【第10話-05】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
今日は、待つ側の物語。
努力はもう終わっている。
できることは、祈ることだけ。
画面の向こうにある“結果”は変えられない。
でも、その結果がもたらす未来は――ここから変わる。
緊張の正午。
発表の時間です。
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【Scene02.1:発表】
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2月13日
連休明け、その日の正午前。
千紗と優香は如月家のリビングで、ノートパソコンの前に並んで座っていた。
今日は――
優香の大学入試、合格発表日である。
「一人じゃ怖くて見れないの、千紗……お願い、一緒に見て」
そう言って、優香の朝から如月家に来ていた。
優香は1月13・14日に共通テストを受け、学力テストは合格。
先週2月10日土曜に面接も受けてきた。
よほどのことがなければ、合格しているはず――だが、やはり不安はある。
ちなみに武も同じ大学を受験予定だが、スポーツ推薦と迷っていたこともあり、受験勉強を始めるのが遅れた。
そのため、少しでも時間を稼ごうと後期日程での受験を選んだ。今も塾に通っている。
そして、発表の時刻が近づく。
「そろそろ……合格発表サイトにログインしよっか」
千紗が促す。
あまり早くログインしてしまうと、
いざ表示のタイミングで操作してタイムアウト→強制ログアウトされる可能性もある。
ネットの情報によれば、直前ログインが最適とのこと。
優香がうなずき、ノートパソコンを操作する。
「どきどきしちゃうよ……」
噂では、発表時間が近づくとサーバーが混雑して遅くなるとも聞いていた。
けれど、今のところ動作はスムーズで、ログインにも問題はなかった。
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同日
「株式会社霞の宿東京支店 兼 株式会社み組事務所」のリビングルーム。
和也、美由、美久の3人が、大型モニターでWeb管理画面を眺めていた。
事の始まりは昨年11月――
霞の宿の予約システムを学部総出で作り上げ、初日の大量アクセスを一度も落とすことなく乗り切ったことだった。
成功祝のムードの中、ある院生が言った。
「このシステム、受験結果発表に流用できないかな」
その一言から、勢いに乗った院生たちはあっという間に合否発表システムを組み上げた。
12月には推薦試験の結果発表にも使い、(大きな負荷ではなかったが)問題ないことを確認した。
その噂は、大学の間に広がっていく。
「霞の宿の予約システムを流用した合格発表システムがあるらしい」
「そこに発表を委託すれば、費用も抑えられるのでは?」
どの大学にも情報処理系の学部がある。
教授たちは、あのシステムの信頼性と完成度をよく理解していた。
毎年の合格発表時にサーバーダウンを経験した大学は多く
問い合わせは、殺到した。
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1月
み組設立祝いパーティーにて
新年そうそう行われた、株式会社み組立ち上げ祝いのパーティー。
和也が言った。
「株式会社み組って、美由由美Webみたいなサイト運用がメインだよな?」
「ええ、そのつもり。お父様のネットワークに頼ればいくらでも顧客はあるけども……できれば、なるべく独立して経営していきたいね」
南は、今年もこの“可愛らしいキャラ”を通すようだ。
演技とわかっていても、その愛らしさは変わらない。
「こんどうちの学部で受験結果発表のシステムを開発したんだ。
今、多くの大学から“使いたい”って問い合わせを受けてる。
その窓口、受けてもらえないかな?」
「いいわよ。み組、霞の宿以外での初仕事ね!」
すぐに美久と美由が和也の協力を得て提案書・仕様書を仕上げ、南が契約書を作った。
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提案日
正月明けすぐ、美久が和也の紹介で大学へ提案に行った。
「交渉なら私も」
と美由が手を挙げたが――
「初回で決まることないだろ」
和也がそう言って、美久一人で行くことになった。
※この言葉は、美由を立てるための建前。
実際には、美久一人で十分だった。
大学は、問い合わせ対応で疲弊しており、即決モードだった。
それどころか、南の提案で、み組初仕事だから“なめられないように”と強気の条件だったのだが――
“美しすぎる美久”を前にして、大学側の責任者(つまりはご年配)は、ろくに確認もせず即サイン。
のちに実務担当に小言を言われたが――後の祭りだった。
「み組の経営、イージーモード?」
自分の容姿にあまり自覚のない美久は、そうつぶやいた。
この契約は、のちのみ組経営にとっても重要な前例となった。
もし企業側が渋っても――
「あの大学さんは、この条件で契約してくれたのですが?」
美由がそう“こぼす”だけで、話はスムーズに進んだ。
南の提案から始まったこのサイクル。
新倉南――経営面でも、恐ろしい子だった。
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「受験結果発表サイト」用に、あのデータセンターで新たな仮想サーバーを立て、専用ドメインも取得。
複数の大学と正式契約を交わしたみ組は――
2月13日、初めて複数大学の合格発表が重なる日を迎えた。
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2月13日 正午
如月家リビング
「……ログイン、できたよ」
優香の指がマウスを握る。
「……表示、押すね」
ポチッ。
そして――
次の瞬間、画面に表示されたのは、確かな二文字。
合格
「……受かった……?」
千紗が先に呟く。
「う……うそ……ほんとに……? ほんとに……!?」
優香は顔を手で覆い、ぽろぽろと涙をこぼした。
千紗がそっと肩に手を添える。
「おめでとう、優香。やったね……!」
「ありがとう!」
それは、あの晴道の誕生日以来――
久しぶりに見た、優香の心からの笑顔だった。
そのとき――
千紗はポケットから一枚の封筒を取り出した。
「ん? それ何?」
「きらーん♪」
いたずらっぽく笑いながら、千紗は封筒の中身を取り出して広げた。それは――一万円札。
「……え、えっ?」
優香が目を見開く。
「美優お母様からの預かりもの。『優香が合格してたら、鰻でも取ってお祝いしなさい』って」
「えっ、じゃあ……」
「うん、そのつもりで今日は私の家で発表を見たんだよ」
そう言って、千紗はスマホを手に取り、あらかじめ目星をつけていた近所の鰻屋に電話をかけた。
「えーと……特上一つと、並一つで。はい、1時間くらいですね、わかりましたー」
電話を終え、千紗がにっこり笑う。
「優香のが特上、私のは並ね。特上二つだと1万円超えちゃうから、こうするしかなくて」
「……そっか。ありがとう千紗……」
優香はスマホを手に取り、すぐに両親へ合格の報告を送った。
そのあと、LINEのグループチャットにも「合格した!」と投稿すると、すぐにスタンプや祝福のメッセージが飛び交う。
暫くして
ピンポーン。
「来た来た♪」
千紗が玄関に走り、出前の袋を受け取ると、手早く食卓に配膳を済ませた。
「さあ、冷めないうちに食べよ」
「うん!」
優香は自分の重箱の蓋を開けて――手を止めた。
「……あれ? ちょっと違う?」
「うん、優香のが“特上”で、私のは“並”だよ」
千紗が答えると、優香は少し考えこんだあと、ふっと笑って箸を取った。
「じゃあ、特上をおすそ分け♪」
そう言って、鰻を自分の重から千紗の重へと移し始める。
「……あのね、優香。特上と並の違いって、鰻の“量”だけだから、味見しても意味ないよ?」
「そうなの?、でもね」
優香は鰻の切り身をもうひとつ、そっと千紗の重に乗せながら、まっすぐに言った。
「千紗と“一緒”がいいの」
「……え?」
「私のほうがちょっと多いなんて、なんか違う。“一緒”がいいの」
結局、鰻の量がちょうど同じになるまで、優香は自分の重から千紗の重へと移していった。
「はい、これで“一緒”。同じだよ」
その笑顔は、涙のあとを感じさせないほど、明るくて、まぶしかった。
「うん、そうだね。“一緒”が、いいよね」
千紗は、何かを静かに決めたように頷いた。
「それじゃあ、食べよっか」
「うん!」
こうして、久しぶりに見せた笑顔の優香と“一緒"に食べた鰻は――
どんな高級料亭よりも、ずっと、あたたかくて、格別の味がした。
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同時刻
み組事務所
「1時間、超えたな」
和也が壁掛け時計を見上げながら言った。
「ふぅ……無事に乗り切ったってことでいいのよね?」
美由が少し緊張の抜けた声で訊くと、和也は頷いた。
「アクセス遅延もダウンも無し。完璧だ」
「やったー!」
「成功だね!」
美久と美由が顔を見合わせて歓声を上げる。
「これで、み組の名前も広がるわね」
南は当然といった口ぶりで言った。
ピンポーン。
「あっ、来た来た♪」
南が玄関に向かう。戻ってきた手には、鰻の入った重箱が。
「……もしかして?」
「うん、お祝いしようと思って、前もって頼んでおいたの。特上よ!」
「前もって……って」
美久が目を丸くするが、南はにこりと笑って言った。
「だって、成功するって信じてたもの」
「ありがとう、南」
和也が自然に礼を口にする。こういう場面で一言添えることの大切さを、彼はよくわかっている。
「お父様ご用達の鰻屋の支店が、ちょうど近くにあったの。奮発して私の奢りよ♪」
「す、すごい……」
「これは一人前、軽く1万円いってそう……」
美由と美久が目を見合わせ、ありがたく手を合わせる。
この“成功の味”を、みんなで――“一緒”に味わう。
それは、この春の始まりにふさわしい、最高の祝い膳だった。
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如月家
千紗と優香は鰻を食べ終え、お重を洗い、片付けを済ませていた。
優香がスマホを確認すると、お祝いメッセージが大量に届いている。
ひとつひとつに目を通し、丁寧に返事を返す。
それが一段落した頃には、気づけばかなりの時間が経っていた。
ようやくひと息ついたその時、優香の胸にじんわりと実感が広がっていく。
「千紗、やったよ。これで春から晴道と千紗と“一緒”の大学に通える!!」
「やったね、優香!!」
二人はリビングで飛び跳ねるように喜びを分かち合った。
その時——
ピンポーン。
ガチャリ。
千紗の母・美優が帰宅した。
美優は、優香の表情を見るなり合格を確信し、まるで待っていたかのように切り出す。
「千紗、全部OKよ。
水回り全交換に通常のリノベーション、備え付けの家電製品とベッドも総入れ替え。
家賃も、さらに落としておいたわ。4月には入れるはずよ。よ〜くお願いしておいたから」
「ちょ、ちょっと待って、お母様……高校時代の親友って、高村蘭さんよね? 女性でしょ?
どうやったらそこまで引き出せるの……!?」
自分の母ながら、あまりの手際の良さに千紗は目を丸くした。
そして優香の方へ向き直る。
「優香、4月から“一緒”に住むわよ!」
「え? な、何の話!?」
突如として飛び出した報告に、優香はうろたえる。
「うちの美魔女がね、とっておきの物件を見つけてきてくれたの。
シェアハウスなら、ワンルームを別々に借りるより一人あたり安くなるしね」
「え、でも……」
「いやなら別にいいわ。如月家と小泉家はもう了解取れてるから。
優香が来ないなら――私と晴道だけで住むわよ?」
「い、いやっ……絶対“一緒”がいい!」
その瞬間、優香の顔に覚悟が宿った。
「じゃあ、頑張ってお父様を説得なさい。美沙お母様の説得は私がやってあげる」
もう、そこに迷いはなかった。
千紗がふと、話題を変える。
「あれはどうするの?」
“何を”とは言わなかった。だが、通じている。
「もちろん“一緒”にやろ」
言葉などいらない。
19年間、“一緒”に過ごしてきた絆が、すべてを通わせていた。
「美優お母様、キッチン使わせてね」
「ええ、大丈夫よ。夕食の準備始める前に終わるでしょ?」
「はい、大丈夫です」
返事をしたのは、優香だった。
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それが終わると、もう夕方になっていた。
二人は今、準備した物と、千紗がこの連休中に仕込んだ物を持って、氷室家を訪れる。
「美沙お母様、ご無沙汰しております」
千紗が頭を下げる。
「そうね。こんなに近くに住んでいても、なかなかゆっくり話す機会ってないものね」
一息ついて、優香が本題に入る。
「私、4月から千紗と一緒にシェアハウスで住みたいと思ってるんです」
「……それってつまり、晴道くんも一緒ってことになるのよね?」
(……さすがにバレたか)と、千紗が内心でつぶやく。
すぐに助け舟を出す。
「だからこそ、二人一緒なんです。
それぞれが監視し合えますから」
しかし、美沙の視線は鋭い。
「それにこの子、家事壊滅的なんですよ? シェアハウスって家事分担が必要よね」
予想された反応だった。
千紗は用意していた答えを口にする。
「私がバッチリ鍛えます。私の腕前、お聞きになってますよね?」
その言葉に、美沙も納得したのか、ふっと笑った。
「ええ、聞いてるわ。だったら……花嫁修行にもなるし、いいかもね」
「……あの、千紗、お母さん……」
優香がぽつりと呟いたが、もう止まらない。
千紗は何かを思いついたように、にやりと笑う。
優香はその顔を見て、すぐに察する。
——この顔の時は、ロクなことを考えてない。
「……な、何をする気なの?」
千紗は不敵に笑ったまま、何も答えなかった。
そこに美沙が、封筒を差し出してきた。
「なんだか順番が逆になっちゃったわね。
優香、合格おめでとう!」
「そんなあなたへ、お父さんと私からプレゼントがあるの。はい、これよ」
「え?」
「卒業旅行用のチケットと招待券よ。
3人で卒業旅行したいって言ってたわよね? 今月末の3連休、千紗ちゃん、莉子ちゃんと行くんでしょ? 違ったかしら?」
「ううん、でもり……」
千紗がすかさず優香の足を踏みつけて止めた。
「り……?」
「あっ、何でもないです」
千紗が代わりに笑顔で答える。
美沙は首を傾げつつも話を続けた。
「お父さんが設計した“霞の宿”の新しい建屋、知ってるわよね?」
「うん。中学生の頃に一度泊まりに行った宿の、新別館って呼ばれてるところだよね」
優香は、古めかしくも落ち着いた雰囲気の宿を思い出していた。
「そこの宿泊招待券よ。新幹線の往復自由席キップも入ってるわ。
指定席は別に取ってね」
「すごいです!! ありがとうございます!
一緒に行く子に連絡するから、優香借りて行きますね!」
そう言って、千紗は優香を連れ出した。
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マンションの中庭
千紗が小声で釘を刺す。
「あなた、莉子じゃなくて、晴道と行くって言いかけたでしょ!」
「えっ、あっ、うん……」
「バカじゃないの!
うちは美優お母様が反対しないし、小泉家も大丈夫。
でもあなたのお父様が許してくれるわけないでしょ!!
これだからポンコツは……」
「ひどい、でも嘘はつきたくない……」
「こういうのは“嘘は言ってないが、全部は話してない”って言うの」
千紗はふうと一息つき話を変えた
「さあ、晴道、もう帰ってるかな?」
晴道は今日はクラスメイトと会うと言っていた。
LINEグループで優香が合格を報告した時、返事は来ていたが、まだ帰宅連絡はなかった。
「帰るの遅くなるかもって言ってたし、旅行の話は明日の“あれ”の後でもいいかな」
「うん、そうしよ。今日はお父さんも早く帰ってきて、お祝いしてくれるって」
「じゃあ今日は解散ね。また明日朝ね。
美沙さんは明日もパートに行くの?」
「うん、そう聞いてる」
「じゃあ計画通りで。封筒、なくさないでよ」
「わかってるわよ、プンプン」
「優香の“プンプン”、久々に聞いた!」
ふたりの間に笑いが起こる。
そして、ふたりはそれぞれの決意を胸に、自分の部屋へと戻っていった。
発表の日。
結果そのものよりも、
その瞬間に誰と並んでいるか――
それが、この物語では何より大切なのかもしれません。
“一緒”という言葉が、
少しずつ形を持ちはじめました。
けれど同時に、
別の場所では、また別の感情が動き出しています。
祝福の裏側で芽吹くもの。
それが“呪い”なのか、“勇気”なのか。
物語は、静かに加速していきます。
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次回、
物語は大きく動きます。
“幼なじみ”という言葉の裏側。
無自覚な優しさと、踏み込んではいけない一線。
そして――
晴道が、自分自身にかけてきた“呪い”が、
ゆっくりと姿を現す。
これは、誘惑の物語ではない。
これは、勇気の物語。
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ついにエピソード100に達します。
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