鼓舞
ラブレサック教国聖都――ミュロンド前の平原。
ジグサリアス王国軍30万とラブレサック教国軍10万が対峙している。
戦は兵の数によって決まると言われている通り、3倍もの兵力差があれば籠城する方を選ぶべきだろう。
それをしなかったのは聖都を戦場にしたくないゆえか。
意地かプライドか、それとも両方なのかもしれないが、攻めるこちら側としては野戦の方が都合が良いので言うことはない。
数が優勢なのは言うまでもない。
他にも国中から兵と志願者を掻き集めてきたのか向こうの装備や体格はバラバラで、急ごしらえの軍であることが分かる。
つまり、必勝に相応しい状況。
しかし、向こうの士気の高さが懸念を残す。
背水の陣と言うべきか、一度敗戦したことによって組織が純化されたのか。
少なくとも悲壮感は漂っていない。
それどころか、むしろ勝つ気でいる。
そのただならぬ空気から俺は改めて死兵の凄まじさを再認識した。
「良い空気ねぇ」
そんな俺の懸念とは裏腹に、イズルガルドの背に乗っている俺の背後でベアトリクスは優雅な声を漏らす。
「嵐の前の静けさ――闘志と不安が渦巻き、そしてそれ以上の狂気が場を支配することによって生まれる緊張。シクラリスの報告によると前の戦の方が凄かったそうだけど、か弱い私からすれば今の方が性に合っているわ」
「それは突っ込み待ちか? ベアトリクス。どこをどう見ればお前がか弱くなるのか是非とも教えて欲しいものだな」
彼等の異常な決意などどうでも良いと言わんばかりの態度に俺は思わず声を出してしまった。
「あら失礼ね。見なさいこの華奢な体型と儚い容姿を。今にも折れそうじゃない?」
「確かにその通りだが自分で言うとお終いだ」
自分の評価を自分で下すと途端に嘘臭く感じる。
しかもそれが他人を罠で嵌めて喜ぶベアトリクスなら特に顕著となる。
『そなたらは余裕だな』
俺とベアトリクスとの掛け合いに呆れ調子の念を飛ばすイズルガルドは続けて。
『この戦の先に待っている未来を考えると人ならば多少なりとも気負うはずじゃ。しかし、お主らの様子からはさほど緊張しておらん』
「イズルガルドって酷いわね。見なさいこの私を、今この瞬間にも興奮の余りここから飛び降りたいのよ」
「……イズルガルド、分かっているかと思うがベアトリクスの言葉は寝言だと考えていてくれ」
またもベアトリクスが世迷いごとをほざき始めたので俺は老竜に無視するよう伝える。
そういったことは戦が終わってから存分にやってほしいものだ。
「話が大分逸れたな」
俺は変になった空気を戻すために1つ咳払いをする。
「ベアトリクス。向こうは民間兵もだいぶ混じっているようだが、兵と一緒に殺してしまっても大丈夫か?」
「後の統治面からの意見だと望ましくないわね」
ベアトリクスは簡潔に答える。
「民間兵にも親や兄弟、そして妻や子供いるわ。正規兵の家族なら殉職の覚悟が出来ているのだけど、彼等はそうでもない。殺してしまうと必ず後々の禍根が生まれるでしょうね」
しかし、まあ……。
「私達はラブレサック教国を統治しなければならないわけじゃないから、我が君が面倒だとお考えなら構わないわね」
どちらに転んでも損はないからどうしようとご自由に。
何ともまあベアトリクスらしい意見だな。
そういう意見なら俺の希望を通そうか。
「俺としては可能限り損害を減らしたい。だから何か良い妙案でも無いか?」
元から王族だったベアトリクスとは違って俺は庶民出身のせいか、殉死した民間兵の家族の嘆きが手に取るように分かる。
ゆえに少しでも悲劇の場面を減らしたかった。
「ふむ……それなら良い方法があるわよ」
唇に指を置いて少し思案したベアトリクスはそう言葉を紡ぎ始める。
「でも、それは我が君の度量が試されるわね。それに失敗のリスクに比べて成功の報酬が低いからあまりお勧めしたくないのだけど」
「具体的には?」
「我が君の王の立場の失墜。王座を追われることはないけれど、しばらく軽蔑の視線による針の筵を耐えなければならないわね」
「そんなことで良いのか。なら、問題無いな」
名誉で腹が膨れるわけではあるまい。
失うのは俺の名誉ぐらいであるならば迷う必要はないだろう。
「はあ……今回の総大将の件と言い、前々から思っていたけど我が君って名声に無頓着ね」
ベアトリクスは呆れたように溜息を付くが俺は気にしない。
「まあ、俺は浮浪児出身だからな。地位や名誉よりも実利を重んじるんだ」
実際はチート技術を持って転生してきた日本人だけどな。
そこを明かすのは野暮だろう。
そんな俺の様子にベアトリクスは皮肉気に唇を歪める。
「これがヴィヴィアンやシクラリスなら王としての立場を懇懇と説教するところだけど、我が君と同じく実利に興味がある私に諌める権利はないわね」
「助かる」
こんな時にまで説教など聞きたくないからな。
「けど、終わってから覚えておきなさい。エルファにきつく叱ってもらうから」
「あらら、それは残念」
そんなベアトリクスの意趣返しに俺は軽く肩を竦めた。
「聞け! ラブレサック教国の勇士たちよ!」
俺は陣列の最前線に躍り出て声を高らかに彼らを讃える。
突然の総大将の出現に向こうは動揺を隠せない様子だが俺は構わず話を続ける。
「各国が貴国を次々と見限る中、ここまでの数の者が武器を手に取ったのは驚嘆に値すべきことだ! 敵国であることを承知でこう褒めよう! 天晴れと!」
「ふざけるな! 侵略者!」
「安全な場所でしか吼えられない腰抜けめ!」
「貴様ら何ぞに俺達は負けん!」
予想通り、非難の嵐だった。
「……」
その糾弾に俺は表情を変えないよう努める。
内心は逃げ出したい気持ちで一杯だったが、ここで少しでも怯むと双方にとって大きな被害を齎す。
大陸の安定、そしてラブレサック教国の存続のために俺は笑みすら浮かべてその場を耐え凌いだ。
「おっと」
罵声や弓矢は覚悟していたが何十発もの遠距離魔法が飛んでくることは予想外。
少々驚いたがすぐ脇に控えているユキによって難なく撃ち落としたので大事は起きずにすむ。
「……問題なし」
「頼もしいな、ユキ」
相変わらずなユキの態度に俺は礼代わりに肩をぽんと叩いた。
「貴殿らに断っておくことがある! 私はラブレサック教そのものを否定しているわけでない! 行き過ぎた態度を否定しただけだ!」
俺は先日ラブレサック教国の使者が訪れてこちらの都合などお構いなし、一方的に政策を決めつけてきたことを引き合いに出す。
「私はラブレサック教の布教を認めても良い! だがな! それを国教とするわけにはいかない! 何故なら国は様々な民族や思想が入り混じっているからだ! それらの多様性を俺は王として守らなければならない!」
王は国を守るためにある。
そして国とは様々な違いのある人間を擁護するための器。
それが俺の信念であるため一神教であるラブレサック教国を国教とするわけにはいかなかった。
「「「……」」」
そんな俺の覚悟が伝わったのだろう。
殺気はまだ消えないものの、俺に対する視線は幾分か和らいだ。
「……肉親を持たない天涯孤独の者だけ武器を手にとれ」
俺は先程と打って変わって厳かな調子で告げる。
「お互い振り上げた拳を納める機会は逸した。だからもう振り下ろすしかない」
ベストは矛を収めて和解することだろう。
だが、ここまで大事に発展した以上、そんなやわな理想論が通るとは微塵にも思わない。
「ジグサリアス王国はラブレサック教を滅ぼしたりしない! しかし、それでも俺やジグサリアス王国を許せないというのならば掛かってこい! 存分に相手となろう」
俺はここで自軍に振り返る。
「精強な我が軍よ! 彼等は劣勢なれどけっして侮るな! 立派な敵に対する礼儀として完膚なきまでに粉砕しろ!」
「「「おおおーー!!」」」
大地を揺るがす戦場の勝鬨が辺りに響き渡った。




