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劇場 後編

「ん~、ここに帰ってきた気がするわあ」


 一触即発の状況を生み出した張本人は心底嬉しそうにそう漏らす。


「私の言動に敵意を覚える者とそれを擁護する者、そして双方を諌める我が君――これこそ私が愛するジグサリアス王国の空気ね」


「お前が愉快だと感じるポイントがイマイチ分からない」


 ベアトリクスの勝手な物言いに俺は憮然とした表情を隠せない。


「今回はアイラとエルファが動いてくれたから喜劇で済ませられたが、一歩間違えればベルツフォン要塞攻略時の様にベアトリクスは大変な立場に追いやられていたぞ」


 アイラが矢を放ったからこそベアトリクスの言動に不快感を覚えていた面々のガス抜きを済ませることが出来た。


 エルファがアイラからの凶弾から守ってくれたからこそベアトリクスは生き永らえることが出来ている。


 仮定の話になるが、少しでも予想が外れてしまえば取り返しのつかない事態になってしまっていただろう。


「その心配は御無用ね、我が君」


 が、ベアトリクスは不敵に笑いながら続ける。


「私がこの場で傍若無人な態度を取れば必ずアイラを私を殺すための矢を、そしてそのアイラの魔手を防げるだけの実力をエルファは持っている。と、信じていたからよ」


「信じるか……」


 ベアトリクスから出てきた言葉に俺は苦笑を隠せない。


「奇策策略謀略を駆使する極悪非道のベアトリクスからそんな言葉が聞ける日が来るとは思わなかった」


「あらあら、我が君は悪人というものを誤解しているわね」


 対するベアトリクスは妖艶な笑みを浮かべる。


「善人は他人や法則を信じ、悪人は自分を信じる。信じるのは自分か否か、その一念の違いによって善か悪かが決まるよ」


「その理屈でいくと王国に忠誠を誓っているお前は善人ということになるが?」


 俺の素朴な疑問にベアトリクスは大仰な悲しみのポーズを取って。


「悲しいことに皆は私のことを悪人だと誤解しているのよ。この私がどれほど王国に対して貢献しているのか。ああ、本当に世の中は努力している者に対して厳しいわねえ」


「……もう満足か?」


 ベアトリクスの芝居にまた仮謁見の間の空気が険悪になり始めたのを感じた俺はその話題を切り上げて先刻の状況の感想を求める。


「ええ、私の読み通りに動いてくれてとても嬉しかったわ。その過程で命の危機に晒されたけど、全て上手く運んだ今となっては最高の思い出ね。あの時の場面を何度思い返しても濡れてくるわ」


「……やはりお前は悪人だ」


 己の読みに絶対の自信を持ち、それが外れることによって生まれる被害を考慮しない。


 どう考えても自分を中心に置いている悪人だ。


「お前の身勝手に他人や国家を巻き込むな」


 他人の生き方に口を挟みたくはないが、軍事部門の総責任者といった国内中枢クラスになるとそうは言ってられないからな。


「場合によっては最悪の結末を迎えるぞ」


 これは冗談でない。


 職業によっては墓場まで持っていかねばならない機密条項がある。


 ベアトリクスがその立場で知った情報が他国に漏れると王国に対して愉快でない出来事が起きてしまうこともあるが、何よりベアトリクスが敵に回ったと想像するだけで恐ろしい。


 その智謀と悪意だけでも心が凍るベアトリクスに、さらに情報という武器が加わった彼女を相手にすることに比べれば今戦争中のラブレサック教国すら可愛いものに思えてしまうだろう。


「もし国に危害を及ぼすようならば死んでもらう」


 俺は独裁者の如く覇気を込めて言い放つと。


「ん~、やはり我が君は我が君ね。その冷たい意志の込められた視線にゾクゾクくるわあ」


 本気とも冗談ともつかない対応を取られた。


「お前は――」


 さすがの俺もこれは許容しがたいので叱責を加えようとしたところ。


「ご安心を我が君」


 ベアトリクスは一国の王女の如く荘厳な表情を浮かべて片膝を付いてきた。


 1秒前まで浮かべていた狂気と喜悦に彩られた表情からの変貌に周囲がざわめく。


 あのアイラでさえ瞳孔を微かに動かしたのだから余程驚きだったのだろう。


「菲才の身でありますが私は元王族。公私の分別についての教育は幼少時から教わっております」


「本当か?」


 その問いはベアトリクスでなく同じ王族出身のヴィヴィアンとシクラリスに向けられている。


「ベアトリクスの言う通りだ」


「国は違えど支配者として相応しい教育を受けています」


「なるほどな」


 つまり許容と禁止の分別は付いているということか。


 それならまだ国の一端を任せても良いかもしれない。


 まあ、不安の方が大きいがベアトリクスは俺よりも賢いのだから完璧にコントロールできる方がおかしいだろう。


 ベアトリクスは俺よりも遥かにキレる。


 そこは認める。


 だから俺は周りの力を借りてベアトリクスを抑える。


 いくらベアトリクスの力が必要な状況だったとしても、家臣の過半数が彼女を亡き者にするべしという意見ならば俺は決断を下そう。


 それがベアトリクスを重用した俺の責任だな。


「お前の覚悟は伝わった。だから面を上げろ」


 俺はこれ以上の問答など不要と判断したので、ベアトリクスにそう命令する。


「はい、仰せのままに。我が君」


 ベアトリクスは唇に笑みを湛えながら、周りの不気味な空気など全く気に留める様子もなく顔を上げた。




「このことをベアトリクスに伝えて良いのだろうか」


 俺は思わずそう漏らす。


 あの後、ベアトリクスは式次第に一切邪魔することが無かったので予定通りに進んで行っていた。


 本当にベアトリクスが何もしなければ驚くほど簡単に進んでいく。


 ……ベアトリクスは俺に恨みでもあるのだろうか?


 口を開けば妄言、行動すれば奇行を取って計画を滅茶苦茶にかき乱し、俺の胃に穴を開けようとしていた。


 挨拶、労い等が終わり、次に目録を授ける場面まで辿り着いたのだが俺の中に不安が生じている。


 エレナ伯爵――いや、エレナ侯爵とキリング男爵達は構わない。


 すでに明言しておりエレナ侯爵は伯爵から位を1つあげ、キリングも新たに爵位を授けている。


 キザマリックとアーデルハイトもこの功績によってジグサリアス王国内での布教と免税を許した。


 だがベアトリクスはそういかない。


 過去、これまでの言動と先程の芝居から栄誉を与えることに不安があった。


「我が君、どうなされました?」


 俺がいつまでも沈黙していることにベアトリクスは不敵な笑みを浮かべながら聞いてくる。


 ベアトリクス、それは分かっていてなお口にするのだろう。


 お前がもう少し大人しくしてくれれば、俺はここまで苦悩することなくスムーズに物事を運べるのだぞ。


 ……ない物ねだりをしても無駄か。


 むしろ頭を悩ますからこそベアトリクスだと言えるし。


「実はな、俺は次のラブレサック教国との戦において総大将を務める」


 黙っていても仕方ないと判断した俺はそう口火を切ると。


「我が君は酷いお人ですね」


 予想通り、痛烈な罵倒が飛び出した。


「すでに大勢は決しています。この戦況だと誰を総大将に任せようが必ず勝つでしょう。しかしそんな出来レースに近い戦争なのに前の決戦よりも名声が集まります」


 ここでベアトリクスは一息を入れる。


「もし我が君に慈悲の心があれば責任者はヴィヴィアン王妃に据えておくべきでしょう。最も厳しい戦いに身を投じた者が最も高い見返りを受ける。それが信賞必罰の道理です」


「全く持ってその通りだ。一部の反論すら許されない」


 他の面々が殺気立つ中、俺は喉を鳴らす。


「俺もベアトリクスと同じ意見だった。しかし、皆が次の戦で俺に総大将を務めて欲しいと懇願されたんだ」


「自分は気乗りしなかったけど周りに押されて仕方なく……責任転嫁と捉えてよろしいかしら?」


 どうもベアトリクスは危機的状況を楽しむ癖があるらしい。


 目線で人が殺せるのなら、すでに百回は死んでいるであろう状況の中でベアトリクスはニッコリと満面の笑みを浮かべて毒を吐いていた。


「ベアトリクス……私もそろそろキレるぞ」


「あら、何かしらヴィヴィアン?」


 と、ここで肩を怒らせたヴィヴィアンが一歩前に出る。


「そもそも夫が総大将を務めなかったのはお前の提案によるものだろうが」


「そうでしたっけ?」


 ヴィヴィアンの怒気の籠った言葉にベアトリクスは首を傾げることで応えた。


 ヴィヴィアンの言葉通り、俺が王都に控えておくことを進言したのは他ならぬベアトリクスである。


 ラブレサック教国との決戦。


 それは何が何でも勝たなければならない戦だった。


 負けることが許されない戦であるがゆえに俺は名目上王都に残るべきだとベアトリクスは強硬に主張した。


 何故なら、国家同士の戦というのは王が敗北を認めなければ勝負が終わらないからである。


 例え先の戦で負け、主力の大部分が捕縛されようとも王である俺が健在である限りまだ負けていない。


 理屈としては一応筋が通っていたのでその案が採用され、代わりの総大将はヴィヴィアンが就任した。


「あらごめんなさい。最近物忘れが酷くてね」


「お前は私よりも若いだろう……いや、幼いというべきかなベアトリクスちゃん?」


「そうなんでちゅー、金髪ドリルヘアーのクルクルおばさんよりも若いんでちゅー」


「喧嘩を売っているのか貴様は! 私はまだ20代だ!」


 ヴィヴィアンがベアトリクスを挑発したのは良いが、呆気なく切り返されて激昂するヴィヴィアン。


「……さて、話を戻すぞ」


 話がどんどん脱線していきそうだったので俺は1つ咳払いをする。


「総大将は俺が務め、参謀はベアトリクス、お前だ。勝ち戦の参謀が今回の遠征の褒賞とする」


「なるほど、私の名を歴史に残すことが褒美ということね」


「あんまり嬉しそうではないな」


 専門家の説明の様に達観した物言いのベアトリクスは俺の言葉に肯定の意を示す。


「歴史に名を残す名誉よりも今後の大陸運営の全権を委任された方が私的には嬉しいわね」


「ベアトリクスらしいな」


 名より実を取るベアトリクスはやはり現実主義者なのだと再確認する。


「その栄光ある任へ就く前に確認させてもらってもよろしいかしら?」


「どうぞ」


「ええ。ラブレサック教国へ攻める軍は他国からの軍も含まれているのでしょうか?」


「まあ、そうだな」


 前の戦に勝ったことによって援軍を出す国が増えており、今では全体の半分以上が同盟国からの軍である。


「で、彼等に私達の命令は逆らえず、どこに配置してもよろしいのでしょうか?」


「それが自軍へ参入する最低条件だ」


 命令を聞かない部隊など邪魔以外の何物でもないからな。


 部隊の長から同意してもらっている。


「なるほどなるほど」


 俺の返事にベアトリクスは楽しそうにクツクツクツと喉を鳴らし。


「親愛なる我が君からの褒美。貰わねば罰があたりましょう。分かりました、謹んでお受けします」


 ジグサリアス王国の参謀長の地位に就くことを了承した。


 就く気になった理由におおよその予想が付いていた俺は釘を刺すために口を開いて。


「ベアトリクス……忠告しておくが同盟国に軋轢を残すような真似はするなよ」


 そんな俺の問いにベアトリクスは分かっているとばかりに。


「安心して下さい我が君。謀略にかけられたと気付かれる様な下手な真似はしません」


 非常に不安な答えを言い放った。


 ……本当に大丈夫か?


 俺はニコニコと笑みを浮かべるベアトリクスに対して内心懸念で一杯だった。

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