限界の魔法使い
ルディが魔法省の研究室に籠ってから数週間経った、扉にはやはり近寄れない。その事にオブリーは頭を痛めていた。話しは数日前に遡る。帰宅したオブリーに妻がすぐに、とにかくガウス家に行けと言う。何やら荷物を持たされ追い出されるように家を出されたオブリーはそこで庭にいるカリンに声をかけた。
困ったような顔をしたカリンが近づいてくる。
「多分、オブリーさんなら耐えられると思うんですが、十分ご自分に防御魔法をかけて入ってきて下さい。」
「は?どういうことだいカリン。」
「この家の周りには数日前から強力な結界が張り巡らされています。私はルディ様の魔法に反応してしまうので、敷地から出られないのです。」
オブリーが探ると確かに結界がある。
「アナスタシア様たちが入ろうとして下さったのですが、皆さんご懐妊中で何か影響があればいけませんのでお断りしました。あの・・・食料がそろそろ底を尽きますし、とりあえずオブリーさんが入れるか試していただけますか?」
ああ・・・きっとまた集中力の影響がこんな所まで来たのか・・・。意を決して中に入り込む。それは多分一瞬の時間だったはずだが通り抜ける際の何とも言えない気持ちの悪さがまとわりついてきた。
「・・・っは!はぁ〜、なんだこれは。」
「すみません。多分無意識にやっていると思うのですが、本当にすみません。」
と、言いながら荷物を受け取り家の中に通す。少なくなった茶葉でお茶を入れながら恐れながらと頼み事を言ってくる。
「お茶をどうぞ。私はこれからルディ様のためにお弁当を作ります。多分あの方ロクに食べてないと思うんです。それで、私はここを出られないのでそのぉ〜、お帰りになったばかりで申し訳ないのですが届けていただけますか?」
テキパキと荷解きをしながら調理の準備をするカリンに反論はできるはずもなかった。簡単な軽食を詰めるとスカーフで包み上げる。私からの手紙も入ってますから。とさっさとオブリーに渡す。
「あ、後ですねちょっと大きいのですがこれを。」
・・・枕?
「いつもルディ様がお使いになっているものです。あの方絶対寝てないはずなんですよ!だからこれもお願いします。」
ではよろしくと、今度はガウス家の新妻に追い出される。これをやり遂げなければ自分は家に入れてもらえないだろうと、覚悟を決め彼はもう一度職場に戻った。研究室の中の魔法師はまさに限界が近かった。このままではいけないと思いながらも身体が休もうとしないのだ、心と身体が分離しかける危険な状態にあった。そこに、懐かしい気配を扉の外に感じる。誰かの声がする気もするが、肝心なのはその人物の手にあるものだ。扉が外側にバタンと開きその手にあるものを手繰り寄せるとまた閉じた。
「え・・・?こ、これでいいのかな。」
とりあえず自身も疲れているオブリーは再度家路に着いた。その頃研究室の中の魔法師は取り込んだ荷物を抱き締め送り主の名を呟いた。
「・・・カリン・・・」
[ルディ様。お仕事お疲れ様です、ちゃんと食べて寝てますか?実は私はいま困っていますよ、敷地から出られないのです。誰の影響でこうなっているかはお解りですよね?せめて、お買い物には行かないと私が餓死してしまいます!ご心配してくださるのはうれしいのですが、私を信用して下さい。あと、以前作った物の改良版を作って一緒に入れています。お仕事大変ですが頑張って終わらせて、私の所に帰って来てくださるのをお待ちしております。
アレクシア・カーテローゼ・ハプトマン=ガウス]
「アレクシア・・・ガウス・・・。なんで枕?あとはお弁当、それから・・・ああ、ラヴェンダーの香りだ。カリンらしいなぁ。」
片手ですぐ食べられるよう工夫したんだろうと思われるお弁当を食べ、ラヴェンダーの香りのする薄いシート状のものを口にする。途端に疲れが出てきて眠くなる、成る程それで枕か。
「ふ、ふふふ。完敗だカリン、今日はもう寝るよ、仕切り直しだ・・・」
クスクス笑いながら長椅子に毛布を持ち出し枕に頭を埋める。そして、夢を見る愛おしい彼女が笑っている。
早く帰ろうあの家に・・・。
次の朝、カリンはそーっと指先を門の外に出してみた。そして、微笑み空を見上げる。
「まったくもう、しょうがないんだから。」
笑いながら籠を手に門を開ける、まず三人の夫人に会いに行かなくてはそれから買い物に。そして、毎日家中ピカピカに磨いて愛しい旦那様の帰りを待とう。
足取り軽く、カリンはオルボアの町中に入って行った。
ご愛読ありがとうございました。予定より長い連載になり、あれもこれもと詰め込んだ作品ですがなんとか無事予定通りの着地点に着きました。
あと1シリーズ書き上げてこの二人のシリーズは終わりを迎える予定です。少し休んで4月には書き始める予定ですのでもう少しお付き合いください。
たくさんの方に読んでいただいてとても感謝しています。ありがとうございました。