愚か者の思考
「さすが赤飛竜騎士団、良い働きをしてくれる」
私――レオナは遥か上空で行われる戦闘の様子を確認してそう漏らす。
赤飛竜騎士団の団員は30に対してラブレサック教国軍の竜騎士は少なめに見積もっても50は超えていた。
数の上で不利ゆえにさすがのキッカ団長も苦戦するかと思われたが、蓋を開けてみると大勝利。
「レオナは心配し過ぎなんだよ、キッカとユキがいるんだからこの決戦は必ず勝つって」
先日、私の懸念を見抜いたのかクロスがそう諭した言葉が蘇る。
当時は何を呑気なことをと呆れ果てていたが、今この結果を見るとクロスの批評は身内という甘い感情から出た言葉でないことを思い知らされる。
「やれやれ、少し嫉妬を覚えるな」
クロスから絶対の信頼を受けているキッカ団長とユキ団長を想像して私の胸の内から湧いて出てきたもやもや感に人知れず溜息を吐いた。
「レオナ副団長! 正規兵がそろそろ接触します!」
伝令兵の報告によって我に返る私。
いかんいかん。
今は戦時中だぞ。
この黒い感情は後でユウキ王を誘惑してクロスを困らせることで解消すればよい。
今は私に与えられた任務をこなすべき時だ。
「全員! 楯を用意!」
後方から送られてきた楯を前衛の兵士が持つ。
「さあ! タイミングを間違えるなよ! 傭兵団! 出撃用意!」
「「「「おう!!」」」
私の檄にジグサリアス王国側に付いた傭兵団が威勢良く返事をした。
「なんじゃあれは!? わしらを愚弄しておるのか!」
わし――ベルフェルドはジグサリアス王国軍が構えた楯を見て憤怒に身を震わせる。
「よりにもよって主を楯に描くとは!」
世の衆生をお救い下さる主を戦争に利用する。
そんな恐れ多いことを平然とやりおる奴らに良心というものはないのか。
これを主が知れば激怒し、ジグサリアス王国に住む者は1人残らず地獄へ落とすじゃろうな。
「おのれぇ、異端者カザクラめ」
何の罪もない国民さえ道連れにするとは何という悪魔。
何百何千万という数の人間を地獄に落としたとしてカザクラは永劫地獄の業火に責められ続けるのがお似合いじゃ。
「ベルフェルド様、如何しましょうか?」
「バーツ、何がじゃ?」
バーツは長年付き従ってくれおるわしの忠実な副官じゃ。
バーツはわしと同じまだ40代のはずなのじゃが、頭が見事に光っておる。
一体何故こんなに早く毛が抜けたのか尋ねてみたい衝動に襲われた時もあったが、それは向こうから尋ねて来るまで待つのが上司としての判断じゃろう。
「遠目に確認する限り、信仰心厚い我らは主が描かれた楯に対してこのまま攻撃して良いのか迷っているの――」
「何を馬鹿なことを言いよる! サッサと攻撃の命令を出せ!」
このまま突撃して良いのか迷っているわしらの軍は魔法の良い的になっておる。
普通、魔法というのは拡散するものなのじゃが、あの筒から発射された魔法は凝縮したまま襲い掛かる。
その集中された威力に正規兵は自動回復する間もなく葬り去られておった。
「しかし、例え敵であっても主に剣を向けるのはどうかと」
「敵に利用される方が主にとって不本意である! むしろここで躊躇うことこそ奴らの思いのままじゃ!」
小賢しい策や兵器など踏み潰してやれ。
主を愚弄する輩が掲げる主など主ではない。
わしは銅鑼を2回鳴らし、前衛の兵もそれに応えて雄叫びをあげて突撃したのじゃが。
「な、何が起こっておる!?」
大楯の後ろから現れた連中にわしは驚きを禁じえんかった。
「将軍! 向こうは我々の装備を付けて戦っておられます!」
バーツの言葉通り、忌々しい塗り絵を取っ払った先にあったのはわしらラブレサック教国軍標準の鎧兜。
後方にいるわしからすると敵味方の区別がつかん。
こちらの兵は偽軍団の向こうにいる軍へと進もうとするが、誰が敵で誰が味方なのか分からん状況。
兵達が恐慌を起こし、辺り構わず斬りかかっている様子があちこちで確認できよった。
「将軍! 前線が混乱しておりますので一旦退くべきです!」
確かにバーツの言う通り前線はすでに混沌の様相を見せておる。
すでに指揮系統が存在せず、このままだと悪戯に被害を増大させるだけじゃろう。
「……やむを得ん、いったん引く」
幸か不幸か前線が団子状態なので追撃を掛けられる心配が無い。
兵の三分の一である5万を見殺しにするのは忍びないが、ここは耐えるしか無かろう。
「おのれ……カザクラめ、次はこういかぬぞ」
まともに立っておれぬほどの怒りに身を焦がしながらわしは残った兵を後方で纏めた。
「策は大成功といったところか」
ラブレサック教国軍の本体を退けたので私――レオナは大きく一息を吐く。
この一連の流れは二段構えの策だった。
ラブレサック教が崇める主を描いた楯を見せることで相手の怒りを買い、冷静さを失って突撃したところで向こうと全く同じ装備をした傭兵団で迎え討つ。
最初の策で向こうが怖気づくなら遠方から魔法銃で狙い撃ちにしてやれば良い。
そんなことをせずに予定通り向かってくるのなら偽軍団で迎える。
「さすがベアトリクス様というべきか」
この策を考えたのは南方で待機しているシマール国元王女――ベアトリクス=シマール=インフィニティ。
相手の心を読み、的確に相手の弱点をついてくる生まれながらの策士。
味方にすれば頼もしいが、敵にするとこの上なく恐ろしいタイプの典型だな。
「まあ、これで終わったわけではないがな」
この程度などベアトリクス様にとっては悪戯でしか過ぎない。
「用意できました」
今度は前線の兵全員に真っ黒な槍を持たす。
「間違っても素手で触れるなよ! お前らも死にたくはないだろう!」
本番はこれから。
悪魔と評されるベアトリクス様が生み出した血も凍る残酷な兵器が姿を現した。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
わし――ベルフェルドはこの惨状に怒りしか覚えぬ。
一体この様は何なのだ?
信徒ではないとはいえ加護を受けた傭兵どもがまんまと罠にかかって取り込まれて全滅し、さらに正規兵を従えて突撃しても前線の兵を見捨てて撤退。
立て続けの失敗によってわしらの兵数は20万下回っておる。
こんな様子ではラブレサック教国の威信が下がるだろうが。
魔物大侵攻によって疲弊し、疑いを持った民達に希望を与えるには圧倒的勝利以外ありえんのだ。
「バーツ」
わしは腹心の部下を呼ぶ。
「神聖騎士団を出陣させよ。この下らん茶番をサッサと終わらせる」
我がラブレサック教国が誇る最強の軍団である神聖騎士団。
彼らは一兵卒であっても一騎当千の猛者であり、さらに特別な加護が付いておる。
それは“全回復”
どんな傷を受けようともそれが即死でない限り傷はたちまちのうちに治る。
この加護の前にはどんな強敵が現れようとも鎧袖一触じゃろう。
「しかし、ベルフェルド様。私の意見を申しますと今、神聖騎士団を出撃させるのは反対です」
「何故じゃ?」
普段から従順なバーツの珍しい反抗にわしは目を向ける。
「今、わしらの状況が分かっておろう。ここで勝利を出しておかねばわしらは潰走するぞ」
わしら信徒は例え1人になろうと武器を持つが、一般の兵はそうではない。
立て続けの失敗に一般兵が意気消沈しておるわ。
「はっ、確かに士気を取り戻すために最強の神聖騎士団を出撃するのは道理です……しかし」
ここでバーツは敵陣を見やる。
「向こうが持っているあの黒い槍が気になります。おそらくあれは対神聖騎士団の兵器、迂闊に手出しすれば痛い目を見ます」
「ではどうするべきだと?」
「はっ、ここは必勝法である自動回復を生かした小規模な戦闘を繰り返しましょう。少なくともあの黒い槍が何なのか分かるまで大規模な戦闘を控えるべきです」
ふむ、確かにあの見慣れぬ槍にはわしも何か引っかかるが、バーツの提案を聞き入れるわけにはいくまい。
ここまで1つでも勝利をしていれば一考の余地があったが、今のわしらは全敗。
長期戦に持ち込んでしまえば、この戦に勝ったとしても無様な戦をしたとしてわしは降格してしまう。
それだけは避けねばならん。
それにどんな効果があろうが一瞬で回復させる特殊スキルの前には新型兵器だろうが鎧袖一触じゃ。
「バーツ、お主の懸念も分かる。敵の罠に突っ込むのは愚かじゃが、慎重になりすぎて大意を逃すのはもっと愚かである。危険な橋を渡る羽目になるじゃろうが、その分成功すれば敵の支えも折ること出来るので一石二鳥じゃ」
敵の目玉兵器を葬り去って獅子奮迅の活躍を見せてやれば兵の士気も回復し、一連の失敗を帳消しにするどころか戦いを優位に進めることが出来る。
ゆえにここは行くべきじゃろう。
「バーツ、わしの考えは変わらん。神聖騎士団を出撃させ、敵を蹴散らせてやれ」
わしの決意の固さを知ったのかバーツはこれ以上何もいうことが無く、一礼してこの場を去っていった。




