開かずの間
ラブレサック教の信者は生涯に一度必ずミュロンドを訪れることを義務付けられている街のせいか、都市全体のレベルは大陸随一の高さを誇る。
そしてその総本山の中央に位置する大聖堂は多数の高名な匠によって建てられ、装飾品として古今東西の美術品が設置されていた。
大聖堂の公式な発表によると地下は存在しないことになっている。
石壁作りの逆螺旋階段となっている地下はラブレサック教国に反する者の中でも絶対に表へ出してはいけない重罪人のみが幽閉されている場所。
この場所は凄惨な拷問をかけるような真似はしない。
地下牢もそんな非人道的な空間でなく、トイレと風呂場は別々にしかも個人で用意されている。
誤解を解いておくが、それは決して慈悲なのではなく、そんな真似をしなくとも良いからだ。
この地下牢に閉じ込めておくだけで発狂、あるいは恥も誇りもかなぐり捨てて許しを請うてくる。
螺旋階段を一段降りるごとに化け物の舌の上で踊っているような恐怖が強くなり、最下層付近となると特殊な訓練を受けていない常人ならば1時間程で発狂してしまうほどの瘴気。
その瘴気の発生源である螺旋階段の果てには何が眠っているのだろうか。
「ここは立ち入り禁止です」
開かずの間と表記された扉は高さが10mを越える程巨大であり、常時100人体制で守られているその部屋。
あまりの恐怖によって文章に残すことは憚られ、頼みの綱となる口伝も長い年月によって忘れ去られてしまい現在では開かずの間から発する瘴気から、とりあえず開けるのは止めておこう、になっていた。
一応アイラがその手前までいったが、彼女でさえ危険だと判断して開かずの間を目視できる範囲から近づこうとしなかったほどである。
その禁断の開かずの間の前に1人の人物が向かっていた。
後ろに何百人もの兵を連れている様子から只者で無いことが見て取れる。
彼――ジルベッサー=シュバルツはラブレサック教国の中で聖女の次に来る地位の枢機卿の長。
いみじくも、聖職に就いている身ゆえに高潔であるはずなのだが、彼の目は濁っておりどちらかというとマフィアの幹部という表現の方がしっくりきた。
「ジルベッサー様、ここは立ち入り禁止です」
100人隊長がリーサルの前に立ち塞がって制止する。
「枢機卿代表のジルベッサーの命だ、ここを開けろ」
「ここを開ける時は大陸中の全王の署名と聖女と枢機卿方による連判状が無ければなりません」
規則ではそうなっている。
彼ら護衛はいくら月日が経とうとも規則や決まり事に対して例外を設けない立派な精神であるが。
「緊急事態だ、開けなければラブレサック教が滅びる。そして、ラブレサック教が滅びれば大陸が滅ぶことと同義語だ」
残念なことにジルベッサーの前では形なしであった。
「しかし、ジグサリアス王はラブレサック教を保護すると明言していますが」
実はユウキは出立前からラブレサック教を滅ぼす意図などないことを明言しており、事実逃げ込んできた聖女であるアーデルハイト一派に教会を建てることを許可していた。
王として宣言した以上、言葉を翻せば自国の民からも信頼を失いかねない。
宗教そのものは残るが故ににラブレサック教国内は警備兵が中立に回るなど一枚岩に纏まることが出来ずに敗北してしまった。
「そんなものはポーズだ、異教徒は勝つために何でもやる。戦争に勝利すればコロッと掌をひっくり返すことは明らかであろう」
が、権力闘争に長年身を置いてしまった者はそんな簡単な計算すら分からない。
自分にとって敵か味方かという二元論でしか物事を測れなくなってしまった。
「お引き取り下さい」
3度目とあってか聊か強い口調で制止させる100人長。
「もし早急に去らないのであればジルベッサー様であろうと剣を向けます」
「出来るのか? ただ守るだけの警備隊が私の精鋭400人を倒せるとでも?」
その言葉通り、警備隊は100人なのに対してジルベッサーは4倍の数を誇る。
それに加えて実践から程遠い場所にいる警備隊とジルベッサーと共に様々な修羅道を潜り抜けてきた猛者。
数でも練度でも相手にならないことは子供でも理解できるほど絶望的である。
しかし……
「私どもはここの守護を任されています」
100人隊長は毅然とした態度で宣言する。
「例え刺し違えようともお通しするわけにはいきません」
その言葉に相槌を打つ隊長の部下。
彼等の瞳に恐怖は無い。
ただ、職務を果たそうとする使命に燃える光を放っている。
「最後通牒だ」
ジルベッサーは最初から説得する気など無かったのか、それとも諦めたのか。
投げやりな態度で手を振る。
「鍵を渡せ、でないとラブレサック教を滅ぼした悪因によってお前らどころか妻子や親族全員が地獄に堕ちる羽目になるぞ」
それに対する返答は。
「ここでジルベッサー様を止めない方が地獄に堕ちる!」
勝 咆哮を上げ、ジルベッサーの元へと剣を付きたてに突進することであった。




