【第08話-12】それぞれの“一番”-和也・美由
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【Scene03.4:1年前6月】
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二人を見送ると、花音はふと言い出した。
「うちのお母さん、若く見えるでしょ」
「今年、48歳だっけ?
30代前半にしか見えないよな」
和也は、数年前に見た“ミニスカサンタ”姿の葉月さんを思い出していた。
「父さんといつも房中術を使って、セックスしてるからよ」
花音は、こともなげに言った。
「いやいや、自分の両親の性生活を、そんなあからさまに……」
「そうかしら?
術を行使してるって話題なら、
“毎朝ラジオ体操してるの”って言うのと同じくらいの話よ」
「そんなものなのかね……」
和也は、呆れたように苦笑した。
「でもね、
お母さんがあれだけ若いのは、房中術のおかげなの。
あれには肉体を活性化させる力があるのよ」
(気の力でパワーアップ……?
──漫画かアニメのキャラかよ……)
心の中でそうツッコミを入れながら、和也は続きを促した。
「お父さんは、お母さんの影響で“気の回路”みたいなものが開いて、
簡易的に房中術を使えるようになったの」
「さっき言ってた、“俺にもできてる”ってやつか」
花音は真顔で、じっと和也の目を見た。
「ねえ、和也。
最近、体調がすこぶる良かったりしない?」
「ああ……
なんていうか、力が満ちあふれてる感じがするんだ。
どれだけ搾り取られても、一晩寝たら完全回復って感じで」
「やっぱりね。
房中術による肉体の活性化は、術を受けた“相手”に現れるの。
だって“気”を送り込まれた結果、活性化されるわけだから」
「……でも、それだと葉月さんが若い理由と矛盾しない?」
「だから“お父さん”がいるのよ。
彼が簡易房中術を使えるから、
お母さんとの間で“気の交換”が発生する。
その結果、二人とも若返るの」
「……そんなことって……」
「祖父もそうだったわ。
祖母が生きていた60代後半までは、どう見ても40代にしか見えなかったのに……
祖母が事故で亡くなったあとは、あっという間に老け込んだのよ。
年相応どころか、それ以上に見えるくらいに」
「じゃあ……俺は……?」
「あなたの場合、触れもしないのに、あの二人に催眠術のような影響を及ぼした。
房中術は“触れなければ効果が出ない”。
あれは房中術に──似て非なるものよ」
(……この房中術の極意を得ている私にすら、影響を及ぼした)
花音は、改めて“恐怖”を覚えていた。
「……俺の、“恋慕特異点”って──」
「なにそれ」
花音は、呆れ顔で一蹴した。
「……しまった……」
だが花音は、ようやく結論を告げる。
「だから──
私に、和也を調べさせて」
「……というと?」
「私と、しよ♪」
にこやかに、花音は言った。
「──まだまだ夜は永いわ!」
その顔には、満面の笑みがあふれていた。
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花音は、ただ和也としたかったわけではなかった。
本気で”調べる必要がある”と感じていた。
それほどに──和也の“能力”は、恐ろしいものだった。
とはいえ、和也との行為に興味津々なのも事実。
和也は血筋からして、間違いなく“自分の意思”で房中術を使える。
父親のように無自覚な“簡易房中術”を、ただ「使えてしまっている」のとは根本的に異なる。
房中術を“使える者同士”の性交渉。
その記述は、かつて花音が焼き捨てた膨大な秘伝書の中にも、ただの一度も現れなかった。
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ベッドに全裸の二人が並ぶ。
「……あの二人にやったように、全力でやってね。
でも、“愛人にしよう”とか“性奴隷になれ”とか、そういうのは嫌よ」
少しふざけて、花音は笑う。
「あれ? 私、最初から愛人だったわ!」
「花音……本当に大丈夫なのか?」
「私を誰だと思ってるの? 一之瀬花音、戦国時代から続く“草”の首よ」
「……まあ、草は私が全部刈り取ったけど」
「異常を感じたら、すぐに言うんだ。
あの二人の、二の舞はごめんだ」
「わかってるわ。その代わり──」
花音はゆっくりと、真っ直ぐに和也を見つめた。
「私を、愛して。
私を、幸せにして。
それだけを、強く念じて」
その表情は、信頼に満ちていた。
和也は、男としてその期待に応えねばならないと思った。
「わかった」
「それじゃあ──始めましょう」
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──花音視点
その瞬間、和也の“気配”が変わった。
温かく、優しく、圧倒的な“何か”が流れ込んでくる。
それに触れた刹那、心が震えた。
──これが、“恋慕特異点”……?
胸が締めつけられる。
和也が、愛おしくてたまらない。
自分からキスをした。
唇が触れた瞬間、電気が走ったような衝撃があった。
──それだけで、達してしまった。
和也の吐息が耳にかかる。
背筋がゾクゾクする。
「愛してるよ」
その一言で、心が天へと昇った。
──そこから先の記憶は曖昧だった。
昨年──高倉南の残滓を取り除くために房中術を使ったとき、
「まるで魂の交換みたい」と感じた。
だが今回は、比喩ではない。
本当に、魂のやりとりだった。
快感や快楽を超えた、至福の時間。
幸福という言葉では到底足りない。
私は──
私は和也に、溺れた。
いや、溺れたなんて言葉では生ぬるい。
魂が溶け合い、ひとつになった。
私と和也の境界が、消えた。
そして、全てが終わったとき、思った。
「これは──駄目ね」
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──和也視点
その瞬間、俺は花音が愛おしくてたまらなくなった。
気持ちがあふれる。
胸が苦しいほど締めつけられる。
花音が、キスをしてきた。
電気が走る。
花音の体が大きく跳ねた。
耳元で囁く。
「……愛してるよ」
──それは、美由にしか使わないと決めていた言葉だった。
けれど口をついて出た。いや、違う。
これは“愛してる”なんて言葉では言い表せない感情だった。
──そこから先の記憶は、曖昧だ。
去年、花音が房中術を使って南の残滓を消そうとしたとき、
「魂の交換みたいだ」と思った。
だが今回は、比喩じゃない。
本当に、魂のやりとりだった。
快楽を超えた、至福の体験。
花音に、溺れた。
いや──魂が、花音と溶け合った。
俺と花音の境界が、なくなった。
そして、全てが終わったとき、思った。
「これは──駄目だ」
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「……これは、危険ね」
「──抜け出せなくなる」
「……もう、二人きりで会うのはやめましょう」
「……ああ、そうだな」
二人は同じ結論に至っていた。
“もう一度始めたら、止まれない”──それを理解していた。
事実として、この日以降、二人だけの夜は二度と訪れなかった。
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花音は理解した。
房中術が“一子相伝”である理由を。
──房中術を使える男女が揃えば、
任務も目的も、すべて投げ打って交わり続けてしまう。
秘伝書にその記述が無かった理由も、今ならわかる。
言葉にも、文字にもできない体験だったのだ。
だから、記録など残せるはずがなかった。
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そしてその夜、二人はただ静かに抱き合い、
深く、深く眠りについた。
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【Scene03.5:1年前6月】
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朝、花音は里へと連絡を入れた。
スマートフォンをハンズフリーモードにし、隣にいる和也にも会話が聞こえるようにして。
「爺や、私よ」
『姫さま。……いかがでしたでしょうか?』
「和也は、今ここにいるわ。この通話も聞いてるから、あまり踏み込んだことは言わないでね」
軽く釘を刺した上で、花音は本題に入った。
「──和也は、自分の意思で“房中術”を使えるわ」
『やはり……それで、危険性は?』
「まだすべては確認できていないの。だから、もう一泊して調べてみるわ」
『承知いたしました。……姫さま、私から報告したいこともございますが、それはお帰りになられてからにいたしましょう』
「お願いね。それじゃ、お母さんにも伝えておいて」
通話を終えると、和也が不安げに問いかけた。
「……花音、“調べる”っていうのは──」
「和也が房中術を使える私との行為が、危険だということは判ったわ。でも──」
花音は、会話の内容とは裏腹に、小首を傾げて可愛らしく微笑む。
「普通の女の子との行為は、大丈夫なのかしら?」
「…………」
和也は視線を伏せた。
あの二人のことが、頭を過る。
「私の予想では──和也が“意図的に”力を行使しない限り、深刻な危険にはならないと思うの。でも……」
「もう、あんなことは絶対にしない!」
和也は力強く言った。
目をまっすぐに上げ、その決意を花音へとぶつける。
「ええ、信じてるわ」
花音の眼差しはやわらかい。彼への信頼がにじんでいた。
「でもね──あなたの“恋慕特異点”の力は、やっぱり未知数なの」
「……その名前、あんまり口にしないで欲しいんだけど……」
「ふふ、仕方ないじゃない。あなたが最初に命名したんだから。名前がないと不便でしょ?」
──嘘だった。
実際には“あなたの能力”と呼んだほうがずっと楽だ。
花音は、ただ彼の照れた反応を楽しんでいるだけだった。
和也も、それを察していた。
そして、その名を口にした自分を激しく後悔していた。
「で、それでどうするんですか……?」
「うん──」
花音はにっこりと笑って言った。
「私の目の前で、千晴姉さんと梨子ちゃんとして見せて♪」
──その笑顔は、女の柔らかさと、“草の首”としての冷静さを併せ持っていた。
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──ホテル側──
花音は再度スマートフォンを取り出し、千晴に連絡を入れた。
通話は先ほどと同様、ハンズフリーモードに切り替える。
──高橋家側──
昨晩の電話の後、千晴は梨子に事情を説明しようとしたが──
草のことは話せず、どうしても曖昧な説明になってしまった。
それを察した梨子は、即座に高橋家へ飛び込んできて、そのまま泊まり込んだ。
今は二人、千晴の部屋で並んで座り、花音からの連絡を待っている。
ようやくスマートフォンが鳴った。
「花音ね。出るわよ」
千晴がハンズフリーで通話を繋ぐと、花音の明るい声が響く。
『千晴姉さん、私よ。おはよう』
「花音、遅いわよ。いったい何が──」
その声を遮るように、梨子が身を乗り出す。
「ねえ花音さん! 和也お兄ちゃんとするなって、どういう意味よ!?
私、卒論提出終わったんだから、今日はいっぱい可愛がってもらう予定だったのに!
もう1カ月も……和也お兄ちゃんとしてないのに!!」
「梨子! 声、もうちょっと控えて……ここ、私の部屋。下まで響くから……」
千晴は泣きそうな声でたしなめた。
幸い、隣室の美晴はまだ朝食中のようだった。
──ホテル側──
花音は内心、静かに思う。
(……やっぱり梨子ちゃんには敵わないわ)
和也も、苦笑い。
(俺の意思、今回も確認されてない……)
「梨子ちゃんも一緒だったのね。詳しい話はできないけど──もう大丈夫よ。
今日の夜、会える? 和也も一緒よ」
スピーカーから即座に怒鳴り声。
『なによ花音さん! 私には”するな”って言ったくせに、昨晩は和也お兄ちゃんと楽しんだんでしょ!!』
『梨子、お願いだから……声、控えてってば……』
千晴のか細い声が響いた。
「ごめんなさい、梨子ちゃん。
ちょっとだけ、千晴お姉さんと二人で話せる?」
──高橋家側──
千晴はハンズフリーを解除し、梨子に優しく向き直る。
「ごめんね、梨子……あなたには、まだ話せない内容なの。
ちょっとだけ、下で待っててくれる?」
「うん。良くなったらLINEして。すぐ戻ってくるから」
梨子は素直に頷いて、階段を降りていった。
「……花音、良いわよ。今なら」
──ホテル側──
「千晴姉さん。昨年、高倉南さんの話をしたの、覚えてる?」
『ええ。彼女、一ノ瀬家の血を引いてて、房中術を使えたって話ね』
「そう。そして──和也も、だったの」
『えっ……それって、つまり……』
「そう。和也も、一ノ瀬家の血筋だったのよ」
『そんな……! じゃあ、梨子は?』
「梨子ちゃんは母方の従姉妹でしょ?
だから大丈夫。房中術の適性はないわ」
『よかった……』
「でもね、和也は房中術を自分の意思で使えるみたいなの。
それだけじゃない。──彼には、もう一つ“特別な力”があったの」
『それって、梨子がいつも話してる“恋慕特異点”ってやつ?』
千晴の言葉に、和也はがっくりとうなだれた。
「梨子……どこまで話してるんだよ……」
花音は構わず話を続ける。
「だからこそ、和也との行為に危険がないか──私たちで確かめる必要があるの」
(美久と久美のことは伏せてある。それだけでも……まだマシだな)
和也は内心でホッとした。
「それで、今晩会える? 泊まりになると思うけど」
『ええ、私は土日休みだし、問題ないわ。
梨子も、たぶん大丈夫。──でも、話すだけなら泊まらなくてもいいわよね?』
「当然、話だけじゃ済まないもの♪」
『……今さらだけど』
千晴の声には、わずかな戸惑いが滲んでいた。
『でも、どうして夜なの? 今すぐ話せばいいじゃない』
「そんなの決まってるじゃない。──私が和也とデートしたいからよ!」
『おい……!!』
「いいじゃない。私、愛人枠なんだから。
千晴姉さんは本命枠でしょ? 二人や三人の愛人くらい、広い心で見てくれなきゃ」
和也が崩れ落ちる。
「花音……美久さんと久美さんのこと、黙っててくれるんじゃなかったのか……」
「仕方ないでしょ。危険性を説明するには、隠せないのよ」
『ちょっと、何の話? 美久? 久美って誰?』
千晴の声が鋭くなる。
「それも含めて、今晩、全部話すわ。
──それに、“体を休める”必要もあるしね」
(嘘。もう完全回復してるし、話も整理済み)
──高橋家側──
「……って、何したのよ!」
『“なに”に決まってるじゃない。私、身体張ってたのよ?』
「……“なに”やってんのよ、もう。
ところで、梨子呼んでもいい?」
『ええ。草の話はもう終わったから』
千晴はハンズフリーに戻し、LINEで梨子を呼び出す。
バタバタバタ──ドン!
勢いよく梨子が部屋に飛び込んできた。
「私にも、説明してよね!!」
『梨子ちゃん、和也はね、特別な力を持ってるの』
「えっ!? それって……忍術的な!?」
『そうね。むしろ、超能力に近いかも』
「すっごーーい!! 和也お兄ちゃん、かっこいい!!」
『ええ、すごいわよ。
梨子ちゃん、4月に和美ちゃんに『お兄ちゃんはテクニシャンよ』って言ってたでしょ?
でも──あなた、和也の“本気”はまだ体験してないと思うの』
「えーーっ!? そうなの!? ……体験したいっ!」
『でもね、身体に悪影響があるかもしれないの。
だから、危険がないかどうか──私の前で一度、試して欲しいの』
「うん、わかった。今晩ね! 大丈夫、やるやる〜♪」
梨子の即答に、千晴は呆れ顔。
「……少しくらい躊躇しても良くないかしら」
「だって今さら断ったら、和也お兄ちゃん取られちゃうじゃない!?」
その言葉に、千晴は何も言い返せなかった。
──梨子の顔は、驚くほど真剣だったから。
──ホテル側──
「それじゃ、待ち合わせは……」
「20時、いつものホテル。例の居酒屋の隣のやつの前でいい?」
花音の声を、和也が自然に引き継いだ。
「了解。それでお願いね」
通話が終わる。
花音はフロントに連絡を入れ、宿泊を連泊に変更。
部屋の掃除を依頼し、今晩の宿泊人数を“4名”と伝える。
「さ、和也。朝ごはん、まだでしょ? どこか、連れて行って」
その笑顔は、まぎれもなく──恋する女の子のものだった。
術者同士の夜。
房中術が「一子相伝」である理由。
そして、記録が残らなかった理由。
あれは技術ではなく、体験。
言語化できないからこそ、伝承になった。
そして和也は、房中術そのものではなく――
それを媒介にして、別の力を開花させてしまった。
恋慕特異点。
そして無限循環。
ここまで来ると、もはやラブコメの範疇を越えていますね。
でも大事なのは一つだけ。
力そのものよりも、
それを「どう使うか」。
和也はまだ、選び続けています。
堕ちるか、守るか。
さて次は――
実証実験です。
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次回、
気は、見えるのか。
感じるのか。
探れるのか。
そして――拾えるのか。
カフェの人混みの中、
和也は“気”で二人を見つける。
索敵。
回収。
循環。
力は、進化する。
そして届く、一通の手紙。
『愛人枠、加入希望』
――能力検証、開始。




