【第10話-12】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
表では、温泉。
裏では、探り合い。
同じ旅のはずなのに、
見えている景色はそれぞれ違います。
時間を稼ぐ者。
様子を読む者。
気づかぬまま中心にいる者。
そして――
“演じている自分”と“素の自分”。
この回は、少し静かです。
でも、静かな回ほど本音が滲みます。
霞の宿編、裏側へ。
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【Scene04.6:時稼】
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少しだけ時は遡る。
美由は花音の元を離れ、隣室に戻っていた。
(はぁ……どれだけ時間を稼げばいいのよ。)
心の中で小さく嘆きながらも、覚悟を決めて脱衣所へ向かう。
仲居着を脱ぎ、髪をまとめ直し、外湯へと足を踏み入れた。
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「えっ、美由さん! 来てくれたんですか!?」
優香が声を上げた。
タオルで前を押さえてはいたが、豊満な胸元はどうしても隠しきれていない。
(やっぱり大きい……。和服のとき、どこに消えてるの……?)
優香の中で、謎は深まるばかりだった。
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美由は頑張った。
会話を繋ぎ、いろんな話題を振って時間を稼ぐ。
(花音、まだなの?)
合図は来ない。
(もう、この子たちがのぼせちゃう。)
「そろそろ上がりましょうか。」
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湯上がり、美由が和装ブラをつけているのを見て、優香が興味津々に尋ねる。
「それってブラジャーなんですか?」
「ああ、これは“和装ブラ”って言ってね。胸を平らに見せるの。」
「すごーい! おっぱいがなくなった……!」
「すごいですね。
私、似合わないから着物とかあまり好きじゃなかったんですけど、
そんなブラがあるなら着てもいいかも。」
「千紗ちゃんは大きいものね。」
「いえ、私、身体が小さいから相対的にそう見えるだけで……。
実際はそんなに大きくないんですよ。」
その時、花音からの“気”の合図が届いた。
「さあ、そろそろ部屋に戻りましょうか。」
仲居着を着直しながら、美由はやわらかく微笑んだ。
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千紗と優香が元の部屋に戻ると、晴道の姿はなかった。
「晴道? まだお風呂かな?」
千紗が首をかしげ、そっと浴室の様子を覗きに行く。
「はーるーみーちー、いつまで入ってるのよぉ〜!」
「千紗、覗かないの。私たち、いつまでも子供じゃないんだからね」
優香が冷静にたしなめる。
そのやり取りを見ながら、美由は思わず微笑んだ。
さっきまでの千紗は冷静で知的な印象、優香は愛らしくどこか幼い雰囲気。
逆になっていた。
きっと、さっきまでが“素”なのだろう。
長年にわたる三角関係のなかで、晴道の前では互いに演じることを覚えてしまったのかもしれない。
ふと、美由は千晴のことを思い出した。
あの子にもあった、愛らしさと冷静さ。
千紗と優香、二人はまるで千晴の異なる側面を、それぞれが持ち合わせているかのようだった。
そのとき、浴室から声が飛んできた。
「千紗、覗くなよ!」
晴道の声だ。
「花音さんとちょっと話し込んじゃってて、今お風呂入ったところなんだ」
「え〜? 何を話してたの? あ〜や〜し〜い〜!」
「あとで話すから! だから出てってよ!」
「晴道が照れてる〜。かっわい〜♪」
軽く笑いながら引き下がる千紗。
その様子に、美由はまた一人の少女の顔を思い浮かべていた。
――梨子。
直接の交流はそれほど多くなかったが、千紗の今の振る舞いには、どこか梨子に通じる雰囲気がある。
それは偶然ではなく、演出かもしれない。
「冷たいお飲み物をお持ちしますね」
そう告げて、美由は部屋を出た。
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廊下に出ると、美由は声を潜めて呼びかけた。
「……で、どうだったの?」
すると、柱の陰から花音が静かに姿を現す。
(まったく……冬美さんといい、気配を消しすぎ)
美由は内心で毒づく。とはいえ、彼女自身も壁越しに花音の“気”を”見て”いたわけで──美由も大概だった
「美由が夏に報告してくれたとおり……あの子には、和也に近い“力”があるわ」
花音は、晴道と肌を合わせてようやく確信した。
それを“見ただけで分かる”美由には、あらためて感嘆する。
「それで?」
美由が問いかける。
「……ダメだった。あの子、晴道はまだ心を開ききっていない」
花音の表情が曇る。
「そりゃ、会ったばかりだもの」
慰めとも、現実ともつかぬ口調で美由が返す。
「違うの。あの子は、千紗ちゃんにも、優香ちゃんにも──きっと誰にも“全部”は開いてない」
「……罪悪感を抱えてるのね?」
「ええ。根が真面目すぎるの。和也と違って」
「……いきなり人の彼氏をディスらないでよ!」
一応、怒ってみせる美由。でも、実際は同意していた。
(和也って、“女性には誠実でいたい”とか言いながら、どこか軽いのよね……)
だが、それを許してしまうのが──惚れた弱み、というものかもしれない。
「晴道はきっと、“和也のイケメン互換”ね」
「……あー、うん。私も惚れないように気をつけないと。……夏、ちょっと危なかったし」
少し茶化すように笑い合うふたり。
だが、会話はまた真剣な話へと戻る。
「千紗ちゃんは?」
「普通に聡い子よ。夏は和也の“気”を跳ね返したけれども。」
「それ、“普通”って言えるの?」
「……まあ、“晴道”ほどの危うさはないわね」
「なら、いいわ」
花音がほっと肩の力を抜く。
「ところでさ……千紗ちゃんって、雰囲気とか、梨子ちゃんに似てない? 演じてるとは思うけど」
美由が問いかけた
「……それ、多分“真似てる”のよ」
花音はそう答える
「え?」
美由は目を見開く。
「昨年、梨子ちゃんがここに泊まった時に”実家の両親の宿泊予約を無理やり取らされて”気づいたの。
梨子ちゃんの実家、あの3人と同じマンションなのよ」
どこか不遜な言い回しだったが、美由は流すことにした。
あの“世界最強”と呼ばれる梨子のやることを、逐一気にしていたら身がもたない
「それは……」
「ええ。しかも、部屋は晴道と優香ちゃんの部屋の間」
「ってことは──」
「たぶん、晴道の“憧れの人”だったのよ。初恋かもしれない」
「だから千紗ちゃんは、梨子を真似てる……」
美由は納得したようにうなずく。
「……私のライバル、多すぎ問題」
花音がつぶやく
それはかつて、美由が和也に向かって言った台詞だった。
でも今、それを実感しているのは──花音だった。
花音の想定は、千紗、優香、梨子の3人。
だがこの時の彼女は、まだ知らなかった。
さらに“由美子”という強力なライバルが隠れている事を
そして近々、“最強”の存在が登場することも──
──花音の“愛の道”は、まだ始まったばかりである。
舞台裏、いかがでしたでしょうか。
温泉での他愛ない会話。
けれどその裏では、探り合い、推測、そして策略。
“演じている”のは、花音だけではありません。
千紗も、優香も、そして晴道さえも。
誰が一番素直で、
誰が一番したたかか。
そして花音は、ついに動き出しました。
癒すのか。
奪うのか。
救うのか。
その境界線は、すでに曖昧です。
霞の宿編、静かに、しかし確実に熱を帯びています。
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次回、
若女将、ついに本気。
和装ブラの攻防。
おっぱいオバケ騒動。
そして――花音の“作戦”。
知的美人。
痴女モード。
可憐な少女。
三段構えの策略が、晴道を揺さぶる。
だがそれは、本当に“救い”なのか。
霞の宿、夜はまだ終わりません。




