その間僅か3分
「「「……」」」
戦時中。
戦は終始優勢に進め、あわや50人隊長クラスが討ち取られそうな場面もあったそうだが未然に阻止したそうだ。
敵の反撃のターンも終わったと判断して大攻勢をかけようとした矢先――太陽が消えた。
いや、その言い方は語弊がある。
実際はラブレサック教国の聖都であるミュロンドから巨大な何かが出現し、光を遮ってしまったのだ。
あまりの事態に敵も味方も戦うのを忘れて空を見上げている。
「……巨大なイソギンチャク?」
ミュロンドの1/2ほどもある胴周りと登頂付近には無数の触手が蠢く形状から思わずそんな呟きが漏れる。
「我が君、イソギンチャクって何?」
そういえばこの世界にはイソギンチャクという言葉は無かったな。
失敗失敗。
「海に生息している生物でな、あのような変な形をしている生き物なんだ」
「ふうん。それってこんなに大きいの?」
「まさか。こんな巨大な生物が100体や1000体もいるってどんな世界だよ」
「でも、興味は湧かない?」
「まあ、少しは」
怖いもの見たさというか、巨大な生物が何百匹も跋扈している光景を見てみたい。
『お主ら、そろそろ現実に戻るべきじゃ』
「ああ、済まない」
イズルガルドの喝によって正気に戻る俺。
余りに荒唐無稽な場面ゆえに意識が飛んでいた。
あ、あの生物が頂点と同じく無数かつ太い足を動かす。
大きさは1足当たり直径20mはあるだろう。
その足を聖都内にある建物に落として施設を壊滅状態へと追いやった。
大地が裂けるような轟音に加え、その足跡から膨大な数の変な魔物が出現して人も建物も関係なく無秩序に破壊を始めた。
「不味いわよ! 我が君!」
ここでベアトリクスが血相を変える。
「現状は魔物が手近な敵軍を駆逐していっているけど、時間が経てばこちらにも来るわ! 一旦撤退して全軍を整えなければ全滅の可能性すらあるわよ!」
全軍の損害を減らすことを念頭に置く参謀らしい意見である。
あのベアトリクスが切羽詰まった声音を上げるということ自体が珍しいので思わず頷きそうになるものの。
『ここで踏み止まるべきじゃ』
イズルガルドは物静かな声音で応戦を提案する。
『見れば魔物はあ奴の足跡から湧き出してきよる。このままだと無限に近い魔物を相手にせねばならなくなるぞ』
「イズルガルド! そうかもしれないけど、こちらの軍は目の前の光景に恐慌をきたしているわ! 今、この瞬間にも逃げようとする兵と命令が出るまで動かない兵で団子状態なのよ!」
なまじ勝ち戦だった分兵の心が浮足立ってしまい、指揮系統がほぼ崩壊している。
100人隊長はともかく、1000人隊長クラスまでその場を捨てて逃げ出すのは如何なものか。
しかし、今は考察などどうでも良い。
とにかく兵の混乱を鎮めないと何もできない。
「キッカ! ククルス! こっちにこい!」
俺は赤飛竜騎士団の団長と副団長を呼び寄せる。
目の前の異常事態のせいか、俺の命令がなくとも一直線に向かって来てくれる2人。
「ユウキ、あれは一体!?」
「世界の終わりでしょうか!」
横に並ぶなりすごい剣幕で詰め寄るキッカとククルス。
赤飛竜騎士団の中で最も落ち着いている2人でさえこの様子なのだが、耳を傾ける余裕があるだけましだな。
「イソギンチャ――いや、あれの考察は後で良い。今は指揮系統を回復させるのが先だ!」
「どのようにするのですか!?」
ククルスの問いかけに俺は怒鳴り気味で。
「赤飛竜騎士団全員で“一罰百戒”をやれ!」
一罰百戒とは中国故事の一説で、少数を見せしめにすることによって大多数の人間を恐怖によって統制する意味である。
非人道的なので俺としてはあまり使用したくないが今は緊急事態だ。
多少の行為には目を瞑らなければならない。
「ユウキ! 具体的には何をするの!?」
「とりあえず逃げている兵を手当たり次第殺せ! 大声で『逃げればこうなる』と宣伝しながらな!」
逃げれば死ぬ。
遠くの恐怖よりも手近で目に見える暴力の方が一時的に限ると効果は大きい。
「分かった! やってくるわ!」
キッカが命令を受諾し、残りの竜騎士団員を呼ぼうとしたところで。
「――1つ付け加えさせてもよろしいかしら?」
いつの間にか混乱から立ち直っていたベアトリクスがストップをかける。
彼女は天使の様な笑みを浮かべながら。
「見事だと思うけど、それじゃあまだ不完全。だからもう一工夫が必要ね」
ベアトリクスはそう前置きし、悪魔の如き提案を口にした。
「う、うわあ……」
ジグサリアス王国連合軍の一兵士であるランバーは極度の混乱状態にあった。
ジグサリアス王国の勝利が間違いなしとして急遽編成されて送り込まれた兵の1人の彼は運が良いことに被害を受けにくい中陣の方であった。
何もせずに傍観というのは締まらないので、村の皆に伝える武勇伝をどう脚色しようか考えている最中に巨大生物が出現。
前からは逃げてくる兵士と共に逃げようとしたが、命令違反は死罪のため迂闊に動くことが出来ない。
ランバーは当初踏み止まろうとしていたが逃走する兵士が数を増し、ついに自分の隣からも脱落者が出始めた所で彼は考え直し始めた。
――他の皆が逃げているのだから自分が逃げても問題ない。
他人と行動を合わせようとする心理が頭をもたげ、ランバーも踵を返そうとしたその時、上空から悲鳴が響き何かの液体が顔に就いた。
「一体何だろう?」
咄嗟に空を仰ぎ見たランバーだが、次の瞬間には後悔する。
何故なら。
「いやだああぁぁぁぁ! 助けてくれえぇぇぇぇ!」
「全員その場で待機! 逃げだす者はこの様よ!」
「は……はははは」
その光景を見たランバーは槍と楯を下げ、放心するしかない。
先程まで自分の隣にいた兵が絶叫を振りまきながら竜騎士団の竜の牙に挟み込まれている。
胴体に牙を貫かれ、そこから湧き出る大量の血がランバーの周囲を濡らす。
「あああ……」
その兵は血を流しすぎたのか白目を開けたまま絶命した。
「はい次! そこの兵士の元へ向かって!」
唾を吐くかの様に亡骸をランバーのすぐ横に投げ捨てた竜はその上の騎乗者の命令に従って新たな犠牲者を作りに行くつもりの様だ。
ふとランバーはその竜騎士と目が合う。
他の竜騎士より軽装な装備に加え、体型から恐らく女。
なのにその内から発する熱気は一般兵と一線を画す。
トレードマークの赤い髪を腰まで伸ばし、他より一回り大きい竜を駆る者と言えば。
「赤飛竜騎士団団長――キッカ=ルビーレッド=カザクラ……」
なるほどな、と思う。
さすが大陸最速を誇る騎士団を率いているだけのことはある。
別世界の住人だ。
恐らく自分が何年何十年生きようとも彼女の領域にまで辿り着けない。
あそこまで狂気に染まることはできない。
「もう帰りてえよ」
自分の限界を知ったランバーは素直に待機する。
逃げたら彼女に殺されることは確実。
ならば不確定でもここに留まっておいた方がまだ生き残る可能性があると考えていた。
「死にたくねえなあ」
ラブレサック教国軍陣営に出現した何かをぼんやりと見ながらランバーは呟く。
そしてランバーと同じ諦めの心境に達した兵があちらこちらで赤飛竜騎士団の手によって量産されていた。
「さすが赤飛竜騎士団、良い働きをしてくれるぅ♪」
「♪を付けるな♪を!」
小躍りしそうなベアトリクスに俺は突っ込みを入れる。
「あれによって何人も死んでいるのに喜ぶな」
「あらあら、我が君って変な思考の持ち主よね」
俺の言葉にベアトリクスは1つ含み笑いを浮かべて。
「名将は敵を100万人殺し、愚将は味方を100万人殺す……同じ人殺しなのにどうして後者だけが忌み嫌われるのかしら?」
「名将は期待以上の働きを行い。愚将は期待以下の働きしかしないからだ――って、今はそんな問答をしている暇などない!」
ベアトリクスの性質の悪い問答に付き合わされそうになった俺は首を振る。
「これで軍の最低条件である指揮系統は回復した! 進むか退くか! 双方とも妙案はあるか!?」
『それならキーツ王国の者が待機している下へ向かえば良い』
イズルガルドがたった今思い出したと言わんばかりの念を飛ばす。
『古の歴史を知っている彼等ならあの化け物の正体が分かっているかもしれんぞ』
「ああ、ついでにアーデルハイトとキザマリックの2人も攫って行ってね。あの2人なら何か知っている可能性があるかもしれない」
「そうか! イズルガルド! 全速力でキーツ王国の陣営へ向かえ! 悠長なことをしている暇などないぞ!」
あの化け物が出現してからまだ3分も経っていない。
しかし、その3分によって向こうの陣営は指揮系統崩壊の壊滅状態に陥った。
「猶予は10分弱かしら」
背後のベアトリクスがそんな呑気な声音を漏らす。
「移動時間を除くと大体5分程度。たった5分で大陸の命運が決まる……フフフ、面白いわね」




