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アイズ・オブ・ソトースー多次元レコードー  作者: 御堂 枢


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6/10

6話

 鏡花の叫びに氷海は瞬時に反応した。

 彼女の言葉は、信じていいという直感だ。渋谷の路地裏で起きたスマホのときに似た様子が見て取れた。

 身を屈めて、後ろに飛びながら、プルートインクの弾丸を2発撃ち込んだ。背後から飛び出した2体のティンダロスの猟犬は1発目で実体化、2発目で硬化した。

 狗飼たちは急いで体制を整える。


「黒崎、押し戻せ」

「はい」


 黒崎は狗飼の指示通りに、エルダーサインの盾を展開し、硬化した猟犬たちを可視化した虹色の泡が蠢く歪みへと押し返す。プルートインクの効果がある間に対処できそうだ。しかし、これでは再び同じ怪異が起きる可能性が高い。今の狗飼班の装備では、これが限界だった。


 緊張を解いた氷海が鏡花に礼を言いに駆け寄った。


「助かったよ、鏡花ちゃん」

「いえ、無事でよかったです」

「さすがだ。それは【ヨグ=ソトース】を通して見た、起きるであろう『未来』の一つだ。やっぱり素質があるね」


 何故だか、弦巻は自分事のように自慢げに話す。


「弦巻は八澄を連れて移動指揮車に戻れ」


 弦巻が鏡花を連れて何をしようとしているのか、おおよそ予測はできるが、それは狗飼にとって許せるものではない。弦巻は飄々とした態度で狗飼の厳しい態度も意に介さない。


「残念。ここでの実験は神楽坂さんから直々に許可はもらっているし、コレも自分で望んできている。君に僕の邪魔はできない」

「お前、分かって言っているのか?!」

「判っているよ。コレは今の僕たちに有用な物だ。見ただろう?氷海の話から僕は判っていた!彼女は【ヨグ=ソトース】の痕跡を見つけ出すだけじゃない、その繋がりから時空を超えた『未来予知』、『過去視』ができる」

「――もう、戻れないぞ」


 狗飼の冷徹な青い瞳が、戦場には似合わない無防備な服装の鏡花を真剣に捉えた。

 緊張感が張り詰める中、重苦しい空気を切り裂くように、狗飼と弦巻のインカムに、移動指揮車にいる筑紫から無線が入った。


『班長、弦巻さん、さっき報告した5年前の有栖川の件なんですけど、どうしても不可解な箇所があって。あれだけの時空間の歪みがあったのに、当時の怪異対策課のセンサーには、変化なく記録されてないんです。機材の脆弱性を考えても、1ミリも変化がないなんて理論上あり得ないです。有栖川がこのビルで何かしたとしか考えられないです』

「うーん……本当に創はわからない?」

「ここにうまく成功した物があるじゃない。『魔術義眼デバイス』、コレのフィルター機能と同じことができる。このビルにも同じものがあるはずだ」


 弦巻はエラーコードをはいているパソコンをいじり、そこから5年前の削除データの復元、音源データの中から目的のものを見つけた。


「ほら、やっぱりあった。有栖川が使ったこの音源は、ここに発生している怪異の波形を打ち消す『逆位相の音声信号』――つまり『ノイズキャンセリング』だ。これを儀式の行った部屋の周囲に置いたスピーカーから流して外にバレないようにしていたんだ。狡いなぁ。じゃあ最高に面白い実験をしよう」


 弦巻が音源を再生すると、『――キイイイィィィィン』と脳に響く周波がスピーカーから大音量で発せられた。部屋で起きていた異変も鳴りを潜めている。


「どうだい、創。指揮車で感知できなくなっただろう」

『はい。先程まであった歪みの波形は無くなっています』

「じゃあ、今度はこれをこの部屋にある歪みの特異点に向けて集束させよう」


 デスクの上にある小型のスピーカーをパソコンに接続した。鏡花が見つめていた怪異の特異点に向けて、スピーカーをまっすぐに固定した。そして、再び音源を再生する。指向性を与えられたノイズキャンセリングの音波が怪異の特異点に突き刺さるように集束する。

 黒崎によって歪みに戻されようとしていたティンダロスの猟犬たちは、特異点へのノイズキャンセリングにより、時空間移動もできなくなり、その姿を保てなくなった。か細い声を残して煙のように霧散し、特異点の中へと消えていった。

 鏡花の視界では虹色の靄と泡は弾け飛び、ドロドロと色を失って溶けていく。視界はモノクロに戻り、寂しさを感じた。


 そして、フロアを覆っていた怪異は無くなり、明滅していた電灯も白い明りを灯し、変わり続ける外の景色も深夜の月明かりを映し出す。そこには、ただの静まり返った深夜の無人のオフィスだけが取り残されていた。


「――ハハハハッ、いいね!実験は成功だ!」


 自身のタブレットに有栖川が作成した膨大なデータを移行する弦巻は、思いもよらぬ成果を手にし、高笑いが止まらなかった。



 こうして、コア・グリッド・テクノロジー社の神隠し事件は無事に解決を迎えた。

 キーストーン警備保障の本部へと帰還した怪異対策課・狗飼班は、気絶した案内役の添島を医療班に引き渡され、満身創痍の狗飼班もようやく息をついた。


「班長、コア・グリッド・テクノロジー社のパソコンからのデータの完全復元が終わりました」


 そうして、筑紫が操作して正面の巨大モニターに映し出された有栖川宗一郎という名前と穏やかにほほ笑む顔写真に、鏡花は目を見開いた。


(先生だ!――私の先生…)


「有栖川宗一郎…そいつが今回の黒幕か」

「どうだろう。今回だけじゃないと思うよ。目玉を使った生贄の儀式、これは八澄鏡花にも当てはまる」


 弦巻はニヤリと魔術義眼デバイスを装着している鏡花を見た。ジッとモニターに映る有栖川を見つめる彼女の表情からは、その内面で何を考えているかを窺い知ることはできない。ふと、狗飼に視線が向けられ、彼は言い知れぬ嫌な予感を覚えた。

 狗飼は一般人である鏡花がこれ以上、怪異の深淵に関わらないように厳しく睨んだが、彼女の瞳に宿る決意が揺らぐことはなかった。


「狗飼さん、私――決めました。すべてを知る為に一緒にここで戦います」


 記憶の中の優しかった有栖川先生に会うために。あの美しく不思議な虹色の靄を追いかけるためにも、自分を必要とするこの組織を利用すれば、それが一番の近道になる。鏡花の心には、温かな想いの奥に、底の知れない冷徹な感情が静かに渦巻いていた。

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