【第17話-10】─ 番外編:芸能界編
これはある人物の些細な行動の変化により
別世界線へと移ってしまった物語です。
5月末頃に掲載されていた
【第11話】エピソード1 ― シェアハウスで始まってしまった物語 ― 千晴
から分岐します
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【Scene26:”彼”守る者】
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時は、昨晩まで遡る。
香織からの連絡を受けた美由は、すぐさま南へと電話をかけた。
「”彼”をお願いしたいの」
だが南は、あくまで平然と告げる。
『大丈夫、もう”シェアハウス”のそばで待機しているわ』
「全く……いつもながら用意周到なんだから」
美由は深くため息をついた。
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“彼”は、シェアハウス付近に現れたパパラッチの行動を監視していた。
やがて、今回の任務における保護対象――瑞月と晴道が姿を現す。
それを尾行し始めるパパラッチ。
そのさらに背後に、“彼”がいた。
居酒屋へと入っていくふたり。
その様子を観察しながら、パパラッチはビルの隙間に身を潜めた。
だが、その奥にはすでに“彼”がいる――気配を殺し、音も立てずに。
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“彼”は、パパラッチからメモリーカードを奪った。
パパラッチが銃と信じたのは、モデルガンですらない、ただの鉄の筒。
相手が恐怖で失禁したのは、“気”の操作によるものだった。
”彼”はかつて”霞の里”に仕えた草の一人。
一ノ瀬花音が首を継ぎ、裏の草を粛清し始めた十二年前、
「新しい当主は、童女にして修羅だ」と恐れ、夜陰に紛れて姿を消した男である。
“彼”の名は、斉藤守。
だが、その名も――
ただ戸籍に記されているというだけのもの。
産みの親の顔すら知らない、名だけの存在だ。
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斉藤は裏社会を転々としたのち、新倉南の父に拾われる。
企業ネットワーク専属の探偵事務所に所属し、
時に“汚れ仕事”を請け負ってきた。
今は南の指示で、「み組」を裏から支える盾となっている。
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パパラッチを排除した斉藤は、その足で某芸能事務所を張り込んでいた。
早朝、アタッシェケースを抱えた男――瑞月の事務所の社長が現れる。
「……あの姫様の読みはどこまで正確なんだ」
“姫様”とは、もちろん新倉南。
斉藤は男を確保し、南と合流。
事務所社長に対して、脅し、そして説得する。
社長が抵抗も反論もできぬ程まで追い詰めた後、事務所へと戻った。
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“影の薄い”男がアタッシェケースを差し出す。
社長はそれを、おそるおそる開いた。
中にあったのは、札束と、契約書の束。
事務所の全財産だった。
気付くと、その男の姿は消えていた。
彼こそが――昨晩、美月の知らぬところで、彼女の窮地を救った存在。
だが、美月には確信が持てなかった。
その男は本当に居たのか
幻だったのではないか、とさえ思えた。
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任務を終えた斉藤は、自宅の玄関を開ける。
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
優しい声が迎える。
「パパおかえりー!」
小さな腕が飛びついてきた。
「夜勤お疲れ様」
「……ああ。これで三連休だ」
静かな団らん。
草として生きた彼が、決して手にできなかったはずの幸せが、いま確かにここにある。
彼の妻も、かつて草だった。
斉藤と同じく、花音の粛清から逃げ、南の父に保護された。
いま、こうして穏やかな生活があるのは――新倉親子の「信念」のおかげだった。
”手が届く範囲の人間は、必ず幸福にする”
――その言葉を実行してきた親子のもとには、似たような過去を持つ者たちが何組もいる。
そして、彼らこそが今、「み組」の周囲を密かに守っているのだった。
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【Scene27:新倉南の暗躍】
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影の薄い男が消えた後
「――では、説明いたしますね」
南が口を開いた。
その声はやわらかく、しかし部屋の空気を確かに変えた。
「御社の社長は、昨年の瑞月さんのブレイクにより、潤った懐で少しだけ羽振りが良くなりました」
まるでその場に居合わせていたかのように、南は語る。
誰一人として、その言葉に疑問を挟まなかった。
不思議と、すべてが腑に落ちてしまうだけの説得力が、そこにはあった。
「そういうときに近づいてくるのは、決まって悪い人たちです。
端的に言って――ヤクザですね」
誰かが、ごくりと唾を飲み込む音が響いた。
「社長は、彼らに言葉巧みに違法ギャンブルへ誘われました。
最初は勝たされます。気持ちよく、簡単に。
そこで、ギャンブルに嵌るんです」
社長は、うなだれた。
「ある程度の勝ちを経て、大金を手にした後は、当然――勝てなくなる。
そうやって、手にした金が少しずつ目減りしていき、
気づけば、ヤクザ相手に借金を抱えていた」
一拍置いて、南は穏やかに言った。
「――それでも、まだ良かったと思うべきです。
この時点で、事務所のお金に手を付けなかったのですから」
微笑すら浮かべながら、南は続ける。
「ですが、借金が膨れ上がった時、ついに脅されました。
『事務所の全財産を差し出せ。さもなくば、関係者全員がどうなるか……』と」
室内の空気が一気に冷える。
現金だけではない。契約書までもが渡っていたら――
想像するだけで、ぞっとする未来がそこにあった。
「そして今朝、社長はこのアタッシェケースを持って、ヤクザの事務所へと向かったのです」
背筋を伝う冷や汗。
誰もが、最悪の事態を想像していた。
「――でも、間に合いました」
南は穏やかに言った。
「こうして、すべてを取り戻せたのですから」
なぜ南が、そんなことを知っているのか。
どうやって、それを可能にしたのか。
――説明は、一切なかった。
だが、不思議と誰も、疑問を口にはしなかった。
香織でさえも。
「ちなみに、ヤクザの事務所には今ごろ、
違法賭博の容疑で警官隊が踏み込んでいる頃です」
南は、にこやかに微笑んだまま、物騒なことを口にする。
「社長のタレコミ――ということに、“なっています”」
その言い回しに、誰もが背筋をぞくりとさせた。
この人間は、どこまでを読んでいるのか。
どこまでを――操っているのか。
「社長は書類送検されるでしょう。
でも、起訴はされません。情報提供ということで、温情措置が取られます。」
もはや、断定だった。
“そうなる”ではなく、“そうする”という意志。
「それでも、御社がこのまま継続するのは――難しいかもしれませんね」
室内に、沈黙が落ちる。
希望は見えない。
それでも、終わりが見えただけで、救いだった。
――そう思った、まさにその時。
南が、静かに口を開いた。
「そこで、ひとつ提案があります」
皆が息を呑んだ。
「私ども、株式会社み組は――この事務所の皆さま全員を、芸能事務所香織に迎え入れる準備があります。
もしよろしければ、これからも私たちと一緒に、お仕事を続けていただけませんか?」
それは、ある意味で“救世”だった。
そしてまた、ある意味で“拒否のしようのない提案”でもあった。
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こうして、芸能事務所香織は手に入れた。
人気急上昇中の女優・瑞月。
その瑞月を育て上げた、優秀なマネージャー。
そして、今回の一件で改心し、今後は献身的に働くであろう元社長。
さらに、将来有望な4人のタレント――。
特に、マネージャーの存在は”香織”にとって喉から手が出るほどに欲しかった人材だった。
これまで香織は、一人で代表・マネージャー・スタイリストを兼任し、
さらに自身が経営するサロンの運営まで抱えていたのだから。
もともと、この夫婦は優秀だった。
社長もまた、今回は“魔が差した”だけで、これまで堅実な経営を続けてきた。
芸能活動だけで5人ものタレントを食べさせ続けていた実績は、誇るべきものだ。
その夫人――つまりマネージャーは、
たった一人で5人のスケジュールを管理し、彼女らの信頼を得ていた。
その手腕と人望は、業界でも稀有な存在といえた。
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こうして、株式会社み組はさらなる発展を遂げる。
芸能事務所香織は、盤石の体制を手に入れた。
そして――
美月、千晴、千紗、晴道。
4人は、同じ現場で肩を並べる「同僚」となった。
彼女たちの物語は、ここからさらに――
加速していくのであった。
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【Scene28:変わりゆくストーリー】
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5人のタレントの芸能事務所香織への移籍は、無事に完了した。
元社長とその夫人も”み組”に正社員として迎え入れられ、新たな体制が整った。
そんな中、第3話の撮影が始まった。
しかし、そこで思わぬ問題が発生する。
――瑞月が春樹に向ける視線が熱すぎた。
いや、美月が晴道に向けるそれは、もはや“親友の彼氏”に向けるものではなかった。
「これ、使えませんね」
カメラマンが苦々しげにぼやく。
「ああ……だが、お蔵入りにするには惜しい」
モニターを見ていた監督が唸る。
演技を超えた熱。それは時として視聴者を惹きつける“魔力”となることを、彼はよく知っていた。
そこへ、シナリオライターが割って入る。
「いっそのこと、ストーリー変えちゃいましょうや」
「どういう事だ?」
「美月に春樹へ恋させちゃえば良いんすよ」
「ほう……どう料理する?」
監督の目に、興味が灯る。
「美月は幼馴染との馴れ合いの延長の恋に敗れて、人として成長する――それが監督の構想ですよね?」
「ああ。……それを変えるのか?」
「そうっす。幼馴染との幼い恋に敗れた美月が、“真実の恋”に目覚めて、人として成長するんすよ」
監督はシナリオライターの意図に気づいた。
「……その相手が春樹。親友の恋人……。いいな、ドラマになる」
ライターは続ける。
「この部屋、恋人が同棲してるにしては広すぎるっす。だったら現実と同じく、“シェアハウス”って設定にしちゃえばいい」
「なら、千春と春樹の関係も“同棲中の恋人”じゃなくて、“友人以上恋人未満”、シェアハウスでの同居中……という設定にできるな」
「千花も、兄とその恋人の部屋に入り浸ってるんじゃなくて、“一緒に住んでる”ことにしちゃうんすよ。そしたら自然っす」
「……いけるな、これ。千春と春樹の間に美月が割って入っても、視聴者の反感は買わないですむ」
「今までの撮影シーンで矛盾するところは……」
「あとで全部見直しますが、多分僅かで済むっす」
シナリオライターの中では、すでに新構成が走り始めていた。
「……しかし、ここまで変えるなら、スポンサー様の意向も確認しないとな」
監督が呟いた。
なにせ千春、春樹、千花の3人は、スポンサーのゴリ押しで配役されたキャラなのだから。
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監督は早速、スポンサーであるオーディオメーカーに連絡を取った。
長引くかと思われたが、意外にもすぐに返答があった。
ただし、そこには奇妙な条件が――
「千花を演じる役者を連れてくること」
首を傾げながらも、監督は香織に連絡を入れる。
幸い、千紗のスケジュールは空いていた。
翌日、新任(ただし経歴はベテラン)のマネージャーが千紗を連れて、監督と共にオーディオメーカー本社を訪れることとなった。
出迎えたのは、社長自らだった。
「本日は、わざわざご足労いただき、ありがとうございます。……実は私の孫が、貴女の大ファンでして。ぜひ、会っていただけませんか?」
大企業のトップとは思えぬ、低姿勢な物言いだった。
千紗は同行していたマネージャーに目だけで確認し、丁寧に応じた。
「それは……大変光栄です。ぜひお話させていただきます」
こうして千紗は、社長の孫娘・千鶴の待つ部屋へと案内されていった。
残された監督とマネージャーは、社長にストーリー改変の概要を説明する。
社長は静かに聞き終え、こう言った。
「千花の出番を増やしなさい。いや――主役レベルにするのならば、そのストーリーでOKにしましょう」
監督は即座に乗った。
「はい、千花は春樹の“妹”ではなく、“従姉妹”という設定に変更します。春樹をめぐる、美月・千春・千花の関係性――その駆け引きを焦点とします」
こうして、当初は“ゲスト出演”の予定だった千晴たちは、ほぼ主演格としてドラマの中心に組み込まれることになった。
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ちなみに――
千紗たちが帰った後。
「おじいちゃん、今日はありがとう! 千紗お姉様とお友だちになれたよ!」
無邪気に喜ぶ孫に、社長は誇らしげに言う。
「お前の好きな千紗ちゃんだけれどな――
おじいちゃんの力で、主役レベルにしておいた。出番が、もっともっと増えるぞ!」
千鶴は満面の笑顔で叫ぶ。
「本当!? おじいちゃん、大好き!!」
そのまま祖父に抱きつき、頬にキスを一つ。
――社長は、満足そうに目を細めた。
そして、
世界はまた一つ、自然な顔をして“書き換え”られていくのだった。
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こうして改変されたシナリオで、撮影は再開された。
当初の懸念は、千紗の演技力だった。
だが、その心配はまったくの杞憂に終わる。
なにせ千紗が演じるのは、
千春と美月の恋のライバルであり、
春樹の従姉妹で、
同じシェアハウスに住む少女。
――それは、ほとんど今の現実そのものだった。
現実の晴道とも、血縁としては“はとこ”に近い関係。
違うのは、千晴が同居していないことくらいだ。
つまり千紗は、
いつもの自分を“演じれば”よかった。
結果は完璧だった。
演技というより、カメラが自然体の千紗をすくい取っているだけ。
現場に違和感は一切なかった。
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さらにもう一つ、想定外の決定が下る。
美久の出演が正式に決まったのだ。
もっとも、美久に演技経験はない。
だが今回のシナリオ改変により、
本来の主役である“和也”の出番は大幅に削られていた。
それに伴い、和也と美久が正面から絡むシーンも、
ほとんど必要なくなっていた。
物語上、必要なのはただ一つ。
――美月が、和也と美久が一緒にいる場面を目撃し、
静かに身を引く、その“説得力”だけ。
そこで、ある妙案が生まれる。
幸いなことに、主役“和也”を演じる俳優と、
上嶋和也は背格好がよく似ていた。
和也と美久のシーンはすべて、
美月が物陰から覗いていたという演出に変更され、
カメラは常に和也の背後から回される。
その代役を、上嶋和也が務めた。
美久にとっても好都合だった。
現実の恋人と一緒なら、
演技をする必要はない。
ただ、自然に甘えていればよかった。
そして――
恋に満たされた美久の佇まいは、
誰もが直感的に理解してしまうほどの力を持っていた。
「これは、敵わない」
そう思わせるには、十分すぎるほどに。
美月が静かに身を引く展開に、
圧倒的な説得力が与えられた瞬間だった。
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こうして改変されたシナリオのもと、
撮影は順調に続けられていく。
だが――
それを快く思わない人物が、一人だけ存在していた。
主役・和也を演じる俳優が所属する、
大手芸能事務所の社長である。
「裏社会の粛清!」
「蠢く悪意を飲み込む圧倒的な情報戦と、暴かれた大手事務所の醜聞!
仕掛けられた罠を極上の『絵』に変え、微笑む魔女は芸能界の頂へと駆け上がる――」
晴道たちの躍進を妬み、裏社会の力で《み組》を潰そうと画策する大手芸能事務所の社長。
だが、放たれた刺客もヤクザの牙も、南が張り巡らせた絶対的な防波堤の前には跡形もなく消え去るのみだった!
元パパラッチの中田が仕掛けた爆弾記事によって大手事務所は一瞬で崩壊し、行き場を失ったタレントたちを飲み込んだ「芸能事務所 香織」は、わずか半年で業界の覇権へと登り詰める。
失脚した男の末路すらも自らの「幸福圏内」に収めていく、新倉南という女のどこまでも冷徹で、あまりに強固な信念の結末を見届けろ!
「未遂だったでしょう? それなら――まだ、私の手の届く範囲よ。」




