【第10話-15】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
夜が終われば、すべてがリセットされる――
……そんなに甘くはありません。
むしろ朝は、誤魔化しがきかない時間帯。
寝起きの顔も、距離感も、
そして少しだけ残っている余韻も。
霞の宿、二日目の朝。
穏やかなはずの時間に、
またひと波乱が待っています。
さて今回は――
若女将、少しだけやりすぎです。
どうぞお楽しみください。
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【Scene05.1:朝食】
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24日 朝
晴道は、柔らかくて温かなものに包まれて目を覚ました。
ふわふわとした感触に、まだ夢の中のような意識でこう思う。
(……おっぱい? このサイズは優香じゃない……千紗?)
寝ぼけ眼のまま、さらに顔をうずめる
「ふふ、可愛い」
(……千紗の声じゃない!? しかも……千紗よりも……でかい!?)
その瞬間、晴道の意識は一気に現実へと引き戻された。
目を見開くと、目の前にいたのは――花音。
昨晩の若女将姿とは打って変わって、どこか乙女らしいブラウスにスカート姿。
その前ボタンは外れ、レースたっぷりのブラジャーはずり上がり、
豊満な胸があらわになっていた。
そして、晴道その谷間に顔をうずめていた
「えっ、はっ!? 花音さん!? なんでここに!?」
飛び起きた晴道に、花音は泣きそうな顔で囁く。
「……晴道が、なかなか起きてくれないから……添い寝してたのに……急に脱がしてきて……」
「いやいやいや! それ絶対ウソでしょ!?」
「いや〜ん♡ ツッコミじゃなくて、突っ込んでほしいの♡」
「いや、なにをどこに!?」
「いや〜ん♡ 激しすぎて、花音壊れちゃう……♡」
「……いや、してない! 昨日はしたけど、今日はしてない!!」
完全にペースを乱される晴道。
ちなみに、花音はいまだに胸をあらわにしたまま揺らしている。
晴道の目線はずっと張りついたまま
「はーるーみーちー、やっと起きた?」
「いくら揺すっても起きないから、千紗と二人で露天風呂入ってたわよ」
千紗と優香が戻ってきた。
……そして、目に飛び込んできた光景に、千紗の声が叫ぶ。
「って、誰!?」
瞬間、花音は信じられないスピードで服を整え、振り返る。
「千紗ちゃん、優香ちゃん、おはようございます。晴道は寝坊助さんですね。
昨晩、頑張らせすぎちゃったんじゃないですか? 」
首をかしげる花音。
その無垢な笑顔と口にする言葉のギャップに、部屋の空気が凍る。
「な、なな、何言ってるんですかぁーーっ!」
千紗の怒声が部屋に響いた、そのとき――
「かーのーんー! 何やってるんですか!!」
今度は美由が部屋に飛び込んできた。
「えっ? 今日は非番だから……晴道にご挨拶を……」
花音は涼しい顔で返すが、
「非番でも、お客様の部屋に勝手に入っちゃダメでしょ!!」
「み、みゆ、痛いってばぁ~」
美由に耳を引っ張られながら、花音は部屋を引きずり出されていった。
残された三人。
「……なんだったの、あれ……」
優香がぽつりと呟いた。
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晴道たちはやがて、朝食に呼ばれた。
出されたのは、“ザ・旅館の朝ごはん”という趣の献立。
だが、それを極めた一品一品は、もはや「豪華な朝食」などという陳腐な言葉では収まりきらない。
「ふう……」
思わずため息が漏れる。
夕食に続き、朝もまた至福の時間だった。
「俺、魚の干物がこんなに味わい深いとは知らなかったよ」
ようやく絞り出した言葉が、それだった。
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部屋に戻ると、美由が廊下で待っていた。私服姿だ。
「あれ?」
千紗が声をあげる。
「中で待っててくれればよかったのに」
優香が言う。
「今日は花音と一緒に非番なんです。だから勝手にお部屋に入るわけにも……。
花音じゃあるまいし」
美由は冗談めかして笑ったが、実際には“非番”というのは建前だった。
彼女の目的は晴道たちの“監視”だったのだ。もっとも、今となってはその必要性も薄れていた。
「じゃあ、ちょっとお話ししませんか? 聞きたいこと、いっぱいあるし」
優香が誘う。
「はい、喜んで」
美由が丁寧に応じる。
「居酒屋の店員さんみたい♪」
千紗がくすっと笑った。
晴道だけは黙っていた。
なぜかって? 美由のその私服が、先程の花音とほぼ“お揃い”だったからだ。
花音ほどではないにせよ、美由のバストもブラウス越しにぱつんぱつんで、
晴道は目が釘付けになり、気まずくて言葉が出なかった。
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「紅茶、お淹れしますね」
美由が取り出したのは、本格的なティーサーバーだった。
お茶請けとして出されたのは、香り高いクッキー。
良質なバターの風味がしっかりと感じられ、見た目以上に丁寧な焼き上がりだ。
「このクッキー、おいしい!」
優香が笑顔でつぶやく。
「これ、花音の手作りなんですよ。今朝、早くから焼いてました」
美由が誇らしげに言う。
「すごい! 本当においしいです!」
晴道が感嘆の声をあげる。
「その花音さんは? 今日は非番って言ってたけど」
千紗が尋ねた。
「クッキーの感想を聞くのが怖いからって、逃げちゃいました」
美由がウィンクする。
「もったいない、こんなに美味しいのに……」
優香がクッキーを口に運びながらつぶやく。
「あとで合流すると思いますから、ぜひ直接伝えてあげてくださいね」
「うん、そうする」
千紗が優しく微笑んだ。
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「話は変わるけど……美由さんって、社長なんですね」
ようやく視線を胸から逸らせた晴道が、話題を切り出した。
「み組のWebページをご覧になったんですね。……恥ずかしながら、代表取締役なんです」
美由は少し照れくさそうに笑う。
「ここ、《株式会社霞の宿》の取締役も兼任してるんですよ」
「仲居さんじゃなかったんですか?」
優香が不思議そうに首をかしげる。
「霞の宿に所属しているのは確かですよ。
だから必要とあれば仲居もやります。……でも、普段は東京支店で勤務してます」
「へえ~、そうなんだ!」
晴道が目を丸くする。
「そうそう、驚くのはこっちの方です。……花音から聞きましたけど、
春から通う大学、あそこって――和也が所属してるんですよ。この春からは准教授です」
「えっ、そうなんですか!?」
今度は千紗が驚いた。
「学部はどこなんですか?」
「理工学部、情報処理学科。春から、きっと大学で会うわね」
「ってことは……美由さんも?」
千紗が言いかけると、美由はうなずいた。
「ええ、その大学のすぐ近くに住んでるんです」
「私たちも、大学の近くのシェアハウスに3人で住む予定なんです」
優香が続ける。
「ご近所さんかもですね♪ ……あっ、そういえば話を戻しますけど――
み組のWebページを見たってことは、晴道くん、美久の写真、買いましたね?」
「なっ、なんでわかるの~~~!?」
「だって、晴道くんの好みって和也に似てるんだもの。……大学生になったら紹介してあげますよ」
千紗は内心、(ライバル増やすのやめてほしいんだけど……)と本気で思った。
だがそれよりも気になるのは――
「えっ? 美久さんって……和也さんの?」
「恋人よ」
美由はあっさり答えた。
「えっ、えっ!? だって美由さんが……!」
「うん、私は彼女。あと、許嫁の南もいるわ。
美由・美久・南の3人で《み組》なの」
「千紗、わけわかんなーい……!」
千紗は思わず天を仰いだ。
「そのうち、わかるようになるわよ」
美由のその言葉が、
なぜだか千紗の胸に、長く静かに残った。
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「美由さんの会社って、何をやっているんですか?」
晴道が尋ねた。
まだ彼らにとって“仕事”や“就職”は、実感のない遠い世界だ。
だからこそ、会社を経営するとはどういうことか、素直に知りたいと思ったのだ。
「み組のWebページを見たってことは、美由由美Webも見たのよね?」
「はい。霞の宿の宣伝ページですよね」
「そう。あれは和也の提案で作られたのだけど、私がここの取締役になった時に運営を任されたの。
そしたらね、儲かりすぎちゃって」
美由はさらりと言う。
「南――和也の許嫁なんだけど――彼女が『会社にした方が税金対策とか色々と有利よ』ってアドバイスしてくれてね。
それで、設立しちゃったの」
「えっ、それだけですか?」
「ええ、それだけよ。今、あなたが期待したような“大志”とか“大いなる目的”とかは、特にないの」
「いえ、そういうわけじゃ……」
図星だった。
晴道は、花音に憧れて考古学の道を選んだ。
けれど、それが将来どう繋がるのか――今の彼にはまだ見えていなかった。
「私はね、高校1年のときに仲居に憧れて、ここに就職を決めたの。
それがいつの間にか宣伝担当になって、今は社長ってわけ。
日々頑張ってたら、こうなってたのよ。
晴道くん、あなたにも、そのうち道は開けるわ」
「はい。わかりました」
晴道はうなずいた。
千紗と優香も、静かに耳を傾けていた。
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「会社の話だけどね、これからは美由由美Webみたいなウェブサイトの運用を、いろんな会社から受託していければと思ってるの。
手始めに、受験の“結果発表ページ”の運用を請け負ったのよ。
あなたたちの大学のページもやったわよ」
「私、先週そのページ使いました!」
優香が目を輝かせる。
「そうそう。事前には『発表の瞬間は落ちる』って聞いてたんだけど、
すごくスムーズでびっくりしたんです」
千紗も続ける。
(あっ……その時、俺は由美子とデートしてたんだっけ)
晴道は、余計なことは言わないと心に誓った。
「和也の学科が、総力をあげて作ったサーバーサイトよ。
うちの会社が運営を請け負ったの」
「へぇ、そうなんですか……」
千紗は興味深げに耳を傾けていた。
朝は、いろいろ誤魔化せませんね。
軽いようでいて、
それぞれの立場や想いが、少しずつ動き出した回でした。
ここから先は、甘さだけでは済みません。
どう受け取ったか、ぜひ感想で教えてください。
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次回、、
花音、加速します。
そして――隠していたものが、ついに表に出ます。
温もりの先にあるものとは。




