入ったのは、光を帯びたリング。
5月、美由にお揃いでプレゼントした、ペアリングだった。
「……美由に、会いたいな」
そう呟くようにして指にはめ、和也はそのままベッドに倒れ込んだ。
リングの冷たさだけが、どこか現実感を残していた。
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土曜日。
「……一人の週末なんて、いつぶりだろ」
ひとりぼんやりと呟いたその時、インターホンが鳴った。
(……通販、なんか頼んだっけ?)
玄関に向かいながら、思い当たる節はない。
けれど、ドアを開けた瞬間──和也は目を見開いた。
「……美由?」
そこに立っていたのは、まぎれもなく彼女だった。
「えっ、美由、なんで──」
「それは、後でゆっくり話すわ」
美由は有無を言わせず言った。
「和也、準備して。行くわよ」
「え、行くって……どこに?」
「花音が言ってたわ。“あのホテル”って言えば判るって、そこに行くわよ」
「はぁ!?」
「はやく!」
その時、和也の目が、美由の左手に留まった。
そこには、彼と同じリングがはめられていた。
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ふたりは、あの“いつものホテル”、例の部屋へ向かった。
室内に入ると、美由が口を開く。
「話があるの」
静かな語り口だった。
草の歴史を聞かされたこと、和也の体に起きている変化のことも知らされたこと。
そして──自分もまた、一ノ瀬の血を引いていること。
「……そっか。じゃあ俺と美由って、親戚……になるのか?」
和也は遠い目をして、ポツリと呟く。
「親戚っていうには、ずいぶん遠いけどね」
美由は小さく笑った。
「……じゃあ、俺の話もするよ」
和也は、あの日──花音が帰った後に起こった出来事を、すべて語った。
「そんな……それで、千晴と梨子ちゃんが……?」
美由の顔が強張る。
「そんなの、和也のせいじゃないじゃない……!」
「いや、違うんだ。俺が、誠実さを忘れてしまったせいなんだよ」
和也が俯いたその時──美由の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「……えっ、ちょっと、なんで美由が泣くのさ?」
「だって……! それで和也が、ひとりぼっちになっちゃうなんて……」
美由の涙に、和也の気持ちが少しだけほぐれていく。
「いやいや、たかが1週間、誰にも会わなかっただけさ」
「……私なら、絶対に和也を一人にしない!」
その言葉に、和也はぽつりと笑った。
「ありがとう」
「私、休みの日は全部、東京に来る!」
「えっ、それはさすがに交通費とか……」
「大丈夫。それは──」
「……それは?」
「花音が、東京までの3か月定期、買ってくれたの」
「……は?」
「“経費で落とす”ですって」
「花音さん……やっぱり、桁が違う人だな……」
ふたりは思わず、顔を見合わせて笑った。
「ねえ、和也……私と、セックスして」
唐突な美由の言葉に、和也は目を見開いた。
「おい、さっきの話聞いてなかったのか? 危険だって……!」
だが、美由は静かに首を振った。
「ううん、私なら大丈夫。花音と同じ血を引いてるもの」
そう言って、少し照れたように微笑む。
「さっき和也には“親戚っていうには遠い”って言ったけれど……花音のこと、初めて会った時からすごく近く感じてたの。なんていうか、従姉妹くらいの距離感で」
「俺が六代前、美由が五代前で一ノ瀬の血が交わってる。遠い親戚だけどな」
「でも、これは理屈じゃないの。感覚の話なのよ」
それは美由が花音に匹敵する力を持っているのだという
自信の現れだった。
そして美由は、ふと目の奥に力を宿した。
「それにね、私──“気”が見えるの」
「……なんだって?」
思わず和也が聞き返す。
「4月に、みんなで“した”とき……花音から、ピンク色の光がみんなに流れていくのが見えたの。和也からは、黄色い光が、それぞれに広がっていった」
「……そんなこと、本当に……」
冬美や花音が同じことを聞いたとしても、「気を感じる達人」「房中術の使い手」という確固たる“常識”が、逆にそれを受け入れられなかっただろう。
だが、和也にはその“常識”がまだない。
そして、和也自身がすでに“常識から外れた存在”になってしまっている。
だから──信じた。
「……和也の、全力をぶつけて」
美由の声には、揺るぎない決意が満ちていた。
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和也の中の“気”は、確かに異質だった。
千晴の誕生日、冬美はそれを「不穏な気」と表現した。
先週、花音は「すべてが逆ベクトルに歪んでいる気」と直観した。
それは──かつて房中術の暴走が生み出した“歪んだ血脈”が、和也の中で発現した証だった。
その“歪み”が、「通じの気」をねじ曲げ、変質させてしまったのだ。
──花音の想像は、全て正しかった。
しかもその影響は、すでに別の血筋にも波及し始めている。
だが、それはもう少し先の話だ。
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「──だから、ここなんだな」
「ええ。そうよ」
ふたりがやってきたのは、和也が過去に何度も“気”を扱った、あのホテル。
花音から教わった気の扱い方には、こんな一節があった。
『気の扱いはね、イメージが大事なの。
“自分はうまくできる”“いい結果が出せる”って信じられる場所や気持ちで臨むと、成功率も上がるのよ』
「俺はこの場所で、何度も“気”を使った。良い結果ばかりじゃなかったけど……体は、無双した感覚を覚えてる」
「だからこそ、ここでやるのよ」
美由はまっすぐに和也を見つめた。
「私、和也の全力を受け止められないと意味がないの。
私だけが、和也を救える存在にならなきゃ──和也は、私のものにならない」
“私が和也のものになる”ではなく、
“和也が私のものになる”──そう言った。
「……えっ?」
「私が和也の隣にいるために必要な力なの。
これは私のわがまま。私の“私利私欲”。」
それは、美由が和也の隣に“並び立つ”という宣言だった。
彼女は大きく息を吸い、まるで誓いを立てるように言い切った。
「だから和也──私を屈服させるつもりで、全力で来て」
その意思の強さに、和也は息を呑んだ。
彼女の中にある、誰にも負けない“覚悟”が、まっすぐに伝わってきた。
(絶対に、この女を俺のものにする。)
その瞬間、和也の中に揺るぎない決意が生まれた。
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「──俺の本気、見せてやる」
和也は腹の底から気を解き放った。
「スーパーサイヤ人みたい」
美由がふっと笑う。
恥ずかしさが和也の胸をよぎるが、
“気”が意志で変わるのなら、今必要なのは“ノリ”だ。
「……はああああああっ!」
やりすぎた――。
だが、その効果は明らかだった。
今までに感じたことのないほど、全身に“気”が高ぶっていた。
「すごい……本当に、全身から気が溢れてるわ」
美由が冷静に見定めるように言った。
「ああ、自分でもわかる……!」
「始めるぞ、美由。脱げ──俺のものになれ」
気に言葉を乗せる。
言霊、それは時として理を超える力となる。
かつて花音すら逆らえなかったほどの強制力。
──だが。
「嫌よ」
美由の一言とともに、和也が放った気が、逆流して返ってきた。
「……なに……?」
和也は再び気を込めて命じる。
「もう一度言う。脱げ、俺のものになれ!」
「いやよ。あなたが脱ぎなさい。あなたが私のものになるの」
次の瞬間、圧倒的な力が和也を襲う。
送ったはずの気が、美由によって変質し、倍の力で返されていた。
そして気づけば、和也の身体から服が落ちていた。
全裸のまま、呆然と立ち尽くす。
「な……なんだ、これは……」
「あなたから送られてきた“歪んだ気”を、正しい流れに矯正して返しただけよ」
美由はさらりと言ってのける。
「そのままだと暴走してしまうから、私が全部、整えてあげる」
美由もまた静かに服を脱ぎ、その瞳に、獲物を見据えるような強い光を宿して和也に迫る。
──気を矯正するためのセックス。
だが、そこにあるのは単なる治療ではない。
“征服”と“献身”の、ふたつが重なった愛のかたちだった。
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行為は一見、花音や千晴、美久、梨子たちと交わしたそれと同じように見えるかもしれない。
激しく交わるキス。
潰れそうなほど揉みしだかれる豊かな胸。
奥深くまで突き上げる衝撃に、美由の喉が野獣のように唸る。
「ぐああぁぁぁっ……!」
だが、違う。
その“質”が、まったく違っていた。
花音との行為は、荒れ狂う激動の海だった。
千晴や梨子たちとのそれは、津波のようだった──その後には、愛も、希望も、何も残らなかった。
──けれど、美由とのそれは。
波が、ない。
和也が与えるはずの“荒れ狂う波”は、美由に届いた瞬間、鏡のような静寂へと変わっていた。
和也と美由は、穏やかな湖に浮かぶボートに乗り、ただ静かに滑っていく。
オールを漕ぐ動きだけが水面を揺らし、やがてそれも消えていく。
そこには、安らぎと、受容があった。
──そして、希望があった。
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その波が全て消えた後
現実の肉体もまた、和也が美由を静かに抱きしめ、
ゆったりとした往復を繰り返していた。
激しくない。
乱れていない。
ただ、深く、深く、互いの存在を確かめ合うように──。
やがて、和也が美由の奥に、全てを託す。
愛も、苦しみも、過ちも、赦しも。
すべてを──。
「……ありがとう、美由。俺を救ってくれて」
涙がこぼれる。
美由は、黙ってそれを受け止めていた。
「どういたしまして。
これであなたは、私のものよ」
その“私のもの”には、一生という意味が込められていた。
和也もまた、それを確かに受け取り、うなずいた。
「ああ……よろしくな、美由」
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【Scene04.4:1年前6月】
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花音の祖父が残した特異な血。
葉月という異能の母。
そして、類まれな能力を秘めた花音。
その血脈は──間違いなく、美由にも受け継がれていた。
その翌日――。
里に戻った美由が、昨日の出来事を花音に報告した。
全てを聞き終えた花音は、小さくため息をつきながら、ぽつりと呟く。
「……完璧な房中術。私にも、まだ到達できていない領域……」
その声には、敬意と驚きが入り混じっていた。
「さすがは、私の従姉妹だわ……」
それは、無意識の独白だった。
言ってしまってから、花音はハッとしたように口を手で覆う。
だが、もう遅かった。
「やっぱり、そうなのね」
美由は静かにうなずく。
「お父さん……一ノ瀬家の血を、直接継いでいるのね」
それは、美由自身がずっと感じていた違和感の正体だった。
直観が、確信に変わる瞬間だった。
「……ごめんなさい。詳しくは話せないわ。でも、それは事実よ」
花音はがっくりと肩を落としながら、それだけを認めた。
「大丈夫。お父さんにも、誰にも言わない」
美由は微笑んで応える。
「ありがとう……ほんとに、お願いね」
花音が小さく息を吐いたあと、視線を上げる。
「それで、その後はどうなったの?」
「それはね――」
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同じように見える時間でも、
選ぶ言葉ひとつで、世界は変わる。
「愛してる」と言えた夜は、
もう後戻りできない夜です。




