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三人のヒロインとシェアハウスすることになった僕は、全員を本気で愛して呪われてしまった。 ――告白は観覧車のてっぺんで  作者: iron-bow


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【第10話-16】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音

昼の時間。


雪の残る町と、

少しだけ熱を帯びた心。


それぞれ別行動。

でも、物語は確実にひとつの場所へ向かっています。


甘さの延長線上にあるものは、

必ずしも甘いとは限らない。


どうぞお付き合いください。


【Scene05.2:体温】



「ねえ、みんな。せっかくだから、会津若松の町を案内するわ。

うちはね、昼食は出せないの。板場の休憩時間だから。

近くに、連泊のお客様用にやってる定食屋もあるけど、町に出て食べるのも楽しいでしょ?」


美由の提案に、三人は素直に乗った。


「ありがとうございます。実は、昼食どうしようか悩んでたんです」

晴道が答える。


美由は3人を連れて、フロントに鍵を預けた後、言った。

「車を回してくるから、待っててね」


そうして3人が玄関前で待っていると――


ドドドド……!

重低音を響かせて、一台のバイクがやってきた。


「かっけー! ハーレーだ!」

晴道が思わず声を上げる。


乗っているのは、ぱつんぱつんのライダースーツに身を包んだ女性。

体のラインがはっきりと出ていて、何よりも胸が、これでもかというほど強調されている。

晴道の視線は釘付けだった。


「不二子ちゃんだ……リアル不二子ちゃんだ!」

兄の影響でサブカルに詳しい千紗も、興奮している。


やがてヘルメットを外すと――それは花音だった。


「少年、乗っていかない?」

ウインクとともに、予備のヘルメットを差し出してくる。


「いいんですか!?」

晴道は、一も二もなくそれを受け取った。


「千紗ちゃん、美由には“爺やの家で待ってる”って言っておいて」

そう言うと、花音はバイクに跨り、後ろに晴道をしがみつかせて――


爆音を響かせながら、走り去っていった。



やがて、美由が車でやってくる。


「あれ? 晴道くんは?」

「不二子ちゃんがさらって行っちゃいました」

千紗があっさり答える。


「へぇ……?」

美由が、間の抜けた声をあげた。



ハーレーの後部座席にまたがり、花音にしがみつく晴道。

爆音に会話はかき消されるが、背中越しに伝わる花音の体温はやさしく、柔らかく――ただそれだけで満たされるような心地よさがあった。


(ずっとこうしていたいな……)


そう思った頃には、バイクはあっという間に市街地へと滑り込んでいた。



バイクは駅近くにある一軒家の駐車場に入り、エンジンが止まる。


「さあ、着いたわよ」


花音が振り返る。


「ここが……爺やさんの家ですか?」


「ええ。便利な立地だから、ときどき使わせてもらってるの」


晴道はバイクから降りるタイミングを逸したまま、跨がった状態で口を開いた。

声は、どこか戸惑いと甘えが混じっていた。


「あの……花音さん」


「どうしたの?」


花音は振り返ったが、顔までは見えない。


「……バイク、もう少し乗っていたいです。

それに、花音さんの体にしがみついてると……あったかくて、柔らかくて……気持ちよくて……」


その言葉はどこか少年のようで、切なくて。

花音の胸に、じんわりと甘く刺さる。


(顔が見えなくてよかった……。きっと今の晴道、子犬みたいな顔してる……見えたら私、メロメロになっちゃうじゃない)


頬の熱を自覚しながら、花音は答えた。


「……じゃあ、もう少し走りましょ。

本当は山にでも登りたいところだけど、霞の宿より上はまだ除雪が終わってないから無理ね。

このあたりをぐるっと回るだけでもいい?」


「はい! 花音さんと一緒なら、どこでも!」


(くぅ……可愛いこと言っちゃって)


この時の花音はまだ知らなかった。

千紗が晴道を“天然ジゴロ”と評していること、のちに自分も『その通りね』と納得することになるとは――。


「今週で良かったわ。先週までなら、この辺りでも雪が残っていたから」

花音が言う。


晴道は道路脇に積み上がった雪を見て、驚いていた。


(これでも“雪が残ってる”うちに入らないんだ……)


そして、もうひとつ思った。


(あんなライダースーツで寒くないのかな? ……ぎゅっと抱きしめてたら、少しは暖かいかな)


「美由には私から連絡するから、晴道は千紗ちゃんと優香ちゃんに連絡しておいてね」


「はいっ!」



その頃――


美由が運転する車内で、LINEの通知音が鳴った。


「晴道からLINE……“不二子ちゃんがお宝持って逃走しちゃった”」


千紗がぼそっとつぶやく。


「えっ、どうしたの?」

優香もスマホを手に取る。


「美由さんにも連絡きてません?」

千紗が尋ねる。


「ちょっと待ってね」


美由は車を路肩に寄せ、スマホを確認した。


「晴道くん、花音とタンデムツーリングに行きたいって……どうする?」


「私、いいよって返信しちゃいました」

優香の判断は早かった。


「お昼は女子会にしたいな!」


優香は、まだ美由から“和也”の話を聞き出すのをあきらめていなかった。

しかも、“恋人・彼女・許嫁”なんて燃料まで投下されたのだ。

むしろ、好奇心という名の炎は今や激しく燃え上がっていた。


「千紗ちゃんはいいの?」


美由がやさしく問う。


「……晴道がしたいって言うなら、仕方ないです」


千紗はそう言って、ほんの少しだけ寂しげに笑った。


「了解。じゃあ、私からも花音に“OK”って返しておくわね」



それぞれに返信が届いた。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はいっ!」


晴道は再び花音の背に腕を回し、しっかりとしがみつく。

ハーレーが唸りを上げ、二人を乗せて風のように駆け抜けていった――。



美由は千紗と優香を連れて、会津若松の町並みを散策していた。


「こんなに雪が残ってるんですね」

千紗が感慨深くつぶやく。

昨日は駅に着いてすぐ宿の車に乗ってしまったため、町並みをじっくり見るのはこれが初めてだった。


「宿は山の中だから当然って思ってたけど、麓でもこんなに雪があるなんて」

優香も驚きの声を上げる。


「あなたたち、冬の北国は初めて?」

美由が微笑む。


「はい。東京生まれの東京育ちなんで、こんなに雪を見るのは初めてです」

千紗が答えると、美由はおかしそうに笑った。


「あら、スキーとかしないの?」


「あるにはありますけど、スキー場だと雪しかないじゃないですか」

優香が首をかしげる。


「うん。こうして町中に雪が山積みになってるの、なんだかすごいって思っちゃう」

千紗の目はきらきらしていた。


「今年は雪がまだ少ない方よ。先週から急に暖かくなったから、道路に雪がないのは運がいいわね」


「こんな雪の中で、バイクなんて大丈夫なんですか?」

千紗が不安そうに尋ねる。


「花音の体術を考えたら、まあ大丈夫じゃないかな」

美由が肩をすくめる。


「体術?」


「あっ、気にしないで」

美由は軽く笑ってごまかした。

「花音、晴道くんにカッコいいところを見せたかったのよ」



花音はハーレーを喜多方方面へと走らせていた。

この季節、山道を登るのは危険。晴道を危険に晒すわけにはいかない。

おのずと行動範囲は限られていた。


途中、コンビニの駐車場に入り、暖かい飲み物でも買おうとバイクを停めて降りると

晴道がそっと声をかけてきた。


「花音さん、寒くないですか? ライダースーツって薄そうですけど」


そう言って、晴道は花音を正面からぎゅっと抱きしめた。


「どうしたの?」


「これで……少しでも暖かいかなって」


花音の心臓が一瞬、止まりかけた。


(か、かわいい……。いや、これは違う意味で“熱く”なっちゃう。

――口に出したら終わるわね)


そう自分を戒めながら、表面上は穏やかな笑みを浮かべ、晴道を抱き返した。


「ありがとう、優しいのね」


その瞬間、晴道ははっと我に返る。


「あっ、ごめんなさい。ぼく、勝手に抱きついちゃって……」


(出た、“ぼく”! 千紗ちゃんたちの前では“俺”なのに……キュンキュンくるわ。)


余計なことを考えそうになって、花音はそっと息を吐いた。


「ありがとう、嬉しいわ。ライダースーツって薄く見えるけど、空気を通さないの。

中に暖かいインナーを着てるから、そんなに寒くないのよ」


花音はそう言いながら、晴道に抱かれたまま胸元のファスナーを下げた。


「えっ、あっ、花音さん……!」


晴道は、不二子ちゃんのようにチャックを下げれば胸がこぼれる――そんな絵面を想像していたが、

中から現れたのは厚手の防寒インナーだった。


「な、なーんだ……」


つい漏らす晴道に、花音はくすりと笑う。


「ふふ。おっぱいが出てくると思った?」


「えっ、その……はい」


顔を真っ赤にしながらうつむく晴道。

けれど、まだ彼は花音を抱きしめたままだった。


身長差は10センチ。

晴道はスニーカー、花音はライダーブーツ。

お互いの顔が自然と近づいた瞬間――


(もう、我慢できない)


花音は晴道にキスをした。しかも深く、長く。

晴道は一瞬目を見開いたが、すぐに花音を抱き返し、その唇を受け止めた。


そこはコンビニの駐車場。

だが、二人に一目など関係なかった。


「ふふ……キス、上手いのね」


「高校二年の頃から、千紗とずっとキスばかりしてて……」


「バカ。そこは、正直ばかりがいいとは限らないのよ」


「ごめんなさい。でも、こういうことに嘘はつきたくなくて……」


「ふふ、冗談よ。私はね、相手がテクニシャンの方が嬉しいの」


「テ、テクニシャンだなんて……」


「もう一度、試させて」


今度のキスは、先ほどよりもずっと深く、永く続いた。


唇を離すと、二人は同時に小さく息を漏らした。


「ふう……」


(大人のキスって、こんなにすごいんだ……)


晴道はもう完全に花音に心を奪われていた。


「何か暖かい飲み物でも買いましょうか」

花音が晴道の手を取る。


分厚いグローブと手袋越しだったが、

その温もりは、どんな飲み物よりも暖かかった。



美由、千紗、優香の三人は、早めのランチに入っていた。

店内の温かさにほっと一息つきながら、優香はいきなり切り出した。


「和也さんとは、どこで出会ったんですか?」


「優香、諦め悪いわね」

千紗がため息をつく。


「ごめんなさいね。それは話せないの」

美由は微笑んだまま、少し遠い目をして言った。

「いろいろあり過ぎてね……。それに、今のあなたたちにはまだ早いの。

晴道くんとの関係に、ちゃんと答えを出してからじゃないと」


「……答え?」

優香が首をかしげる。


「ええ。そうじゃないと、あなたたち自身が見つけるべき“答え”に、私の話が影響してしまうから」


「よく分かんない……」

優香は唇を尖らせる。


「そう。分からないからこそ、自分で見つけるのよ」

美由は穏やかに続けた。

「聞かないほうがいいこと、知らないほうがいいこともあるの。

それにね“知らずに通り過ぎること”が、成長の一部だったりするのよ」


千紗と優香には、まだその意味が完全には理解できなかった。

けれど、美由が何か大切なことを伝えようとしているのは、確かに感じ取れた。



その頃――


晴道と花音は、喜多方ラーメンを食べていた。

雪の残る町並みを背景に、立ちのぼる湯気。

都内にもチェーンはあるけれど、

“どこで誰と食べるか”で、こんなにも味が変わるものなのか――晴道はそう思った。


雪のため行動範囲は限られたが、

二人はいくつかの観光スポットを巡り、ゆっくりと霞の宿へ帰路についた。



花音はバイクを宿の裏手に停め、自宅に戻ると「少しだけ待っててね」と言った。

本当に“少しだけ”だった。

まるで変身でもしたのかと思うほどの速さで戻ってきた花音の姿に、晴道は思わず息をのむ。


それは――朝と同じ、白いブラウスにスカート。

けれど、今度の彼女はどこか違って見えた。

朝はまだ寝ぼけていたし、あの騒ぎの印象が強すぎて、服の印象など覚えていなかったのだ。


「ごめんね、寒くなかった?」

花音が柔らかく笑う。


「ううん、大丈夫です」

そう答えると、花音はそっと晴道の腕を取って組んできた。

少しだけ照れくさそうにうつむく仕草が、あまりにも可愛い。


(……可愛い)

思わず胸の中で呟く。

そして、不意に思い出したように口を開いた。


「大切なことを思い出しました」


「えっ、なに?」


「クッキー。すごく美味しかったです。

ぼくたちのために、朝早くから作ってくれたんですよね? 嬉しかったです!」


「ありがとう。喜んでもらえて、嬉しいわ」

花音は照れたように笑いながら、晴道の胸にぎゅっとしがみついた。

押し当てられた柔らかな感触に、晴道の心臓は高鳴る。

それでも彼は、ただ“可愛い”と思う気持ちを抑えきれなかった。


――若女将としての凜とした姿。

――研究者としての知的な姿。

――朝の、ちょっと危ない誘惑。

――そしてライダースーツでの頼れる大人の姿。

――最後に見せた、乙女のような恥じらい。


その全てのギャップに、晴道は完全にノックアウトされていた。

すっかり、落ちてしまったのだ。


だからこそ、花音の一言に迷いはなかった。


「体、冷えてるでしょ? お風呂、入ろっか」


「はい!」

反射的に答える。自然に、まるで当たり前のように。



【Scene05.3:惨状】



二人はフロントで鍵を受け取り、部屋へ戻った。

「千紗ちゃんと優香ちゃん、まだ戻ってないのね」

部屋の様子を見て、花音が言う。


「でも、もう帰ってくると思うから――」

一拍置いて、微笑んだ。

「隣の霧の間でお風呂に入りましょ」


その誘いに、晴道は何の違和感も覚えなかった。


「はい!」


無邪気な笑顔で返す晴道を見て、

花音は胸の奥で、そっと小さく息をついた。



晴道と花音は隣室へと移った。

「珈琲入れるね」

花音が言い、準備を始める。昨日のような本格的なマシンではなく、個別パックのドリップ珈琲だった。


(これが……グレードの差ってやつ?)

晴道は心の中で苦笑する。


花音は丁寧に一滴ずつ、時間をかけて湯を注いでいく。

その手元は真剣で、どこか母性的でもあった。


「あとね、これ――晴道だけに作ったの」

そっと差し出された皿の上には、今朝と同じクッキー。

ただし形はハートで、中央にはジャムがトッピングされている。

明らかに、特別仕様だった。


一つ口に入れた晴道が、目を丸くする。


「どうかな?」

花音はおずおずと尋ねる。


「美味しい! 今朝のよりも、もっと……花音の愛情を感じるよ」


「うれしい……」

花音はうつむき、もじもじと指を絡めた。


「僕の彼女が可愛すぎる!!」

――完全に脳内では“彼女”認定だった。


「か、彼女だなんて……うれしい♡」

真っ赤になる花音。到底もうすぐ二十五歳とは思えない可愛らしさだった。


(あっ、口に出してた〜〜〜!)

晴道もまた、同じように真っ赤になる。


「それに、“花音”って呼んでくれたね?」

花音が少し意地悪く微笑む。


「いや、これは、その、勢いというか……」

しどろもどろになる晴道に、花音はふっと表情を緩めた。


「いいの、今だけでも」


そっと身を寄せる花音。

その距離は、もう恋人同士のそれだった。


(これって……我慢するところじゃないよな)


晴道は花音の頬をなで、優しくキスをする。

どちらが年上か分からなくなるほど、自然な流れだった。


やがてキスは深く、激しくなり、花音は床に押し倒された。


「ふふ……積極的なのね

でもだめ……お風呂に入ってから。」


そう言って花音は、晴道の手を取った。

「行きましょ」


二人は中庭沿いの渡り廊下を進み、脱衣所へと向かう。

吹き抜ける風が、微かに湯の香りを運んでいた。



半露天風呂は広かった。

晴道は、少しだけ冷静さを取り戻して周囲を観察する。


(金の間の内風呂より、かなり広い……。

そっか、このスペース、金の間の内風呂部分にせり出しているんだ。

だから金の間の内風呂は狭かったのか。)


敷地の有効活用。

それでいて、動線や装飾が巧みに設計されていて不自然さがない。

“空間の魔術師・氷室氏”の手腕が光っていた。


そんなことを考えていると、花音が脱衣所から入ってきた。

バスタオルで体を隠し、恥ずかしそうに立っている。


「恥ずかしい……あんまり見ないで」


今さら、と思わなくもない。

昨日の“さらし外し”も、今朝の“添い寝騒動”もある。

だが、完全に魅了され落ち切った晴道には、そんなツッコミが浮かばない。


「ご、ごめん」

視線を逸らす晴道。


その間に、花音はタオルを外し、湯へと滑り込んだ。

炭酸を含んだ霞の湯は無色透明。

光の加減で揺らめく水面の下まで、はっきりと見える。


お湯に包まれながら、二人は無言で温まる。

バイクで冷えた身体がほぐれていく一方、

晴道の体の一部は、どうしようもなく熱く、硬くなっていた。


花音が、ふとその膝の上に視線を落とす。


「我慢しなくていいんだよ」


その囁きは、花音の本来の色香を帯びていた。

もう、抗えるはずがない。


「うぉおおおお……!」


理性の糸がぷつりと切れた。

晴道は咆哮とともに、野獣と化した――。



千紗たちはランチのあと、しばし散策してから霞の宿へ戻った。

美由は「車を置いてくる」と言って別れ、二人はフロントで金の間と“霧の間”の鍵を受け取る。


そのころ、美由は駐車場で花音からのメッセージを確認していた。

短い文面――「霧の間で再チャレンジする」。


「もう……勝手なんだから。千紗ちゃんたちと鉢合わせしても知らないわよ」

美由はため息をつき、慌てて館内へと戻った。



千紗と優香は金の間へ入る。

「晴道、まだ帰ってないね」

晴道のバッグやコートが見当たらない。千紗が首を傾げた。


それは、花音が晴道の居場所を悟られぬようにした配慮だった。

金の間には上げず、霧の間に直接連れて行ったのだ。


「どこまで行ったのかな?」

そんな話をしていると、チャイムが鳴った。


「美由さんかな?」

優香が出迎えると、美由が静かに入ってきた。


「お茶でも入れましょうか?」

「さっき飲んだばかりです。それより温泉に入ってきます」

千紗と優香は笑いながら答える。

「どうせ、まだ混浴できないし」

優香のつぶやきを、美由は聞かなかったふりをした。



その頃――。


霧の間では、花音と晴道が抱き合っていた。


二人の間には、昨晩の“治療”とは違う熱が生まれていた。

今度のそれは、意志でも計算でもなく、心の奥からあふれ出る感情のぶつかり合いだった。


花音はふと、晴道の目を見つめながら思う。

“どうしてこの人は、最後の一線だけを越えないのだろう”

彼は何度も限界まで熱を交わしながらも、必ず理性を取り戻していた。

花音は、その強さに戸惑いと焦りを覚えていた。


――最後までしなければ、完全な気の交換は成立しない。

彼を救うには、それが必要だと分かっているのに。



その頃、金の間の湯に浸かっていた千紗と優香は、微かな音を聞いた。

最初は湯のせせらぎかと思ったが――。


「ねえ、優香……なんか聞こえない?」

「うん……聞こえる。これ、まさか……」


静寂の中に、人の吐息と水音が混ざったような、微かに震える音が響く。

やがて耳が慣れてきたのか、かすかな声がはっきりと届いてくる。


『……晴道』

『花音……!』


その瞬間、千紗ががばっと湯から立ち上がった。

体を拭く間も惜しみ、浴衣を羽織って走り出す。

優香も慌ててその後を追った。



居間で待っていた美由は、飛び出す二人を見て、すべてを悟った。

止めようと思ったが、もう間に合わない。

「……花音、知らないわよ……」

小さくつぶやき、目を伏せた。



千紗と優香は鍵を掴み、すぐ隣の霧の間へ向かう。

鍵を開けるのももどかしく飛び込むと、玄関に晴道の靴があることを確認し、

そのまま息を切らしながら渡り廊下を駆け抜けた。

勢いよく扉を開け、半露天風呂へと駆け込む。


そして――。


そこで見た光景に、二人は息をのんだ。

湯気の向こうで、晴道がまさに花音の背中に倒れ込んでいた。


あきらかに事後だった。



惨状という言葉が最も近かった。

花音は意識こそあったが、まったく動けない。

晴道も、目を開けているのかどうかすら分からない。


千紗と優香は言葉を失っていた。


そこへ、美由が二人分の浴衣を抱えて入ってきた。


「千紗ちゃんも優香ちゃんも、そのままじゃ風邪ひいちゃう。もう一度、湯に入りなさい」


「で、でも……」

渋る優香に、美由は静かに強い気を乗せた声を放った。


「行きなさい」


その瞬間、優香は一瞬だけ力を抜かれたように目を伏せ――

「……わかった」

と呟いて出ていった。


「千紗ちゃんも行きなさい」


同じ調子で放たれた“命令の気”は、千紗の前では霞のように散った。


「……はあ。やっぱりあなたには効かないわね」


美由はため息をついた。


「どういう意味?」

千紗は真剣そのものの目をしていた。


その眼に宿っていたのは嫉妬ではない。

――ただひたすらに晴道を心配する気持ち。


美由はそれを即座に理解した。


「これから話すことは、誰にも言ってはだめよ。

優香ちゃんにも、ご両親にも、晴道くんにも」


千紗は迷わずうなずいた。


「約束する」


「まずは晴道くんを湯に入れてあげて。温めないと危ないわ」


千紗は濡れた体のまま下着も着けずに羽織っていた浴衣を脱ぎ

湯に浸かりながら晴道を花音から引き剥がして抱きかかえ、そっと座らせた。


美由は花音の体を引き起こした。

そしてためらわず、花音の唇にそっと自身の呼気を吹き込む。


“ふっ”


花音の身体が震え、直後に目を開いた。


「……ありがとう、美由」

「どういたしまして」


花音は息を整えながら言った。


「でも……あなた、本当に和也ばりね。

気による命令も、気の注入も……規格外よ」


それは“人間としての規格外”という意味であった。


「どちらも見よう見まねだけれどもね

まあ褒め言葉として受け取っておくわ」

美由は静かに答えた。


「花音、あなたは気を溜めて。

晴道くんも起こさないと……。

あなたがここまで消耗するなんて、どれだけ気を注いだのよ」

美由は晴道を起こすのは花音に頼みたかった

この惨状でさらに美由が晴道にキスをすれば

どう思われる事やら


その言葉を聞きながら、千紗が問う。


「何が……起きてるの?」


美由は千紗を見据えた。


「私と花音には、“気功”を扱う一族の血が流れてるの。

詳しくは言えないけれど……」

美由たちが扱っている”気”と”気功”は正確には似て異なる物だったが、判りやすく言い換えた。


そして言葉を選びながら、続けた。


「そして、千紗ちゃんと晴道くんにも」


千紗の目が大きく見開かれる。


「そんなの、信じられない」

「事実よ。私の曾祖父と、花音の曾祖父が兄弟。

だから私たちは“みとこ”という関係になるの」


「……それと私たちに何の関係が?」

千紗が詰め寄る。


その時――。


「俺が話すよ」

いつの間にか晴道が目を覚ましていた。


美由は息をのむ。

(花音があれだけ気を消耗するまで交換したのに……まだ動ける?

これ、和也の“恋慕無限循環アフェクション・インフィニット・ループ”と同等じゃない……?)


晴道は静かに言った。


「俺の曽祖父と千紗の曾祖父も兄弟らしいよ。

だから俺と千紗も“みとこ”になる」


「そんな……聞いてない」

千紗は混乱したように呟いた。


晴道は続ける。


「俺の母さんと美優さんは“はとこ”なんだって。

俺も去年のクリスマスの後に聞かされた」


それは、関係を持った以上、知っておくべきだと沙織が判断したのだろう。


「そのご先祖が――美由さんや花音さんと同じ一族だったってこと?」

「そう。そして……」


花音が静かに言う。


「さっき、美由が優香ちゃんを操るのを見たでしょ?

この力は、人の心すら左右しかねない。

だから常に監視しているの」

正確には”草の時代”を引きずる“裏社会への警戒”だが、それは口にしなかった。


その続きを晴道が引き取る。


「千紗も知ってるよね。

俺が……呪いみたいに、想いを伝えられなくなること」


千紗は強張った表情でうなずいた。


「花音さんは、それを治せるかもしれないって言った。

だから……俺は花音さんと体を重ねた」


晴道は真実だけを語る選択をした。


千紗は大きく息を吸ったが、すぐに問い返す。


「それで……治療になるの?」


「千紗も、俺の苦しみをキスで和らげてくれたことがあったろ?

あれをもっと深く突き詰めると……呪いが解けるかもしれない、って」

晴道は由美子との経験も思い出したが口にはしなかった。


千紗は静かに目を伏せた。


「……治療なら、仕方ないね」


納得したわけではない。

ただ、感情の行き場がなかった。


花音が言う。


「ごめんなさい。本当は千紗ちゃんにも相談すべきだったけれど……

センシティブな話でしょ?

どう伝えればいいか分からなくて……」

“許可を取るべき”とは言っていない


千紗もそれを理解した上で、少し寂しそうに笑う。


「……わたし、彼女でも保護者でもないから」



こうして、この騒ぎは――

霞の湯の湯気が静かに晴れていくように、

ひとまずの収束を迎えつつあった。


甘いだけでは終わりませんでした。


昼の体温。

そして――隠していたものが、ついに露わに。


呪いはただの比喩ではなく、

血と意志に結びついた“力”として動き出しました。


そして千紗の一言。


「……わたし、彼女でも保護者でもないから」


この言葉が、今回いちばん重いのかもしれません。


さて――夜です。


もう一段、踏み込みます。


次回、


全員、揃います。


逃げ場のない露天風呂。

視線、気配、そして“気”。


誰が平然としていて、

誰が揺れ、

誰が目覚めるのか。


そして夜が明けたとき、

花音はある決断をします。


地獄か、天国か。

それを決めるのは、心です。

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