決着
俺の左脇に巨大な何かがめり込んでくるのが伝わってくる。
俺の体は竜の尾でなぎ倒されたように右へと体が移動していくのが理解できるが、俺は渾身の力を込めてその場で踏ん張る。
「――っ!」
鎧の上からでも伝わってくる衝撃と痛撃。
『倒れようよ』
痛覚を通り越した死の衝動に襲われた俺の心にそんな言葉が思い浮かんだが即座にその弱い心を追い出し、歯を食い縛って耐える。
バリン!
留まって耐えてしまったからであろう。
ミスリルと鋼を組み合わせ、最大限の強度を誇る鎧はハルバードを喰らった場所を中心として粉々に砕け散った。
負けるのか?
スローモーションで砕け散っていく鎧とその破片を眺めながら俺はそんなことを考える。
この数瞬後、俺は胴体が真っ二つになってしまう未来がありありと浮かんできた。
『このままだと死んじゃうよ?』
俺の心に悪魔の囁きが響いてくる。
確かに俺を守る鎧は砕かれ、後は無防備な肉体しかない。
今、足の力を緩めれば致命傷にはならないだろう。
が。
「ああああああ!!」
俺は咆哮と同時に大地を踏み抜く勢いで足に力を入れる。
今、ここで引くわけにはいかない。
前を見ろ。
生に逃げる奴には勝利などありえない。
そして、俺の体に巨大な斧が突き刺さった。
「――っ」
突き刺さった、が――それは俺の体を両断するどころか、俺の体を5cmほど食い込むだけで終わる。
ベルフェルドはそれが予想外だったのだろう。
勝ち誇った顔から一転驚愕へと表情を塗り潰す。
第一関門突破。
ベルフェルドの最大の一撃を耐え切ることが出来た。
どうしてハルバードが俺の体を両断出来なかったのかは予測になるが、おそらく鎧の性質ゆえだろう。
衝撃を受けた際、鎧が不自然なほど細かくかつ広範囲にわたって破損したが、これによって衝撃を吸収・分散出来たのだろうなと考える。
「……次はこちらの番だぜ」
俺は軸足となる左足を大きく踏み出す。
幸運なことにベルフェルドがいる位置は俺にとって最高の攻撃が出来る。
足の踏み出し場所から剣を振り下ろす位置まで俺が最も得意で力を発揮できるポジションにベルフェルドは棒立ちで立っている。
「おああああああ!!」
俺は雄叫びをあげて剣を持つ手に力を込める。
剣を大上段から袈裟切りを行う位置へと移動させる。
次だ。
これで決まる。
いや、決めなければらなねえ。
一撃でベルフェルドを葬り去らなければ俺に勝ち目など無い。
「――がっ!」
ベルフェルドが少し動いたせいか、頭でなく右肩に剣が突き刺さる。
純白の鎧は俺の鎧の破損状況と違って周りが壊れなかったが、感触から言うと対して力も入れずに鎧を叩き切ることが出来た。
その勢いのまま俺は剣を斜め下左へと移動させようとするが、鎧の他にもベルフェルド自身の筋肉も邪魔し、途中で止まってしまう。
『惜しかったな若造』
ゴボリと血を吐きながらベルフェルドは眼で訴える。
『しかし、お前は良くやった。お前の名はわしが広め伝えてやるから安心して逝け』
ベルフェルドのその自信は特殊能力である全回復からきているのだろうな。
全回復は即死でない限り肉体の異常を即時に回復させる。
つまり後数瞬後には俺が与えた傷など無かったことになってしまう。
これまでか。
俺の頭にそんな疑念がよぎる。
俺の勝手な行動によってこの決戦に負け、ひいてはジグサリアス王国のが敗北する未来が見えてしまった。
すまない。
と、俺は心中で詫びようと考えた瞬間、キラリと太陽光を反射した獅子の剣が目につく。
そういえば出陣の数日前にユウキは自らこの剣を鍛え直すと言って預かってもらっていたな。
すると俺の脳裏にユウキが獅子の剣を打っている場面が浮かぶ。
普段のニヒルな雰囲気など欠片もなく、王としての風格などをかなぐり捨てて一心不乱に剣を打つユウキ。
そのユウキは瞳に宿るのはただ1つの純粋な念のみだった。
“クロスに勝利を!!”
その一念がヒシヒシと伝わってくる。
ああ、そうか。
ユウキは俺の勝利を願っているんだな。
この剣が俺に勝利を齎せてくれることを念じて鍛え直したこの獅子の剣。
そのひたむきで必死なユウキの姿を見ていると、俺の体に活力が戻る。
「!?」
ベルフェルドは俺の変貌に気付いたのだろう、先程までの余裕が消える。
『わしは主に全てを捧げておる!』
ああ、そうかい。
止まりかけていた剣の軌跡が再開し、ベルフェルドの体を通る。
『主よ! わしの何が悪かったのじゃ!』
いいや、ベルフェルド。お前は何も悪くねえ。
あんたの活躍は主とやらも必ず知っているだろうよ。
『終わりだ、ベルフェルド将軍』
刹那の時で俺はそうベルフェルドにメッセージを送る。
俺は負けられねえんだよ。
俺の部下であるトール、ケビン、ユーズ、ザルドのため
俺の仲間であるキッカ、アイラ、ユキのため。
俺の妻であるレオナのため。
そして……ユウキのために。
「俺は! 絶対に勝つ!」
ブチリ
そんな不快な音と共にベルフェルドの体が別れる。
一撃で死んだのだろう。
全回復が起こる予兆がベルフェルドの体に現われねえ。
「……主……よ…………」
それがベルフェルドの最期の言葉となった。
「クロス!!」
ベルフェルドが事切れると同時に慌てた様子のキッカが駆け付けて来る。
「一体あんた何やってんの! 見てて心臓が止まるかと思ったわよ!?」
ああ、端から見ればそうかもしれねえな。
もし部下が俺と同じことをやればキッカと同じ肝が冷える。
「とにかく、早くギールに乗りなさい! 至急治療してもらうわよ!」
キッカはそう言って俺の腕を掴んで引っ張ろうとする。
「悪いな、もう少し待ってくれ」
俺にはまだ残された仕事がある。
限界以上の力を出したせいか、体が思うように動かねえ。
まるで鉛を流しこまれたような倦怠感が体を包む。
しかし、俺はそれを振り切って剣を高く掲げる。
「敵将! ベルフェルドは金獅子騎士団団長――クロス=ダイアモンド=カザクラが討ち取った!」
その瞬間、味方からは歓喜の声が上がり、逆に敵からは絶望の悲鳴が上がる。
「さて、行くか」
ラブレサック教国軍が敗走していくのをジグサリアス王国軍が追撃し始めるのを見届けた俺はギールの背に乗ると。
「……向こう見ず」
そこには何故かユキがいた。
小さな体をチョコンと縮ませてギールに乗っているユキは可愛いのだが、今の私に近づくなという気配をビンビンと発してやがる。
何故そうなっているのか首を傾げているとキッカが耳打ちしてくれた。
「ユキも心配していたのよ。一騎打ちの最中、ずっと私の袖を掴んでいたわ」
「おお、それは悪かったな」
普段から無口で無表情、本能に忠実なユキから心配されるのは嬉しい。
だから謝罪の意味を込めてユキの頭を撫でてやるのだが。
「……いや」
プイっと頭を大きく揺らして俺の手から逃れた。
「まあ、仕方ねえか」
嫌われる理由が十分すぎるほどあったので俺は苦笑する。
そしてキッカがギールの手綱を握って羽ばたく直前に。
「陣地に戻ったら覚えておきなさい。レオナの怒りは半端無いわよ」
そんな不吉なことを漏らしたので俺は慌てて自軍の方を見やると、陣の最前線でニコニコと笑うレオナを見つける。
間違いねえ。
レオナは本気で怒ると素晴らしい笑みを浮かべる癖がある。
そこから察するにあれは相当ヤバいだろう。
「うええ……」
この後の惨事を想像した俺はガックリと項垂れた。




