【第10話-14】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
霞の宿の夜は、まだ序盤です。
少しずつ距離が変わり、
少しずつ関係が揺れる。
けれど――
本当に揺れているのは、距離ではなく“心”かもしれません。
旅という非日常は、人の本音をあぶり出します。
今夜、三人はまた一つ、
これまでとは違う段階へ進みます。
どうか、その変化を見届けてください。
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【Scene04.10:混浴】
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晴道が誤魔化すように話題を変える。
「金の湯──塩化物鉄泉は本当に珍しいみたいだね。
神戸の有馬温泉が有名だけど、同じように酸化して色が変わる泉質は、全国でも数カ所しかないらしいよ」
「じゃあ、一緒に金の湯に入ろっか♪」
千紗が何気なく言う。
「そうね、そうしましょ」
優香も続けるが──
……内心、心臓はバクバクしていた。
「そ、そうだね」
晴道もまた。
何せ、晴道は小学校に上がる直前に合流したため、一緒に風呂に入った記憶はないのだ。
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「晴道、先に入ってて」
千紗に促され、晴道は先に脱衣所に向かい、露天風呂へと出た。
「うわぁ……すごい」
開放的な湯船。湯は赤茶色に濁っている。
しばらくして、千紗と優香が入ってきた。
全裸で、タオルで前を隠している……が、それが逆に刺激的だった。
「はーるーみーちーのスケベ!!」
「……あんまり見ないで欲しいな」
慌てて目を逸らす晴道。
二人が湯に入る気配。
「もう良いよ」
晴道が視線を戻すと、二人は肩までしっかり湯に浸かっていた。
湯の中にタオルはない。言いつけは守っている。
赤茶色の湯に全身が隠されているはずなのに──柔らかな体の線ははっきりとわかった。
(見えそうで見えなくて、やっぱり見えてる……これは……エロい)
視線を逸らしたいのに、目が離せなかった。
「晴道のバカ」
そう言ったのは、千紗だったのか、それとも優香だったのか──
我に返った晴道は、二人の隣に横並びで湯に浸かる。
広い湯船なのに、なぜかぎゅうぎゅう。
千紗の肩に、晴道の肩が触れた。
「ぶぅー、千紗ずるい。私も晴道の隣が良い」
優香が立ち上がろうとして──
「ゆ、優香、丸見えっ!!」
全裸でタオルもなしに立ち上がった優香。
当然、全てがあらわに。
「きゃーーーーーっ!!」
優香は悲鳴を上げ、その場でしゃがみ込んだ──
……と思った瞬間、バランスを崩し、そのまま晴道に覆いかぶさった。
咄嗟に支えようとした晴道の手が──
優香の控えめな胸を、しっかりと捉えてしまっていた。
「……あなたたち、ラブコメを地でやらないで」
冷ややかな千紗の声が、赤茶色の湯に響いた。
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しばらく温まった後、
「内湯の銀の湯にも入ろっか」
千紗が切り出した。
「内湯は三人入るには狭いから、二人で入りなよ。俺はもう少しここにいてから上がるよ」
晴道が答える。
正直、下半身が元気になってしまい、湯から上がれなかった。
「判った、優香、行こうよ」
「うん、そうね」
二人が湯から上がる気配に、晴道は建屋と反対側に視線を固定した。
二人の気配に耳を澄ませていると——
「あっ、そういう事ね」
千紗がつぶやいた。
思わず振り返えった晴道に
「振り向くな、バカ」
千紗が鋭く制止した。
タオルは前しか隠せない。可愛いお尻が丸見えだった。
「そこのね、垣根なにかな?って思ってたの」
「……ああ、確かに。部屋の横幅より、この露天風呂の敷地の方が広いな」
「この向こう側が、さっき私と優香が入った隣室の半露天風呂なのよ」
「そっか、なるほど。二人とも湯冷めしないうちに、早く中に入りなよ」
晴道は千紗との会話を切り上げた。
「うん、そうする」
二人が内湯へと入っていった。
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湯にひとり残された晴道は、改めて露天風呂を見渡しながら思考する。
(そっか。霧の間が露天風呂がない分、こっちの金の間が二部屋分、外の敷地を占有しているんだな。
露天風呂のある金の間と銀の間が合わせて6室。
半露天風呂しかない霞の間と霧の間が合わせて6室。
ちょうど半々なのは、スペースを有効活用するためか)
晴道はこの後のことを考えすぎないように、冷静を装って分析などしているが、
二人の可愛いお尻を見てしまった衝撃で、まだ湯から上がれる状態ではなかった。
「霧の間は半露天風呂って言ってたな……半露天風呂での会話は、こっちに丸聞こえかも」
そんなことをつぶやく。
——良いのか? フラグになるぞ。
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【Scene04.11:三人】
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晴道は”金の湯”を上がり、脱衣所へと戻った。
内湯からは千紗と優香の笑い声がかすかに聞こえてくる。
手早く体を拭き、備え付けの浴衣に袖を通すと、晴道はふうっと息をついて布団へと身を沈めた。
「……これから三人で・・・」
あのバレンタインデーの夜——二人同時の出来事の後、
「今度からは、交代にしようね」
という千紗の提案で、その後は一人ずつ肌を重ねたが、三人一緒はそれきりだった。
緊張が収まらず、胸がざわつく。
(……もう、いっそ寝たふりでもしようか?)
そんなことを考えていると、窓の外にある渡り廊下を通ってくる二人の姿が目に入った。
中庭を横切り、脱衣所と内湯へと続くガラス張りの通路——そこを千紗と優香が並んで歩いている。
バレンタインデーは、あの衣装と雰囲気に飲まれて流されるように始まったが、
今回は……違う。
晴道は、緊張に耐えきれずに目を閉じた。
寝たふり。そう、寝たふりがいちばんだ。
やがて足音が近づき、ふわりと甘い香りが漂う。
「……晴道、寝ちゃったの?」
優香の小さな声。恐る恐る目を開けると——
左右から、布団の上に四つん這いになった千紗と優香が、こちらを覗き込んでいた。
浴衣はわざとなのか胸元が大きくはだけ、裸よりも妖しく映る。
「は〜る〜み〜ち〜♪ 下着、つけてないんだよ」
千紗が囁くように言うその声は、どこかその年に似合わぬ色香を孕んでいた。
「うぉおおおお……!!」
理性の糸がぷつんと切れた。
晴道は、咆哮と共に野獣と化した——。
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気がつけば、布団の上に荒い息遣いが三つ。
晴道、千紗、優香。三人とも、下着一つ身につけていなかった。
「広いって、いいね」
「うん……すっごく」
ふたりの女の声が重なる。
「そうだな……」
晴道は、両腕をふたりにまわし、ぎゅっと抱き寄せる。
温もりと満足感と、ほんの少しの罪悪感と。
それらすべてを溶かすように、三人はしばらく余韻に浸った。
その後、順番に内湯で汗を流し——
晴道は、二人を左右に抱えたまま、穏やかな眠りに落ちていった。
混浴、いかがでしたでしょうか。
旅という非日常は、人の距離感を一気に縮めます。
けれど、近づけば近づくほど――見えてくるものもあれば、見ないふりをしているものもある。
三人の関係は甘く、温かく、そしてどこか危うい。
それでも今は、ただ幸せな時間。
この瞬間があるからこそ、物語は先へ進めるのだと思っています。
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次回、
ふわふわの感触とともに目覚めた晴道を待っていたのは、予想外の人物でした。
夜の余韻が消えないまま、
それぞれの立場と思惑が、朝の光の下で交錯します。
朝は、思ったよりも騒がしい。




