【第10話-08】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
これは、衝動の夜ではありません。
流されるのでも、奪うのでもない。
ふたりが、それぞれの覚悟で“選ぼうとしている”夜です。
けれど――
「一度だけ」という言葉ほど、
人の心を縛るものはありません。
優しさは、ときに残酷で。
誠実さは、ときに重い。
この夜、由美子は晴道に“あるもの”を植えつけます。
それは目に見えるものではない。
けれど確実に、彼の中に根を張るもの。
祝福か、呪いか。
それとも――生き方そのものか。
約束の夜が、今、始まります。
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【Scene02.4:約束】
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晴道は決断を迫られていた。
由美子の望みを叶えるのか。
それとも――
(俺なんかに初めてを捧げたりしないで、自分を大切にしなさい)
そう諭すのか。
ふと脳裏に浮かぶ。
去年のクリスマスイブ。
あの夜、メッセージカードを見て思ったのだ。
“俺なんかが”なんて思ってたことが、どれだけ皆に失礼だったかと。
そして、そのカードの中に――
本名を添えて思いを伝えてくれた由美子がいた。
(男らしく、決断しなきゃ)
晴道は覚悟を決めた。
「判ったよ、由美子の“初めて”を俺が貰う。
でも一度だけだ。今日だけ俺は由美子の恋人になる」
――“遊び”でそんなことはできない。
そう思った晴道の、真摯な決断だった。
そして、この夜の決断は、のちの彼の人生に大きな影響を与えることになる。
それはまた、後に語るとしよう。
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晴道は由美子を再び抱きしめ、深く、深くキスをした。
それだけで由美子の体は震え、息をのむ。
晴道がそっとブラジャーのホックに手をかける。
(慣れてる……千紗で?)
頭に浮かびかけた想像を、必死に振り払う。
ブラが外れる。
それでも由美子のバストは、鍛え上げられた体に支えられるように、ツンと上を向いていた。
アスリートの肉体が、その美しさを支えていた。
「凄い、由美子の“おっぱい”……かっこよすぎる」
晴道がぽつりと呟く。
「嬉しい。私、この胸を好きになれる」
「うん、もっと自慢すべきだよ!」
(誰に? 晴道以外には見せたくないのに……)
一瞬そう思いながらも、由美子は微笑んだ。
「うん、そうする。もう隠さない」
そう小さく頷く声には、決意が宿っていた。
晴道がその頂きを口に含むと、由美子は歓喜の声を上げる。
そして、パンティも下ろされた。
(シャワー……浴びてない)
ふたり同時に思い出す。
けれど、もう止まれなかった。
晴道は由美子を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
――その夜、由美子は幸せだった。
痛みも、印も、なかった。
鍛え上げられたアスリートの身体には、そういうこともあるという。
それは、たった一度の機会しか持たなかった由美子にとって、
神様のほんの小さな優しさだったのかもしれない。
「ありがとう、幸せだったよ」
「ああ、由美子……素敵だったよ」
「うん、もうこれ以上わがまま言わないよ」
――もうすぐ、それぞれ別の大学へ進む。
これ以上の言葉は、必要なかった。
ふたりは順番にシャワーを浴びた。
それでも晴道は帰りがたく、
母・沙織と、千紗、優香にだけ
(友達とオールすることになった)
そう送って、由美子を腕の中に抱いたまま眠りについた。
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翌朝。
晴道は下半身にくすぐったいような妙な感覚を覚えて、目を覚ました。
「……うぅん……」
朦朧とする意識の中で、昨夜の出来事が蘇る。
(やっちゃった……)
でも、後悔はなかった。
精一杯、由美子を愛した。
言葉にできなくても、きっと由美子には伝わっている――
晴道はそう信じていた。
(……由美子は?)
起き上がろうとしたとき、目に飛び込んできたのは――
ベッドの足元で正座し、何かを見つめている由美子の姿だった。
「……お、おはよう?」
晴道は強いデジャヴを覚えた。
「晴道、これって……」
由美子は信じられないような表情で、それを見つめていた。
「こんな物が、私の中に入ったの?」
思わず口にしたあと、真っ赤になって俯く。
その姿が愛おしくて、晴道はまた由美子を抱き寄せ、キスをした。
優しいキスのあと、由美子は小さく呟いた。
「晴道、あなたを愛してる」
そして、また深いキスが始まる――。
――その後、“一度だけ”という約束が守られたかどうかは、
神のみぞ知るということにしておこう。
ただ、ふたりが再び順番にシャワーを浴びたことだけは、確かだった。
そうして晴道は早朝、由美子の部屋をあとにする。
そして、このマンションを訪れることは――二度となかった。
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この日の経験は、確かに晴道を変えた。
真摯に愛されたなら、自分も真摯に愛し返したい。
そう、心に誓う。
それは――由美子から受けた“祝福”であり、“呪い”でもあったのかもしれない。
晴道はその誓いを、頑なに守り続けた。
それはその後、多くの女性を幸せにする。
そこで生まれるトラブルも少なくなかった。
それでも――それが、晴道が自ら選んだ生き方だった。
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それは、少し未来の話。
里塚由美子は大学へと進むと、驚くほどのスピードで頭角を現した。
その名はあっという間にバレーボール界で注目の的となる。
そして、あることが話題になった。
インタビューを受ける時の私服が――とにかく“可愛い”のである。
TPOはわきまえているが、どんな服でも彼女は見事に着こなしてしまう。
試合中のユニフォーム姿では、鋭く研ぎ澄まされた男勝りのアスリート。
しかし私服では、柔らかく華やかな女性らしさ。
そのギャップが、男女問わず多くの人を魅了した。
人々は彼女をこう呼ぶようになった。
「変身するバレーボール選手」――と。
だが、同時に下世話な話題も生まれた。
「バストが別人のように見える」
「盛ってる」「パッドだ」「偽乳だ」……。
試合中のすらりとしたライン、全く揺れない身体。
それに対し、私服では豊満なバストライン。
まるで“二人の由美子”が存在するかのようだった。
だが由美子は、そんな言葉にまったく動じなかった。
むしろ静かに笑っていた。
そして、ある日。
世間を黙らせる出来事が起こる。
由美子が――大手下着メーカーのCMに出演したのだ。
しかも上半身下着姿で。
『小さく揺らさず、魅せる大きさ、自由自在。』
そのコピーと共に、CMの中で由美子は変身してみせた。
試合モードの引き締まったスタイルから、ブラジャーを付け替えるだけで
ふわりと女性的なラインへと変わる。
「これが、あの由美子か!」
誰もが納得した。
CMは瞬く間に話題となり、
彼女は男女を問わず圧倒的な人気を得た。
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実は由美子は、大学進学直後からその下着メーカーにモニターとして声をかけられていた。
テーマは、「大きなバストを抱える女性アスリートのためのブラジャー」。
締めつけすぎず、痛みもなく、動きを妨げない。
それでいて揺れない。
そんな“理想のブラ”を作るための試作に、由美子は何度も協力した。
試合では、その試作品を着けていた。
彼女のしなやかな動きと安定したフォームが注目を集め、
結果として、その製品開発の成功を証明することになった。
私服で着けていたのは、同メーカーの別ライン。
完全採寸によるオーダーメイドで、
**「女性が最も自分を美しく見せられるライン」**を追求した一着だった。
その二面性が、“変身”を可能にしていたのだ。
メーカーは彼女に下着の生涯無償提供の契約を提示した。
だが、由美子はそれにこう応えた。
「では、CMに出させてください。
私の身体で、このブラの本当の力を伝えたいんです」
自らの下着姿を見せる――その決意の背景にあったのは、
あの日の言葉だった。
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『凄い、由美子の“おっぱい”……かっこよすぎる』
『嬉しい。私、この胸を好きになれる』
『うん、もっと自慢すべきだよ!』
『うん、そうする。もう隠さない』
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あの夜の約束。
あの瞬間の決意。
それが、今の由美子を形づくっていた。
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ある女性誌のインタビューで、記者がこう尋ねた。
「どうして、そんなに綺麗で輝いていられるんですか?」
由美子は、少し照れたように微笑みながら答えた。
「好きな人がいるんです。
その人に振り向いてもらいたくて、私は頑張っているんです。
そのことが、皆さんに“輝いて見える”理由なんだと思います。」
その言葉は多くの女性の共感を呼び、
SNSでも大きな話題となった。
「努力は恋から生まれる」「彼女の言葉に救われた」
――そんなコメントがあふれ、
由美子の人気は不動のものとなった。
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――けれど、彼にもう一度会えるなら、私はきっとこう言う。
『ありがとう。あなたのおかげで、私は自分を好きになれました』
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彼女の笑顔は、あの日の延長線上にあった。
由美子の“変身”とは、
誰かに見せるための飾りではなく――
自分を肯定できるようになった少女の、祈りの形だった。
約束の夜。
それは、衝動ではありませんでした。
逃げでも、慰めでもない。
ふたりが選んだ時間でした。
では――
由美子が晴道に残した物は、祝福でしょうか?
それとも、呪いでしょうか?
どちらにしろ、晴道の今後の人生に大きな影響を残します。
「愛されたなら、愛し返す」
その生き方は、この夜からより強く、彼の中に根を張りました。
由美子がこの後、晴道と再会できるのか。
それは、まだ分かりません。
もし、由美子の再登場や、晴道との再会を望まれる方がいらっしゃいましたら、
ぜひ感想欄で教えてください。
皆さまの声が、物語の未来を後押しするかもしれません。
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次回、
それぞれの選択を終えた翌日。
晴道は帰宅し、
そして――二人が訪れる。
「一緒に」
その言葉の意味は、
優しさなのか、覚悟なのか、
それとも危うさなのか。
祝福の連鎖は続くのか。
それとも、新たな歪みを生むのか。
三人の関係が、次の段階へ進みます。




