【第08話-14】それぞれの“一番”-和也・美由
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【Scene03.8:1年前6月】
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和也は悩んだ末、美久と久美に連絡を入れる。
『今日、俺の彼女たちの目の前で、絶対に口外しないと誓えるならば、
“愛人枠”への加入を承認します』
──これで、あのふたりが諦めてくれれば、それが一番いい。
和也はそう判断していた。
だが、返事は即座に返ってくる。
『いまから向かいます』
──なんでこうなるんだよ……
観念した和也は、昨日と同じ喫茶店での待ち合わせを提案する。
3人はホテルを出て、フロントで延長を申し込み
すぐの部屋の掃除を依頼した。
──
昨日と同じカフェで、和也は美久と久美を待っていた。
今日は千晴と梨子も同席しており、三人は朝食を食べ終えたところだった。
「うん、美久さんと久美さんが来たよ」
和也はそう言って立ち上がる。入口を見ずに。
やがて彼が二人を連れて戻ってくると、梨子が早速ツッコミを入れた。
「和也お兄ちゃんの”恋域索敵”、すごいね!」
「……なんですか、それ?」
美久が少し戸惑いながら尋ねる。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
和也は慌てて話を打ち切ろうとしたが、梨子はニヤニヤとその様子を眺めていた。
六人用のボックス席に、自然なかたちで腰を下ろす。
梨子・和也・千晴、対面には美久・久美の二人。まだドリンクは届いていない。
その間に、梨子の観察が始まる。
(和也お兄ちゃんと同い年って言ってたっけ……25か26歳?
ふむ、美久さん、なかなかの美人さんね)
冷静な目で見定めながら、内心でランク付けを始める。
(街を歩いたら、10人中8人は振り返るわね。これはかなりの高評価)
──しかし。
「町を歩いたら、10人中12人は振り返る千晴お姉ちゃんに比べたら、まだまだね」
それは声に出していた。
「なっ、なに? 唐突に……」
千晴は不意打ちに頬を赤らめる。
梨子はその反応を楽しんでいる──あえて声に出したのだ。
一方、美久は冷静だった。
比べられていると気づきながらも(まあ、そうでしょうね)と、どこか納得した表情を見せる。
梨子の視線は次に、ボディラインへと移る。
(美久さん……おっぱいも大きい。千晴お姉ちゃんを軽く超えてる。美由さんにも勝つかも)
続けて久美へ。
(うん、可愛い。おっぱいは小さいけれども──)
そして、評価を下す。
(街でアンケート取ったら、10人中10人が「可愛い」って答えるタイプ)
──そして、さらっと言い放つ。
「10人中20人が可愛いって答える私には、適わないけれどもね」
すると、すかさず和也が即反応した。
「梨子は10人中100人が可愛いって答えるぞ」
それはギャグでも、誇張でもなく、事実だった。
仮に梨子を街頭に立たせてアンケートを取ろうとしたなら──
初め10人しかいなくとも、たちまち人が群がって100人集まり、誰もが「可愛い」と答えるだろう。
梨子には、そんなふうに人を惹きつける──吸引力のような魅力があった。
しかし、比較された当の久美は、なんのことか分からずぽかんとしていた。
そんな中、カップに入ったドリンクが、静かにテーブルへと届けられた。
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面接が始まった。司会を務めるのは千晴。
「まずは自己紹介を、お願いします」
「村澤美久、25歳。OLをしています」
「澤村久美、同じく25歳。OLをしています」
「それでは──上嶋和也との出会いは?」
「今年の4月、美久の失恋旅行で会津若松の《霞の宿》に泊まりに行った時です。駅前で送迎車を待ってる間、時間潰してたら、偶然見かけて……。かっこいいなって」
「和也お兄ちゃんの“恋慕特異点”の犠牲者だ!」
「さっきからそれ、何なんですか?」
美久が疑問を投げると、梨子が得意げに口を開こうとする。
「和也お兄ちゃんが大好きな、ちゅ──」
「黙れ」
低く、深く、店内に響く和也の声が空気を一変させた。
先ほどまでざわついていた店内が、まるで時が止まったかのように静まり返る。
「梨子、いい加減にしないと、お兄ちゃん怒るぞ」
声を出せなくなった梨子は、涙目でうなずいた。
「よし、いいぞ。梨子は可愛いな」
今度は打って変わって、優しさと愛に満ちた甘い声。
梨子は喉が詰まったまま、ただ目を瞬かせる。
(こ、怖かった……おしっこちびるかと思った)
そして、
(それからの優しい愛のこもった声……このギャップ……
体の芯が熱くなっちゃう)
おもわず股間を押さえる。
ふと周りを見れば──
千晴、美久、久美、皆が同じように下半身をもじもじさせていた。
さらに、たまたま目の前を歩いていたウェイトレスまでが、その場にしゃがみ込みこんでいる。
直近の席の女性は茫然とし、少し離れた客たちは、何事かとこちらを見ていた。
梨子は確信する。
(和也お兄ちゃん……これはもう、女性にとって災害級だよ)
効果範囲:約半径5メートル──女性限定。耐性なし。
そのゾーンの中で、彼はまさに“無敵”だった。
目の前のウェイトレスがようやく立ち上がり、ふらつきながら奥へと引っ込むのが見える。
千晴が深いため息をつき、静かに言う。
「分かった? 貴女たちが付き合おうとしているのは──こういう人なのよ」
美久と久美は顔を見合わせ、そして真剣な顔でうなずいた。
「分かりました……もう、何も言いません」
「ただ一つだけ」
千晴の声は静かに鋭くなる。
「この関係、絶対に誰にも話しちゃダメ。絶対よ」
(こんな関係が世間に知られたら、みんな社会的に死ぬ……)
冗談交じりに聞こえたが、内容は決して軽くない。
もし和也の“能力”が知られでもしたら──
それこそ、国家レベルで監視されてもおかしくない。
しかし、美久と久美の返答に一切の迷いはなかった。
「はい、誓います」
「和也は、それでいい?」
千晴がため息混じりに問いかける。
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梨子は心の中でつぶやいた。
(和也お兄ちゃんが断るわけがない……だって、二人とも、和也お兄ちゃんのドストライクだもん)
千晴お姉ちゃんに似た美人で巨乳、しかも長身の美久さん。
自分に似た可愛らしい系の久美さん。
どちらも気合い十分、完璧なメイク。
美久はぱつんぱつんの胸がはち切れそうなスーツ姿──花音の“エロ女教師”コスを彷彿とさせた。
久美は25歳とは思えない愛らしい服装が、見事に似合っていた。
(これ、和也お兄ちゃんの好み、完璧に突いてる……知らずにこれって、運命かも)
そう思った梨子だったが、もしかすると──
2年後、和也が命名する千晴の特殊能力「運命改竄の魔女」のなせる業だったのかもしれない。
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和也の返答は──やはり、聞くまでもなかった。
「分かったよ。よろしくな、美久、久美」
呼び捨てされたその瞬間。
美久と久美の体が熱くなる。
千晴と梨子の冷たい視線を感じながら、二人は少しだけ後悔していた。
(もしかして……私たち、とんでもなく早計なことをしてしまったのでは……?)
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やがて氷が溶けたドリンクを飲み干した二人がようやく落ち着いた頃。
5人は、それぞれ静かに席を立ち、ホテルへと向かうのだった。
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5人はホテルの部屋に戻り
順番にシャワーを浴びた。
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「全員終わった? じゃあ、始めましょうか」
声は淡々としていた。
けれど、その意味を誰もが理解していた。
「和也。今日は──二人の“愛人”適性の確認だから。遠慮なく、全力でいってね」
千晴自身、何を言っているのかは分かっていた。
常識も、道徳も、すべてが後ろに霞んでいく。
けれど、この空気に流された。
千晴と梨子はソファに身を預ける。
観察者として、あるいは──次なる“参加者”として。
その瞬間だった。
和也が──“気”を解き放った。
もし、ここに冬美がいたら、
孫悟空がスーパーサイヤ人に変身するビジョンを幻視したかもしれない。
“気”など察知できないはずの千晴にすら、それは伝わった。
ぞくりとした熱気が、体の奥からこみ上げる。
鼓動が跳ね上がり、肌が粟立つ。
「かっ、和也……やっぱり、ちょっと抑え……」
言い終える前に、美久と久美は絶頂していた。
立っていられず、ひざから崩れ落ちる。
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そこからは、和也は修羅と化した
そうとしか言えない戦いが始まった。
その戦いの中で女たちは次々と意識を失う
最後に千晴が意識を失う時、和也が雄叫びを上げているが判った。
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再び目を覚ましたとき、視界の中に見えたのは──
全裸で、床に額をこすりつける和也の背中だった。
周囲には、困惑した表情の女性陣3人。
それは──昨年夏の、花音の土下座の再現だった。
だが、今回は誰も笑わなかった。
あまりに静かだった。
沈黙を破ったのは、千晴だった。
「……和也。ごめんね。最初に“全力でいって”なんて言った、私が悪かったわ」
和也の背中がピクリと動いた。
「でも……これは、やりすぎだと思うの」
和也が顔を上げ、千晴を見る。
「……ごめん。このとおりだ」
そして、再び深く頭を下げた。
「途中で、止められなかったの?」
「……うん。もう、自分では……どうしようもなかった」
和也の答えは、ほとんど囁きだった。
──それは、房中術の暴走。
術者自身の理性さえ焼き尽くす、業火のような欲。
千晴は、泣きそうな顔で言った。
「……ごめんね。私たち、しばらく距離を置くね」
言いながら、隣に目をやる。
梨子はもう泣いていた。
「ごめんね、和也お兄ちゃん……本当にごめんなさい。
でも、こんなの続けてたら──私たち、本当に壊れちゃうの……」
──壊れるのは身体じゃない。
心の方だ。
千晴は、美久と久美に顔を向ける。
「美久さん、久美さん。わざわざ来てもらったのに……ごめんなさい。これは危険すぎるわ」
二人はゆっくり頷いた。
「はい……今日のことは、夢だったと思って忘れます」
「絶対に、誰にも話しません。秘密にします」
──こうして、幻の“上嶋和也 愛人の会”は。
結成前に、静かに幕を下ろしたのだった。
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「……あなた、“スーパーマン”になっちゃったわ」
「“大いなる力には、大いなる責任が伴う”のよ」
そんな言葉をかけられて、和也はすっかりいい気になっていた。
実際、和也にはとんでもない能力が発現していた。
高まる感情に呼応するように、空間の“気”が膨れあがる。
気配だけで周囲を圧倒するその力は、本人すら制御しきれない領域に足を踏み入れていた。
もはや人の理を超えた“異能”──それが、和也に宿ってしまっていた。
でも、和也は忘れていた。
ヒーローとは、孤独な存在であるということを。
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そんなときだった。
花音から「ホテル代」として、200万円が振り込まれた。
実際にかかった宿泊費は20万円程度。
「……10倍か。花音、やっぱり桁違いの女だな」
和也には、それが**「手切れ金」**のように思えて仕方なかった。
だが本当は──違った。
和也が目覚めたこの“特殊な力”は、あの夜の出来事が引き金となっていた。
それを自分の責任と捉えた花音が、せめてもの償いとして送った金額だったのだ。
それは謝罪であり、**「あなたの人生を狂わせてしまったかもしれない」**という想いの表れだった。
──和也は、そこに気づけなかった。
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静まり返った部屋で、和也はうつむく。
(俺の取り柄って、“誠実さ”だったはずなのに
女性を大切にする気持ちだけは、胸を張って言えると思ってたのに)
悔しさがこみ上げ、思わず唇を噛みしめる。
「……それを、忘れてた」
ぽつりと漏れた声は、誰に届くこともなく、静かに消えていった。
火曜日。
水曜日。
木曜日──
千晴からも、梨子からも、一通の連絡もなかった
「……俺、一人になっちゃった」
そのときだった。
部屋の隅でふと、何かが光を反射した。
それは──
美由とのペアリングだった。
けれど和也は、その光に気づけなかった。
後悔と自己嫌悪、そして孤独に心を支配されていた。
ヒーローは孤独だ。
だが同時に──ヒーローとは、人から深く愛される存在でもある。
そんな当たり前のことさえ、
あのときの和也には、見えていなかったのだった。
もし、あなたがある日突然――
ラノベ主人公のような“チート能力”を手に入れたら、どうなるでしょうか?
周囲を圧倒する力。
意図せずとも人を惹きつけ、ねじ伏せ、支配してしまえるほどの才能。
きっと最初は、戸惑いながらも少し誇らしいはずです。
「自分は特別だ」と、どこかで思ってしまうかもしれない。
でも、その力が――
大切な人を傷つける可能性を孕んでいたら?
自分の快感や優越感が、誰かの限界を踏み越えていたと気づいたら?
和也は、スーパーマンになりかけました。
けれど同時に、ヒーローに最も必要なもの――
自制心と責任を、ほんの一瞬、忘れてしまった。
強さは、魅力です。
けれど、制御できない強さは、災害になる。
さて、あなたならどうしますか?
力を誇りますか。
それとも、力を抑え込む道を選びますか。
和也は今、その分岐点に立っています。




