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アイズ・オブ・ソトースー多次元レコードー  作者: 御堂 枢


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9/10

9話

 唯一、怪異の場所がわかる鏡花の指示する先に、くぼみに指を当て、起動させた『ディメンション・アンカー』を狗飼は投げた。軌道はばっちり、怪異の横の壁に当たりカチリと形状が四角く変形して発動した。

『ディメンション・アンカー』によって隔絶された空間には、巨大な触手ではなく、それは『八澄鏡花』に似た姿だった。しかし、色彩の無いモノクロな姿は、輪郭を保てず、顔は砂嵐のようになっている。

 予想外の姿に、その場にいた全員は訝しんだ。


「……どういうことだ」


「マッテイタ、キョウカ」


 ノイズ交じりのその声に、鏡花は鏡合わせのようにソレと視線を合わせた。


 ――その瞬間、今までとは違う感覚に身の毛がよだつ。

 彼女の体は、淡く光り出し、徐々にその強さは増していく。体の表面にドクン、ドクンと血のように脈打つ、銀色に光る幾何学模様が現れる。

 驚いた鏡花は、肌に現れた幾何学模様を払おうとするが、消えることはなかった。彼女の変化に、目の前のソレはニコリとほほ笑んだ。


「オトウサマニ、アイニイコウ」


 ――カチリッ


 どこかで、鍵の開く音がした。

 鏡花たちを中心に、幾何学模様が溢れ、ドロドロと油膜のような虹色の異界へと反転していく。おどろおどろしい空間は加速していき、有栖川のクリニック、周辺の地域、果ては文京区……半径5kmが現実世界から隔離された。

 それは有栖川が、長年待っていた【ヨグ=ソトース】の領域だった。




 その頃、移動指揮車内では、計測器の警報が鳴り響いていた。

 数値は止まるところなく、増大していく。そして、目に見えて周囲が異界化していく様子が見え、それは加速度的に広がっていく。


「――まずい!創君、掴まっててよ!!」


 目の前に迫る異界化に、運転席にいた弦巻は、移動指揮車を急発進させて駐車場から飛び出した。アクセルはべた踏みで、繊細かつ大胆なドライビングスキルで周囲の車を避けながら、とにかく走り続ける。

 後部座席の筑紫は、激しい揺れの中でコンソールにしがみつき、モニターに表示される情報を読み取った。


「このままじゃ飲み込まれちゃいます!千代田区まで行かないと!!」

「オッケー、オッケー!」


 移動指揮車の後方を映す車載カメラからの映像は、瞬く間に【ヨグ=ソトース】の領域に街が飲み込まれ、時空間の歪みによって地形や建物、自動車が普段とはあり得ない組み合わせになっている。

 領域の中に取り残された人々は、あまりに強烈な狂気に呑まれ次々と気絶していく。


 文京区と千代田区の境にあたる神田川に架かる橋を猛スピードで渡り切った時に、【ヨグ=ソトース】の領域の拡大は収まり、移動指揮車はギリギリ靄から抜けきった。

 キィィィィ――ッとアスファルトにタイヤ痕が濃く残るほど、激しいブレーキ音を立てて移動指揮車は止まった。

 急停車した移動指揮車から飛び出した二人が見た文京区は、禍々しい異界へと変貌していた。それは文京区を丸々、禍々しい油膜のような虹色のドームで取り囲んでいた。

 一方で領域外の人々は、まるで何も起きていないかのように、文京区の異変を一切認知せず普段通りの生活を送っている。


「どうやら、アレに関わった人間だけが今のところ認知しているようだ。これも時空間の歪み、【ヨグ=ソトース】の関与だろうね」


 有栖川のクリニックを調べるつもりが、想定外の規模で大事になってしまった。【ヨグ=ソトース】の領域内部がどうなっているのか分からず、残る二人だけで対処は難しいだろう。まずは状況説明と協力を仰ぐしかないと、弦巻はスマホを取り出し、上司である神楽坂に連絡を取った。


「――あ、神楽坂さん。急ぎで人手の手配と情報統制お願いします。実は【ヨグ=ソトース】関係で事態が急変して……」


 すでに怪異対策課でも時空間の歪みを感知してるであろうことは予測済みで、弦巻は冷静に必要な事項を話した。





 鏡花たちが居たはずのクリニックの地下室は、時空間の歪みの影響を強く受け、その様相は一変していた。白かった床も壁も無くなり、油膜のような虹色が覆う異様に広い空間。逆転した世界で、『ディメンション・アンカー』が作動している場所だけが、白い床と壁の空間を保っている。


 いつの間にか、鏡花は自分そっくりなモノと手を繋いでいた。

 繋いでいる手から共鳴し、鏡花の中にある【ヨグ=ソトース】ひいては有栖川に関連する忘れ去られた記憶が、異常なほどの情報が脳内を駆け抜け、異界化した空間に映像化する。


 1人の若い女性が恐る恐る室内にいる男に声をかけた。

 その場にはすでに同じような年代の男女11人が席について楽しそうに会話している。


『ようこそ、僕のサロンへ。ここが、君の癒しの空間になると良いな』

『あの、大学の先輩から教えてもらってきたんですけど……』

『うん、僕は有栖川宗一郎。メンタルクリニックで医師として働いているんだけれど、もっと気軽に、楽しく話をして、悩みを話せる場所を作りたいと思ってね。大々的に宣伝しても気が引けたり、怪しまれるだろうから、知り合い伝てに広めてもらっているんだ』


 空いている席に座るように勧め、有栖川自ら紅茶を淹れ始めた。


『さあ、お茶でも飲みながら――そうだな、僕は最近、この店の焼き菓子が気に入っているんだ。みんなで食べてみないかい?』


 そこから、映像はコア・グリッド・テクノロジー社で起きた惨劇に続く。5年前の有栖川の行ったことは、何度見ても悍ましいものだ。

 更にノイズが起きて、場面が変わる。コア・グリッド・テクノロジー社での儀式が失敗し、思い悩む有栖川は、ある場所に呼び出される。お洒落なバーの奥にあるVIP専用室で、白いスーツを着た男は、有栖川にひとつの箱を差し出した。


『――ひどい顔だな、有栖川。わが組織は、今回の結果を失敗とはしない。すべては成功するための布石だ。次はこの【シルバー・キー】を使うといい。』


 その箱の中には、水銀のような冷たい白銀の光を放つ、幾何学模様の入った1本の鍵――『シルバー・キー』だった。これは、数千年前の古代遺跡で発掘された、いかなる金属の硬度・組成とも一致しないオーパーツのひとつ。


『これは【ヨグ=ソトース】の対となるもの、全知の門を開けるマスターキー。に適合する人間を探し出し、われらが悲願を叶えるのだ。総帥は、君に期待している』

『ええ、もちろんです』


 そうして4年間、有栖川は『シルバー・キー』が共鳴する瞬間を待った。

 ある日、一人の少女が新設したサロンを訪ねた。不安そうに俯いた彼女に、ジャケットの内ポケットに入れていた『シルバー・キー』は箱ごと震え出した。待ちに待った瞬間に、有栖川の瞳は逃すまいと狙いを定めた。

 八澄鏡花という少女は、かなり長い間『他の人には見えないモノが見える』という悩みで、孤独だったようだ。今まで理解してくれる人はおらず、むしろ嫌われている状況だった彼女は、サロンのある日は必ず参加し、始まりから終わりまで席を立つことはない。

 八澄鏡花は、理解を示した有栖川に好意を抱いているようで、手籠めにするには容易な相手であった。それでも、逃がすまいとゆっくりじっくり、自分に依存するように接し、ついに儀式を行う準備が整った。


 いつものサロンとは違う、有栖川自身のクリニックの地下。そこに儀式の場を用意した。八澄鏡花には、『特別な君に教える、二人だけの秘密の場所』だというと、嬉しそうについてきた。

 儀式は順調だった。麻酔をかけ、両目を抉り出し、彼女の胸元にその二つの目と『シルバー・キー』を置く。すると、彼女と共鳴した『シルバー・キー』は時空の歪みを発生させた。

 鏡花の両目は時空の歪みに取り込まれ、それはボコボコと泡立ち、触手の生えた巨大な異形の姿に変わっていく。それと共に歪みは縮小していき、やがて異形の生き物を残して、時空の歪みは閉じてしまった。

 呆気にとられた有栖川は、鏡花を見た。その胸元にあった『シルバー・キー』は、箱を残して消えていた。


 ――またしても、失敗した。


 麻酔によって脱力したままの鏡花を、有栖川はまるでごみを捨てるかのように路地裏に投げ捨てた。

 使いどころのないものは、用済みだった。




 ――――バツンッ


 テレビの電源が落ちるように、再現されていた映像は霧散した。それは、鏡花の荒れた激しい絶望を表していた。

 様々な感情が入り乱れ、息苦しさと頭が真っ白になりそうなほどだ。

 怒りと憎しみと悲しさと――有栖川のウソに気づけなかった自身が悔しい。


「キョウカ、キョウカ、カナシイ」


 増大する鏡花の感情に呼応するように、体の表面の幾何学模様は白銀色に激しく明滅している。

 有栖川が1年前に時空の向こう側へ消滅したと思っていた『シルバー・キー』が、彼女と融合していたのだ。

 それは『魔術義眼デバイス』と『ディメンション・アンカー』に干渉し、どちらもバチバチッとスパークした。鏡花は、脳が焼き切れる痛みに、気を失いそうになる。


「キョウカハ、オマエガキライダ」


『ディメンション・アンカー』は粉々に弾け飛び、現れたのは、先程の映像と同じ巨大な異形のモノ。ぬらりと艶めく触手は、鏡花を守るかの様にのたうち始めた。

 それが敵意を示したのは、こちらを観察し続ける有栖川ただ一人だった。

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