陽気な死神
ラブレサック教国に属する者は全員“自動回復”という特殊能力が付随される。
これはその名の通り、例え瀕死の重傷を負ったとしても生きている限りは回復していき、最終的には攻撃を受ける前と同じ状態にまで戻る。
性質が悪いと思うのは、その自動回復が腕を切り落とされる様な怪我であっても元通りに完治することだな。
おかげで戦場の定石である負傷者を増産しても意味など無かった。
そんなチートじみた付加能力を持つラブレサック教国軍。
怪我や損耗率など考えずに済むという絶対的なアドバンテージを持っている。
「……まあ、だからこそ付け入る隙があるのだけどな」
下の戦場を確認すると、ラブレサック教国軍は見事に2つへと分かれている。
その場で待機し、出る隙を窺っているのは正規の軍隊。
さすがというべきか彼らは微動だにせず、泰然と構えていた。
そしてもう一方のこちらの陣へ突撃していっているのが傭兵団など非正規兵。
傭兵団もこの場限りは自動回復の加護を受けているので、彼らは後先も顧みず攻めてくる。
『ユウキよ、この場をどうするつもりだ?』
「なに、見ていろイズルガルド」
イズルガルドの念話に俺は唇を歪ませる。
「まずは奴らを全滅させる。煩いハエを追っ払わないと後が面倒だからな」
多少の傷を与えても回復してしまうので、こちらから攻めるのは不利。
ならば確実に相手を殺す戦法を取らなければならなかった。
俺の眼前にあるジグサリアス軍はその場で魔法や矢を放って牽制し、大楯を構えている。
向こうからすれば一枚の壁に見えるだろうが、上空から見える俺からすると少し違うんだよな。
『壁にとり付いたぞ』
イズルガルドの念話通り、あちこちで傭兵団が大楯に取り付き、なぎ倒している場面が確認できる。
「よし、後はレオナの統率能力に任せるか」
俺の呟きと同時に壁の部分部分が瓦解し、そこから傭兵が蟻の如く陣の奥へと侵入してきた。
「俺に続け! 褒美は思いのままだぞ!」
紫狼団の突撃隊長である俺――グール=コルウェンは部下に向かってそう檄を飛ばす。
「ジグサリアス軍の幹部を討ち取った者には金貨100枚だ!」
俺の言葉に後ろで付いてきている奴らが歓声を上げるのが確認できる。
「しかし、肩すかしをくらった気分だよな」
ラブレサック教国に喧嘩を売るぐらいだから、どれほど強いのか身構えていたものの、攻めないどころか僅か30分足らずで戦線が崩壊した。
先の魔物大侵攻で質が落ちてしまった要因があるのかもしれないが、いくら何でもこれは無いだろう。
これで国を守れるのなら俺達は今頃大陸の覇者だ。
「よし、そろそろ引き返すか」
十分陣の奥へ潜り込めたので、ここから外部と呼応して打ち崩そうと命令を出そうとするが。
「ボス、あれを見て下さい」
慌てた様子の部下が指し示した方向を見ると、そこには紫狼団の団員とは違う奴らが先行している。
「ボス、先へ進みましょうよ。早くしねえと他の傭兵団に先を越されてしまいますぜ」
部下は逸る気持ちを滲ませながらそう進言してくるが、生憎と俺の勘がこれ以上先へ進むことを止めている。
「気にすることはねえ! 俺達はここで暴れるぞ!」
死んじまったら元も子もねえ。
これ以上進むと下手すれば俺達は孤立無援の状態での戦いを強いられる羽目になりかりねえから、奴らを気にするなと命令したが。
「お、俺は先へ進むぞ」
欲にまみれた部下の1人が俺の忠告を無視して先走りを始める。
「待て! お前ら! 死ぬぞ!」
俺は慌ててその部下を制止しようとするが止まらない。それどころかそいつに触発された部下が1人、2人とそいつを追い掛けて行く。
こうなるともう統率は取れねえ。
俺は諦めてやけくそ気味の口調で叱咤する。
「うう……仕方ねえ! 先へ進むぞ!」
正直死の気配がひしひしと伝わってきたが、だからと言ってそれから逃れる術など今の俺には無かった。
「集団心理というのは恐ろしいな」
傭兵団達は俺達が用意した桜に釣られて奥へ奥へと進んでいく様を眺めながらそう呟く。
陣へ侵入してきた者の中には適当なところで引き返そうとする素振りを見せていたが、陣の奥へと進もうとする一団を登場させればたちまちの内に彼らはさらに奥へと進んでいく。
およそ5~6万の人間が30万ものの兵士で作られた人間迷路へと足を踏み入れていく様は見ていて圧巻だな。
『しかし、彼らは不審に思わないのか』
イズルガルドの意図は、傭兵はこの一連の流れに不信感を覚えないのかということである。
それに俺は肩を竦めながら。
「奴らも心の隅でどこか疑問を感じている。しかし、目先の欲に目を奪われて正常な判断を下せないのさ」
これが国お抱えの騎士団なら止まるだろうが、彼らは悲しいかな金で動く傭兵。
突然降って沸いた幸運に飛び付かないわけがないのさ。
『向こうが動き出したぞ』
イズルガルドの言葉通り、俺達の不利を感じ取ったのか今まで待機した軍が進軍を始める。
「ふむ、そろそろ潮時か」
俺は笛を取り出して口に加え、目一杯鳴らした。
ドオオオオン!
「な、何だ!」
上空から笛の音が聞こえてきたと同時に3時方向から天を見上げるほどの大きな火柱が上がる。
「アハハハハハ! 綺麗だなあ!」
そして聞こえてくる心底嬉しそうな声音。
化け物じみた火柱と中性的な音程を持つ魔導師は俺の知る限り1人しかいねえ。
「ボ、ボス……ヤバいですぜ。近くに“灼熱のミア”がいます」
「んなこたあ分かっている!」
部下の切羽詰まった様子に怒鳴り返す俺。
ミア=ガーネットオレンジ=ヴァルレンシア
普段は社交的で物腰の柔らかい人物だが、こと戦闘になると非情となり満面の笑みでバルティア皇国の兵を1人残らず焼き尽くしたと噂される恐るべき人物。
命乞いをする女子供を前にしても眉1つ動かさず凍らせる“極寒のユキ”と双璧をなし、最強の魔導師軍団の副団長を務めるヴァルレンシアが近くにいる。
慌てて周囲を見回すといつのまにか後方には大楯が構えられており、俺達に逃げ場はない。
「早く突き崩せ、でないと奴がやってくるぞ!」
俺がそう命令するのだが、あの火柱を見た部下は恐慌状態へ陥っており、まともな連携など取れていない。
こうなるといくら自動回復があっても意味はない。
血相を変えて迫ってくる輩に槍を突き立てれれば良いのだから、向こうからすればこれほど楽なことはないだろう。
「ええい、仕方ねえ」
俺は身近にいた部下を何人か斬り殺して冷静にさせ、統制のとれた動きで9時方向へと脱出しようともがいたが。
「ん~、次はここかな?」
「っ!!」
3時の方向にあった大楯がサッと引き、そこから1人の女が悠然と歩いてくる。
金色の髪を肩に切り揃え、口元に微かな笑みを浮かべているのはヴァルレンシア。
「悪いけれどボクは急いでいるんだ。だから最期の言葉なんて聞かないからね」
その言葉と同時にヴァルレンシアの両手に炎が出現する。
「あ、あ、あ……」
俺の勘が告げている。
俺はここで死ぬと。
目の前にいるヴァルレンシアの炎によって俺は焼け死ぬと訴えていた。
「た、助け……」
「だから命乞いなんて聞かないって」
ヴァルレンシアのその言葉を最期に俺の視界は赤一色で染められた。




