【第08話-15】それぞれの“一番”-和也・美由
――血は、思ったよりも遠くまで繋がっている。
そして、その事実を知った瞬間から、物語は別の顔を見せ始める。
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【Scene03.9:1年前6月】
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ときは少し遡り、花音が帰った日
花音は里へ戻るなり、庄蔵を呼び寄せて報告を始めた。
「和也はね、房中術を完全に使いこなしてるわ。それどころか……それを超える“何か”さえも」
「それは一体……!」
庄蔵は目を見開いた。
「私自身、まだ気持ちの整理がついていないの。あとで文章にまとめて提出するわ」
花音は少し肩を落とし、深く息をついた。
「でも結論だけ言えば――和也は、普通の女の子を抱いても、もう問題は起こらない」
「それは、何よりでございます」
「私は……大いに問題があったのだけれどもね」
「は?」
「それもあとでまとめて提出するから」
和也との一夜を思い出した花音は、わずかに顔を赤らめた。
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「そういえば、爺やも“話がある”って言ってたわね。何?」
庄蔵は一礼して口を開いた。
「まず、美由についてでございます。今までお伝えしておりませんでしたが――実は美由の祖母は、私の実妹でございます」
「つまり、美由は……あなたの妹の孫?」
「その通りでございます。言い換えれば、私にとっては“又姪”にあたります。あまり使われる言葉ではありませんが」
花音は目を細めた。
「じゃあ……美由も一ノ瀬家の血を?」
「はい。正確には、私の母が姫様の曾祖父の妹にあたりますので、美由様も一ノ瀬家に連なる者でございます」
「……それで爺やは、美由や由美を本当の孫のように可愛がっていたのね。あ、由美は?」
「由美の家系は、戸籍上は一ノ瀬家との直接的なつながりは確認されておりません」
「なんだか随分、曖昧な言い方ね」
「昔は、子を里子に出す、あるいは婚外子として生まれる――それが普通でございましたから。記録だけでは実際の血縁を辿りきれないのです。特に由美様のご実家は、代々この地に根付いた家系ですので」
花音は少し黙ってからうなずいた。
「……そういうこともあるでしょうね」
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「なお、この話の続きは他言無用でお願いいたします。美由の父、勝也――私の妹の子、すなわち私の甥にあたる者ですが、彼の父親は……先代、すなわち姫様の祖父でございます」
「えっ……!?」
「つまり、勝也様は、戸籍上は中田家の人間でございますが、実父は先代。そして、姫様と美由様は……血縁上、従姉妹にあたるのです」
花音は驚きに目を見開いた。
「なぜそんなことに……」
「先代は、葉月様ご誕生の後もなお男子の誕生を強く望まれておりましたが、なかなかそれが叶わず……
そこで目を付けられたのが、当時子を持たなかった中田家でした。
一族内の系譜を保つためとはいえ、かなり強引に事を進められたようで……
その結果、生まれたのが勝也です。
結局のところ、葉月様は女性でありながら才知に恵まれ、草の一員としても頭角を現されましたし、
最終的には花音様がご誕生されたことで──
勝也には、草の活動や一ノ瀬家の秘密に関わることのない、まっとうな人生が用意されることとなったのです」
「そんな……勝也さん自身は……?」
「何も知りません。決して知られてはなりません」
花音は深く息を吐いた。
「業が深いわね……」
「一ノ瀬の血は、代々男子はひとりしか生まれない家系でございます。業に対する罰か、あるいは呪いか……。上嶋家も一世代につき、男子は基本的にひとりだけ。例外はほとんどございません」
「ところで、なぜ今になってこんな話を?」
「美由の“血”の濃さを考えれば、房中術の適性がある可能性がございます。姫様の従姉妹に当たるのですから」
「……まさか!」
花音の表情が一変する。
「もし和也が、私と同じように美由に房中術を使っていたとしたら……」
「はい。美由様の身体に、房中術が発現していてもおかしくありません」
「……もう、あの二人を引き離すことはできない。だから、気を付けて見守っていくしかないわね」
「姫様、よろしくお願いいたします」
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「さっき“まずは”って言ったわよね。……まだ何かあるのでしょう?」
庄蔵は静かに頷いた。
「はい。和也様のご先祖、すなわち上嶋家のルーツに関して、調査が進展いたしました」
彼は背筋を伸ばし、ゆっくりと説明を始めた。
「五代前、一ノ瀬家から追放された男子についてですが、実は彼には――双子の妹がおりました」
「双子……妹も追放されていたの?」
「はい。そしてようやく、その後の足取りが判明したのです」
花音は驚きと同時に、どこか確信を深めたように目を細めた。
「……つまり、一ノ瀬の血は別の系統として残っていたということね」
「その通りでございます。妹は“雨宮”の姓を与えられ、独自に家系を築きました。そしてその血は、現代にまで確かに受け継がれております」
庄蔵の声には、わずかに重みがこもっていた。
「“雨宮”の家系は二代目で双子の男子が生まれ、それぞれが分家し、血を継ぎました。
しかし三代目は、双方とも女子一人ずつしか残さず、既に鬼籍に入っております。
そのため“雨宮”の名は、三代目で事実上、途絶えております」
「なるほど……つまり今残っているのは、その4代目の女子たちということね」
「はい。その女子二人は──雨宮美優、そして雨宮沙織。二人は“はとこ”同士にあたります」
「それぞれ結婚して如月美優、小泉沙織となられ、子を授かりました。
如月健一、如月千紗、小泉晴道──この五名が現在、一ノ瀬の血を引いております」
花音は静かに資料を受け取り、指で名をなぞる。
「……“みゆ”。同じ響きが出てくるのね。まるで、血が名前にまで宿るみたいに」
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ちなみに、如月美優と小泉沙織は互いの素性を知らぬまま、子供を通じた近所付き合いを重ねていた。
ある日、二人とも旧姓が“雨宮”であると判明し、会話が弾む中で、お互いが“はとこ”であるという事実を知るに至った。
しかし、あまりにも遠い血縁であったため、両人ともその事実を子どもたちに伝えることはなかった。
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花音は庄蔵氏と別れた後
花音はその足で、美由を呼び出した。
幸い、美由は非番だった。
花音の胸中には、ある強い確信があった。
これ以上、美由を何も知らぬまま運命の渦に巻き込むことはできない。
そしてそれを伝えるのは、自分の責任だと。
「和也のこと、ね?」
美由が、不安を押し殺した声で尋ねた。
「ええ」
「……聞かせて」
花音は重々しく頷いた。
「これから話すことは、絶対に他言しないで。家族にも。……守れないなら、今後一切、和也と会うことを禁じるわ」
(自分にどんな権限があるというのだろうか)
花音は心の中で自嘲したが、声には出さなかった。
「わかった。約束する」
花音は、草のこと、自身の出自、和也の“力”、それが目覚めた経緯、
――そして、一ノ瀬家の宿命について、すべてを語った。
ただ一つ、美由の父・勝也の出生についてだけは、口をつぐんだ。
話し終えたとき、美由は目を潤ませながらも、どこか晴れやかな表情をしていた。
「……ありがとう。花音の、辛い過去まで話してくれて」
「私はね、そうしなければいけない気がしたの。
だって、あなたたちをこんな運命に巻き込んでしまったのは、一ノ瀬家の業なのだから」
「私、和也に会いに行く。そして全部を話して……それから、二人で未来を考える」
その目は揺らがなかった。
花音は、小さく頷いた。
「そう……そうした方がいいわね」
(強い子。……私にはできなかった)
「和也は大学が忙しいから、会えるのは土日が良いかも。……勤務も土日に合わせて調整してあげる」
「本当に? ありがとう!」
「当然よ。霞の宿の看板娘にして、私の恩人だもの。……そうだ、東京までの新幹線定期、用意してあげるわ」
「……へっ?」
花音は静かに笑った。
──一ノ瀬花音。やはり桁違いの女だった。
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その夜、花音は自室に戻り、和也の“力”とそれに至る経緯を文章にまとめた。
横には、庄蔵から渡された血筋の系譜資料。
それらを見つめながら、ひとりごとのように呟いた。
「まったく……つい最近まで、“一ノ瀬家は孤独な血筋”だなんて思ってたのに。
高倉南、上嶋和也、中田美由──次から次へと……」
そして――ふと、気づく。
“房中術を操れたが故に、掟により追放された双子の兄妹”
もしその二人が交わっていたとしたら?
それが情によるものか、術の暴走によるものかはわからない。
だが、そこに生まれた命が、和也の血の原点であるなら――?
「……そうだとすれば、あの力の“根”は、血に刻まれた異形の記憶かもしれない」
更に思考は加速する。
「もし双子が双子を産み、それぞれが別の家に育ち……雨宮家と上嶋家を興したのだとしたら?
ならば、今生きている如月家、小泉家にも、その“根”が……?」
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時を経て、如月美優が“完璧超人”と称されることを耳にし
花音は内心でこう納得する。
「……それもまた、“血のなせる業”ね」
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──だが、それはまだ、少し先の未来の話。
今はただ、遠くを見つめながら、花音は静かに言葉を紡いだ。
「如月家、小泉家……その名前は、しっかりと胸に刻んでおくわ」
静寂の中――
運命の歯車が、ゆっくりと、確かに動き出す音がした。
運命は、知らないところで静かに枝分かれしている。
誰も望まなくても、誰も気づかなくても――血と選択は、確かに未来を形作っていく。




