大いなる流れ
今、俺はラブレサック教国へ向けての進軍途中である。
30万という数の兵を動かすのはそれなりに時間がかかり、1人なら5日で行ける道程を1ヶ月も掛けて移動しなければならなかった。
そしてある日の夜半。
俺専用のテントに客人が現れた。
「キーツ王国の国王――マダスティル=キーツ=ダルムンク様がお見えになられました」
シクラリスの先導によって俺の前に1人の壮年が姿を見せる。
優しげな眼差しとほっそりした体つきによって一見頼りなさ気の優男に見えるが、それで一介の国王が務まるわけではあるまい。
実際注意深く観察すると、その瞳の奥にある強い意志が確認できた。
「お初にお目にかかる、カザクラ殿」
丁寧に腰を折って礼を取るのだが俺からすれば逆にこちらが目上の礼をするべきだろう。
何せキーツ王国の王族というのは“天”という属性を扱うことが出来る。
その威力は他に類を見ない破壊力を秘め、イズルガルドの話によると一瞬で千もの軍隊を消し去ったらしい。
今回はキーツ王国が中立を保っていてくれたから良かったものの、もしラブレサック教国側に与していたら絶対に勝てなかっただろうな。
「ご足労痛みいる、ダルムンク王」
俺としてはダルムンク王と同じ立場を取りたかったのだが、ヴィヴィアンに止められる。
「夫は大陸の支配者なのだぞ。例え王であろうと同列に扱ってはならん」
と、シクラリスも賛同したので俺はこのような形態を取らざるを得なかった。
「それで、ダルムンク王の要件とは」
ヴィヴィアンとシクラリスを退出させた後、俺は単刀直入に尋ねる。
こういうのは余計な腹の探り合いをしても仕方ないからな。
するとダルムンク王は居住まいを正して口を開く。
「第3の時代の覇者をこの眼で確かめに参った」
「第3の時代?」
聞き慣れない言葉だったので俺は問い返すとダルムンク王は1つ頷いて。
「第1の時代がキーツ大帝国を中心とした“力”の時代。第2がラブレサック教国を中心とした“魔術”の時代ならば第3の時代はジグサリアス王国を中心とした“技術”の時代と捉えておる」
ダルムンク王曰く。
キーツ大帝国が覇を唱えていた1000年前は力こそが物を言った時代であり、弱肉強食の掟が人間社会でも適用されていたらしい。
「遥かな昔においては魔術などは存在せず、魔物と戦うにあたっては全て剣や弓などを用いなければならなかった」
その時代において初めて登場した魔術が現在のキーツ王国のみが使えるとされる“天”という属性。
「キーツ大帝国初代皇帝は天使と評され、人間を纏めてユーカリア大陸の支配に乗り出した」
補助魔法や回復魔法すら無い時代に半径100mを消し炭に出来る者が現れれば人間がその者にどんな念を抱くのか想像するまでもないな。
「キーツ大帝国時代は野蛮だったとよく評されるが、わしから言わせて貰えれば、その時代があったからこそ人間はこのユーカリア大陸において王者となれたのじゃ」
魔物の主を薙ぎ払い、通行に邪魔な山や川を消滅させることによって今のユーカリア大陸の原形が出来たらしい。
「古の古文書によると、ユーカリア大陸において人という種族が弱者であった時代に天使が舞い降りた。その天使が崩御してから500年の時を第1の時代と呼ぶ」
ダルムンク王の話は続く。
「第2の時代の始まりは紀元前イルヴァナス歴50年。聖女と名乗る者が出現し、ラブレサック教国を建国した」
その聖女は特別な血筋を持たなくとも扱える魔術を発明・普及させ、瞬く間に勢力を拡大させたという。
「魔術を発明した聖女はその後、最も戦闘において有利な特性を持つ神を選出し、それを信仰するよう強制した」
「それが主――ラブレサック。戦闘において自動回復または全回復という特殊能力を付与させる神」
「左様」
俺の言葉に首肯するダルムンク王。
「魔術と自動回復――この二本柱を掲げたラブレサック教国に我らキーツ大帝国は敗北し、大陸の覇権をラブレサック教国へ移譲した」
そこから約500年もの間ラブレサック教国が大陸に覇を唱え、魔術というのを大陸中に普及させると同時にラブレサック教を各国の国教と据えた。
「国教に据えても恩恵が与えられるわけではないのだが、あえて行ったのは各国を縛るためじゃろうな」
宗教によって他国を自在に操る。
なるほど。
確かにその有用性は俺の世界でも立証済みゆえに、その聖女とやらは相当頭が切れたのだろうな。
「さて、ここからが本題じゃ」
ダルムンク王は居住まいを正す。
「1000年前、大陸を支配したキーツ大帝国は500年前に覇権をラブレサック教国に渡した。そして今、ラブレサック教国は譲り受けた覇権をジグサリアス王国へ受け継ごうとしておる」
「……ああ」
この状況を見れば誰だって理解できる。
魔物大侵攻によって各国の結束は崩壊し、頼みの綱である神聖騎士団も壊滅した。
あれほど権威を誇ったラブレサック教国などもはや影も形も無い。
今のラブレサック教国はまな板の上の鯉という表現がピッタリだろう。
「すでにラブレサック教国国境にはエレナ伯爵の部隊が待機している」
明日、何事も無ければ俺達はエレナ伯爵達と合流する。
そしてその足でラブレサック教国を攻める予定を立てていた。
「で? 結局何が言いたい」
俺は無表情で尋ねるとダルムンク王はしばし瞑目した後に口を開いて述べる。
「息子であるカルベルトを任せにきた」
ダルムンク王は続ける。
「ジグサリアス王国に勝利を、もし明日負けるようなことがあればそれこそ世界が終わる」
「何を大げ――」
俺は嗤って済まそうとするが、ダルムンク王の眼差しは真剣そのものだ。
「カザクラ王、歴史の流れから外れた者に待っているのは滅び一択のみ。それは人も国も世界でさえ例外でない。カザクラ王の出現した時期や新たに生み出した技術を鑑みると、そなたが勝たねばならぬのじゃ」
「話は分かる。しかし、わざわざ“天”の助太刀が必要なのか?」
情報によるとラブレサック教国はすでに無視の息。
圧倒的な力を持つ天の助けを必要としないはずだ。
「カザクラ王、ラブレサック教国には切り札が存在するのです」
眼を瞑り、沈痛な様子で首を振るダルムンク王。
「500年前、大陸の雌雄を決する戦いの際においてラブレサック教国は1つの保険を掛けていた。まあ、それが実際に使われることはなかったが、それは確実に存在している」
「何故ラブレサック教国に保険があると分かる?」
「それはカザクラ王自身が御承知のはずでは?」
「は?」
ダルムンク王の言葉に首を傾げる俺だが次の言葉で驚愕に顔を歪める。
「あの決戦で万が一負けた場合、カザクラ王は大陸を滅ぼす危険性のある切り札を使用していたでしょうな」
「何故知っている!!」
俺は辺りに憚らず叫ぶ。
あれの存在は極秘中の極秘だったはずだ。
サラどころかエルファさえあれを語らなかった代物。
ジグサール王城の地下深くで眠らせてある物質の名称はダークマター。
エネルギーを吸収・放出する性質のある石に特殊な加工を施すことによって限界にまでエネルギーを蓄えることが出来るようになる。
その威力は、拳大の大きさで半径数kmをチリと化すほど絶大なもの。
断っておくがそれはあくまで最終手段。
もしそれが各国で作られるようになれば何かの拍子で大陸が吹き飛んでしまう懸念が出てくるからな。
「500年前の決戦時、ラブレサック教国に敗北したキーツ大帝国は“天”を暴走させて大陸を消滅させようとした」
「っ!」
ダルムンク王の言葉で正気に返る俺。
「ゆえに分かる。追い詰められたラブレサック教国は必ず切り札を使ってくる。それが何なのか詳しいことは分からぬが、世界を揺るがす類のものと考えて間違いはないじゃろう」
本当にダルムンク王は何も知らないのだろうか。
ここまで来ると推測やら洞察の域を越え、未来予知と呼称しても差し支えない。
「カザクラ王、お分かりですかな?」
ダルムンク王の言葉に頷く。
「カルベルトをお供させて頂きたい。次の戦でジグサリアス王国が敗北するわけにはいかんのじゃ」
俺はこの提案を断る選択肢など無かった。
ここはラブレサック教国総本山であるグロード大神殿にある一室。
年代物の壺や金が織り込まれた敷物など見た目こそ派手ではないものの、その価値を知る者がいれば足が竦むことは間違いないだろう。
小物を含め、どれ1つ取っても平民が稼ぐ一生の金では足りないものばかりと、清貧を心掛けるラブレサック教の教えと照らし合わせてもこの執務室は相反していた。
「なんじゃと! もう一度言ってみよ!」
その洒落た執務室に中年のヒステリックな声音が響き、その男の前で平伏しているバーツが恐る恐る口を開いた。
「……は、シュバルツ枢機卿。我ら神聖騎士団を含むラブレサック教国軍は敗北しました」
ジルベッサー=シュバルツ枢機卿。
脂ぎった髪と樽の様に太い体型からしばしば豚男と揶揄される彼だが、ジルベッサーは聖女を除いた最上級の階級であり、数千万とされるラブレサック教の信者の中でも4人しかなれない特権階級の人物。
しかもジルベッサー以下他の枢機卿は彼の子飼いの部下であることから実質ラブレサック教において最高権力者はジルベッサーだろう。
「ええい! くそっ!」
ジルベッサーは怒りのあまり、近くにあった花瓶を投げつける。
その花瓶1つで大の大人1人が3年遊んで暮らせる代物がバーツにぶつかり、そして音を立てて粉々に砕け散った。
「何故じゃ! 何故わしらが負けた!? 全回復に加え、死を恐れぬ兵士! 負ける要素など1つも無かったはずじゃ!」
髪を振り乱しながらそう喚き立てるジルベッサーに聖職者らしい面影は微塵もない。
むしろ裏社会のフィクサーと言った方がしっくりくるだろう。
「進言申し上げますシュバルツ枢機卿」
バーツは声を震わせながら意見を述べる。
「もはや趨勢は完全にジグサリアス王国へ傾きました。ことここに至っては素直に降伏を受け入れ――」
「ふざけるな!」
バーツの言葉を否定するジルベッサー。
「何故降伏などしなければならないのだ! ラブレサック教国は無敵だ! 如何なる存在であろうと刃向う者は死あるのみ!」
もはやジルベッサーに正気の念は無い。
ただ、目の前の現実を認めたくないあまり駄々をこねる子供のようだった。
「どうすれば、どうすれば……」
バーツを堆積させた後、ジルベッサーはうろうろと部屋の中を歩き回るが良い答えなど出る筈もない。
案の定顔を真っ赤にして頭を抱えて。
「主よ! そなたは敬虔な私を見捨てたのかぁぁぁぁぁぁ!」
力一杯腹の底から大声を上げた。
「……そうだ、あれがあった」
大声を出し、多少冷静になったジルベッサーの脳裏に最下層にある開かずの扉の存在を思い起こされる。
あそこは禁断の場所として近付くことすら許されない。
「ここを開ける時というのは大陸が滅亡の危機に瀕した場合のみです」
ジルベッサーの恩師が開かずの扉をそう説明していた。
「今こそ開ける時だ」
ジルベッサーは決意する。
開かずの扉を開けるのは今、この時を置いてない。
「ラブレサック教国の敗北は大陸の滅亡へと繋がる」
本当はそんなことなどありえないのだが、幼い頃からそう教育を受けてきたジルベッサーは本気でそう信じているようだった。
「ククク、異端者カザクラめ。今から正義の鉄槌をくれてやるわ」
ジルベッサーはそんなうわ言を呟きながら執務室から出ていった。




