クロスの決断
「神聖騎士団が出撃するようです」
「分かっている」
伝令兵の報告が無くても僕――クロスは向こうが切り札を投入してきたことが理解できた。
白一色で統一された鎧と兜で装飾された神聖騎士団はこの血みどろの戦場の中である種の隔絶感を与えてくる。
加えて彼らは自分達こそがこのラブレサック教国ひいては大陸の守護者だという自信に満ち溢れていた。
「準備は整っているかな?」
僕の問いかけに伝令兵は頷き。
「はい、ベアトリクス様考案の兵器はすでに行き渡っております」
前線の兵士が持っている黒い槍――滅びの槍。
ただの槍に様々な毒を塗り込んで作られた代物。
しかもただの毒でなく、喰らった瞬間速やかに廃人となるよう調合された毒。
「これが最も効率が良いんだろうね」
全回復や自動回復が作用するのはあくまで肉体のみであり、恐怖や痛みなどの記憶まで回復するわけじゃない。
そこに目を付けたベアトリクスは実験を開始した。
効率良くかつ速やかに廃人へと追いやる毒の開発のために、ユウキの知識をもとにしたベアトリクスは囚人の他にも神聖騎士団の団員を拉致して何度も実験を行っていたと聞いている。
後始末はエルファが行っていたため、全貌は分からないがどう少なく見積もっても数百は下らないだろう。
「後で結果を教えてね」
先に旅立つベアトリクスが喜々とした表情でそう尋ねてきたのが今でも印象に残っている。
「……本当にこれで良いのかな」
僕はポツリと呟く。
「確かにこの兵器を使えば神聖騎士団を壊滅させ、この決戦で大勝利を得ることが出来る」
敵の心はすでに折れかかっている。
今、ここで神聖騎士団が負けるようなことがあれば彼らは潰走するしかないだろう。
「それに……」
トール、ケビン、ユーズ、ザルド……
金獅子騎士団の前身である『山』の頃から付き従ってくれた彼らが危険に晒されなくとも良くなる。
「だからこれで良い、これで良いんだ」
僕は自身に言い聞かせる。
正直心の奥底から「これは違う!」との叫びが聞こえてくるのだけど、僕は無理矢理そう納得させる。
そして僕は滅びの槍を構えろという命令を出そうとしたのだけど。
「……クロス将軍、何か悩みごとでもあるのでしょうか?」
僕の心情を察したのかトールがそう尋ねてくる。
「いや、何でもない」
僕は心配させまいと笑顔を作るのだけど。
「大将、嘘をついていますぜ」
ケビンが人懐っこい笑顔で看破する。
「自分が当ててあげましょう、クロス将軍はこのまま戦を進めて良いのか迷っていますね」
人の思惑を読むのが得意なユーズがズバリと答える。
「まあ、確かに拙者もこのまま思い通りに進めて良いのかと疑問を抱いております」
ケビンは頷きながら。
「確かに最強と名高い神聖騎士団を前にして武を競わないというのは納得がいかねえ」
「問題なのはこの後です。滅びの槍を使用した私達はこの戦に勝利するでしょうが、市井の者は何と評価するでしょうか」
トールの言葉を引き取った僕は。
「……決戦に勝利したのは新型兵器の功績であり、依然最強の騎士団は神聖騎士団である」
その台詞にユーズは大きく頷いて。
「その通りです。我々金獅子騎士団の武勇は話題に上りません。戦いに敗れはしたものの、最強は変わらず神聖騎士団という評判に落ち着くでしょう」
「う……」
確かにユーズの言葉通りだと思う。
魔物大侵攻によって経験を積んだ自分達の実力は神聖騎士団よりも劣っておらず、むしろ全回復があっても互角以上の戦いが出来ると踏んでいる。
厄介な全回復といっても頭や臓器を潰されればしばらくは行動不能となる。
そのことはベアトリクスの実験の結果から分かっている。
ユーカリア大陸最強の騎士団という名誉を得るチャンスに僕の心は揺れる。
けど……
「もし戦うとユウキの命令を無視することになる」
その事実を思い出した僕は首を振る。
「ユウキは僕を信頼してくれてここを任せてくれた。もし出撃してしまえばユウキを裏切ることになってしまう」
ユウキは凄いけれど、先日のベアトリクスの件の様に身内に甘いという欠点を持っている。
だからこそユウキは僕の命令違反に対しても怒らず、寛大な態度を示すだろう。
それはあまり良くない。
特定の人物だけ擁護すると人心がユウキから離れていくのは道理。
ジグサリアス王国のためにも耐えるべきなのかもしれない。
だから僕は否定の言葉を口にしようとしたら。
「クロス将軍、周りを見渡して下さい」
ザルドがそう言い渡す。
いつの間にか僕は金獅子騎士団全員の注目を集めていた。
「彼らの考えは私と同じです。今、ここで神聖騎士団との決戦を望んでいます」
トールの言葉通り、確かに彼ら全員の目に静かな決意が浮かんでいるのが見て取れる。
「やりましょうクロス大将、俺達なら最後まで大将についていきやすぜ」
「まあ、クロス将軍がいなければ自分が残る意味もありませんし」
「拙者も同意である」
「皆……」
彼らの言葉に僕の心は揺れ動く。
ユウキへの忠誠心と部下達からの信頼。
自分はどちらを取るべきなのだろう。
そして迷いに迷った末、僕が出した答えは――
「聞け、金獅子騎士団の諸君!」
獅子の剣を抜き放った俺は声を張り上げる。
「戦いは終始我らの優勢だ。我らの猛攻の前にラブレサック教国は虎の子である神聖騎士団を出撃させた!」
獅子の剣が指し示す方向には、神聖騎士団が出撃しようと隊列を組んでいるのが確認できる。
「奴らの対策法は簡単だ! ベアトリクス参謀長が考案したこの滅びの槍を突き刺せば簡単に勝利を得ることが出来る!」
ベアトリクス考案の滅びの槍。
あれがあれば容易に神聖騎士団を全滅させるだろう。
「しかし! 本当にこれで良いのか! このユーカリア大陸において最強の騎士団がどちらなのかを決めなくて良いのか!」
その通りだという声があちこちから上がる。
「ゆえに! 俺は問おう! 作戦通り進みたいものは左手を! 俺と共に決戦を望む者は武器を掲げよ!」
「「「「おおおおおおお!!」」」」
金獅子騎士団全員が雄叫びを上げて闘志が最高潮に高まったのを確認した。
「待て! 何を独断行動をしているんだ!?」
進行途中、事態を知ったヴィヴィアンが血相を変えて詰め寄ってくる。
「金獅子騎士団の出番はまだ後だ! だから速やかに持ち場へ戻れ!」
全体を統括するヴィヴィアンらしい言葉だが、悪いがそれは聞けねえな。
「悪いな、罰は後で受ける」
俺はそう打ち切って先へ進もうとするのだが、今度はシクラリスが立ち塞がる。
「今すぐに戻りなさい。ここより一歩先へ進めば私の権限でクロス将軍の権利を全て剥奪します」
静かだがハッキリとした口調で言い切ることから本気なのだろう。
このお嬢ちゃんは受け身に見えてしっかりしているからやりづれえんだよな。
「ああ、やればいいさ」
俺は手をヒラヒラ振りながらニヒルに笑う。
「男には戦わなければならねえ場面もあるのさ。だから俺1人になっても戦場へ赴くね」
「……そうですか」
俺の決意を聞いたシクラリスは目を瞑って大きく息を吸う。
白金の髪が風に吹かれて揺れる様子はここが戦場というのを忘れさせてくれるな。
「近衛兵! クロス将軍を捕えなさ――」
「許可できないでしょうか」
騒ぎを聞き付けたのかレオナがいつの間にか傍にいてそう口添えをする。
「私からもお願いします。クロス将軍率いる金獅子騎士団の出撃を進言します」
軍人らしくキビキビとした口調で普段も話すのだがこの時は弱々しく、懇願している様に聞こえるな。
「黙りなさい、レオナ副将軍」
しかし、シクラリスはレオナの言葉を一蹴する。
「もし負ければ向こうは士気を取り戻し、果敢に攻めてくるでしょう。そうなっては今まで積み重ねてきた勝利が全て水の泡と化し、敗北の危険性さえあるのですよ」
考えたくない未来を述べてくるなシクラリスは。
「その時あなたは死んでいった者にどう説明しますか? まさかご主人様だから敗北しても許してくれるだろうという甘い感情を抱いているのではありませんね?」
「っ!」
シクラリスの追及に唇を噛む俺。
確かに心の隅でユウキだから甘えていたという思いがあった。
そこをシクラリスは責めてくる。
「もし敗北すれば私はクロスを斬首します。釈明は聞きません、例えご主人様の意向に逆らおうとも決行します」
「……」
やれやれ。
深窓の令嬢と高を括っていた自分を殴りたいぜ。
まさかここまで芯の強い奴だとは思いもしなかった。
「……ああ、良いぜ」
俺は頷く。
「今、ここで誓おう。敗北すれば俺はこの首を差し出す」
「「「「……」」」」
辺り一帯に沈黙が漂い、誰も話さない。
「……分かりました」
しばらくの後にシクラリスはそう呟く。
「そこまで言うのなら私はもう止めません」
そしてシクラリスは踵を返し、本拠地がある後方へと戻っていった。
「……悪いな、レオナ」
俺は最愛の人に謝る。
「お前にまで迷惑をかけちまいそうだ」
「なあに、気にするな」
俺が負ければ自身の立場も危うくなってしまうにも関わらずレオナは笑う。
「私が好いたのはそんなクロスだ。普段は泰然と構えているが、時折無謀な行動を取ってしまうクロスだからこそ愛したのだ」
「教官」
「教官ではない、レオナだ」
思わず出てしまった言葉にレオナは快活そうに訂正する。
「行ってくる」
「ああ、達者でな」
軽い口付けを済ました俺は最後にそう言い切って歩を進める。
「……おーい、一応私は総大将なんだぞ」
置いてきぼりにされたヴィヴィアンの泣きそうな声が聞こえた様な気がしたが多分気のせいだろうな。




