【第08話-13】それぞれの“一番”-和也・美由
⸻
【Scene03.6:1年前6月】
⸻
和也は花音を少しおしゃれなカフェへ連れて行った。
朝食には遅く、昼食には早い──中途半端な時間だったが、そこそこ混んでいた。
オーダーと会計を済ませ、席で料理を待つ。
「食事はちゃんと摂るのよ。房中術で体力が回復するからといっても、無から有が生まれるわけじゃないし。大気中の気を集めるなんてファンタジーじゃないの。摂取した食べ物の栄養からしか力は湧かないわ」
花音は大真面目に言ったが、和也の心の声は違った。
(いや、今でも十分ファンタジーなんだけどな)
やがて料理が届き、二人は腹ごしらえを終える。
「ねえ和也、ちょっと試してほしいことがあるの」
花音は何気ない口調で切り出した。
「いいよ、なんだい?」
和也も軽く応じる。
「気を探ってみて」
「へぇ?」
和也には意味がわからなかった。
「あなたには気の流れが読めるはずよ。あの二人に命令を送った時、確実に“気”を放っていた」
「いや、夢中だったからよく覚えてない」
「昨晩の魂の交換を思い出して」
「……」
「あれは房中術として考えれば、気の交換よ」
「それはなんとなくわかる。花音から何かが流れ込んできていた」
花音は深くうなずいた。
「いいわね。じゃあ“聞き耳を立てる”みたいな感覚で、気を感じてみて」
「……ああ、わかる。いろんな気が流れ込んでくる!」
(すごい……たったこれだけの説明で?)
花音は息をのむ。
「……あれ、この気、覚えがある。そうだ、美久さんに……久美さんだ!」
「えっ、待って」
花音も気を探ろうとする。彼女も草としての基本技術は身につけていたが──。
「私にはわからないわ」
「右奥の方にいる、かな?」
「行ってみる?」
花音は半信半疑で立ち上がった。
二人が歩いていくと、そこには本当に美久と久美の姿があった。
(本当に……いた!?)
花音は目を疑う。
「えっ……あっ、和也さん!?」
美久が慌てふためく。
「あっ、ごめん。声が聞こえた気がして……」
和也は苦しい言い訳をしたが、実際に声が届いたわけではない。
「……今、しゃべってなかったけど」
久美は首をかしげたが、それ以上追及する暇はなかった。
「あっ、あの、これ……受け取ってください」
美久が可愛らしい封筒を差し出す。
「ごめんなさい、後で見てください。失礼します!」
二人はそそくさと店を後にした。
花音は未だ驚きの中にいた。
(この人混みで……遠くの二人を気だけで探し当てるなんて……)
4月の狂乱の宴。
あの時、霞の里で一番の術者である冬美でも
壁際に張り付いてやっと一人ひとりの気を識別できたのだ
──つまり、和也の感知能力は霞の里の誰よりも優れている。
(昨晩感じた恐怖……やっぱり間違ってなかった)
花音はごくりと唾を飲んだ。
二人は席に戻り、封筒を開く。
「普通のラブレターっぽいけど……」
「念のため、確認しておきましょう」
和也が便箋を広げ、一目見るなり机に突っ伏した。
「ど、どうしたの!?」
花音が慌てて受け取ると、そこに記されていたのは──
上嶋和也様
私ども、村澤美久と澤村久美は
上嶋和也様『愛人枠』への加入を希望いたします。
もし叶うのでしたら、ご返答をいただければ幸いです。
ご返答がない場合は、この想いを胸に秘め、二度と口外しないことを誓います。
「和也、よかったじゃない! 愛人希望よ。しかも二人とも美人だったし……美久さんの方は、あなた好みの巨乳で長身だったじゃない!」
(花音に“巨乳”って言われても嫌味にしか聞こえない……てか突っ込みどころそこじゃない)
和也は心の中で叫んだが、口には出さなかった。
「勘弁してください……今でもいっぱいいっぱいなんです」
だが花音は涼しい顔で返す。
「あなたにはそれだけの力があるのだから、愛人の2人や3人、堂々と受け止めなきゃ。──“大いなる力には、大いなる責任が伴う”のよ」
某アメコミの有名なセリフだった。
花音は留学中、アメコミをこよなく愛していたのだ。
「いや、それを愛人の件に使うのは……ベン叔父さんに失礼だと思うよ」
和也もまた、アメコミに詳しかった。
──こうして、重要な取引先の二人を無下にもできず、
“上嶋和也愛人の会”は仮設立という形で幕を開けたのだった。
⸻
和也と花音は、その後は普通にデートを楽しんだ。
ただし、深く理解し合った二人は、まるで長年連れ添った夫婦のようで、恋人同士には見えなかった。
(まあ、仕方ないわね。私は彼女になりたかったわけじゃないし)
花音はそう思っていた。
昼食の時間まであまり間がなかったのに、和也は言い出す。
「ステーキが食べたいな」
花音も反対はしなかった。二人の食欲は旺盛だった。
(やっぱり、すごいエネルギーを使ってるのね……)
花音にとっても、それは初めての経験だった。
昼食を終えると部屋へ戻り、花音は気の扱い方を簡単に講習する。
だが和也は、あっという間に全てをマスターしてしまった。
夕方、再び空腹を覚えた二人は顔を見合わせる。
「ステーキ、あんなに食べたばかりなのにな……」
そう言いながら、隣の居酒屋へ入る。
個室はあえて避けた。二人きりで個室、アルコールまで入ったら何をしでかすか分からなかったから。
しばらくして、和也がふと呟いた。
「……あ、千晴と梨子が来た」
「まだ、約束の時間には早いわよ?」
花音は疑う。
だが次の瞬間──
「あっ、やっぱり和也お兄ちゃんいたー!」
元気いっぱいの梨子が駆け寄ってくる。
「よくここがわかったね」
「店員さんに、『すっごい巨乳美人と、すっごいモテそうなお兄さんのカップル来ませんでしたか?』って聞いたら一発で教えてくれたよ」
「そこは“イケメン”じゃないんだ……」
和也は思わず口にしてしまう。
「そうね、和也は十分素敵だけれど……“イケメンか”と言われると、ね?」
「俺の彼女がひどい……」
「でもね、和也お兄ちゃんは、誰に聞いても100%“モテそう”って言うと思うよ。男女関係なくね」
「ええ。特にここ1年くらいは顕著ね」
「“恋慕特異点”の力だよね!」
梨子がさらっと的確な言葉を使い、和也を絶望の淵に追いやる。
「店員さーん!あの、こちらと一緒にしたいので……個室へ移動できますか?」
梨子はウインクまでしてみせる。
「はい、かしこまりました。広めのお部屋をご用意いたします」
可愛いお願いを断れる人など、何処にもいない。
まもなく、料理は店員によってそのまま個室へ運ばれた。
「梨子、卒論完成おめでとう!」
「ありがとう!お祝いはね、お兄ちゃんがいっぱいいっぱい可愛がってくれたら、それでいいよ」
にこやかな笑顔で梨子は言うが──
「“可愛がって”って言っても、頭なでなでとかじゃないよ?
ちゃんとセックスで、いっぱい満足させてね!」
「梨子! 周りに人がいるかもしれないでしょ!?」
千晴が慌ててたしなめる。
「大丈夫だよ。周囲の部屋はまだ空いてるし、店員も近くを巡回してないよ」
「……どうしてわかるの? こんなに騒がしいのに」
千晴の疑問に、花音が即答する。
「これが、和也の超能力よ」
「和也お兄ちゃん、すごいすごいっ!!」
梨子は座席から跳ねかねない勢いで歓声をあげる。
「それで、何て名前つけるの?」
梨子はにこやかに続け、和也を絶望の淵から蹴落とす。
和也と花音の異常な食欲に、千晴と梨子は目を白黒させるが──
それも落ち着き、やがて4人はホテルへと移動した。
ちなみに、千晴と梨子はアルコールは一切口にしなかった。
夜への期待が、大きかったから。
⸻
【Scene03.7:1年前6月】
⸻
ホテルへ入ると、腹ごなしの意味も込めて、花音が現状の説明を行った。
梨子にも、あえて誤魔化さなかった。
「草」は「忍者」と言い換え、意味を少し緩和し、「房中術」は“簡単な忍術や超能力のようなもの”と表現し直して、本質は伏せる。
──下手な嘘など、梨子には通じない。
この中でいちばんの切れ者は、間違いなく梨子なのだから。
「なるほど、お兄ちゃんは以前、とある人物に特殊な催眠術を掛けられたんだね」
さすがに〈高倉南〉の名前は伏せたが──
「その“ある人物”って、《新倉南》の関係者でしょ? ……“高倉南”って似た名前の人、いたような?」
梨子相手に隠し通せるはずもなかった。
「それを花音さんが“忍術の一種”で解除してくれたけど、和也お兄ちゃんはその影響で“超能力”に目覚めた……と」
梨子はしばし考えて──ぽん、と手を打つ。
「それって“気功系”の力だよね? しかも私たちを呼び出してまでさせようとしてるってことは、それに深く関わる力……つまり──中国から伝わった“房中術”とか、そういうやつ?」
あまりの的確さに、花音は返す言葉を失う。
梨子はにやりと笑い、「やっぱりビンゴなんだ!」と誇らしげに言った。
「千晴姉さん、この子はいったい……」
「だからいつも言ってるでしょ、“私の妹は世界最強だ”って」
(いや、“世界”とは今まで付けていなかったけど……)
心の中でそうツッコミを入れつつも
和也も花音も、納得してしまった。
花音はもう誤魔化すことを諦めた。
「先週末、和也は“美久”と“久美”っていう人物に、パワハラまがいのことをされて……関係を強要されかけたの」
「……あ、それって霞の宿で和也お兄ちゃんをナンパしてた人たち?」
「えっ、そうなの?」
花音も顔は見ていたが、すぐに立ち去ったため名前は知らなかった。
「そうだよ。みんなを連れ添ってるところを見られて、“バラされたくなければ言うことを聞け”って脅されて……」
和也は、自らすべてを話す決意をした。
「居酒屋で散々飲まされて、酔いつぶれて……このホテルの部屋に連れ込まれたんだ」
顔を歪め、苦々しく語る和也。
「でも、段々と腹が立ってきて……腹の底からドス黒い何かが湧いてきて……そのまま、彼女たちをねじ伏せた」
「その後の彼女たちの様子は……明らかにおかしかった。たぶん俺が──“洗脳”してしまったんだ」
「それを花音が助けてくれたのね?」
千晴はそう解釈したが──
「ううん、和也お兄ちゃんが自分の力で彼女たちを“解放”したんでしょ?」
梨子の解釈は違った。
「じゃないと、今日みたいに私たちを和也お兄ちゃんとさせようなんて言い出さないよ。……お兄ちゃんが“自分で克服”してないと、危険だもんね」
「その通りよ。私は助言しかしてないわ」
花音も素直に認める。
「それで、美久さんと久美さんはどうなったの?」
「ちゃんと正気を取り戻して、すぐに帰ったよ」
なんとか誤魔化そうとする和也を横目に、花音がさらっと言った。
「でもね、今日……“上嶋和也 愛人の会”入会希望届を、本人に手渡ししてきたの」
「かっ、花音さんっ!?」
和也は涙目になる。
「だってもう、梨子ちゃんに隠し事は無理って分かったし」
「で、本音は?」
千晴のツッコミ。
「その方が──面白そうだから♪」
「和也お兄ちゃん、もてもて〜♡」
花音が真顔で言う。
「というわけで今日の目的は、和也が本気を出したとき、女性側に“悪影響”がないかを確かめること」
「だから、千晴姉さん、梨子ちゃん──耐えてね♡」
「梨子、頑張るっ!」
梨子は満面の笑みで答えたが──
千晴は思い始めていた。
(私……とんでもないことに足を突っ込んだんじゃ……?)
⸻
順番にシャワーを浴び、
4人の男女が──全裸で正座しているという状況。
これで……何度目だろうか。
「和也、全力でいくのよ。ただし……」
「分かってる」
「千晴と梨子を、幸せにする。気持ちよくする。──それだけを、強く念じるよ」
「和也」
「和也お兄ちゃん」
それが合図になった。
千晴と梨子は、最初から“嵐”に巻き込まれたようだった。
快楽と至福、快感と愉悦。
右も左も分からなくらる。
やがて──
「やだ、もう無理、許して……壊れちゃう……!」
千晴が叫び、崩れ落ちる。
それを見た梨子は、和也がまだ衰えていないのを確認し──
「和也お兄ちゃん……お願いだから、愛人を3人か4人作って……花音さんも美由さんも、すぐには会えないし、私たちだけじゃもたない……」
──そう言い残して、意識を失った。
⸻
花音は、二人の様子を房中術を用いて詳しく診た。
「全く問題ないわ。ただ体力の限界まで動いただけ。むしろ、気の流れは活発になってるわ。和也の“気”に当てられたのね」
だが──
「問題はあなたよ、和也」
花音は厳しい目で見つめる。
「私、ずっと観察していたから分かるの。千晴姉さんも梨子ちゃんも、“気”を受け取ってるだけで、返していない。つまり──気の循環が起きていないの」
「なのに、あなたはまだ気に満ちあふれている……おかしいわよね?」
花音は和也の身体に触れ、気の流れを探る。
「あなた、ひとりで“気の循環”をしているわ。……いいえ、周囲に発散した気を、回収してるのよ」
「千晴姉さんや梨子ちゃんが吸収しきれずに漏れた気。あるいは彼女たちが自然に発散している気。それを……あなたが無意識に“吸い上げてる”」
花音は、やれやれと肩をすくめた。
「……あなた、いつまででも動き続けられるわ。もちろん、筋肉を動かすには糖分が必要だから、栄養素が枯渇すれば限界は来るけれど──それも“何日”ももつ」
「筋肉の疲労や乳酸の蓄積程度なら、一般的な気功術でも分解促進できるし、障害にならないわね」
花音は、結論を口にする。
「──あなた、“スーパーマン”になっちゃったわ」
和也は、ふとつぶやいた。
「俺の“恋慕特異点”が……
**“恋慕無限循環”**へと進化した……?」
花音が、にこやかに笑う。
「あなた、好きね。そういうの」
(……また口に出してた)
和也は真っ赤になりながら、辺りを気で察知する自身の能力に、
**“恋域索敵”**と名付けたことだけは、
絶対に誰にも知られまいと固く誓った。
──が、その決意はあっさり破られる。
うっかりまた口にしてしまい、梨子に知られるのは、そのすぐ後のことだった。
結局のところ──
和也は、そういうのが好きな男の子なのであった。
──
その後、花音による“気”の注入によって千晴と梨子は何とか復活を遂げた。
だが、二人とも大満足していたらしく、それ以上を求めてくることはなかった。
そして二人は心の奥で強く誓う──
(もう二度と、一人では和也としない……これでは身体がもたない……)
花音自身も既に満たされており、昨晩のようなことを再び求める様子はなかった。
その結果、唯一欲求不満を抱えることになったのは──和也一人だけである。
──
翌朝
和美が目を覚ますと、花音はもう身支度を終えていた。
「そうそう、和也
”あれ”梨子ちゃんに預けたいから?
(あれってなんだ?)
和也がそう疑問に思った瞬間的
梨子は、手にしていた“可愛らしい便箋”を取り出して声に出して読み上げる。
⸻
上嶋和也 様
私ども、村澤美久と澤村久美は、
上嶋和也様『愛人枠』への加入を希望いたします。
もし叶うのであれば、ご返答をいただければ幸いです。
ご返答がない場合は、この想いを胸に秘め、
二度と口外しないことを誓います。
⸻
「ねぇ、和也お兄ちゃん
美人の愛人二人もできちゃって嬉しい?」
梨子はにっこりと笑いながら言った。
「花音……なんであれを……」
「だって、あなた、昨日それ回収しなかったじゃない。私が持ってたのよ」
和也の記憶がよみがえる。
──そうだ、あの時、突っ伏したまま花音にそれを渡して……そのままだった。
「私ね、もう里に戻らないといけないの。報告しなきゃいけないことも多くて」
花音はもう、すっかり身支度を終えていた。
「だから、それを和也に渡しておいてもらおうと梨子ちゃんに預けたのだけれど……」
ニヤニヤと笑う花音。
「梨子ちゃんったら、躊躇なく開けて読んじゃって。不可抗力よ?」
──嘘だ。絶対に梨子なら開けて読むとわかってて、あえて千晴じゃなくて梨子に渡した。
和也は確信していた。
「ねえねえ、もし私たちに後ろめたいって思ってるなら──
彼女たちの“愛人枠”加入を、私たちが同席して承認してあげようか?」
梨子の口から、またしても爆弾発言が飛び出す。
「私は……和也が満足できるなら、それでもいいよ」
千晴もそっと、しかし決意を込めてそう告げた。
“自分では満足させられない”という思いが、彼女の心にわだかまっていたのかもしれない。
「私は“第一愛人”だから、そのあたりの判断は“本命枠”のあなたたちに任せるわ。
和也、ごめんね。このホテルの清算はやっぱりお願い。あとで色つけて振り込んでおくから」
花音はそう言い残して、静かにホテルを後にした。
能力は、確認された。
索敵できる。
循環できる。
影響を与えられる。
そして――
制御できない。
ここで明確になったのは一つ。
和也の力は「魅力」ではなく、
現象になりつつあるということ。
恋慕特異点は、もはやラブコメのネタではない。
空間を歪める“圧”だ。
そして忘れてはいけないのは、
その場にいたのは“普通の女性たち”だということ。
力が大きくなるほど、
選択の重さも増す。
次は――
その責任が、牙を剥く。
⸻
次回、
承認の返事は、即答で返ってくる。
――「いまから向かいます」
同席するのは、千晴と梨子。
場所は、昨日と同じカフェ。
そこで和也は、つい――
“声”だけで空気を変えてしまう。
そして夜。
部屋に集まる人数が、増える。
「全力でいってね」
その一言が、取り返しのつかない引き金になる。




